挑戦できる「個性の遊園地」【Vol.10 白百合女子大学 人間総合学部 児童文化学科 やたゼミ】

2025年01月29日

イケてるゼミ第10弾は、アニメーションクリエイターの教員が率いる制作系のゼミ。自分の「好き」を探索し、互いの「好き」を認め合い、創作の種を大切に育てるこのゼミでは、学生の表情も明るく、ポジティブなエネルギーに満ちあふれている。そんな「行くのが楽しみになる」遊園地のようなゼミは、何を大事にしているのか?ゼミ生のコメントからそのヒミツをひもとく。

取材・文 中村 星瑛 (白百合女子大学2年)

【Seminar Data】
教員:やたみほ准教授
白百合女子大学 人間総合学部 児童文化学科
研究分野:アニメーション制作・創作研究
構成員:3年生16人、4年生20人
位置づけ:必修のゼミ
単位数:3年生4単位、4年生8単位、計12単位
卒業研究:卒業制作

写真左:(左から)4年生 大森彩生さん、松村美波さん、小宮山叶子さん、写真右:(左から)3年生 中村星瑛、山崎咲来さん、やたみほ先生、高萩観依さん、若林真音さん、関口寧音さん写真左:(左から)4年生 大森彩生さん、松村美波さん、小宮山叶子さん
写真右:(左から)3年生 中村星瑛、山崎咲来さん、やたみほ先生、高萩観依さん、若林真音さん、関口寧音さん

エネルギーあふれる、やたゼミの学生

東京都調布市にある白百合女子大学の「やたゼミ」。アニメーションクリエイターのやたみほ准教授が率いる、人間総合学部児童文化学科の制作ゼミだ。やたゼミでは3年生の前期にキャラクターを創作し、後期にキャラクターを使い作品を制作する。4年生では3年次に作ったキャラクターを活かして卒業制作を進める。

東京都杉並区にあるムッチーズカフェでは、やたゼミの学生が作品を展示するゼミ展を毎年実施している。そこでは4年生の卒業制作や3年生の作品を見ることができる。さらに3年生はオリジナルキャラクターの人気投票を行い、1位のグループはグッズを商品化しゼミ展で販売をしているそうだ。

写真左:2024年 学生作品展の様子、写真右:キャラクター人気投票1位「みるぐる」のコインケース写真左:2024年 学生作品展の様子
写真右:キャラクター人気投票1位「みるぐる」のコインケース

やたゼミには毎年希望する学生が殺到している。やたゼミの魅力とは何だろうか。

4年生の大森さんは、ゼミを通して学んだことについて次のように話してくれた。

「ちゃんと学んで創作をしていく中で思ったのは、やっぱり自分の『好き』とか『可愛い』という感性は、自分しか持ってないものだから、大切にしていかなきゃいけないということです。自分にはとってはとても衝撃的な考え方でした」

大森さんは卒業制作で「今しか感じられないことを新鮮なうちにまとめたい!」という思いから、大学生活の些細なことをまとめたイラストノートを作りたいという。制作をする時はいろいろなことを考えて、悩むことも多い。表現したいものや自分の好きなもの、「自分はこれを描きたいけど、みんなから評判が良かったのはこれ」「先生はこっちの方がいいと思うだろう」など迷うことがよくあるそうだ。しかし、正解がないことに悩みながらも自分が好きと思えるものを信じ、最終的に自分で表現したいものを決めて創作をする考え方は制作ゼミだったからこそ気づくことができたという。

やたゼミの学生は自分の考えを大事にしており、取材の際には一人ひとりが生き生きとした表情で自分の思うことを伝えようとする姿が印象的だった。自分の考えに自信を持ちながら、お互いに尊重し合う中で、自分の作品を作り上げるというのがやたゼミの学生像だといえる。

自分をより好きになる、ゼミのヒミツ

一人ひとりが楽しそうに創作に取り組み、輝いて見えたやたゼミの学生。そのエネルギーはいったいどこから来ているのだろうか。学生同士はどのように関わっているのだろうか。

