
韓国におけるキャリア開発の教育の取り組み
韓国の教育は熾烈な受験戦争というイメージを持たれるが、2000年代に入ると様相は一変した。2007年に発刊された『韓国ワーキングプア88万ウォン世代』は超就職難と非正規職化に喘ぐ韓国の20代若者の悲哀を描いたものであり、学力のみを頼りにした学校教育の大幅な見直しを訴えた。同年には、「生涯進路開発活性化5年計画(2007~2011)」により本格的に進路開発に取り組むことになる。
こうして開始された韓国の進路開発の教育は進路教育と呼ばれた。進路教育の始まりは歴史的に少しさかのぼる。韓国進路教育学会(2023) によると「全斗煥政府(1980~1988年)時代である1982年、ユニセフの後援で進路教育に関する研究事業が開始された。 この事業で小・中学校の進路教育プログラム及び資料の研究開発が行われた」とある。こうした記録から韓国の学校教育において進路教育が本格的に始まったのは1982年となるであろう。
2010年の第1次「進路教育総合計画(2010~2013)」で、韓国の進路教育は本格的に開始された。1999年に登場した日本のキャリア教育より約10年遅れて始まった。しかし、その取り組みは次々と策定される進路教育活動と運用する人材の育成の交互作用の中で、長足の進歩を遂げた。また、そこには、計画、実施に対して振り返りが行われ、そこから析出される課題の改善につながる計画が新たに策定されるというPDCAサイクルが機能しているのである。特に、運用する人材は、現職の教員に研修あるいは大学院進学の機会を提供し、一定要件を満たすことで、新たな教員資格として「進路進学相談教師(進路専担教師)」(以下「進路教師」)を付与され、教科教師から相談教師への職務移行を果たしている。この方法は、すでに雇用されている教員の職務替えとなり、新たな雇用を生み出す必要がなく、人材育成方法としては非常に効率の良いものであった。ここでは韓国における進路教育について以下の流れで紹介し、我が国のキャリア教育への示唆を検討していく。
1. 進路教育法と進路教育の定義、目的とその教育活動
1‐1. 進路教育法と進路教育の定義
2015年制定の「進路教育法」は、すでに進められている進路教育や「進路教師」に対する法的根拠を整えたとi言える。同法第2条(定義)では、「進路教育」「進路相談」「進路体験」「進路情報」「授業」を定義することで、進路教育推進における概念の統一を果たした(表1)。この法律で、それまでの「進路進学相談教師」は「進路専担教師」と呼称が変わる。また、韓国では児童生徒を学生と呼ぶ。
表1 進路教育法による用語の定義出所:進路教育法(2025年3月17日最終確認)
1‐2. 進路教育の目的
進路教育法第1条(目的)には、「この法律は、学生に様々な進路教育の機会を提供することによって変化する職業世界に積極的に対処し、学生の素質と適性を最大限に実現し、国民の幸せな生活と経済社会の発展に寄与することを目的とする」とある。
1‐3. 進路教育に関わる教育活動
こうした中で、進路教育の対象となる主な教育活動としては、教科「進路と職業」(2008年高校導入、2009年中学校導入)、 「創意的体験活動」 「自由学期制」などがあり、2022年の教育課程の改訂で「高校単位制」「進路連携教育」の実施が盛り込まれた。
簡単に解説すると、「進路と職業」は生涯進路開発のための教科で、教育課程に位置づけられた授業である。「創意的体験活動」(表2)は日本の「総合的な学習の時間」に相当するものであるが、名称が示すように体験が基本にある。「自由学期制」(表3)は中学校で行われているもので、1学期間(韓国の場合は2学期制)を通し定期考査の負担から解放し、授業時間の3分の1を学生の夢と志を探索する授業を柔軟に教育課程に設定する試みで、2016年にすべての中学校で導入された。2022年の改訂教育課程で示された「高校単位制」は、学点制とも呼ばれ、従来の学年で指定された単位を履修することで進級する「学年制」と異なり、単位の取得により卒業が果たされるもので、教育部(2021)が表4のように定義している。また、進学などによる学校種間の移行を円滑にする進路連携教育については、2020年に教育部によって改訂教育課程に示され、2025年から導入されることになった(表5)。2020年から2025年は移行期間として、改訂教育課程に示された施策の一部が導入されている学校もある。
表2 創意的体験活動の目標表3 自由学期制の概念
表4 高校単位制の定義
表5 進路連携教育
2. 「進路教師」の職務、資格要件及び育成方法
進路教育活動に対し、現場で中心的に取り組む専門人材として「進路教師」がいる。「進路教師」の職務及び、資格要件、育成方法について以下に紹介する。
2‐1. 「進路教師」の職務
