自分にとって「良い仕事」とは何か
近年、テレワークや働き方の多様化に伴い、人々の労働観が大きく変化している。世代による労働観の違いもあり、昇進や権威を追求する一方で、自分らしく無理のない働き方を重視する人々も増えている。「自分にとって『良い仕事』」として挙げられた「自分らしく」「無理なく」とはどのようなものか。どのように実現すればよいのだろうか。
違いすぎる労働観がコンフリクトを生んでいる
近年、人と仕事との関係に変化の兆しが見える。パンデミックを機にはじまった、テレワーク環境の充実や労働時間管理の変化は、個人に対して改めて「自分にとって良い仕事とは何か」を考えさせるきっかけとなった。仕事で自己実現を目指す人ばかりでなく、できるだけ働きたくない、ライフスタイルにあった働き方を重視したいなど、「働くこと」に対する考え方はますます多様化している。
「自分にとって仕事とは何か?」。この問いについて、古くは尾高(1953) が「生計の維持」「個性の発揮」「役割の実現」といった3つの働く意義があることを示している。その後、労働観の推移については、古代、中世、近代、脱近代と区分され、それぞれの時代に支配的な労働観は「労苦」「奉仕」「製作」「遊戯」と定義された(杉村,1997)。ここでは、脱近代である現代は、労働は個人の自由で気ままな 「自己実現」の手段、すなわち「遊戯」になっていると言及している。さらに、第三次産業化の進展に伴い、かつて美徳とされた勤勉の倫理は衰退し、「労働を意味ある行為にしたいとする傾向」「労働における自己実現志向」が高まったとされる。
確かに、各時代に象徴的な労働観はあるのだろうが、現代においてはこれらの労働観が多様に入り混じっているところに解釈の難しさがあるのではないだろうか。同じ組織のなかに、働くことを「労苦」と捉える人もいれば、「奉仕」や「遊戯」と捉える個人もおり、まさに現場では、この違いによって多くの問題が引き起こされているように見える。一例を挙げると、「仕事は奉仕」と捉える上司が「仕事は遊戯(自己実現)」と捉える部下をマネジメントしたときに、なかなか自己成長につながる仕事を任せてもらえない若者が早期離職してしまうのも、こうした違いが背景にあるように思えるのだ。
世代によって労働観はどう違うのか
Work Valueは、古くはスーパー(1970)がWork Values Inventoryを作成し、その後、The Value Scaleとして、スーパーら(1986)によって新たに改訂された。中西・三川(1988)では、この職業価値観(以下、VS)の国際比較をしている。VSは「自分の能力が生かせる仕事をすること」や「昇進できること」「自分の内面的な生活を豊かにすること」「一人ではなく、グループで仕事をすること」などの20項目で構成されている。結果からは、重視されるVSは性別や年齢によって異なること、例えば、昇進や権威は女性より男性のほうが重視しており、人間的成長は30代より20代のほうが重視し、経済的安定は50代がもっとも重視する傾向にあるといったことが示されている。
1976年、1991年、2006年にアメリカの高校生に対して行われた世代間の労働価値観に対する調査(Twenge, Campbell et al.,2010)では、レジャーの価値が大きく上昇し、仕事中心性が低下したことが示され、地位や金銭などの外的価値は2006年のほうが重視されている。そして、彼らは前の世代ほど利他的な価値観を好まず、本質的価値観(興味深く結果重視の仕事)は団塊の世代よりも低く評価していることがわかっている。
結論を先取りすると、本プロジェクトで実施した調査結果(※1)からは、日本においても1980年代に作成されたValue Scale(職業価値観項目)では、現在の労働観は説明できないことが明らかになっている。
本稿では、先に挙げたように「仕事とはどういうものだと考えているか」という一般的な労働観を問うのではなく、本人がどういう労働価値観に基づいて働いていきたいのか、を問うことを目的としている。そこで、「自分にとって良い仕事とは何か」について自由記述で尋ねた調査の分析結果を報告する。
さらに、「自分にとって良い仕事」に特徴的に見られるものは何か、80年代には見られなかった労働観とは何か、その傾向を明らかにしていきたい。
80年代には見られなかった、「無理なく」「自分らしく」
本プロジェクトでは、「あなたが考える『自分にとって良い仕事』とはどのような仕事だと思いますか」と尋ね、自由記述で回答を促した。結果をVS尺度との対応で見てみよう。
図表1 VS尺度と「自分にとって良い仕事」
VS尺度の項目と意味が違うと考えられる「良い仕事」の項目を並べてみたところ、図表1にあるように、昇進・権威・創造性・身体的活動・危険性(冒険的なことをやってみること)、多様性(毎日どこかに変化のある暮らしをすること)、肉体的能力については、「自分にとって良い仕事」としてこれらを挙げた人は見られなかった。聞き方の違いはあるものの、上昇志向を示す昇進や権威が「個人にとっての良い仕事」になりえないのかどうか、今後検証が必要だ。
一方で、80年代調査のVSにはなく、「自分にとって良い仕事」で見られたのは以下のとおりである。右側は実際の回答例だ。
図表2 「自分にとって良い仕事」に特徴的な回答
この結果からは、杉村(1997)が「自由で気ままな 『自己実現』の手段、即ち『遊戯』」とした労働観の一部が垣間見える。そして80年代に見られた、「昇進」のような、「上昇的な自己実現」ではなく、「無理しない自己実現」についての記述が目立っていることが特徴だ。
「無理しない自己実現」とはどのような状態か
次に、個人が捉えている「無理のない状態」とはどのような状態なのか、詳細を調査から見てみよう。
【労働時間の無理がない】
・家庭に無理のない範囲で働ける
・時間に見合った業務量
【フィジカル・メンタルの無理がない】
・長く無理なく働ける
・心身を安定させながら無理なく業務をこなせること
・体に負担がかからず、長く勤められる
【仕事の難易度に無理がない】
・仕事内容の難度が高すぎない
・無理をしない程度でできる仕事
・自分のレベルとあっている仕事
・無理をせずに自分の技術で働くこと
