「なんとなく・・・」と答えなくなる、SNSに翻弄されない自分になる【Vol.8 多摩大学 経営情報学部 杉田ゼミ】
イケてるゼミ第8弾は、レジャーやスポーツといった身近なテーマを入り口に、学生間で徹底して議論し「自分の意見」を育てる杉田ゼミ。今回のオンライン取材では、ゼミ生に無茶ぶりともいえるリクエストをしたが、どのゼミ生もきちんと自身の考えを語り、その姿には学生記者も驚いた。どのようにこの力を身につけているのか、この秘密に迫るべく杉田ゼミが大事にしている3つの活動にクローズアップ!
取材・文 新海愛美(東京女子大学2年)
【Seminar Data】
教員:杉田 文章(すぎた ふみあき)教授/多摩大学 経営情報学部
専門分野:余暇マネジメント、サービス産業論、事業構想論
構成員:2・3・4年生
位置づけ:必修
単位数:2~4年生で計12単位
卒業研究:必修
価値軸が将来の自分を助ける?
「今、学生が一番に大切にするべきなのは、自分の価値軸を作ることだと思います」
杉田先生は開口一番にこう語った。
価値”軸”と価値”観”は少しニュアンスが異なる。価値観は時代に流されないのに対して、価値軸は時代の変化に合わせ自分が何を大切にし、どう生きるか考えるうえで指標となるものだ。
SNSが急速に普及し情報があふれる社会。私たち学生はSNSからの情報収集で、行動や意思決定をすることが多い。では、自分の選択に対し「なぜ、それを選びましたか?」と質問されて、すぐに根拠を話せるだろうか。SNSの情報を鵜呑みにせず、自分の考えをしっかり持っているだろうか。
杉田ゼミの活動は、SNSに翻弄されない価値軸を持ってもらうことを目標にしている。
"トピック勉強会"で世の中を知り価値軸を作っていく
杉田ゼミにおけるトピック勉強会は、価値軸を作るうえで重要な役割を果たしている。
学生の興味関心から引き出されたトピックは、壁一面のホワイトボードに芋づる式で展開され、ゼミ生全員で完成させたホワイトボードを吟味する。上の写真を例にあげると、〈なぜ学校へ行かなければならないのか〉というトピックから始まり、関連するキーワードをあげていくうちに〈地域交流〉〈恋愛〉〈国が決めたルール〉など意外な話題にまで発展した。
一人ひとり異なる視点の意見が交わされることで、今まで気がつかなかった疑問・世間の流れがより明確に見えてくる。しかも、杉田ゼミの学生はこの発見だけでは終わらせない。発見と同時に生まれた新たな疑問は、次回以降のトピック勉強会で活用する。発見から得られた世情は、将来に役立つ知識として自身に吸収される。
この活動では杉田先生はほとんど口出しせず、学生がトピックの決定から主体となって行う。なぜならば、その方が学生の積極性が増すからだ。ただし学生がトピックを出せずに悩んでいる場合には、先生から助け船を出すことがある。たとえば過去のトピック勉強会で、ゲーム以外に興味関心のあるトピックがあげられない学生に、杉田先生はこうアドバイスされたという。「じゃあゲームからいこうよ! ゲームって誰がどうやって作ったんだと思う?」。学生はこのアドバイスをきっかけに、一歩前へ踏み出した。
「まったく興味関心がない学生はいない」と杉田先生は語る。トピック勉強会に限らず卒業研究のテーマであっても、第一に学生の興味関心を優先させる。これぞ杉田ゼミStyle!学生は自身の興味関心を起点に、ゼミ生からの意見を聞き深掘りを進め、判断の基準となる軸が持てるようになる。
学校を飛び出し世間に触れる"フィールドワーク"
ゼミの活動時間外で、学生が自主的にフィールドワークへ行くことがある。自ら足を運ぶことで感じることや考えることが倍増し、記憶にも残りやすく、学内では得られない経験ができる。よって、杉田ゼミではフィールドワークを推奨している。コロナ禍の間は一時的にフィールドワークの回数が減ってしまったそうだが、現在は回数を増やしつつある。
フィールドワーク先は杉田先生の専門分野である“余暇”に関連したものが多い。たとえば、テーマパークやスポーツ観戦に行き、余暇マネジメントの観点から〈人気の秘密〉を探るなどだ。楽しみながらも学びがあり魅力的である。そのうえ、学生同士の交流も深まる。
ゼミ生数名で観劇に行ったある学生は、作品に感動しただけでなく、自身の生き方についても考えるようになったと話す。「余暇によって人生が豊かになることを実感した」と、余暇に対する印象が以前と比べて変わったことも話してくれた。今までは余暇が人生に影響を及ぼすといった考えがなかったそうだ。
フィールドワークという学びの機会を意識すれば、日頃私たちが娯楽目的で行う余暇体験からも学びが得られる。また学生一人ひとりフィールドワークを通して学ぶことが異なるため、同じゼミであっても各々の個性が輝くといった利点がある。学生は世間に触れ、余暇体験をただ楽しいだけで済ますのではなく、そこから学びを得て自身の考え方や価値軸を構築しようとする。杉田ゼミにおけるフィールドワークの位置づけは他のゼミと違い、学生にとって特別な活動になっているだろう。
"ディベート討論会"の繰り返しで価値軸が育つ