「進路教師」の職務は、2011年の「『進路教師』配置及び運営指針」に定められた(表6)。その中に、先に挙げた教科「進路と職業」、「創意的体験活動」が確認できる。その後、「配置及び運営指針」は6回の改正が行われ、2017年以後は廃止され、市・道教育庁の業務に移管された。改正の過程で「進路教師」の役割が徐々に拡大・多様化し、2011年、2016年にそれぞれ13個、15個に職務の内容が追加された。
表6 「進路教師」の10の職務(「『進路教師』配置及び運営指針」(2011)より)2‐2. 進路教師の資格要件、育成方法
「進路教師」の配置率は、現在、中学校、高校では100%に近く、小学校、特別支援学校にも配置が進んでいる。その資格や育成方法については、既述の2011年「進路教師配置及び運営指針」に示されている。
「進路教師」の定義として「『進路進学相談』科目で資格を取得し、市・道教育庁により、その取得した資格に基づき発令を受けた教師」とした。資格取得要件には、以下の2つがある。
- 法令に基づく一定の教育及び研修として、各市・道で実施する進路教師副専攻資格研修「進路進学相談(2級)」履修あるいは、大学院課程の履修。
- 基本的には、中等1級正教員資格を所持し、研修実施年に55歳未満の教師(ただし、年齢の制限は2012年度研修対象者から適用)。
「進路教師」は、中等1級の現職の教員を対象とし、副専攻資格研修を受講するか、開設予定の大学院課程を履修することにより取得可能となったのである。ただ、中等1級正教員資格を所持しないものも副専攻資格研修は受講可能であるが、「進路教師」資格は取得できないとされた。
表7に「進路教師」副専攻資格研修の年限時期別運営計画、表8にはその後開設された大学院課程の例である。ここでは実際の事例として韓国の中央大学校教育大学院のHP から、教育課程及び、各科目の詳細について示す。なお、中央大学校教育大学院には学校実習領域はない。教員資格を前提として、どちらかの方法で「進路教師」の資格が取得できる。表7、表8については進路教育の専門家となることができる専門科目を列挙したことで、こうした制度のない日本の教師の専門性開発の上での参考資料となる。
表7 「進路教師」副専攻資格研修の年限時期別運営計画
表8 韓国中央大学校教育大学院進路進学相談課程の教育課程
3.「進路教師」による進路教育実践例
2017年7月、進路教育法が制定され2年が経過した中、筆者が慶尚南道の高校を訪問した際の記録を以下に示す。
3‐1. ケーブルテレビを活用した進路教育の授業
2017年5月、ケーブルテレビを活用した進路教育の授業を参観した。同校は女子高校で韓国各道に1校ある進路教育指定校である。当日は、KRIVET(Korea Research Institute for Vocational Education and Training)から配信される進路教育の授業に参加したものであった。ケーブルテレビでは職業理解のために職業人がゲストに招かれ、リアルタイムにレポーターがインタビューする形式がとられていた。その日は、ファンド・マネージャーが招かれ、学校と双方向のやりとりで、職業情報の提供が行われていた。進路室に設定されたケーブルテレビの主画面でリアルタイムのインタビューが進行し、副画面では5つの中学・高校が同時に学習に参加している様子が映し出されていた。また、副画面を一つ使い職業人から生徒への問いが表示されていた。
授業は「進路教師」によって行われ、画面上のゲストと中高生の間でのやりとりが進行した。自校のみならず、学校種を超えた他校の生徒とのこうした授業を共有することで、職業理解を通した自己理解が進行すると思われる。授業の進行において、専門性を有した「進路教師」が携わっている意義は大きい。配信が終わった後、進路室でリフレクション・シートを記入し、1時間の進路教育の授業が終了した。
4. 進路教育の評価
「進路教師」が中心で展開される進路教育に対し評価指標が設定されている。
4‐1. 進路教育の目標
進路教育法の制定された2015年2月、「進路教育目標と達成基準」が示された。これは、2012年に示された「進路教育目標と達成基準」を進路教育法に沿って、大きく改訂したものであり、目標として4点を定めた。
- 肯定的な自己概念を形成し、素質と適性について正確かつ客観的に理解し、他者と適切な関係を築き、コミュニケーションできる能力を養う。
- 仕事と職業の重要性と価値、職業世界の多様性と変化を理解し、健全な職業意識を養う。
- 自分の進路に関連する教育機会及び職業情報を積極的かつ体系的に探求し、体験し、活用する能力を養う。
- 自己理解と多様な進路探求を基に、自分の進路を創造的に設計し、適切な計画を樹立し、準備する能力を養う。
4-2. 進路教育のガイドラインとしての達成基準
この目標を基に、小学校、中学校、一般高校、特性化高校の進路目標を定め、それぞれの詳細目標と達成基準を定めた。表9は、そのうちの小学校の進路教育の詳細目標と達成基準を示したものである。
