高校版ルーブリック開発のプロセス
開発の目的・背景
グローバル時代の到来を背景に、2000年代に入り、基礎力、PISA型スキル、非認知能力、21世紀スキルといった測定困難な能力の開発がこれまで以上に重視されています。高等教育機関では、大学生向けに開発された基礎力測定テストPROG の受検者は18 万人を超えました。しかし、文部科学省(平成23年)でも言及されている通り、基礎力は発達段階に応じてその獲得が促進されるものです。大学で発揮している基礎力の前提となるのが、高校での基礎力保有の状況であり、高大連携の観点からも、高校教育にどのように基礎力開発の要素を埋め込むかということはこれまでの課題でもありました。
(1)各基礎力の保有段階を明らかにし、向上のためのプロセスを可視化できるようにすること
(2)基礎力の向上にあたって必要な経験機会を明らかにすること
このプロジェクトは、以上の2点を目的として開始されました。つまり、生徒にとっては、自分の基礎力に自覚的になり、向上のための機会が得られるようにすることを第一義としています。
測定対象要素
要素の決定にあたっては、リクルートワークス研究所で開発された基礎力(リンク先;http://www.works-i.com/research/report/item/r_000122.pdf )を用いました。この枠組みを採択した理由には、以下のとおりです。
■対人、対自己、対課題、思考力の大項目の下に11 の中項目、さらにその11 の下位項目として、全部で33 の小項目が定義されており、うち、下図に示すように、対人、対自己、対課題のコンピテンシー要素を用いることで、さまざまなコンピテンシーや基礎力・学士力に対応可能と考えられたこと
■平成23 年の中教審『キャリア教育・職業教育の在り方について』で定義された、基礎的・汎用的能力においても、対人・対自己・対課題の概念が取り入れられているため、各学校種で開発が重視されているコンピテンシーとの接続がおこないやすいと考えられたこと
リクルートワークス研究所の基礎力(2005)の定義に基づいて、対人基礎力、 対自己基礎力、対課題基礎力の3 領域について9 要素を選定しました。選定した要素は下図のとおりです。
評価の形式
本プロジェクトの目標である、「各基礎力の保有段階を明らかにし、向上のためのプロセスを可視化できるようにする」ことを実現するために、評価形式にはルーブリックを用いました。ルーブリック評価とは、「ある課題について、できるようになってもらいたい特定の事柄を配置するための道具」です。ここでは、「ある課題」をいくつかの要素にわけ、要素ごとに評価基準を満たす「段階」を記述したものを調査票としました。
開発の手順
高校版ルーブリックは、大学生を対象に作成されたPROG* で蓄積されたデータを参照しながら、以下の手順で作成しています。PROG では、大学生のコンピテンシーを7 段階で設計しており、対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力の各項目(表1参照)それぞれについて、レベル1~レベル7 までの各段階で何がどれくらいできる状態なのか、定義されています。そして、一般的な大学生の基準値が、7 段階中の中央である、4 になるように設計されています。
(1)PROG の結果を基に、高校生段階における基準をコンピテンシー別に設定。具体的には、高校版ルーブリックは5 段階なので、大学生の3 のレベル(基準値より1 段階下のレベル)を5 段階中の4 にしています。
(2)PROG開発者と共に、基準である3を目安として、上下5段階のレベルに展開しました。
(3)複数のコースがある大規模共同研究校で実験実施をおこないました。
(4)実験校で取得したデータ分析の結果をPROG 開発者・心理学の専門家と共に解読、解読は一つ一つの選択肢についておこなわれ、正規分布でない項目については、設問ごとの課題を明らかにし、選択肢の改訂をおこないました(例えば、段階ごとの回答比率がピークの無いなだらかな台形状になるような場合には、段階間の区別をよりシンプルで明確にするなど)。
*PROG・・・大学教育を通じたジェネリックスキル開発を測定と育成の両面から支援するプログラム(株式会社リアセックHPより)
各要素の定義は以下の表のとおりです。
実施時期・方法
共同研究校において、教室内で生徒に記述を促しました。第1回は2015年4月~7月に実施、第2回は2015年9月~2016年2月に実施されました。
共同開発
ルーブリック調査項目・調査票の開発には、PROGの開発者である株式会社リアセック 代表取締役 松村直樹、リクルートワークス研究所 主任研究員 辰巳哲子の三名が携わりました。
調査の実施・共同研究は、岐阜大学大学院教育学研究科 准教授 田村知子、公立高校7校(岩手県立大野高等学校、岩手県立盛岡第三高等学校、岐阜県立大垣北高等学校、岐阜県立岐山高等学校、静岡県立韮山高等学校、静岡県立浜松北高等学校、福岡県立城南高等学校(50音順)が携わりました。
今後の課題
本プロジェクトでは、大学生18万人のデータ及び共同研究校での調査結果を基に、高校における基礎力の獲得プロセスモデルをルーブリックとして作成しました。今回は中間報告として、実施の手引きと調査票を公開します。
今後の課題としては、目的の(2)で掲げた、基礎力を向上するための経験機会を明らかにすることが残されています。さらに、本プロジェクトの一義的な目的である、生徒自身にとって、自分の基礎力に自覚的になり、向上のための機会が得られるようにすることを実現するためには、生徒自身による「目標設定」を高校の進路指導上の活動に組み込む必要があると考えます。そのための具体策や目標設定の方法についての効果検証は次の研究成果として公開する予定です。
参考文献
ダネル、スティーブンス、アントニア、レビ、佐藤浩章、井上敏憲、& 俣野秀典,大学教員のためのルーブリック評価入門, 玉川大学出版部,2014
絶対評価とルーブリックの理論と実際,黎明書房,2004
PROG白書プロジェクト (著、編集),学校法人河合塾 (監修), 株式会社リアセック (監修),PROG白書 2015―大学生10万人のジェネリックスキルを初公開,学事出版,2014