学校評価について香港から学ぶこと 辰巳哲子

2016年12月16日

PISAでの好調が続く香港の教育目標

12月上旬、OECDが進めているPISA(Program for International Student Assessment)2015年の結果が公表された。15歳の数学・科学・読解力のレベルを測定する目的で3年ごとに実施されている。2015年版では72ヵ国54万人の生徒が参加した。
結果について報道された内容を見てみると、日本は科学的リテラシーで2位、数学的リテラシーで5位と前回調査(2012年)に比べて好調だったこと、読解力では日本は8位で前回調査の4位から低下したことが指摘されていた。読解力と数学的リテラシーに着目すると、ともに1位はシンガポールで、2位は香港である。香港は2003年にPISAに参加して以来、数学的リテラシーと科学的リテラシーの分野で常にトップ3圏内にいる。本コラムでは、筆者が最近訪問した、香港の小学校や中学校(※)について主に学校マネジメントの観点から、その特徴の一部をまとめておこうと思う。

香港では2000年に以降の教育改革の柱となる、『香港教育改革建議(英語では、Lifelong Learning, Learning for Life』が発表された。その目標には「生涯学習と全人的発達を目指す」としている。そしてこの考え方をベースに作成されたカリキュラム開発のベースとなる考え方が「Seven Learning Goals」である。
7つのゴールとは、1)責任感、2)国家アイデンティティ、3)読書習慣、4)言語スキル、5)学習スキル、6)幅広い知識、7)健康的なライフサイクルであり、それぞれに10年間で達成すべき目標が示されている。各学校ではこうした方針をベースにしながら、学業の達成だけでなく、生徒らの社会性の育成についても目標を立て、その育成をおこなっている。

そして、この目標を達成すべく、香港の学校では各学校の自主性を重んじた学校運営がされている。学校単位で学校の運営やカリキュラムについて、児童・生徒・教師・保護者といったステークホルダーからの評価結果の分析をおこなう。学校は生徒らの状況をアセスメントし、自校の生徒に足りない要素をカリキュラムに加えている。香港政府が提供しているのは、アセスメントのためのツールであり、アセスメントの結果から明らかになった内容をカリキュラムにどう反映するかを考えるのは各学校に委ねられている。ある田舎の小学校では、その地域の特性もあって、児童たちの規律性や自尊感情が低い傾向にあるという結果が出た。教員はその結果を共有し、児童自身が役割を担う当番制度を導入したりしながら、彼らの自尊感情の向上に取り組んでいる。また別の小学校では、児童たちの自学自習が進んでいないという結果が出た。この学校では目標設定のための授業をおこない、目標設定に必要な5つの要素(自分で立てた目標であること、数量化できること、具体的であること、期限があること、挑戦の要素が含まれていること)を授業の中で学び、授業の最後には自分自身の半期の目標設定をおこなっていた。

アセスメントを活用した学校運営

日本の学校との大きな違いの1つは、香港では、児童や生徒のアセスメントの結果から、何を明らかにするのか、アセスメントの結果からわかったことをどう学校改善に活用するのかという点にかなり多くのパワーを割いている点ではないだろうか。香港政府は、評価結果をどう学校マネジメントに活用するかといったセミナーを定期的に開催し、学校現場でのデータの活用を推進している。学校全体で学年や教科を超えたアセスメント結果が共有されており、クラス単位や学校単位で改善すべき点についての共有がなされている。そしてこうした仕組みを円滑に進めるためのアセスメントツールが香港政府や独立組織である香港考試及評核局からオンラインで提供されており、各校は自校の課題にあわせてツールを使用することができる。

一方、日本の学校運営に目を向けると、学校評価は話題となっているが、そもそもの問題は目標設定の在り方にあるように思う。先に挙げた香港の「目標設定の授業」で示された5つの要素に照らし合わせてみると、学校自身が独自で立てた目標はあっても、それをいつまでに達成するのか、具体的で期限が切られたものは少ない。検証すらされていないことが多く、アセスメントの結果を次年度の計画に反映できている学校となるとさらにその数は減るだろう。多くの学校では、テスト結果を瞬時に学校カリキュラムに活かす「仕組み」は持っておらず、教師たちの「気づき」や小テストなどによるクラス単位の授業改善にとどまっていることが多い。

実際に研修会などで学校に訪問をさせていただくと、評価の仕方に困っているといってもそもそも目標が設定されていなかったり、目標が検証できる内容になっていなかったりする(例えば、「みんな明るく前を向いて」とか「質実剛健」のような目標)こともある。学校では、目の前の個人をどういうスキルを持った状態で卒業させるのか、その目標に児童や生徒はどうコミットするのかということを考えなければならない。そうしなければ、教育再生実行会議第七次方針で示された「これからの時代を生きる人たちに必要とされる資質・能力」でかかげられている、「主体的に課題を発見し、解決に導く力」も「創造性」や「チャレンジ精神」の獲得といった目標も、すべて絵に描いた餅になってしまう可能性が高い。

国や各都道府県の教育委員会は、学校をどう自律的に運営するか、そのための目標設定の方法やアセスメント、結果から明らかになったことをどのようにカリキュラム改善に役立てるのかといった方法について、学校経営ボードに正しくそのノウハウを伝えていく必要があるだろう。もちろん、学校の自律的なマネジメントを促進するための仕組みづくりもあわせて考える必要があるが、この点についてはまた別の機会に記そうと考える。

[出所]香港教育局ホームページ(2016.12.01閲覧)
[出所]教育再生実行会議『これからの時代に求められる資質・能力と、それを培う教育、教師の在り方について』(2016.12.01閲覧)

※香港の中学校
香港ではでプライマリースクール(6年間)とセカンダリースクール(6年間)に分かれている。プライマリースクールは日本の小学校にあたり、セカンダリースクールは日本では中高校に相当する。

辰巳哲子

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