雇用システム再構築、残る未解決問題―働く人の「ボイス」―
働く人の7割が離職する時代
1958年、アベグレンは日本的経営の特徴を、「会社と従業員の『終身の関係』が日本の雇用関係の原則であり、日本の強力な経営方式の根幹になっている」と指摘しました(※1)。
しかしその後、日本企業は有期雇用を積極的に活用するようになり、いまでは約4割の人が正社員以外の雇用形態で働いています(図表1)。また、働く人の約7割が仕事を辞めた経験があり、最も雇用が安定している正社員男性に限っても5割以上の人が離職経験をもっています(※2)。
2019年には経団連の中西宏明会長(当時)が、「働き手の就労期間の延長が見込まれるなかで、終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と表明し、日本的雇用の終焉をあらためて印象づけました。
もはや伝統的な日本的雇用の仕組みだけでは、個人が長く充実したキャリアを歩み、企業が厳しい競争環境を乗り越えることはできません(※3)。実際、雇用システムはさまざまな面で形を変え、進化してきました。にもかかわらず、あるテーマについてはあまり着目されていないのです。
そこで本連載では、雇用システム再構築における、残る抜本的問題について論じていきます。
図表1 労働者の雇用形態の変化 注:役員を除く雇用者
出所:総務省統計局「労働力調査」
日本的雇用システムの「三種の神器」
日本的雇用システムの代表的な特徴は以下の3つです(※4)。
〇 日本的雇用は、終身雇用、年功序列、企業別労働組合、新卒採用偏重で特徴づけられる(※5)
〇 日本的雇用では、職務内容を限定しない包括的なメンバーシップ型の雇用契約を結ぶのに対し、海外では職務内容を限定したジョブ型の雇用契約を結ぶ(※6)
〇 日本的雇用は、大企業の大卒・男性・正社員でみられる慣行で、中小企業や女性、正社員以外の労働者はそのような働き方をしていない(※7)
日本企業の雇用制度はアメリカ企業のそれと違って、終身雇用や年功序列、企業別労働組合、新卒採用偏重といった特徴があると、アベグレンが指摘した後、1972年に発行された『OECD対日労働報告書』でも、生涯雇用と年功賃金、企業別組合が日本的雇用システムの「三種の神器」と紹介されました(※8)。
両者で、終身雇用と生涯雇用、年功序列と年功賃金と微妙に表現は違うものの、定年まで辞めることも辞めさせられることもない終身(生涯)雇用や、年齢や勤続年数によって賃金が決まっていくところに、日本的雇用の特徴を見出している点は同じです。またどちらも、労働組合が、欧米諸国で一般的にみられる産業別や職業別ではなく、企業単位でつくられていることに注目しました。
以降、日本的雇用は終身雇用、年功序列(年功賃金)、企業別労働組合によって特徴づけられるとの見方が広がりました。
日本的雇用の発展と綻び
日本的雇用システムの原型の、終身雇用や年功賃金といった特徴が形成されたのは高度経済成長期(1960~1973年)です。戦後は労働条件をめぐって激しい闘争もありましたが、しだいに労使関係は協調的になってゆき、団体交渉は賃上げを求める春闘に、それ以外の領域では労使協議制度によるすりあわせが一般化していきます。
安定成長期(1973~1991年)には職能資格制度が強固になり、出向や転籍による雇用調整も拡大し、日本的雇用が全面的に展開されます。敗戦から目覚ましい成長を遂げた日本の経営や雇用の仕組みは世界から高く評価されました(※9)。
バブル崩壊期(1991~1993年)に入っても、日本的雇用システムはしばらく維持されました。しかし深刻な不況が続き、1997年の金融危機を境に、日本企業は従業員のリストラに踏み切り、人件費を削減するために正社員以外の雇用を拡大するようになります。また、成果主義の導入も相次ぎました(※10)。
かつては世界から称賛された日本的雇用システムですが、2000年代に入ると綻びが目立ち始めます。システムとは、多種多様な機能が相互依存的・相互補完的に形成されているものです。よって雇用システムも相互に関連する変化が同時進行しています。
雇用の流動化によるシステムの変貌
とりわけ雇用の流動化によって、日本的雇用システムは3つの大きな修正を迫られました。
第一の修正は、いわゆる「非正規雇用」の問題です。約4割に増えた正社員以外の労働者の人たちが、生計を維持できる収入を得て、将来に展望をもつことができるキャリアを築けるよう、2000年代半ばから今日まで法律による企業義務の強化や政策支援が続いています(※11)。
人件費を抑制したい企業と、ワークライフバランスを大切にしたい個人のニーズを受けて広がった「非正規雇用」は、個人のキャリア形成の問題を引き起こしました。「非正規雇用」が広がるにつれ、個人の将来不安や生活困窮を引き起こすことが明らかになり、法整備や政策介入が続いています。
第二の修正は、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換です。グローバル競争やDX(デジタル・トランスフォーメーション)を背景に、いまや優秀・有望な人材の争奪戦は熾烈を極めています。
日本企業はジョブ型雇用の導入により、いまなお残る人事制度の年功色を完全に排し、人材の獲得・登用・リテンションを強化しようとしています。先進的な企業は2010年代半ばからジョブ型雇用に転換しはじめていましたが、ジョブ型雇用が大きな注目を集めたのは2020年になってからです(※12)。
「非正規雇用」のキャリア形成も、ジョブ型雇用への転換も、新たな雇用サブシステムとして、しだいに定着していくでしょう。
脱・終身雇用、脱・年功序列。残る1つは?
