積み上げてきた「好きなこと」を統合し、スープ作家という新しい道を創り出す

2018年03月29日

有賀薫氏
スープ作家

この6年間、有賀薫氏が毎朝欠かさずつくり続けてきたスープの数は実に2200を超える。そもそもは家族のために始めたスープづくりだが、多くの作品を"家庭外"に発信することで、彼女のキャリアは拡大した。「スープ作家」というユニークな肩書を持つ現在は、レシピ本の出版やWebメディアでの連載執筆、さらにはスープの実験、研究を行う「スープ・ラボ」の運営など、その活動の幅を広げている。

「何かを表現することが好き」という有賀氏は、ライターとして25年以上仕事を続けており、絵や写真も自分で手がける。もとより大好きな料理も1つの表現活動だ。これら「好きなこと」を積み上げてきた経験とスキルが、今、すべてつながって生きている。

その中心にあるのは"発信力"。SNSを活用したり、展覧会やイベントを企画したりと、有賀氏はアウトプットの機会を積極的に設けることで、他者から得られる反応、評価を学びに変えてきた。つまり、アウトプットと質のいいインプットを循環させ、自分を拡大しているのである。

自分の活動を"外"に発信し、学びの機会やチャンスを引き寄せる

――スープ作家になる前は、編集やライター業を長く続けてこられたとか。

会社員時代に販促や広告の仕事に携わっていたので、「私も文章を書きたい」と思ってはいたんです。それで結婚を機に退職した際、すぐにライター業を始めまして。幸い好景気でしたし、いいクライアントにも恵まれて、そのまま仕事は途切れずに続けてこられました。とはいえ兼業主婦ですから、片足を突っ込んだような状態で、専門分野も持たずにやってきたので、「このままでいいのかな」とどこかで感じていたんですね。

それで私、何か新しいことをと思って、絵を習い始めたのです。結局10年間、絵画教室に通ったんですけど、「先生について習う」という点では王道的に学んだ唯一の経験です。仕事とは関係なく、純粋に楽しみながら描き続けてきました。その10年を区切りに展覧会をやろうと、自分で企画したのが2010年に開催した『絵画食堂』です。好きな「食」と合体させたもので、パンや野菜や果物、つまり全部食べ物の絵にしてテーマ性を持たせたわけです。けっこう人が来てくださって、「やってよかった」と思える展覧会となりました。

――「食」が好きだというバックボーンもあったわけですね。そのなかでスープを選び、毎日つくり続けるようになったきっかけは?

2011年の年末、展覧会を開いた1年後ぐらいでしょうか。息子が大学受験生となり、寝起きがあまりにも悪かったものだから、朝食で釣ろうと思って(笑)。スープは簡単につくれるものが多いし、起きたばかりでも喉を通りやすいでしょう。

そのうち、毎朝つくるスープを日記感覚でSNSに投稿するようになったのです。絵の展覧会を開くとき、告知をするためにTwitterなどのSNSを既に使っていたから、その延長で。すると、毎日必ず皆さんから反応が返ってくるんですよ。「おいしそう!」とか「つくり方は?」とか。何か目標があったわけではなく、私としては記録代わりのつもりでしたが、日々のコメントが小さなご褒美のように思えてすっかり楽しくなり、続いちゃったのです。

――そこから1年分のスープ写真を展示した「スープ・カレンダー」などのイベントや、レシピ本の出版に発展していったのですね。

スープ・カレンダーはいわば食のイベントで、ギャラリーで実際にスープを出したり、野菜の販売もしたり。イベント化したことで間口が広がり、すごく盛り上がったんですよ。その反響で取材依頼や、「レシピを書いてもらえないか」という話が出てきて、少し仕事寄りになってきた感じです。

一方で、それまでの記録をきちんとかたちにする、本を出してみたいという気持ちもありました。それで出版社へのアピールも含めて企画したのが「スープ・レシピ展」で、このときは架空の書籍のゲラ刷りを展示したのです。要は、いつでも本にできますよと。これまでの経験を生かして文章も写真も自分で手がけました。加えて「スープを仕事にしたらどうか」とアドバイスしてくれた方々の存在も大きいです。最初からスープ作家を目指していたわけではなく、その時々に応じた発信によって人とつながることができ、自分のキャリアもつながったのだと思います。

