仕事で「やってみたいことがない」人の多さを考える

2023年10月05日

日本型雇用の揺らぎが本格化した2000年代以降、個人に自律的なキャリア形成を求める声が高まっている。しかし、様々な調査が指摘するように、そのようなキャリア形成にコミットできる人は一部にとどまっている。

リクルートワークス研究所が2023年7月に行った「キャリアに関する実態プレ調査」(※1)では、その様子が浮き彫りになった。この調査は就業者・非就業者を対象に行ったものだが、そのなかで就業者のみを対象に「働く時間や場所、金銭、年齢、家族のケアなどの事情を全く気にしなくてよいとしたら、自分の仕事や職業についてやってみたいことは何ですか」と自由記述で尋ねた。質問の目的は、過去の事情や現在の制約に縛られない状況で、個人が自分の希望をイメージできているのか、そのイメージはどのようなものかを把握することである。

キャリア論においては、先が見えず不確実な時代を背景に、未来の自分をどう描くかが、個人のキャリアに関わる行動を引き出すものとして注目されている。例えば、未来の自分に関わる可能自己論(possible selves theory)では、個人がこれからなりうる自分像としての可能自己には、①なりたい自己、②予想される自己、③避けたい自己の3つの種類があり、これらは必ずしも過去の自己や社会的制約に縛られず、行動を動機づけるとされている(※2)。さらに、可能自己論に依拠しつつ、近年発展してきた、仕事の未来自己論(Future Work Selves)では、個人的に重要な希望や抱負が込められ、現在や過去に縛られない自己像が、個人の将来に関わる能動的な行動に資すると指摘されている(※3)。

プレ調査で尋ねた、自分の仕事や職業についての「やってみたいこと」は、可能自己論で言えばなりたい自己に、仕事に関する未来自己論で言えば過去に縛られない未来自己に近いものと言える。

自分の仕事や職業についてやってみたいことは、今の仕事の創意工夫ではない

自由記述から確認されたことの1つは、働く時間や場所、金銭、年齢、家族のケアなどの制約を全く気にしなくてよい状況で、自分の仕事や職業について「やってみたいことがある人」の多くが、今従事している仕事や職業ではなく、異なる仕事や職業を挙げていたことだ。

図表1は、やってみたいこととして回答されたものの例を示しているが、興味のある仕事・本来やりたかった仕事や、自分にあった仕事、無理のない仕事、自律性の高い仕事、起業・独立、創造性を発揮できる仕事、趣味や好きなことに関わる仕事、今と異なる地域・場所の仕事、人と関わる仕事、人のためになる仕事などが示された。「やりたいことを仕事にしているので、今は他には特に思いつかない」「今の職場では現状以上は望まない」など今の仕事を続けたいと考える人も2%いる一方、今の仕事で働く時間や内容を広げることに関わる回答は少なく、仕事でやってみたいことを問われた際に、多くの人が今と違う仕事を想起していることも特徴である。ここからは、過去の自分や社会制約に縛られない前提を置いた場合に、比較的クリエイティブに自分の未来を描ける人が一定程度いることがうかがえる。

図表1 自分の仕事や職業についてやってみたいことの例

興味のある仕事・
本来やりたかった仕事
学芸員、看護師、外航船員、警官、動物園や水族館での仕事、YouTuber、ウエディングプランナー、秘書、ガードマン、企画をやってみたいです
本来やりたかった音楽の仕事に没頭したい
自分にあった仕事 1人で黙々と作業できるもの
あまり人と接さない仕事をしたい
無理のない仕事 ストレスのない仕事
ひたすらパソコンの入力処理か簡単な内職などの単純作業
家庭や趣味などと両立できて、日々の売上やノルマにとらわれず、一定の収入が払われる仕事
自律性の高い仕事 在宅で仕事がしたい
思い立った時間帯にできる仕事
起業・独立 起業してみたい
自営業
創造性を発揮できる
仕事
クリエイティブなことや広報の仕事をしてみたい
自分の創作物で対価を得る
創作をメインにした仕事
趣味や好きなことに
関わる仕事
アニメグッズなどを取り扱うショップで働きたい
文化人を応援する施設を作り衣食住全てを提供する仕事がしたい
自分の好きな物と本を集めたセレクトショップか、本の編集に関わる仕事
今と異なる地域・
場所の仕事
行ったことがない土地に行き働いてみたい
地元を離れて好きな場所で働き、休みには周辺をめぐりたい
海外で自分を試してみたい
人と関わる仕事 いろいろな国を飛び回っていろいろな現地の人と交流する仕事
人と話をしながらできる仕事
お客様を綺麗にしてあげたい
人のためになる仕事 ジェンダー平等を実現できること
人を助ける仕事がしたい
社会貢献できる職業

(注)「働く時間や場所、金銭、年齢、家族のケアなどの事情を全く気にしなくてよいとしたら、自分の仕事や職業についてやってみたいことは何ですか」と自由記述で尋ねた結果から抜粋。

