台湾におけるキャリア教育の特質

安里ゆかし氏(筑波大学大学院 人間総合科学研究群 日本学術振興会特別研究員(DC2))

2025年03月24日

はじめに

台湾では、1987年の戒厳令(※1)解除後、民主化・自由化が各方面で進められ、その動きに連動して大規模な教育改革も行われた。今日の台湾におけるキャリア教育は、その教育改革の流れの中で提唱されており、その当初から教育課程の中に明確な位置づけが与えられていたことは特筆に値する。それを可能にしたのは、1968年より養成と配置が進められた輔導教師(ガイダンス教師)の存在と、当該専門職が担当する教育課程上の時間が、名称を変更しながらも存続してきたことがあると考えられる。本稿では、台湾におけるキャリア教育の特質を、実践の中核となる「綜合活動領域」と、それを担当する輔導教師に焦点を合わせながら見ていくことにしたい。

台湾の教育制度

台湾の学校教育は、日本と同じように、6-3-3-4制をとっており、小学校6年間、中学校3年間の9年間を義務教育としている。また、粗就学率(※2)(2023年時点)が、後期中等教育(15~17歳)で約98.4%、高等教育(18~22歳)で約90.3%に達しており、他の東アジア諸国と同様、高学歴社会である。

2000年代以降、高等学校(以下、高校)進学率の上昇(95%超)に伴い、義務教育を後期中等教育段階まで延長する議論が展開され(※3)、「十二年國民基本教育實施計畫」の下、2014年から一定の条件による高校の学費無償化、入学試験の免除による実質的な義務教育期間の延長が果たされた(※4)。前期中等教育から後期中等教育への移行が、試験ではなく、学区制と進路相談に基づいてなされている点は、高校入試が存在する日本との大きな違いであると言えよう。

日本の学習指導要領に相当する国定の教育課程は、第二次世界大戦後から1990年代前半に至るまで、小学校と中学校それぞれの「課程標準」として策定されていたが、2003年・2008年は「國民中小學九年一貫課程綱要」、2014年からは「十二年國民基本教育課程綱要」という名称で策定されている。2003年の改訂では、小学校から中学校への移行をスムーズにすることと教科横断的な教育活動の実現が目指され、それまで小学校と中学校で分かれていた教育課程が統合されるとともに、教科から学習領域に変更された。2014年の改訂は、先述した「十二年國民基本教育實施計畫」と連動するものであり、後期中等教育までをも含む一貫した教育課程の構想が示されている。

キャリア教育の提唱とその背景

台湾における今日のキャリア教育は、1998年9月30日に公布された国の教育課程「國民教育階段九年一貫課程總綱綱要」において、国民の「十大基本能力」のひとつとして「キャリアプランニングと生涯学習」が挙げられ、同年10月17日に重点項目のひとつに追加されたことに端を発する(※5)。

その背景には、冒頭にも言及した1990年代における脱権威主義の教育改革がある。1994年、日本の臨時教育審議会をモデルとして組織された「行政院教育改革審議委員会」が置かれ、1996年には最終答申となる「教育改革總咨議報告書」を発表したが、これはその後の教育改革のグランドデザインというべき性格を持つものであった(※6)。同報告書において示された教育改革の優先推進項目8つの中には、「技術・職業教育の多元化・精緻化の促進」「生涯学習社会の確立」も含まれており、高校・大学の統一入試制度を廃止するなどの改革が行われたが、その背景には行き過ぎた進学主義によって子どもたちに過剰な負担が強いられていることがあった(※7)。このような文脈の中で、キャリア教育の重要性が認識され、提唱されるに至ったのである。

キャリア教育のガイドラインと教育課程上の位置づけ

(1)定義と能力指標
台湾においては、キャリア教育が教育課程における重点項目のひとつに位置づけられ、その理念やガイドラインは「國民中小學九年一貫課程綱要重大議題(生涯發展教育)」に示されている。その中で示されているキャリア教育(生涯発展教育)の定義は、次の通りである(※8)。

生涯発展(career development)教育とは、義務教育から高等教育、継続教育に至るまでの全人的教育であり、学術的機能と職業的機能を兼ね備え、進学や就職の準備となるものである。それはまた、伝統的な普通教育の中に職業的価値を確立することを強調し、個人が価値ある人生を創造できるようにすることを目標として、教育の真の価値を発揮するための全体的な構想である。