2024年、教育部は「進路教育内実化支援計画(案)」 を示した。同案4頁の事業概要としては、
① 2022年改正教育課程に対応した学校進路教育の充実化、② 地域社会と連携した進路教育支援の強化、③ 小・中学校の創業体験教育支援体制の強化、④ 進路教育情報網の統合運営及び高度化、の4事業が示された。2025年2月には、事業結果報告及び成果を示すとし、その中には、「小学校進路教育ガイドライン開発計画(案)」や「市・道教育庁の進路教育評価指標の開発」などがあり、本稿がそれらの成果を扱うことができないのが残念である。
表9 小学校の進路教育の詳細目標と達成基準 ※クリックして拡大
5.韓国の進路教育改革におけるPDCAサイクル
「1‐3」で示した進路教育に関わる教育活動を「2」の「進路教師」が主に人材として取り組み、「4」の指標により評価され、改善を目指し3回にわたる進路教育の計画が示されたことになる。らせん状にPDCAサイクルが3回くりかえされたことになる。PDCAサイクルにあえてあてはめると、活動やそれに伴う人材育成がDにあたり、評価指標や、教育部による調査、論文などがCにあたり、3回にわたる計画がAを実現するためのPにあたる。
5‐1. 事項を「活動」「人材育成」「評価」に分ける
韓国の進路教育の事項の流れを示したものが表10であり、事項を「進路教育活動」「人材育成」「評価」の3つの要素に分けた。主な進路教育施策には、赤字で示した2007年の「生涯進路開発活性化5年計画(2007~2011)」から始まり、第1次「進路教育総合計画(2010~2013)」、第2次「進路教育5カ年基本計画(2016~2020)」、第3次「進路教育5カ年基本計画(2023~2027)」である。これらがPDCAサイクルの節目となる。この間、進路教育活動が展開され、評価が実施され、改善のための新たな計画が策定され次のサイクルにつながるのである。一方、進路教育活動に携わる人材育成は、2011年の「進路教師」の育成に端を発している。副専攻資格研修または大学院課程の履修により資格取得ができる「進路教師」は、進路教育施策に示される様々な活動をその取り組む対象とした。対象には、教科「進路と職業」「創意的体験活動」(表2)、「自由学期制」(表3)、さらに2022年の改訂教育課程により示された、「高校単位制」や「進路連携教育」がある。こうした進路教育施策は進路教育の充実のために実施され、「進路教師」を中心とした取り組みが、2015年に教育部が示した「進路教育目標と達成基準」で評価されることになった。実際の評価は、政府機関の報告書や論文などで示されている。
5‐2. 第1次「進路教育総合計画(2010~2013)」から第2次「進路教育5カ年基本計画(2016~2020)」
教科「進路と職業」が設定され、「創意的体験活動」が導入されるとそれを運営する人材が求められる。特に、第1次「進路教育総合計画(2010~2013)」が策定されると、進路教育の重要性が増大する中で、「進路教師」配置指針が示され、多くの現職教員が副専攻研修を受講して「進路教師」への道を歩むようになる。2015年の「進路教育目標と達成基準」と進路教育法は進路教育の理解を確立すると同時に、その指標を明確にした。そうした中で、第2次「進路教育5カ年基本計画(2016~2020)」、中学校への自由学期制全面導入で「進路教師」と進路教育の対象となる活動の有機的な展開が実現した。自由学期制は、小・中等教育法施行令第44条(学期)の「③中学校の長は、第1項による学期のうちの1学期または2学期を自由学期に指定しなければならない」を根拠にしている。表3に、教育部が2015年に示した施行計画(案)にある自由学期制の概念を示した。自由学期制は2013年から試行的に実施され、2016年には全国の中学校に拡大した。さらに、2017年からは、2つの学期を自由学期に指定できる「自由学年制」も可能になったが、2022年の改訂教育課程により、従来の1つの学期で行う自由学期制に戻った。
表10 韓国の進路教育施策の流れ
5‐3. 第2次「進路教育5カ年基本計画(2016~2020)」以降
第2次「進路教育5カ年基本計画(2016~2020)」と第3次「進路教育5カ年基本計画(2023~2027)」(以下「3次計画」)間に空白の期間があるが、そこで、2021年の韓国職業能力研究院報告書「進路専担教師の進路教育力強化方策の研究―進路専担教師の職務分析結果を中心として」にて、それまでの進路教育に携わってきた「進路教師」の進路教育力を特定すると同時に、一般の教員と「進路教師」の関係性を吟味した。さらに2022年には教育部によって、「3次計画」樹立のための政策研究が実施された。目的を「『3次計画』の政策推進方向を提案し、課題を発掘する」及び「未来社会に備えた進路教育体制転換案及び教育ガバナンスを検討する」に置き、長期的な視点に立った「3次計画」を目指した。内容としては、学校進路教育、進路体験、地域社会との連携、進路教育から疎外された階層の4つの領域から、進路教育政策の成果を分析し、政策推進課題を発掘した。具体的には、「3次計画」への示唆として「総合計画」「基本計画」の成果と限界、政策環境に対するSWOT分析を行い、これまでの進路教育の成果を強み、不十分な部分を弱みとして、今後進路教育を進めていく上でのチャンス(機会)及びこれから直面する課題(脅威)を抽出した。