やたゼミの特徴の一つとして「お互いを絶対に否定しない」ことが挙げられる。

3年生の高萩さんは趣味や好きなことを共有できるゼミの雰囲気が、支えになっているという。「たとえば、サンリオとか、ジブリとか、ムーミンとか、みんなそれぞれが好きなものに対する情熱があって、それぞれの話をお互いに興味を持って聞き合います。わたしの話も耳を傾けてもらえる。ゼミ全体が明るい雰囲気で、行くのが楽しみになる。心の支えです」。

4年生の大森さんは自身についてこう語った。大森さんはそれまで親や周りの人に好きな俳優や、好きなアニメについてあまり話したことがなかったという。馬鹿にされるのではないかと怖くなる気持ちや、否定されるのではないかという恐れがあったそうだ。しかし大学では「それいいじゃん」「新しい考え方で最高だよ」といったポジティブな言葉が飛び交い、彼女の気持ちは大きく変わった。自分の「好き」に対して、友達がポジティブな言葉をかけてくれるため、自分の好きなものをより好きになったという。

4年生の小宮山さんはゼミ生がお互いにポジティブな言葉をかけ合うことについて「受け入れるのが優しさとかじゃなく、いいじゃんと心から言ってくれている感じがあるかもしれないです」と話してくれた。

ゼミ生以外も参加できる研究会と1冊のスケッチブック

やたゼミの雰囲気はゼミに所属していない学生にも伝わっている。

ゼミ活動のほかに、2024年の1月にはアニメーション研究会が発足した。2年生から4年生の学生数名が集まり、月に1回のミーティングで先輩の卒業制作や、やた先生から紹介されたアニメーションをみんなで見ているという。アニメーション研究会の活動は学外で行うことが多く、三鷹の森ジブリ美術館に行ったり、やた先生の自宅にある制作スタジオを見学したりしている。三鷹の森ジブリ美術館に行くことになったのは、2年生が行きたいとつぶやいたことがきっかけだったそうだ。

児童文化学科でアニメーション研究会の一員である立野さんにゼミについてのイメージを聞くと、「楽しそうだなあ。楽しそうで、好きなことを突き詰められそう」と答えてくれた。

テーブルの上には1冊のスケッチブックがあった。

やた先生の研究室に来た学生が好きなことを書き込むためのスケッチブック。立野さんはスケッチブックを指さしながら、「なんか仲良くないですか」と何度も繰り返していた。筆者にも、やたゼミの温かさが伝わってきた。お互いの「好き」を認め合い尊重し合う環境は、学生にとってお互いにのびのびと楽しく学び合うことができる理想の環境といえる。

やた先生の研究室にあるスケッチブック
やた先生の研究室にあるスケッチブック

学生の「好き」を引き出す先生の存在

ゼミ生に卒業制作について話を聞くと、3年生を含め多くの学生が卒業制作の方向性が既に定まっていた。そもそも自分が好きなことや興味のあることを自分自身は知っているものだろうか。やたゼミでは学生がやりたいことが分からなくて悩む時、先生が学生に働きかけて一人ひとりの興味・関心を引き出している。

やた先生は学生一人ひとりと話す機会を多く設け、学生自身について深く知ろうとしている。やたゼミでは卒業制作の過程で作品の方向性について悩む学生が多いため、その際に先生は学生に「どうしてこの学科に入ったの」「小さい頃何が好きだったの」とヒアリングを行う。

「まずは自分が好きだったこととか、得意なこと、気づいていないことを気づかせてあげます」

やた先生がとにかく質問をし、学生自身のことについて聞き出していくうちに、学生が「そういえば私これも好きでした、あれも好きでした」と気づくのだという。

「その中で共通点が見出せたら、『じゃあそれ制作にしてみたら』と助言をします」
答えを提示するのではなく、学生から引き出す。

さらに、筆者が思うやた先生ならではの働きかけは、学生の創作表現に対し「最上級の提案に努める」ことだ。先生の持つ引き出しの多さを活かし、学生に的確なアドバイスをする。学生が作品を作っていて、「どうしてもうまくいかない、どうしよう」となった時は、「こっちに回り道あるよ」「そういう時はこの方法でもいいんじゃないの」と声をかけるのだそうだ。先生の案を選んでもいいが、最終的に自分がやりたいと思うものを選んでもよい。提案の賛否は評価に影響しない。