幼児期の教育が含まれていない点、D・E・スーパーの役割概念が意識されていない点は、日本で共有されているキャリア教育の考え方とは若干異なっているものの、「教育の真の価値を発揮するための全体的な構想」という定義には、「学校教育を構成していくための理念と方向性を示すもの(※9)」として位置づける日本のキャリア教育との共通性を見出すことができる。つまり、すべての教育活動を通じたキャリア教育実践が意識されている。その意識は、育成する能力指標が発達段階(1~2年生、3~6年生、7~9年生)に応じて示されるだけではなく、各学習領域において関連性の高い目標との対応関係までもが具体的に示されている点に明確に表れている。また、能力指標(表1)の内容を見ると、日本における基礎的・汎用的能力のうち、自己理解・自己管理能力、キャリアプランニング能力に相当する内容に特化していることがわかる。

表1 キャリア教育の能力指標表1 キャリア教育の能力指標

このガイドラインは、2003年に発布されてから、2008年と2011年にそれぞれ改訂されている。2008年の改訂においては、キャリア教育に生涯学習の考え方を取り込む記述が加えられるとともに、データ収集や教員の意見に基づいて、中学生はキャリアプランニングをするには未熟であるとして、能力指標(3)が「キャリアプランニング」から「キャリア探索と進路選択」という現行の内容に修正されているが、2011年の改訂は、語学領域の閩南語に関する学習目標と能力指標の対応表の追加にとどまっている。以上のように、児童・生徒の実態や教員の意見に基づいた微修正はなされているものの、実践の内容や方法の変更を迫るような大幅な修正は見られない。

(2)キャリア教育実践の中核を担う「綜合活動領域」
「綜合活動領域」における目標は、「自己啓発とキャリア開発の促進」「実践的なライフマネジメントとイノベーション」「社会と環境への配慮の実行」となっており、その筆頭にキャリア開発(生涯発展)が置かれている。かつて独立していた輔導活動科がこの領域に吸収されていることからも(※10)、実質的にこの領域がキャリア教育の実践の中核を担っていると言える。

小学校における綜合活動領域の授業は、3年生から始まり、週2時間である。2年生までは、社会領域、自然科学領域、芸術領域、綜合活動領域を合わせた生活課程領域の時間が、週6時間分充てられている。小学校段階においては、領域内において明確に科目が分かれていないことや、キャリア教育の中核を担う人材である専任輔導教師(後述)の配置が相対的に進んでいないことから、綜合活動領域の授業は、基本的に学級担任が実施する(※11)。ただし、専任輔導教師がいる小学校においては、専任輔導教師が複数の学級の綜合活動領域の授業を担当する。

中学校は週3時間であり、領域内で「家庭」「スカウト活動」「輔導(ガイダンス)」の3科目に分かれ、とりわけ輔導科がキャリア教育と関連の深い科目である。当該科目は、専任の輔導教師の免許を有する者が担当することになっている。高校段階になると、綜合活動領域内の科目はさらに細分化し、「生命教育(1単位)」「キャリアプランニング(1単位)」「家庭(2単位)」の3科目が必修、「思考:知恵への船出(2単位)」「未来とキャリアパスを想像する(2単位)」「革新的な生活と家族(2単位)」が選択科目となり最大6単位の取得が可能である。必修の「キャリアプランニング」は、専任の輔導教師が担当することになっている。

輔導教師の詳細は、節を改めて詳述することとし、綜合活動領域の実践例として、手引き(※12)に例示されている指導案を参照し、具体的な実践の概要を見ていく。小学校段階では、「自己啓発とキャリア開発の促進」ではなく、「実践的なライフマネジメントとイノベーション」にかかる学習目標を設定した指導案しか示されていなかったため、中学校における指導案を取り上げる(表2)。この単元は、本来4時間分の内容として示されているが、すべて翻訳すると長くなるため、表2の内容は最初の1時間分のみを訳したものである。