ディベートは自分の置かれた立場で物事を考え、理論的に発言しなければならない。一般的なディベートは肯定派と否定派に割り振られ、それぞれの根拠と主張・反論を行ったうえで最終審判を行う。しかし杉田ゼミのディベート討論会では、学生自らの意見に基づき、どちら側の主張につくかを決め、勝敗の最終審判は行わない。勝ち負けではなく、あくまでも自分の意見を明確にし、グループ内で意見をまとめ主張すること、異なる意見にも耳を傾け理解することを目的としている。
あえて勝ち負けをつけないことで、学生は勝敗にとらわれず、自分の意見を理論立てることに集中でき、異なる意見も聞いたうえで、さらに自分の意見をブラッシュアップする。この過程は学生にとって刺激的だ。杉田ゼミの活動の中で一番印象に残っている活動を聞いても、ディベート討論会をあげる学生が多かった。特に「eスポーツ(※)はスポーツか? スポーツではないか?」をテーマに議論した際は、意見が半々に割れ議論が活発化したそうだ。
ディベート討論会こそ、まさに学生の価値軸が磨かれていく絶好のチャンスである。
(※)「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称
活動成果を拝見! 無茶ぶりで余暇に関する意見を聞いてみた
杉田ゼミの学生の特徴は、ゼミの活動を通して価値軸を身につけ、自分の考えをしっかり持っているところだ。そこで今回3人の学生(Sさん、Nさん、Iさん)に協力してもらい、急遽オンライン上で質問を投げかけてみた。
(筆者)現在「余暇は生きがい・人生を豊かにするもの」といったイメージが強いですが、余暇を対象にしたビジネスが今後さらに拡大した場合、どう感じますか? 余暇に対するイメージに影響があると思いますか?
Sさん「ビジネスやお金儲けの発展ではなく、余暇を楽しむ人が増えていく発展の方が望ましいと思います。余暇は楽しむ人のためであってほしいので、お金儲けと結びつきが強くなると、余暇がネガティブな印象に偏ってしまうと感じます」
Nさん「僕は推しの動画の一部が、無料から有料になることはよいと思っています。ですが動画がすべて有料になると、余暇がビジネス一色になって、本来の余暇のイメージとかけ離れてしまうと思います」
Iさん「ビジネスとの結びつきが強すぎると、お金ばかりかかって、それまで楽しんでいたものから離れてしまう人もいると思います。無理なく月々の予算内で楽しめるお手頃な価格で、それに見合うサービスならばビジネスが成り立つと思います。ビジネスを前面に押し出したものが多いと、余暇に対してネガティブな印象がついてしまうと思いますね」
事前に質問内容を伝えていなかったが、それぞれ悩みながらも三者三様の意見を語ってくれた。取材をしていて、杉田ゼミの学生は、日頃から自身の価値軸に基づき考える癖がついていると感じた。そうでなければ、今回のような急な問いに意見をしっかり述べることはできなかっただろう。
杉田ゼミの活動成果を目の前で見せられた、そんな印象だった。
杉田ゼミの活動を通して、社会人になるための基礎力が身につく
学生を信頼するだけでなく、学生の将来のことまで考えている杉田先生の姿勢は、これまでに紹介した〈トピック勉強会〉〈フィールドワーク〉〈ディベート討論会〉の3つの活動に顕著に表れていた。これらの活動は共通して、学生が社会人になった際に求められるスキルにつながっている。具体的にどんなスキルかというと、話し合いに主体的に参加できる、投げかけられた質問に対して独自の視点と根拠に基づき答えられる、一つの物事を多面的な角度から考えることができる、といったところだ。
これらのスキルの基盤となっているのが価値軸だろう。価値軸を持っていると、質問に「なんとなく…」と答えたり、SNSの情報に翻弄されたりすることも少ないはずだ。杉田ゼミで学生が身につける価値軸は、卒業後も社会で生きていくうえで力強いベースとなっていくだろう。
【Student’s Eyes】
■杉田ゼミは先生の専門分野にかかわらず、とにかく学生の興味関心を最優先し、またSNSを使う私たち世代について考えられた活動内容でした。そんな学生に寄り添う姿勢が素敵だなと思いました。先生の専門分野である余暇とフィールドワークが楽しく結びつけられる点も新鮮で、実際に参加してみたいと感じました。トピック勉強会で行っていた芋づる式の方法は、私自身が記事を書く際にも利用させていただきました!(新海)
■多摩大学の多くのゼミが「うちのゼミではこれをやっているので、やりたい人は来てください!」であるのに対して、杉田ゼミは無限の方法論がある中で、自分の興味関心を膨らませながら、ゼミ活動を通して深掘りできる点が非常に魅力的だと感じました。活動の中で興味関心は少しずつ変わるので、それを汲み取って深められるのが理想的なゼミの形の一つだと思います。(清水琢矢/共愛学園前橋国際大学3年)
■何が本当で何がフェイクか分からない世の中という考えは自分も同感で、よくフェイクニュースに踊らされたりしていたので、多方面から視点を持ち、俯瞰的に物事を見られるようになる力が、きっと杉田ゼミでは作られるのだと思いました。自分の価値軸というキーワードがありましたが、これは就活でいう「貴方の就活軸は何ですか」にも直結するもので、培った価値軸はきっと就活にも活かせるものになると思いました。(来住優太/北星学園大学4年)