長時間労働の是正、生産性向上へ。もう一つの「時間論」 藤井薫

2017年01月27日

アリストテレスも素粒子物理学者も。人類を悩ませる<時間>とは何か?

「時間とは何か?」。
紀元前4世紀。アリストテレスによって投げかけられた疑問は、2500年たった今も謎に満ちたままである。
「時間は、運動(物事の変化)の前後における数である」(アリステレス)
「飛ぶ矢は、一瞬一瞬では静止している。静止している矢をいくら集めても、矢は飛ばない」(ゼノン_紀元前5世紀)
「天井から吊るされたランプの揺れが大きい時の往復時間と、小さくなった後のそれはどちらも同じ」(ガリレオ・ガリレイ_1583年)
「絶対的な、真の、数学的な時間は、(中略)均一に流れる」(アイザック・ニュートン_1687年)
「運動する時計の進みはゆっくりになる。運動の速度が光の速さに近づくほど時間の遅れは強まり、光の速さに達すると時間は止まる(特殊相対性理論)」(アルバート・アインシュタイン_1905年)
「一度混ぜたコーヒーとミルクが再び分離することはない。決して逆向きにはならない」(アーサー・エディントン_1927年)
絶対時間(時間は同じである:等価性)、相対時間(時間は伸び縮みする:伸縮性)、時間の矢(時間は一方に流れる:不可逆性)・・・。時間は、人類にとっても不思議の塊なのである。
こうして哲学者も物理学者も、時間の正体をつかみかねている最中、その言葉は、天啓の如く筆者に降り注いだのである。
「焦るな。でも急げ!」

今から29年前の入社1年目の冬。財務部だった筆者は、未曾有の求人難を背景に、営業部の応援要員として神田営業所に4ヶ月派遣。当時、商品知識もない私でも、いきなり飛び込み営業に駆り出されたのだった。
上記の言葉は、未知の挑戦に戸惑う私に、安寧と蛮勇を授けようと営業所長が発した妙言である。所長のねらいどおり!?、私は初日からイキイキと飛び込み、生産性高く、求人広告の受注を獲得し続けられた。
「焦るな。でも急げ!」。

絶対時間でも、相対時間でも、時間の矢でもない。これまでの物事を対象とした理路整然としたフォーマルな時間論ではなく、心や認識によって、変化するインフォーマルな時間論である。
誰も強制していないのに、絶対的権威に同一の時間を縛られる(等価性絶対時間)、「物理的な時間以上に、長く感じたり短く感じたりする時間(伸縮性相対時間)、過去の記憶が未来の経験に影響を与え、後戻りできない時間(不可逆性時間の矢的)。
こうした時間を『内的時間』と呼ぼう。

『内的時間』の濃淡・満足度を左右する 自律性、集合無意識(ハイプマインド)

社会の観念、周囲との人間関係、過去の経験記憶、、、。そうしたものに対する心や認識によって変化する等価でない時間。この『内的時間』は、私たちの働くシーンで、プラスにもマイナスにも大いに作用する。
□ポジティブな『内的時間』例
「焦るな。でも急げ!」
「慌ただしさから解消された」
「あっという間に終わった」
□ネガティブな『内的時間』例
「会社時短勤務、在自宅長時間勤務」
「風呂、トイレ、枕元。24時間、スマホメールに急かされる」
「声を潜めてお先しますと挨拶した」
こうした職場の会話の存在は、『内的時間』が、人々の働く日常にいかに浸潤しているかを証明している。

翻って、現在の雇用課題である「長時間労働の是正」、「生産性の向上」である。いずれも、働き方改革の中核をなすものだが、その本質は、この「時間革命」といってもいいだろう。そして、そこには、この容易には見えない働く個人の心や認識の中にある『内的時間』が蠢いているのだ。
これこそ、一人ひとりの持ち味に寄り添って、組織の見えない規範を支援し、「人と組織の本来の能力発揮」に向き合う、全ての人事プロフェッショナルにとって、改めて見つめるべきものではないだろうか。
工業化時代の企業は、物に関する効率と生産性を上げることで、自分たちの時間を最大限活用していた。しかし、人口オーナス期の今日では、それでは不十分である。今や組織は、働き手の時間を節約しなければならない。もちろん単なる『外的時間』の節約だけでなく、働く人々が業務に没頭し、イキイキと働く『内的時間』の豊穣に努めなければならない。
その時、人事プロフェッショナルは何を見つめるべきか? 数多くの参照点があるだろう。
人間の快苦の記憶は、時間の多寡ではなく、経験のピーク時と終了時の喜びと苦しみの度合いで決定する(ピーク・エンドの法則)(ノーベル経済学賞受賞者 プロスペクト理論で有名なダニエル・カーネマン_1999年発表)
人々の行動を支配しているのは、社内規則や上司の命令といったフォーマルな規制力ではなく、職場のインフォーマルな集団規範である。(ハーバード大学E.Mayoらが行ったホーソン実験_1924年〜32年)
仕事におけるモチベーションを左右するのは5つの要因で、以下のように定式化できる。1)技能多様性(Skill Variety)2)タスク完結性(Task identity)3)タスク重要性(Task siginificance)4)自律性(Autonomy)5)フィードバック(Feedback)。(ハックマン=オルダム 職務特性モデル)。

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こうした組織心理学、行動心理学から見た『内的時間』論は、『内的時間』の濃淡・満足度が、本人の自律性や、集合無意識(ハイプマインド)に大きく左右されることを示している。
構成員や働き方の多様化を伴って、複雑化する組織においては、こうした自律性や集合意識(ハイプマインド)といった『内的時間』への影響因子が、ますます重要になってくると思われる。

今後、個人や組織に潜在する『内的時間』は、個人と組織の無意識の行動観察や身体的なバイタルデータの収集と解析といったピープルアナリティクスの進展で、さらに深まってゆく可能性がある。
最新のAI(人工知能)研究では、フッサール、ベルクソン、デリダ、メルロ=ポンティの現象学的認知・身体的知覚論を伴って、科学×技術×哲学の三重奏で進展してゆく機運もあるのも朗報だ。
全員一律の等価の時間はない(認識的等価性絶対時間はない)。全員一律の絶対の時間はない(認識的伸縮性相対時間だけがある)。過去や集団の規範に個人の『内的時間』は影響される(認識的時間の矢の存在がある)。

「長時間労働の是正」「生産性の向上」への待ったなしの対策が推進される今こそ、時間の多寡の解決に加え、『内的時間論』への解決策を進展させる必要があるのではないか。
矛盾と葛藤に満ちた人と組織をあるがままに捉える。そのことこそ、人と組織のリアリズムに向き合う人事プロフェッショナルの深淵なる地平である。
筆者も、人と組織の無意識に漂う『内的時間』が豊穣になる鍵を、「焦らず、急いで」探ってゆきたい。

藤井薫

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