こうしたPDCAサイクルを経て、改善を目指した計画として「3次計画」が成立したのである。計画では、2022年の改訂教育課程にて示された、①高校単位制の2025年全面実施と②進路連携教育の下で、進路教育が推進されたのである。
さらに2024年、ユン・オクハンは、「第3次『進路教育5カ年基本計画(2023~2027)』意味分析」の論文にて、第3次「進路教育5カ年基本計画(2023~2027)」を過去の施策の十分な振り返りの上で策定していると評価している。進路教育における様々なアクターが機能する場、そしてルール(施策)を準備し、そこから生まれた実践を真摯に評価し、振り返り、次に着実に生かす、韓国の進路教育のPDCAサイクルのダイナミズムから学ぶべきことは多い。
5‐4. 「高校単位制」「進路連携教育」における今後の「進路教師」の役割
2022年の改訂教育課程では「高校単位制」「進路連携教育」が示され、「進路教師」の取り組みとして新たな活動が展開されることになった。これらの活動は、2025年の全面実施に向けすでに先行実施として展開を始めた学校もあり、4回目のPDCAサイクルにつながっている。
6.韓国の進路教育施策から学ぶこと
「児童の権利に関する条約」第28条1-(d)に「すべての児童に対し、教育及び職業に関する情報及び指導が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとする」からもわかるように、児童生徒はキャリア形成に関わる情報や指導を等しく享受する権利を持っている。
これまで見てきた韓国の進路教育において、進路教育実践に関わるPDCAサイクルが機能し、改善を旨とした進路教育計画が、進路教育に携わる専門性の高い人材育成を伴い展開していることが確認できた。ところが、我が国はどうであろうか。職場体験、基礎的・汎用的能力、キャリア・パスポートなどのキャリア教育施策を、必ずしも専門性の高い人材が存在しない学校に委ねている我が国のキャリア教育を考えると、こうした権利が十分守られる環境が整っているとは言い難いのではないだろうか。
誰もが等しく機会に恵まれるには、キャリア形成に関わる職務の十分な吟味と専門性の高い人材の配置、また、そうした人材を想定した取り組みが施策として準備され有機的に展開することが必要である。一方で、実践を評価するための指標が存在することで、改善を伴う計画が成立する。専門性の高い人材を中核としキャリア教育に取り組むことで、専門性が拡散するのである。韓国の進路教育から得られた本稿の知見が日本のキャリア教育の改善に資することを強く祈念する。
引用・参考文献
Joon Jee-woon(チョン・ジウン)(2023)「韓国進路教育の現況及び課題:進路教育担当教師を中心に」第6回日韓ラウンドテーブル(早稲田大学)における発表資料
韓国教員大学校総合教育研修院(2020)「2020年進路専担教師副専攻資格冬季研修の詳細運営計画(案)」
韓国進路教育学会(2023)『進路教育と共にした30年、未来に向けたあゆみ』学志社、28頁.
教育科学技術部(2011)「進路進学教師配置及び運営指針」3-4 頁
教育部(2021)「包容と成長の高校教育を実現するための高校単位制総合推進計画」9頁.(2025年3月9日最終確認)
教育部(2015a)「創意的体験活動教育課程(安全な生活含む)」別冊42 、5頁.
教育部(2015b)「学生の夢と才能を育み、幸せ教育を実現する中学校自由学期制施行計画(案)」6頁.
教育部(2015c)「学校の進路教育目標と達成基準」4-5頁.
教育部(2022)「小・中・高校教育課程総論.2022-33年」
教育部(2024)「2024年進路教育内実化支援計画」4頁.
Woo Seok-hoon, Park&Geun-il (Ji-woon)(2007)88만원 세대 절망의 시대에 쓰는 희망의 경제학、레디앙.(邦訳:禹晳熏、 朴権一(2009)『韓国ワーキングプア 88万ウォン世代』明石書店)
Yun Ok-han(ユン・オクハン)(2024)「第3次『進路教育5カ年基本計画(2023-2027)』意味分析」文化と技術の融合, vol.10, no. 1, 25-34頁.

三村隆男氏