ところで、一見、異なる変化である「非正規雇用」とジョブ型雇用には、ある共通点があります。それは、日本的雇用システムの三種の神器が形を変えているということです。
「非正規雇用」の問題は、終身雇用ではない雇用形態の拡大によって深刻化しました。ジョブ型雇用への転換には、いまもなお色濃く残る年功序列の撤廃という目的があります。これらは日本的雇用の三種の神器である、終身雇用、年功序列、企業別労働組合の1つ目と2つ目の神器が形を変えたことを意味します。
だとするならば、3つ目の神器の、企業別労働組合が果たしてきた役割もまた、再構築が必要であってもおかしくありません。
実際、労働組合の推定組織率は、戦後1949年の56%をピークに、2020年には17%となり、約40ポイントも低下しています(※13)(図表2)。いまや8割以上の労働者にとって、労働組合はないに等しい存在です。雇用システムの基盤が瓦解しつつあるのです。
労働組合は、労働者の意見や要望をまとめ、労働条件や働き方について、労働者を代表して使用者と交渉します。賃上げ交渉を行う春闘は、春の風物詩でしょう。労働組合は、労働者が健全に働くうえで重要な役割を果たしているだけでなく、人事制度の改定や待遇制度の見直しにあたって使用者の意向と労働者の意向をすりあわせる役目も担っています。
企業別労働組合の衰退は、労働者が要望や意見を経営に伝えるルートの消失を意味します。労働組合のあり方が進化するのか、労働組合の担ってきた機能を他の方法で実現するのか、考えなければなりません。
図表2 労働組合 推定組織率の推移(1947~2020年 各年6月30日現在)出所:厚生労働省「労働組合基礎調査」
労働組合の衰退と新たな形
労働組合が衰退した背景には、雇用形態の多様化や雇用の流動化の影響があります。それにともない企業別労働組合という3つ目の神器もまた、形を変えつつあるのです。よって、雇用流動化にともなう日本的雇用システムの第3の修正は、企業別労働組合が担ってきた役割の再構築です。
しかしながら、組合組織率の低下により、労働組合の存在感は薄くなっています。労働組合と縁のない人々にとっては、労働組合の機能を自分事としてとらえることは難しくなっています。筆者もこれまでに「なぜそんな古めかしいテーマに興味があるのか。他にもっと注目すべき問題はあるだろう」と言われたことが何度もあります。
しかし、労働組合は本来、日本的雇用システムの基盤です。終身雇用から有期雇用へ、年功序列のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行が、働き方や個人のキャリア形成に極めて大きな影響を与えていることを考えれば、労働組合の進化もまた、重大な問題のはずです。
雇用の流動化にともない、労働組合が担ってきた「働く人のボイス」をあげる機能はどのように変わっていくのか。真剣に考えていく必要があります。
中村天江
(※1)Abegglen,James C.,1958,The Japanese Factory: Aspects of Its Social Organization,Glencoe,Illinois: The Free Press.(山岡洋一訳『日本の経営〈新訳版〉』日本経済新聞社,2004)
(※2)リクルートワークス研究所(2020)「全国就業実態パネル調査2020」
(※3)労働政策研究・研修機構(2016)「第7回勤労生活に関する調査」によれば、「終身雇用」「年功賃金」「組織との一体感」を支持する者の割合は、それぞれ87.9%、76.3%、88.9%といずれも調査を開始した1999年以降過去最高であり、日本型雇用慣行への支持割合が上昇している。
(※4)リクルートワークス研究所(2008)「三種の神器とは何だったのか」『Works』87
(※5)Abegglen,James C.,1958,The Japanese Factory: Aspects of Its Social Organization,Glencoe,Illinois: The Free Press.(山岡洋一訳『日本の経営〈新訳版〉』日本経済新聞社, 2004)
(※6)濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』岩波書店
(※7)仁田道夫・久本憲夫編(2008)『日本的雇用システム』ナカニシヤ出版
(※8)経済協力開発機構編,労働省訳編(1972)『OECD対日労働報告書』日本労働協会
(※9)Vogel, Ezra F. 1979, Japan as Number One: Lessons for America, Harvard University Press(広中和歌子・木本彰子訳『ジャパン・アズ・ナンバーワン―アメリカへの教訓』ティビーエス・ブリタニカ, 1979)
(※10)仁田道夫・久本憲夫編(2008)『日本的雇用システム』ナカニシヤ出版
(※11)リクルートワークス研究所(2009)「正規・非正規二元論を超えて―雇用問題の残された課題」など
(※12)中村天江(2021)「わが社らしい『ジョブ型雇用』を探る ―人と仕事のマッチングが真髄」『OMNI-MANAGEMENT』2021年4月号、日本経営協会など
(※13)厚生労働省「労使関係総合調査(労働組合基礎調査)」