やた先生は学生が考えたことにいつも寄り添っている。丁寧なヒアリングと最上級の提案によって、学生が自分なりの答えを導き出し、自分のやりたいこと、自分の好きなことを見つけているのではないだろうか。学生の「好き」を引き出しているのは先生による学生への働きかけだ。そして、「安心できる環境」をやた先生が作り出し、「学生の見本」となる存在となっていることも、ゼミの雰囲気づくりに寄与しているといえる。

2年生は、アニメーション研究会でやた先生は学生とどのように関わっているのかについて、このように話してくれた。

「私たちが話しやすいことを振ってくださったり、些細なポイントを見つけて、作った時に褒めてくださったり、絶対否定されることがないので、安心して話せます。言わなくてもいいかなと迷うことを、ぽろっと話した時も拾ってくださいます」

否定されない、安心感のある環境を先生が作り出している。先生の姿勢がゼミの雰囲気に、そして学生の考え方に反映されているのではないだろうか。

学生時代の恩師との思い出が、今のあり方に影響

こういった学生への働きかけには、やた先生の学生時代の経験が影響しているという。実はやた先生は白百合女子大学の卒業生でもある。白百合女子大学に入ろうと思ったのは児童文学の作家になりたかったからで、大学時代は童話を書いていた。当時の先生方は気軽に話しかけられる存在というより、雲の上の存在であった。やた先生が4年生になり、ゼミに入ると先生1人に対し、ゼミ生は2人であった。その際にいろいろお話ができて、その先生にクレイアニメを作って見せたところ、楽しんでもらえたそうだ。学生時代の経験から、学生にとって「身近で相談できる存在でいられたらいいな」とやた先生は思っている。

(左から)2年生 立野美優さん、星野朱音さん
(左から)2年生 立野美優さん、星野朱音さん

これからの、やたゼミ

学生には達成感を得てほしいというのがやた先生の願いである。卒業制作はテーマも進捗も、目指すゴールも人それぞれだ。4年生で取り組む卒業制作では、みんながそれぞれ頑張ったという達成感を持てることを最も大切にしている。しかし、これは制作でなくても同じことがいえるという。

「やっぱり学生時代の思い出として、1つの作品をしっかり完成させたんだっていう自信を持って卒業してもらいたいですね。論文も同じだと思うんですよね。卒業論文を書き上げることで、達成感を形に残せると思います。皆さん一緒だと思います」

やたゼミでは自分だけでなく相手も幸せにする作品作りをしている。趣味とは異なるやたゼミでの学びは、大学だからこそ身につく考え方だと気づくことができた。

これからのやたゼミについてお聞きすると、「卒業してからも、制作を続けている人とつながっていきたい」と教えてくれた。「実は2025年の11月にOG展をやるんですよ。初めてだからそれを成功させたい」。やたゼミは、卒業してからも制作を続けている人の挑戦できる場所や卒業生の心の拠り所であり続けるだろう。

最後に「やたゼミを一言で表すなら!?」という質問に対し、4年生からは、すぐに答えが返ってきた。

「誰と話しても楽しい、『個性の遊園地』です」

【Student’s Eye】
やたゼミの取材では学生の皆さんの制作に対する熱い思いや、学生同士がお互いを尊重し合う様子がとても印象的でした。作品や仲間への愛にあふれている空間で素敵なお話をたくさんお聞きすることができてとても嬉しかったです。学生の皆さんが楽しそうにお話しする姿を見て、私自身楽しく幸せな気持ちで取材をすることができました。私は将来教員を目指していますが、やた先生の「最上級の提案に努める」姿勢は私の目指す理想の教師像です。やた先生、学生の皆さん、お忙しい中取材にご協力いただきありがとうございました。