香港の学校におけるキャリア形成支援策

辰巳哲子(リクルートワークス研究所)

2025年04月08日

香港におけるキャリア形成支援の進化

香港の生徒におけるキャリア形成支援策は、国の体制の変化、社会経済の変化や教育改革の影響を受けながら発展してきた。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、イギリスの植民地時代においては職業訓練(Vocational Training)を中心に発展した。香港の主要な産業は貿易、造船、繊維産業だったので、政府は工業技術者を育成するための職業訓練学校を設立した。1950年代には、技術教育を提供する学校が設立され、技術者の育成が進められていた。1958年に中等学校における進路設計の早期支援に注目が集まり、キャリアカウンセラーとして各中等学校にキャリアマスター(Career Master)が任命された。通常、生徒への進路支援に責任を持ち、関与する職員はキャリアマスターだけであった。教師の専門不足とキャリアカウンセリングの不十分なカリキュラムに対処するため、『Guidance Work in Secondary Schools』というハンドブックが出版されたのは、ずっと後のことである(1986年)。

1997年に香港が中国へ返還された後、香港経済は製造業から金融・サービス業に焦点を絞る「知識経済」へとシフトし始めた(香港政府発展局,2016;香港特別行政区政府,2001;香港教育局,2003)。また、情報通信技術の進歩にも注目が集まっており、労働市場の変化に適応するための柔軟なスキルと継続的な学習の必要性が生じている。さらに国際金融・ビジネスのハブとしての香港の地位を維持するためには、国際競争力を持つ人材の育成が不可欠とされた。その結果、学校や高等教育における進路指導は大きな変革期を迎えた。全校アプローチ(Whole-School Approach, WSA)が導入され、生徒の進路相談は全教職員の責任とされた。2002年からは、ミズーリ州立大学のGysbers博士の原則に基づいた包括的ガイダンス・プログラムが香港教育局により小学校に導入された。キャリアガイダンスは、単に職業に関する情報を提供するだけでなく、生徒の心理的・社会的な成長、学力の発達をサポートする形へと徐々に発展していった。

2009年には、高等教育改革が行われ、すべての生徒に3年間の高等教育が提供されるようになった。従来のように理系か文系に振り分けられるのではなく、義務教育4科目に加えて選択科目を選べるようになった。卒業後の進路も踏まえ、すべての中等教育学校において生徒のキャリア形成は非常に重視されている。

キャリア教育の定義

香港では、Career Educationという言葉は、政府の公式文書や学術論文ではあまり一般的に使用されていない。より頻繁に使用される語は、Career Guidance(キャリアガイダンス)やCareer and Life Planning (CLP) Education(キャリア・ライフプランニング教育)である。

香港教育局は、CLP教育を以下のように定義している(EDB,2014)。

「生徒がキャリアや人生の選択において適切な判断を下せるよう、必要な知識、スキル、態度を習得することを目的とする。自己理解、キャリア探索、キャリアプランニングを、体系的な学習経験とカウンセリングを通じて支援する。」

従来のキャリアガイダンスに加えて、CLPは以下の3つの主要な要素を統合したプログラムである。

  1. 自己理解(Self-understanding) – 自己の強み・価値観・興味を明確にし、キャリア目標を設定する。
  2. キャリア探索(Career Exploration) – 様々な職業や進路について学び、実際の職場体験やインターンシップを通じて理解を深める。
  3. キャリアプランニング(Career Planning) – 将来の進学や就職に向けた行動計画を策定し、学習やスキル習得の方針を決定する。

CLP教育の導入

香港教育局は、2014年に「Guide on Life Planning Education and Career Guidance for Secondary Schools」を発表し、CLPを正式に教育カリキュラムの一環として導入した。

このガイドによると、CLPは8年生(Form 1)から開始し、段階的に発展するよう設計されている。キャリアワークショップや職場体験、進路ガイダンスセッションが標準化されており、多くの学校で実施されている。

また、各公立学校と助成校には、「キャリア・ライフプランニング補助金」として、毎年50万香港ドルが支給された。その後、2015年には、「CLAP for Youth @ JC(現、CLAP@JC)」プロジェクト(香港ジョッキークラブ財団が支援)が開始された。企業、大学、非政府組織(NGO)と連携し、生徒のキャリア形成を支援する手引書などのリソースを拡充した。

並行して学校カウンセリングの強化にも取り組んできた。「Career and Life Planning: Multiple Pathways for All Students to Excel」(EDB, 2018)では、各学校に専任のキャリアマスターまたはキャリアカウンセラーを置き、キャリアカウンセリングシステムを構築することが推奨されている。実際には学校によって専門カウンセラーの体制は異なり、一般教員がCLPを兼任しているといったケースも報告されている。

企業との連携について、「CLAP for Youth @ JC – Career and Life Planning Implementation Report」によると、CLPの一環として、「Business-School Partnership Program me (BSPP)」を活用し、生徒の企業訪問や就業体験、インターンシップの機会を提供している。

近年では、生徒の主体的なキャリア形成を支援するため、MyCareerMapなどのオンラインキャリアプラットフォームの活用が進んでおり、AIを活用したキャリアマッチングツールも一部の学校で試験的に導入されている。