自分の仕事や職業で「やってみたいことがない人」が4割

一方で気になるのは、あらゆる事情や制約がない前提でも、自分の仕事や職業についてやってみたいことが「ない」人が少なからず存在する、ということだ。就業者の回答を確認し、①何らかのやってみたいことを回答した人、②やってみたいことがない人(やってみたいことはない、あるいは分からないと回答した人)、③働かないこと、働きたくないことを回答した人、④今の仕事に満足していることや今の仕事を続けることに関わる回答をした人に分類したところ、①に当てはまる人は約5割を占めたのに対し、②に当てはまる人も約4割に上った(※4)(図表2)。キャリアの自律の必要性が謳われる今日の社会においても、そのずっと手前で、未来のありたい自己を描くことが難しい人が大勢存在するのである。

図表2 あらゆる制約がなかった場合に「仕事や職業についてやってみたいこと」の状況

図表2 あらゆる制約がなかった場合に「仕事や職業についてやってみたいこと」の状況(注)「働く時間や場所、金銭、年齢、家族のケアなどの事情を全く気にしなくて良いとしたら、自分の仕事や職業についてやってみたいことは何ですか」と自由記述で尋ねた結果を分類したもの。

そこで次に、「やってみたいことがない」人の割合がどのような属性で高いのかを確認したところ、就業形態(正社員、非正社員、役員や自営業主)別には有意な差が確認できなかった半面、性別や年齢別には差が見られた。具体的には、総じて女性より男性で「ない」人の割合が高く、男性では年齢が上がるほど「ない」の割合が上昇する傾向が見られた。これに対して女性では、家事・育児の負担が重い世代の一角である40代で最も「ない」人の割合が低く、60代で最も高い48%となった。

図表3 「仕事や職業についてやってみたいことがない」人の割合(性・年齢階級別)

図表3 「仕事や職業についてやってみたいことがない」人の割合(性・年齢階級別)(注)「働く時間や場所、金銭、年齢、家族のケアなどの事情を全く気にしなくてよいとしたら、自分の仕事や職業についてやってみたいことは何ですか」と自由記述で尋ねた結果を分類したもの。

次に、今の仕事への満足感や現在の仕事を通じた成長実感と「やってみたいことがない」人の関係を見た。すると「やってみたいことがない」人の割合は、仕事に不満足な人で最も低く、満足な人がこれに続き、「どちらとも言えない」人で最も高かった。一方、同じ割合は、現在の仕事で成長実感がある人で最も低く、ない人がこれに続き、「どちらとも言えない」人で最も高かった。プラス方向であれ、マイナス方向であれ、自分の今の仕事の価値をまずは味わうことが、なりたい自己への希望を生み出す上で重要とも解釈できる。そうであるならば、今の仕事に対する不満は必ずしも否定すべきものではなく、可能な自己を持つ上での壁は「どちらとも言えない」というように、今の仕事や職業への実感に蓋をしてしまうことなのかもしれない。

図表4 「仕事や職業についてやってみたいことがない」人の割合(仕事満足、成長実感別)

図表4 「仕事や職業についてやってみたいことがない」人の割合(仕事満足、成長実感別)(注)「働く時間や場所、金銭、年齢、家族のケアなどの事情を全く気にしなくてよいとしたら、自分の仕事や職業についてやってみたいことは何ですか」と自由記述で尋ねた結果を分類したもの。「今の仕事への満足感」のうち、「満足」は「満足している」と「どちらかと言うと満足している」の合計割合。「不満足」は「どちらかと言うと不満である」と「不満である」の合計割合。「現在の仕事を通じた成長実感」のうち、「あり」は「(成長実感を)強く持っている」と「やや持っている」の合計割合、「なし」は「あまり持っていない」と「持っていない」の合計割合。

マルチロール社会とキャリア

今回の調査単独では、働く人の約4割に上る人が自分の仕事や職業でやってみたいことはない、と回答している理由を解明することは難しい。そこで以下では、近年の働く人を取り巻く変化との関わりから、いくつかの仮説を示すこととしたい。

そのような変化の1つが、仕事とそれ以外の多様な役割を同時に担うマルチロール・ワーカーが増えていることである(※5)。かつて日本では、男性が稼得責任を主に負い、女性が家庭生活の維持に関わる主な責任を担うという役割分業が主流であった。しかし今日では、未婚化傾向の高まりや共働き世帯の増加により、そうした役割分担を家族内で行うことが難しくなり、男女ともに仕事のほかに、育児、介護、看護、地域活動、学び手としてなどの役割や活動を平行して担うなど、働くこととそれ以外の役割や活動を組み合わせることが珍しくなくなっている。