表2 総合活動領域における中学校段階の指導案例表2 総合活動領域における中学校段階の指導案例

このあとに、「活動2 中学生になった?」「活動3 中学校生活の達人になる」「活動4 私の中学校の秘訣!」という活動が続く。この単元は、新中学1年生にあたる7年生が、「中学校という新しくて未知の、しかし挑戦的な学習環境に直面し、内心で不安や期待が入り混じった時の心理的なニーズに応えることを意識し、状況を構築し、文脈に沿った学習の場を作り出し、生徒が自主的に学び、意味を感じる動機を引き出すこと」を目的としている(※13)。内容としては、日本の特別活動における学級活動に通ずるところがあるが、その実践者が学級担任ではなく、輔導科の教員免許状を有する輔導教師が担当する点に大きな違いがある。

(3)職場体験の位置づけ
台湾では、国が定めた領域学習に基づく教育課程の他に、各学校において児童・生徒の実態に合わせた教育課程を計画することができる「弾性学習課程」という枠がある。そこで検討されるべき教育課程として、児童・生徒の興味や能力に応じて分けられたグループで教科横断的な学習活動を行う「クラブ活動」と、手・目・身体・心などの感覚統合を促進し、生活に必要な実用的なスキルを習得し、労働の尊さを育む精神を養い、人と技術、仕事の世界との関係を探求することを目的とした「技芸課程」がある。つまり、綜合活動領域におけるガイダンスに加え、弾性学習課程において各学校が、それぞれの実態に応じた体験的な活動を実施することが求められている。

台湾には、職場体験を推進する法的根拠として、2015年公布(2019年改正)の技術及職業教育法がある。同法第3条において、職場体験教育とは、「職業に関する知識、探求、体験を生徒に与える教育」であると定義され、第9条において、「高等学校以下の学校は、児童・生徒にキャリア探求の機会を提供し、正しいキャリアの価値観を確立させるために、総合的なキャリア探求及びキャリアカウンセリングプログラムを提供または採用すべきである」と規定されている。具体的には、8年生における地域の高校見学、9年生の技術芸術(技芸)教育への参加が挙げられるが、現時点で確認できた最新の実施状況(2011~2018年)は、表3の通りである。

表3 2011~2018年度8・9学年における学業と適性探求活動実施学校数表3 2011~2018年度8・9学年における学業と適性探求活動実施学校数

新型コロナウイルス感染拡大期以降の実施状況については改めて確認する必要があるものの、2018年時点においては、約9割の中学校が両方のプログラムを実践していることがわかる。日本との比較において興味深い点は、日本の職場体験は、2018年時点で97.7%の中学校が職場体験を実施し、そのうち84.0%が中学2年生での実施であったのに対し(※14)、台湾では、8年生(中学2年生)で高校見学を行い、9年生(中学3年生)で職場体験にあたる技芸教育を行っていることである(表3)。このような差異の背景に、どのような考え方や教育的意図の違いが存在するのか、今後のさらなる探究が必要である。

実践の中核となる人材としての輔導教師

輔導教師の養成と配置は、義務教育年限を6年から9年に延長した1967~1968年の「九年国民教育政策」において進められた(※15)。現在、輔導教師は、中学校における綜合活動領域・輔導科または高校における綜合活動領域・キャリアプランニング科を担当する職と、授業等の教育業務は担当せず、児童・生徒のカウンセリングを担当する職に分かれているが、どちらも教諭としての位置づけであり教員免許状が必要である。また、心理士や社会福祉の資格を持ち、教員免許は持たない専業輔導人員という職も存在し、輔導教師とは別に地域のカウンセリングセンターなどに配置され、とりわけ複雑なケースを担当することになっている(※16)。學生輔導法施行細則(2015年公布、2023年改正)第11条(※17)においては、小学校にも輔導教師が配置されることになっているが、必ずしも各小学校に輔導教師がいるわけではないことはすでに述べた。こうした学校におけるカウンセリングの拡充は、キャリアカウンセリングの必要性のみならず、いじめや不登校、自殺等の問題を背景として、子どもたちの心理的困難に対応することが意図されている。

キャリア教育を担う人材としての輔導教師の特質は、他教科との兼務や校内分掌としての役割ではなく、中学校の綜合活動領域・輔導科あるいは高校の総合活動領域・キャリアプランニング科を専門に担当する教師として置かれている点にある。そこで、その養成課程において、どのような専門知識を身につけることを求められているか確認すべく、国立台湾師範大学の教員養成課程において、中学校綜合活動領域・輔導科の教員免許を取得する場合に、教職基礎科目に加えて必要な専門科目の一覧を表4に示した。