ガイドライン

香港では教育改革の方針を「香港教育制度改革建議」(2000)によって示しているが、その流れを受け、CLPは学校の必修科目として取り入れられた。

具体的には、以下の3つの要素が標準化された。

◎自己理解(Self-understanding):生徒が自身の興味・能力・価値観を把握し、キャリア選択の基盤を築く。

  • 各学校で共通して使用できる自己分析ツールを提供する。全生徒を対象としたアセスメントを義務づけ、中等教育1年次に初回アセスメント、4年次に再アセスメントを実施すること。
  • 共通カリキュラムを策定し、香港教育局の指針に基づいて、最低限の自己理解プログラムを実施しなければならない。

◎キャリア探索(Career Exploration):生徒の視野を広げ、進学・キャリア・産業に関する幅広い選択肢を理解させる。

  • 企業や大学とのパートナーシップを強化する。「Business-School Partnership Program me (BSPP)」が必修化され、各学校は企業訪問を手配し、生徒向けの大学説明会を実施している。
  • すべての公立・助成校は、年に最低1回、企業訪問または職業体験プログラムを実施する。
  • すべての学校は学年で以下のようなキャリア探索カリキュラムを作成しなければならない。

    セカンダリー2年生:職業・学科選択ワークショップ
    セカンダリー3年生:大学・職業訓練校の説明会参加
    セカンダリー3年生1年生:業界研究プロジェクト
    セカンダリー4年生:インターンシップまたは職場見学

◎キャリアプランニング(Career Planning):生徒が、自己理解とキャリア探索の結果を踏まえ、進路を具体的に計画する。

  • すべての生徒は、セカンダリースクールの2年からキャリアポートフォリオを作成し、定期的に更新する。
  • すべての高校生は、学期ごとに最低1回の個別キャリアカウンセリングを受けることが義務化されている。
  • キャリアマスター(Career Master)が指導し、生徒が実現可能なキャリア計画を立てられるよう支援する。

誰が香港のキャリア教育を主導しているのか

前述の通り、学校におけるキャリア教育と進路指導を統括する責任者は、1校につき1人のキャリアマスターである。主にCLP教育の実施責任者であり、進路指導チームを率いる上級教員であり、授業も担当する。生徒へのキャリアカウンセリングやガイダンスを企画・実施し、企業や大学とのネットワークを構築する。しかし、全校的なアプローチの下では、他の職員もそれぞれのクラスで個々の生徒を支援することが期待されている。

CLP教育の課題

香港政府の報告書や香港大学の調査によると、CLP教育の現在の課題としては、キャリア教育の専門家不足が続いていること、生涯キャリア教育の推進、学歴偏重の文化の変革、キャリアガイダンスとSTEM教育やデジタルスキル教育とのより良い統合、キャリアガイダンスの効果をより正確に測定し、確かなデータで検証することなどが挙げられる。しかし、テクノロジーとAIの時代が到来した今、やるべきことはまだたくさんある。

香港では、イノベーションとテクノロジーハブとしての地位を強化するため、AI関連の職種が急増している。こうした状況を背景に香港教育局は、2023年からセカンダリー1年生から3年生を対象に、AIに関する授業モジュールを段階的に導入している。このカリキュラムでは、AIの基本概念、倫理、社会への影響などが含まれ、生徒がAI技術を理解し、将来のキャリアに活用できるよう支援している。キャリア形成支援のプロセスそのものにAIを取り入れるかどうかは未知の部分が多いものの、本文中に取り上げたように既に一部の学校でAIを活用したキャリアマッチングツールが試験的に導入されている。今後のキャリア教育がテクノロジーの影響を受けてどのように変化するのか、今後の変化にも期待したい。

参考文献
Hong Kong Department of Education Bureau (EDB). (2014). Guide on life planning education and career guidance for secondary schools.
Hong Kong Department of Education Bureau (EDB). (2018). Career and life planning: Multiple pathways for all students to excel.
Hong Kong Jockey Club, & The Chinese University of Hong Kong. (2021). CLAP @JC Hong Kong Benchmarks for  Career and life Development Toolkit.
Hong Kong Association of Careers Masters and Guidance Masters (HKACMGM). (2022).Careers Guidance Handbook for Secondary School Graduates.
Hong Kong Government Development Bureau. (2016). Hong Kong 2030+: Towards a planning vision and strategy transcending 2030.
Hong Kong Special Administrative Region Government. (2017). "Hong Kong as a Knowledge-based Economy - A Statistical Perspective" (2017 Edition).
Wong, L. P.W., & Yuen, M. (2019). Career guidance and counseling in secondary schools in Hong Kong: A historical overview. Journal of Asia Pacific Counseling, 9(1), 1-19.

謝辞
本原稿は、香港大学の袁文得(Yuen Man Tak)教授ならびに、元香港教育局の李少蜂(Lee Siu Fung)氏に事実確認のご協力をいただきました。お二人のご助言とご支援に、心より感謝申し上げます。なお、残された誤りがある場合、すべて筆者の責任によるものです。

辰巳 哲子

研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)

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