Air France 生成AIを活用してHR業務を最適化する

2024年07月17日

エールフランス アンヌ・グレジュビーヌ氏

パンデミック以前からリモートワークが浸透していた企業文化です。今後は生成AIでHR業務に大きな変化が訪れるでしょう

エールフランスは1933年にフランスの国営航空会社として設立された。2004年には、フランス政府の民営化計画の一環として、KLMオランダ航空と合併し、エールフランス-KLMグループが誕生した。この合併により、世界最大級の航空会社グループが誕生した。2022年時点のエールフランス-KLMの財務状況は順調であり、売上高は約300億ユーロ、従業員数は合計7万3000人、保有機は551機である。

エールフランスはイノベーティブな企業としても知られており、「DIP」という従業員参加型イノベーションを推進している。このアプローチでは、従業員がアイデアや提案をボトムアップで行い、ビジネスの改善に直接的に貢献できる環境を作っている。こうした取り組みにより、従業員のエンゲージメントを向上させ、クリエイティビティを刺激し、コラボレーティブで革新的な企業文化を築いている。エールフランスの成功は、総合的なイノベーションへのアプローチと従業員の参加を重視していることによるものである。

今回は、エールフランスの企業文化を内から牽引するグレジュビーヌ氏にお話を伺った。グレジュビーヌ氏はコンサルティングファームでアソシエイトパートナーとしてチェンジマネジメントとHRを担当した後、エールフランスに入社し、HRプロジェクトにおけるイノベーション・アドバイザーとして活躍している。HR開発、HRIS変革プロジェクト、労働安全衛生、QOL、HR変革プロジェクト、従業員トレーニング、HRイノベーションなど、HR部門のさまざまな分野でイノベーティブな役職を経験している。同氏の現在の関心事は、企業におけるAIの活用に焦点を当てたイノベーションHRである。忙しい日々の合間を縫って、フランス中のHRカンファレンスに参加し、HRでのAI普及の啓蒙活動を続けている。

リモート組織としてすでに15年の経験

エールフランスでは、従業員の半数以上は職業柄、日常的に世界中を飛び回ったり、空港で顧客を受け入れたり、機材のメンテナンスを行っており、オフィスにいることは稀です。そのため、15年以来、エールフランスでは従業員がオフィスにいなくても仕事を継続できる組織体制が確立されており、さまざまな作業がリモート体制で可能になっています。この体制は、パンデミックとはまったく関係なく、職業的な理由から生まれています。

エールフランスの飛行機たとえば、客室乗務員は、フライトで海外に出張することが多いため、定期的に受ける必要のある研修をわざわざオフィスに出向かなくても受けられるようになっています。このような柔軟性を持った組織体制は、世界中のどこにいても仕事ができることを実現しています。また、HR部門では、15年以上前からリモートワークが可能な方法に明確に適応してきました。

HRオンラインサービスである「Easy RH」は全従業員がオフィスに出向かずに、HRサービスにリモートアクセスできる仕組みです。現在は多くの企業で実現可能ですが、15年以上前からこれが可能であったことは特筆すべき点です。パンデミックが発生した際も、サポート部門と現場スタッフ間でリモート体制ができていたので、問題もなく効率的に仕事を進めることができました。私たちのアプローチは非常に現実的で、全従業員がハイブリッド・モデルの対象となる組織体制を目指しています。これはエクイティの概念からも非常に重要です。ある部門ではイノベーションが進んでいる一方で、ほかの部門が取り残されることを避けるため、組織全体の強化と底上げが必要です。

Eラーニング分野でのパイオニア

私はイノベーションHR シニア・アドバイザーとして、従業員の研修環境をデジタル化して改善することに挑戦しました。エールフランスは、従業員の半分以上が現場で働いているため、リモートとハイブリッドで学習プログラムを行っており、この方法はモデルケースになっています。

1万3000人の客室乗務員は、年に一度、仏民間航空総局に対して、安全に業務を遂行するために必要なスキルを証明しなければなりません。以前の対面式セッションベースのトレーニングプログラムでは、海外でフライト中の客室乗務員にとって、スケジュールの調整が難しい状況でした。この課題を解決するため、私たちはデジタル遠隔学習と対面式トレーニングを組み合わせたハイブリッド型プログラムを導入し、復習用モジュールへのアクセスを柔軟に行えるようにしました。さらにトレーニング費用の最適化も実現しました。

エールフランスの客室乗務員はタブレットを業務ツールとして使用しています。タブレットには、特別に開発されたモジュールにアクセスできるアプリが搭載されています。最終的な承認は対面で行われますが、スキルが不足している場合、該当するモジュールに再度アクセスし、終業前に再テストを受けることができます。

