「キャリア」を使わずに「キャリア」を考える
当たり前のように使っていた「キャリア」という言葉
改めてワークス研究所で、古くて新しい「キャリア」というテーマについて考えようとしたとき(前回記事はこちら)、1つの疑問が浮かんだ。そもそも、「キャリア」という言葉を、キャリア研究に携わっていない多くの方はどのように捉えているのだろうか ―。
人と組織の研究をする私たちがキャリアという言葉を使うとき、「なんらかの形で仕事人生と関係したもの」を想起しているように思う(ライフキャリアのように、育児、趣味、地域活動なども含めて自分らしい人生を送るといった趣旨の言葉もあるが、この場合もその1つとしての仕事が重要な位置を占めていることに変わりはない)。
しかし、改めて考えてみると「キャリア官僚」「携帯キャリア」といった言葉もある。病原性のウイルスに感染していて、症状は出ていないといった状態にも「キャリア」という言葉が用いられる。もしかしたら、キャリアという言葉を聞いたことのない人もいるかもしれない。
そして、組織人事領域の研究員だからキャリアという言葉が世の中にも浸透していると考えてしまってはいないか、という疑問が湧いた。そこで、「キャリア」というテーマを取り扱うにあたって、実態を把握し、仮説を構築するための調査を実施した(以下、プレ調査)(※1)。プレ調査では、設問に答えていただく前に(つまり事前情報なしで)、「あなたが『キャリア』という言葉を聞いて、想像することを自由に答えてください」と自由記述形式で尋ねた。
キャリアは「積み上げるもの」「意識高い」というイメージ
名詞と動詞の係り受けの出現率ランキングを確認した(図表1)(※2)。結果は、1位「経験-積む」、2位「ばりばり-働く」、3位「経験-積み重ねる」「頭-良い」であった。「キャリア」を仕事関連の言葉として捉えている人が多いことがわかる。また、仕事関連の言葉について詳細をみていくと、「経験-積み上げる」「長い-働く」「経験-得る」「仕事-続ける」といった、時間をかけて積み上げていくようなイメージのものと、「ばりばり-働く」「ばりばり-仕事する」「頭-良い」「学歴-高い」といった、少々「意識高い」と見られるようなイメージに分かれた。
図表1 係り受けランキング(名詞-動詞)
参考までにワードマッピングを掲載する(図表2)。回答数の多い「経験」を中心とした右下の大きな塊には、仕事とスキルを中心に、経歴、実績、スキル、資格といった、いわゆる職務経歴書で書かれる内容と紐づくようなつながりが感じられる。また、総じて過去から積み重ねてきたものをキャリアと考える方が多いように見受けられる(右上に経験値の塊が独立したが、これは、経験と経験値という言葉は同時に使われないこと、および経験値については、人生とのつながりが見られたからだと考える)。その他でいうと、「高学歴、高収入」の塊、および「キャリア官僚」の塊に分かれた。
図表2 ワードマッピング(回答者全体)
人生や生活と切り離されたキャリア
次に、名詞の出現率ランキングを確認したところ、1位は「経験」(15.1%)、2位「仕事」(14.0%)、3位「経歴」(4.8%)、4位「経験値」(4.3%)、5位「資格」(4.0%)であった。それ以降に出現するものも、仕事に関連する単語がとても多かった。
一方で、6位「官僚」、37位「国家公務員」、59位「公務員」、91位「携帯電話」と、仕事関連以外の単語の回答も見られた(なお前述した、ウイルスに感染しているが発症していない、といった回答はなかった)。また、「よくわからない」「思い浮かばない」「言葉は聞いたことがある」といった回答も全体で2%程度あった(なお「特にない」という回答が5%強あったが、匿名アンケートによくある特徴の可能性もあるため解釈は避ける)。
また、12位には「人生」がランクインした。しかし、キャリアを、人生や、よりよく生きること、生活の様々な側面、家庭との両立など、仕事だけでなく人生設計だと捉えるような回答は、全体の3%弱にとどまったことに驚いた。
「人生100年時代」「ワークライフバランス」「ウェルビーイング」などでは、仕事だけでなく、人生や生活についても自然と考えが及びやすい。一方、「キャリア」という言葉を使うことで、人生と切り離された仕事だけの話だと受け取られたりする可能性があるということである。
ここまで、回答母集団全体結果をご紹介してきたが、「キャリア」という言葉へのイメージは、回答者の属性によって異なるのではないか。そこで、性別、年齢層、現在働いているか・いないか、雇用形態といった属性で確認したが、主だった違いが見られなかった。理由は明確にはわからないが、その1つとして、「キャリア」を「定義」として捉えており、自分ごとというよりは、「キャリアって〇〇という意味ですよね」と自分との距離感がある言葉、手触り感の薄い言葉になっている方々が一定程度いるからではないかと考える。また、前述した「キャリア」から想像される「意識高い」というイメージと併せて考えてみると、自分とは関係ないことだと思っている方の存在も浮かび上がってくる。
本稿では、プレ調査のうち「あなたが『キャリア』という言葉を聞いて、想像することを自由に答えてください」という設問の結果や解釈をご紹介した。プレ調査を通じて、私たちは「『キャリア』という言葉を使うことで接点を持てていなかった方々がいるのではないか」「『キャリア』という言葉を縁遠く感じる方々がいるのではないか」という気づきを得ることができた。プレ調査ではこの他にも様々な発見があった。それは次回以降のコラムで紹介する。
「キャリア」を使わずに「キャリア」を考える。私たちは今回の研究プロジェクトにおいてできるだけ「キャリア」という言葉にとらわれずにいたい。
執筆:武藤久美子
(※1) 「キャリアに関する実態プレ調査」。2023年7月19日~7月21日、インターネット調査。サンプルサイズ1414。性別・年代・就業形態によって均等割付を行い回収した。フリーワード設問を中心としている。
(※2)14位以下は3件の回答が多いため、表示を省略した。自由記述形式であるため、それぞれの出現件数が少ないが、それ以下も見た上で本文中の記載としている。