【仕事の量に無理がない】
・適切な量と責任の仕事が与えられるもの
・時間に見合った業務量
・現在の自分が時間内に処理できる仕事
・ほどほどで、自分を見失わないような仕事
上記に見られるように、労働時間の無理がない、フィジカル・メンタル無理がない、仕事の難易度に無理がない、仕事の量に無理がないと、「無理なく」といってもその内容は様々だった。
今回の調査では聞いていないが、これまでに「無理のある」状態を経験したからこそ、今後の働き方として「無理なく」を求めている可能性もある。いずれも、会社や組織に求められてきた働き方ではなく、自分が求める「無理なく」「余裕をもって」「楽しく」「自分らしく」を実現できた状態こそが「自分にとって良い仕事」の状態だとしている。このことはまさに、働き方の主導権が個人に移りつつある兆しではないだろうか。
「無理のない自己実現」のゆくえ
「自己実現」は誤解されやすい言葉だ。巷では、「自分の夢をかなえること」「やりたいことができること」のイメージが強い言葉だが、本来の意味とは異なっている。マズローが定義した本来の自己実現とは、「ありのままの自分としての可能性を最大限に発揮したい」という欲求を指す。それは、苦しい努力を伴うものでもなければ、他人からの評価を得ることでもない、とされている。
本稿で見てきた、「無理なく自分らしく」は、近年中国で話題になった「寝そべり族」や早期退職後に投資の運用益で経済的自立を目指す「FIRE」を彷彿とさせる生き方だ。立身出世や物質主義に背を向け、最低限の生活を維持するのが「寝そべり族」だが、寝そべり族が出現した背景には、受験勉強を頑張ってよい大学に入ってもその後の就職先がなかなか決まらないといった「頑張っても報われない」状況があるとされている。競争を早期に離脱し経済的自立を実現させながら自分らしいライフスタイルを追求するFIREに見られる労働価値観は、個人が「無理なく自分らしく」働くことを志向しはじめた兆しであるとも考えられる。
長らく日本の多くの職場では、男性・正社員・大学卒・健常者・日本人・仕事中心性が高く自分で育児をしない人・自分で介護をしない人がマジョリティであり、彼らを基準に、その他の人も同じように働くことが望ましいとされてきた。その裏側で、この基準にあてはまらない人達は、労働時間や能力が不足している人として扱われ、どこかで無理をして頑張りながら、マジョリティと同じ働き方を目指すことを強いられてきた。しかし、個人に対して今後もこうした無理を求め続けるとしたら、個人のキャリアにとっても企業にとってもサステナブル(持続可能)な状態は実現できないだろう。
を定義する必要があるだろうし、職場としては、個人の状況を見ながら、「無理のない背伸び」を求めていく必要があるだろう。
近年の持続可能なキャリア論(サステナブルキャリア論 Sustainable Careers)(※2)では、持続可能なキャリアの成果指標として、「健康」「幸福」「生産性」が掲げられている。個人は健康や幸福を実現するだけでなく、高いエンプロイヤビリティ(雇用され得る能力)を確保していることが重要だ。そしてそれは個人の努力だけによるものではなく、企業の協力が必要なのである。「生産性」とは、個人の能力を最適に生かしながら、組織の期待(仕事への活力、エンゲージメント、組織市民行動)に応えることを指している。自分にとっての「良い仕事」は自分にしかわからない。今この瞬間の自分にとって、どのような仕事が「良い仕事」なのか。あらためて考えてみてはどうだろうか。
執筆:辰巳哲子
(※1)調査概要 「キャリアに関する実態プレ調査」
調査日:2023年7月19日~7月21日、インターネットモニター調査。n=1414。性別・年代・就業形態によって均等割付を行った。
属性の他、現在の仕事に対する不安やこれまでの意思決定についての質問を自由記述で行った。本稿では、「あなたが考える『自分にとって良い仕事』とはどのような仕事だと思いますか。 ※20文字以上でお答えください。とした設問への回答を分析した。
(※2)サステナブルキャリア論(Sustainable Careers)
Van der Heijden & De Vos(2015)によって「個人の主体性のもとで、いくつかの社会的空間にまたがり、様々なパターンの時を超えた連続性に反映された、個人にとって意味深い、異なる仕事経験のつながり」と定義された。複雑性の高い社会においては、自分がキャリアの主体者でありながら、属する組織と個人の共同責任のもとで個人のキャリアを考えることを推奨している。
参考文献
北村雅昭.(2021). 持続可能なキャリアというパラダイムの意義と今後の展望について.
中西信男 & 三川俊樹. (1988). 職業(労働)価値観の国際比較に関する研究: 日本の成人における職業(労働)価値観を中心に. 進路指導研究, 9, pp.10-18.
杉村芳美著『「良い仕事」の思想――新しい仕事倫理のために』1997(中公新書)中央公論社
Super, D. E., & Bohn Jr, M. J. (1970). Occupational psychology.
Super, D. E., & Nevill, D. D. (1986). The salience inventory. Consulting Psychologists Press.
Twenge, J. M., Campbell, S. M., Hoffman, B. J. & Lance, C. E. (2010). Generational differences in work values: Leisure and extrinsic values increasing, social and intrinsic values decreasing. Journal of Management, 36(5), pp.1117-1142.
Van der Heijden, B. I. J. M., & De Vos, A. (2015). Sustainable careers: Introductory chapter. Handbook of research on sustainable careers, 1, 1-19.