表4 国立台湾師範大学中等学校教員養成課程「輔導教師」履修科目及び単位一覧(2022年度より適用)表4 国立台湾師範大学中等学校教員養成課程「輔導教師」履修科目及び単位一覧(2022年度より適用)

輔導教師の専門科目として履修が求められているのは、キャリア開発に関する科目を含め、カウンセリングにかかる科目が中心である。キャリアないし職業に焦点を合わせた専門職の養成課程としてはやや不十分さが残るが、キャリア教育の中核となる人材が他の教科等との兼任としてではなく、専任の職として存在していること自体に大きな意義があると言えよう。

おわりに

本稿では、台湾におけるキャリア教育が、1968年からすでに始められていた指導/輔導活動とそれを担当する輔導教師という基盤を生かしながら発展してきたことによって、中核となる教育課程上の時間と、それを担当する専門の教師が存在するという特質を持つことが確認できた。このような特質は、戦後直後の日本における「職業科」ないし「職業・家庭科」、その後、当該教科における進路指導の機能が、特別活動における学級活動へと吸収されていく展開、そして今なお残存する職業指導の教員免許との類似性を見出すこともできる。台湾におけるキャリア教育の最新の状況のみならず、戦前・戦後の日本からの影響を含めた歴史的展開を含めてその変遷を明らかにすることは、今後の日本における教育課程上のキャリア教育の位置づけを検討する上で示唆を与え得る。一方で、長年問題視されてきた進学主義の改善の役目がキャリア教育に期待される中、実際にはどのような実践が展開され、どのような成果を残してきたのかについても、より具体的に明らかにしていく必要があろう。

(※1)台湾に撤退した中国国民党が、中国共産党の脅威や国内の反対勢力を抑えるために1949年5月19日に公布し、1987年7月15日まで約38年間にわたって施行された。この間、政治的弾圧や言論統制が行われ、反政府活動は厳しく取り締まられた。
(※2)教育部統計局「粗就学率」2025年3月2日閲覧
(※3)劉語霏(2008)「台湾の義務教育制度改革に伴う後期中等教育の再編―普通高校・職業高校の地域化政策に着目して―」『東北大学大学院教育学研究科研究年報』, 57(1), pp.103-115.
(※4)教育部(2017)「十二年國民基本教育實施計畫(核定本)」, p.5.
(※5)教育部(2011)「國民中小學九年一貫課程綱要重大議題(生涯發展教育)」, p.199.
(※6)山﨑直也(2009)『戦後台湾教育とナショナル・アイデンティティ』東信堂, pp.144-145.
(※7)Ibid., 146-152.
(※8)教育部(2011), p.199.
(※9)中央教育審議会,(2011)「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)」, p.19.
(※10)田秀蘭・盧鴻文(2018)「我國國民中學輔導工作50年的回顧與展望」『教育研究集刊』, 64(4), pp.77-106., pp.81-83.
(※11)2025年3月6日、台湾の小学校教員1名に綜合活動領域の担当について確認した。
(※12)国家教育研究院(2018)「十二年國民基本教育課程綱要 綜合活動領域課程手冊」
(※13)国家教育研究院(2018)「十二年國民基本教育課程綱要 綜合活動領域課程手冊」, p.87.
(※14)国立教育政策研究所(2020)「平成 30 年度職場体験・インターンシップ実施状況等結果」
(※15)Ibid., p.80.
(※16)田秀蘭・盧鴻文(2018), p89.
(※17)輔導教師の配置は、以下のように規定されている。「小学校の場合、24学級以下1名、25学級以上48学級以下2名、49学級以上はこれによって類推する。中学校の場合、15学級以下1名、16学級以上30学級以下2名、31学級以上はこれによって類推する。高等学校の場合、12学級以下1名、13学級以上24学級以下2名、25学級以上はこれによって類推する。」例えば、30学級ある高等学校の場合、13~24学級に相当する2名に加え、残り6学級分すなわち12学級以下に相当する1名、合計3名の輔導教師の配置が求められる。

安里ゆかし氏

筑波大学大学院人間総合科学研究群博士後期課程在学。2024年度日本学術振興会特別研究員(DC2)。研究関心は、職業選択を通じた階級・階層の再生産、キャリア教育におけるパターナリズムの正当化問題。

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