さらに、AIベースの自主学習アプリ「Drillster」は、現在90%以上の客室乗務員に採用されています。リモートでアクセスできるバーチャルリアリティサイトや、航空機のドア設定に関する操作をトレーニングするためのアプリ「SimuPorte」も広く利用されています。従来のEラーニングモジュールや、トレーニングに関する質問に対応するオンラインサポートチャットも利用できます。エールフランスのEラーニングシステムは、2022年3月にパリで開催されたEラーニングEXPOの「トレーニングにおけるイノベーション」部門でデジタル・ラーニング賞を受賞するなど、従業員研修の分野で画期的な成功を収めています。

生成AIをHR戦略と捉えるべき理由

エールフランス博物館2023年3月のゴールドマン・サックスのレポートでは、生成AIが労働市場に与える影響について論じており、現在の仕事の3分の2がAIの自動化によって影響を受ける可能性があるとされています。これは、世界全体で約3億人のフルタイムの仕事に相当します。しかし同時に、テクノロジーの進化による雇用の置き換えは、新たな雇用創出によってバランスが保たれ、長期的な雇用成長に結びついています。現在の労働力人口の60%は、1940年には存在しなかった職業に就いているという研究結果もあります。

重要なのは、AIが仕事を奪うのではなく、AIを活用することで人々がさまざまな仕事を遂行できるようになることです。そして、生成AIをHR戦略の一部として捉えるべき理由は、戦略的人員計画(SWP)に直接関連しているからです。自動化できる仕事をAIに任せれば、従業員はより付加価値の高い業務に専念できるようになります。ペイロールや労務管理、従業員からの急な依頼など、日々の業務に追われるHR現場で、本質的な議題に取り組む余裕を生み出すためにも、生成AIの導入を検討することをお勧めします。さまざまなAIベースのHRテクノロジーが存在しますが、生成AIは容易に利用できるため、HRテクノロジーの本格的な導入を検討する前に生成AIの活用を検討することが重要です。

生成AIを活用してHR業務の最適化を図る

エールフランスでは従業員に社内AIを使用することを勧めています。生成AIは、クリエイティビティを育みながら生産性を向上させる2つの利点があります。さらに、既成概念にとらわれず、ブレーンストーミングのツールとしても活用できます。特にHR業務には非常に有用です。生成AIは、文章作成をサポートし、HRデータの処理や従業員のフィードバックなど、大量のデータの分析・処理を効率的に行えます。また、従業員や応募者からの定型的な問い合わせなどの管理業務にかかる時間を削減できます。

これまでは、従業員用の研修教材は外部業者に依頼していましたが、生成AIを活用することで、内部で効率的に教材を作成でき、時間とコストを削減できます。アウトソーシングからインソーシングへの移行は、コスト削減や機密情報の漏洩対策などの利点がありますが、最も重要なのは、知識や情報を社内に蓄積できることです。アウトソーシングでは、課題解決が外部に委託されるため、従業員はそのプロセスを理解できません。生成AIを活用することで、従業員がスキルを向上させ、業務やシステムの中核部分を構築できるメリットがあります。

ただし、 生成AIの性能を最大限に引き出すためには工夫が必要です。私自身も使いこなすまでに時間がかかりました。適切なプロンプトの入力やビジネスの理解など、AIの性能を最大限に引き出す工夫が必要になります。HR業務で生成AIを活用する企業は、生成AIコーチの導入や既存のユーザーとの協力が効果的です。また、AIが職業に与える影響を考慮し、オープンで透明性の高い方法でマネジャーや従業員代表組織と情報を共有する体制を構築し、企業の内部データ保護にも十分な配慮が必要ですので、利用ガイドラインを策定することをお勧めします。例えば、会社のメールアドレスを使用する場合、アラートシステムがその必要性を確認するメッセージを表示するなど、企業生成AIの利用には制限が必要です。

HR業務に生成AIを導入する際の手順

  • 理論とコンプライアンスの策定
  • IT部門との協力体制を構築(ガバナンス、セキュリティ、ターゲットを絞ったプロジェクト)
  • 従業員教育(継続的に知識を習得できるカリキュラム)
  • 専門家を招いてワークショップを開催(主なHRユースケースなどについて)
  • AIや生成AIに精通した従業員の採用
  • 具体的なトレーニングで社内のユースケースをサポート

取材・TEXT田中美紀(客員研究員)、村田弘美(グローバルセンター長) 
PHOTO=小田光(photographer)

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