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2025年米国のHRテクノロジートレンド予測
2024年9月、OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏は「AGI(汎用人工知能)の実現が2027年までに可能であり、ASI(スーパーインテリジェンス)が数千日以内に誕生する可能性がある」と未来を語っている。
米Boston Consulting Groupの予測では、生成AIの市場規模は2027年には2700億ドル規模に達するという。また、2025年には日本を含む世界19カ国の企業3社に1社においてAIに2500万ドル以上を投資する計画がある。AI先進企業は、投資の80%以上を基幹機能の再構築や新たな価値提供に充てる。さらに67%の経営層が、人間が介入せずにタスクを実行する自律型インテリジェントシステム「AIエージェント」の活用を検討しているという(※)。
2022年11月にChatGPTが登場してから約2年。生成AIはすさまじい勢いで発展を続け、第4次ブームへと突入した(図1)。アプリケーションや業務で利用するソフトウエアといった実用的なフェーズへと進化を続け、ビジネスを一変させる存在にランクアップした。
これまでと異なる点は、プログラミングなどの専門知識がなくても、誰でも利用でき、的確な質問や指示を出せば、まるで人間のように短時間で高度な業務を行えるようになったことである。ビジネスの用途が広がったことで、HR領域、特に採用領域のビジネスシーンにおいても、生成AIで実用可能になったタスクが増え続けている。
アプリとプログラムをつなぐAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)連携がさらに進み、AIエージェントの開発・運用が加速すると予測されているが、多くのHRテクノロジー製品も同様に既にあらゆるタスクを自動でできるようになっている。
2024年は生成AIの実装が加速し、人事・採用関連のタスクを代替するAIエージェントへの移行が始まっているが、2025年はHR領域にどのような変化をもたらすのか。筆者が注目する米国のHRテック領域におけるトレンドとプロダクトを下記に挙げる。
予測1:AIエージェントが採用業務やタレントマネジメントを支援する
AIエージェントが「採用」「タレントマネジメント」のスキルを習得するだろう。大量の作業からデータ分析、提案までを実行し、アウトプットやその精度、生産性を向上させるツールとなる。
米国では、人材の採用業務をAIエージェントが代替することが当たり前になってきた。募集や初期選考における業務では、ジョブディスクリプション(職務記述書)の作成、候補者のリストアップ、スカウトメールの作成、面接の日程調整、候補者からの質問への回答などは既にAIに任せることができる。タレントマネジメント領域では、AIが人事評価システムのデータを基に、次世代リーダー候補の従業員を特定し、最適化した育成計画も作成できる。人事評価用の資料作成、目標設定や進捗の追跡、改善アクションの提案のほか、個人のスキル・経験に基づいたキャリアパスの設計、研修の受講や社内異動の提案など、従業員のキャリア形成をサポートすることもできる。定着率の向上といった組織課題の解決については、従業員の満足度調査や退職者インタビューのデータ分析を基に課題を明らかにし、戦略立案を行うことも可能になっている。
これまでリクルーターが行っていたタスクにAIエージェントを介在させることで、採用業務やタレントマネジメント全体の内容を改良することができる。AIは、これまでの優秀なアシスタントから信頼できる「同僚」へと昇格するだろう。
特徴的なプロダクト
代表的な新サービスには、2025年1月に登場したNoxusが挙げられる。ノーコード、対話形式でAIエージェントを作成、管理できるプラットフォームである。AIエージェントの「AIチームメイト」は人間と協働して、与えられた目的を達成するために学習し、適応する。AIチームメイトを配置することで、業務フローを合理化し、従業員の生産性や創造性向上を促すことができる。
予測2:対話型AIのコミュニケーション能力が向上し、マネジメントの強化に貢献する
生成AIの能力の向上によって、これまでの対話ツールから、あらゆる場面を想定したアドバイス、面談、ロールプレイング、コーチングなどの指導が可能となり、マネジメント業務を支援するツールへと進化する。