目標を設定せずとも、「好きなこと」「楽しいこと」は習慣化できる

――今日に至るまでスープをつくり続けていらっしゃいます。日々のレシピ開発もそうですが、ここまで継続するのはたいへんですよね。

レシピ開発は、不思議と困ったことがなくて。野菜の切り方1つにしてもさまざまあるわけだし、炒める、煮る、蒸すなどの料理法もさまざま。さらにいろいろなダシ、調味料などを掛け合わせていくと、もう際限なく広がります。自分で何かを考えたり、表現したりすることが性に合っているのでしょう。

 

継続は自分に強いているのではなく、習慣化しちゃっています。スープをつくらないと1日が始まらないみたいな。仕事でも勉強でも、目標を設定して「達成に向けて頑張る」となるとつらいイメージがありますが、私にとってスープづくりは遊びというか、楽しい実験の繰り返し。やること、学ぶこと自体が楽しいのです。「毎日続けてすごいね」ってよく言われますけど、子どもが放っておいても遊ぶのと同じなんですよ(笑)。

――「実践」には、机上の学習だけでは得られない発見や学びがあると思います。

それでいえば私はかなりの実践型で、まずは"触ってみる"タイプですね。ライティングの仕事で化粧品会社の冊子をつくったときは、それまで化粧品に全然興味がなくても片っ端から使ってみたし、カップスープの批評を頼まれたときなどは、ちゃんと飲み比べをしようと思って、たくさんの商品を自腹で買っちゃいましたし。そうして触れてみると「知りたい」意欲が高まって、俄然面白くなってくるのです。仕事は一つひとつ丁寧に、という思いもあります。与えられた機会、仕事にはベストのかたちで応えたいので、テーマの周辺を調べることも含めて、精一杯動くようにはしています。

――まさに実践・実験の場として「スープ・ラボ」という教室もやっていらっしゃいます。

リアルな機会はとても大切です。その場で得られるダイレクトな反応から学べることが多いから。実際に食べたとき、人は何に反応するのか、あるいはスープ自体ではなく食材や料理工程に対する反応......意外なことはたくさんあって、自分とは違う他者の感覚から「そういう見方があるのか」と学べるのです。教える側、教えられる側といった立場は関係なく、そこにある"違いを楽しむ"という感覚が、私は強いのかもしれません。

学ぶメソッドを自分で組み立て、アウトプットとインプットを循環させる

――常に、自ら学びの場をつくってこられたという印象です。

振り返れば、10年間習った絵画は上達するための情報を1つずつインプットしてきましたが、スープは家族のためだったり、イベントや仕事のためだったり、目的は違いながらも基本はアウトプット。正直、本能的に手当たり次第やってきた感じはあるんですけど、経験値がぐんと上がったのは確かなので、やはり"出す"ことで学んだのでしょう。

学ぶ方法については、実は、先生について絵を基礎から習った経験が役に立っています。ステップ1、2と学習が進んでいくと全体像が見えてきて、私は途中から絵画入門の本を自分で編集するような気持ちでやっていたんですね。すると自分に足りない部分、弱い部分がわかるので、先生に「この項目を教えてください」って頼んだりしていました。学ぶメソッドを自分で組み立てていたわけです。だからスープの場合でも「ダシを集中的にやろう」「中華は経験が浅いから一通りやってみよう」という項目が自然に出てきて、こなしてきた感じがあります。ラクで成果が出やすいのは基本の型がある学びでしょうけど、楽しいのは型がない学びかな、と思いますね。

――2冊目の本も出版され、スープ作家としての活動が広がってきたなか、学び方や動き方に変化はありますか?

スープはニッチな世界ですから、少なくとも全方位に対して"打ち返せる"ようにならないとダメです。たとえば、手軽に食べられるカップスープやレトルトは皆さんの関心が高いから、そのニーズに応える活動も必要でしょうし、あるいは「スープのおいしいレストランは?」と聞かれたらスラスラッと10軒ぐらい出てくるとか......それが専門家というものじゃないですか。散らかっている感じもありますけど、今はさまざまな仕事を通じて、自分を拡大していく時期だと考えています。自分の培ってきたリソースをどうしたらビジネスに変えられるか。これまでのキャリアと学びを結びつけるためにも、もっともっと考えていきたいですね。

執筆/内田丘子(TANK) 撮影/刑部 友康

有賀 薫(ありが・かおる)

スープ作家

1964年、東京都生まれ。株式会社バンダイで営業企画の仕事に就き、結婚を機に退職してからはライターとして活動。6年間2200日以上におよぶスープづくりを通じて、膨大なレシピやスープにまつわる情報を発信し、またイベントや教室なども運営する。2016年にレシピ本『365日のめざましスープ』(SBクリエイティブ)を出版。近著に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(2018年、文響社)がある。