とはいえ、過去の社会の名残から、現時点では男性より女性で多様な役割を担いやすいことも事実である。そのことを念頭に図表3を再び見ると、女性では家事・育児の負担が重い世代の一角である40代で、最も「やってみたいことがない」人の割合が低かった。育児をすることで今までとは異なる角度から社会に関心を持つようになったり、介護をすることで仕事の新たな価値に気づいたりと、その人が希望してその役割を担っているかどうかにかかわらず、多様な役割を担うことはその人の参照軸を増やし、可能な自己に気づくきっかけになっている可能性がある。その半面、多様な役割を担うことは生活の余白を圧迫し、仕事への満足や不満を味わう余裕を失わせたり、可能な自己を描くことを難しくしたりする懸念もある。

少子高齢化やそれに伴う労働供給制約は今後さらに深刻さを増すと考えられ、働く人が主な仕事以外にも多様な役割を担う傾向は一層強まるだろう。だからこそ、今働く人がどのようにマルチロールを担っているのか、それらの役割を担うことや役割への関わり方が、キャリアとどう関係するのかを考えることには、一定の価値がありそうだ。

ミドルの働く憂鬱とキャリア

もう1つの変化は、少子高齢化により働く人の中心が45~54歳のレイトミドル層となっていることである(※6)。このような中高年期は健康面での不安の増大や体力の低下、ポストオフ、培ってきた技能やスキルの陳腐化への恐れなどのネガティブな変化に直面する時期であり、仕事における自分らしさを見失いやすい時期である(※7)。やってみたいことがない人の割合は50代や60代の男性で最も高かったが、加齢に伴う自分自身の変化や職場におけるネガティブな変化に直面し、時間的な展望を持ちにくくなることは、仕事や職業に関する「やってみたいこと」を見つける際のハードルとなっている可能性がある。

とはいえ日本では、65~69歳の就業率が51%、70~74歳の就業率が34%まで上昇しており、50~60代は働くことから遠ざかるには早い。特に50代の男性の中にも4割はやってみたいことがある人がいるように、加齢によるネガティブな変化とそれに伴う時間的展望を持つことの難しさを感じやすい年代であっても、クリエイティブに未来を描く人もたくさんいる。

そうであるならば、働く人が加齢に伴う変化をどう実感しているのか、それはどう先々の展望やキャリアに影響しているのか、未来を描くことにどんな要因が関わるのかを検討することは、日本で増加するレイトミドルのキャリアを考える一助となるのではないか。

働く人の今日的な課題とキャリアの関係とは

本稿では、「自分の仕事や職業でやってみたいこと」について尋ねた結果を起点に、自分の仕事や職業の未来を描くことと、働く人のマルチロール化や、ミドルシニア期の労働者の増加が関係する可能性について触れた。

冒頭でも述べたように、変化が激しく、企業が個人のキャリアをリードできない時代には、個人がキャリアの主導権を握ることはもちろん重要だ。だが、今回の調査から見えてきたように、そのずっと手前で可能な未来をイメージすることが難しい個人が多いことも事実である。今後の調査を通じて、働く人を取り巻く2つの変化(マルチロール化、ミドルシニア化)とキャリアがどのように関わっているのかを、丁寧にひもといてみたい。

執筆:大嶋寧子

(※1)「キャリアに関する実態プレ調査」。2023年7月19日~7月21日、インターネット調査。サンプルサイズ1414。性別・年代・就業形態によって均等割付を行い回収した。フリーワード設問を中心としている。
(※2)可能自己の説明はMarkus & Nurius(1986)および北村(2022)によっている。
(※3)未来自己の説明はStrauss et al.(2012)および北村(2022)によっている。
(※4)本調査は統計的割付に基づく調査ではない。そのため、この数字はあくまでこの調査のサンプルにおける結果である。
(※5)複数の役割について、正確な表記はmultiple roleだが、以下ではわかりやすさを重視して、仕事とそれ以外を合わせて複数役割を担うことをマルチロールと呼ぶ。
(※6)総務省統計局「労働力調査」(2022)によれば、45~54歳の就業者は増加を続けており、2022年には1637万人となった。全ての年齢階級のうち45~54歳は、2017年以降、最も多くの割合を占める年齢階級となっている。
(※7)岡本(1999)は、中年期には心身の変化によってアイデンティティが揺らぐ時期であるとし、そのような揺らぎを受けて自己の有限性を受容し、納得できる生き方を再構築できるかどうかで、中年期以降の心のありようが大きく変わると指摘している。

<参考文献>
岡本祐子(1999)「アイデンティティ論からみた生涯発達とキャリア形成」『組織科学』33(2),pp. 4-13.
北村雅昭(2022)「キャリア研究における未来の自己概念:文献レビュー」『京都女子大学現代社会研究』24, pp37-51.
Markus, H., & Nurius, P.(1986) “Possible Selves,” American Psychologist, 41( 9 ), pp.954-969.
Strauss, K., Griffin, M. A., & Parker, S. K. (2012) “Future Work Selves: How Salient Hoped-for Identities Motivate Proactive Career Behaviors,” Journal of Applied Psychology, 97( 3 ), pp.580-589.

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