2024年9月にMcLean & Companyが世界のHRリーダーを対象に実施した調査では、リーダー・マネジャーの育成が2025年のHR領域における優先課題に挙げられた。特にプレイングマネジャーは、現場での業務に追われ、マネジメントスキルの習得に十分な時間を割くことが難しく、持続的な育成をサポートするAIツールを望む声は多い。
特徴的なプロダクト
代表的な新サービスには、リーダーシップ開発プラットフォームのTenor と、AIコーチングツールのKonaが挙げられる。Tenorは、対話型のロールプレイング機能があり、プロジェクトの進捗確認、フィードバック面談などの実際の業務を想定した演習や、ネガティブなフィードバックの演習もでき、終了後に評価や改善点のコーチングも提供する。新任管理職の多くは部下へのフィードバックに不安や苦手意識を持っているが、AIが相手であれば、臆することなく繰り返し練習することができる。Kona は、AIがSlackやZoom上での1on1やメンバーとのグループミーティングに同席し、議事録を作成・分析する。終了後は、改善策やアドバイスをマネジャーに提供する。
予測3:AIが従業員のパフォーマンスを評価、AIによる公平性が支持される
2024年10月にGartnerが米国企業で働く従業員を対象に実施した調査では、「上司よりもAIのほうがより公平なフィードバックを与えることができる」と87%が回答した。AIによる評価に対する抵抗は少なくなっているように見える。人事評価にAIを活用することによって、マネジャーの評価業務の負荷が軽減され、公平な評価や意思決定が可能になる。また、評価期間に偏りなく、複数の評価項目を管理できるというメリットがある。一方、AIはデータや履歴をベースとすることから、あくまでも結果重視の評価となる。業務プロセスや人との関わり、後輩の指導や育成など、データで評価できない部分もあるため、当面はマネジャーが、AIが多面的に把握した情報などを参考にしながら、人事評価の最適化を探ることになるだろう。
特徴的なプロダクト
代表的な新サービスにはパフォーマンス管理プラットフォームのSecchiが挙げられる。AIが、プロジェクト管理ツールや従業員同士が互いを承認・称賛するソーシャルレコグニションプラットフォームなど、社内のほかのシステムに記録された成果や同僚による評価に関するデータを収集・分析して実用的なフィードバックを提供する。マネジャーやHRは、評価期間が長く全体の業績を把握するのが難しいときでも、AIを活用することで時期に偏りなく客観的な人事評価ができる。また、大人数の部下を評価する際の負担軽減にもつながる。
2025年、HRはAIを一元管理し、最適な共存方法をみつける
予測1では主にデータに基づいた分析やテキストの生成などの進化、予測2ではAIのコミュニケーション能力の向上によるマネジャー支援、予測3ではAIによる人事評価の補完性向上について、2025年のトレンドとなるHRテクノロジーを紹介した。現在は、企業が汎用性の高い製品をいち早く知り、自社に取り込んで、各部署の業務に生かすというプロセスが中心で、多くの製品の可能性に触れる段階であるが、いずれ働く個人のエージェント化、パーソナル化が進むだろう。
2025年2月にWorkdayがリリースした「Workday Agent System of Record」は、WorkdayやほかのサードパーティのAIエージェントを一元的に管理し、企業がデジタル労働力を効果的に運用できるプラットフォームである。AIエージェントの登録、監視、管理、統制や新たなエージェントの導入、予算やコスト管理、セキュリティやコンプライアンスにも対応できる。企業はこのようなツールを利用することで、人だけではなく、AI、ロボット、RPAを半ば従業員と同視して、労働力全体を管理できるようになる。
2025年は、生成AIを活用した製品が百出し、企業によるAIエージェントの活用はさらに広がる。HRはそのなかから何を選択するか。製品の能力を見抜いて自社の業務に組み込み、AIを育てる力も必要となる。そして各現場では、人手不足の業務、不得意な業務、手間のかかる業務を複数のAIの「同僚」にアシストしてもらう協業がさらに進むだろう。
図1 AI・ビッグデータ技術 進化の歴史
出所:総務省「令和6年版情報通信白書」
(※)世界19市場12業界の売上1億ドル超の企業経営幹部1803人を対象に実施した、AIに関する調査報告書「From Potential to Profit: Closing the AI Impact Gap」
TEXT=村田弘美(グローバルセンター長)/杉田真樹