恵まれた職場を辞して、社会人大学生に。観光を軸に地方創生に挑む

2018年03月29日

赤穂雄磨氏
株式会社観光創造ラボ 代表取締役

大学留学時代はバックパッカーとして諸国を巡り、会社員時代には長期の海外出張や海外駐在を経験。赤穂雄磨氏の歩みの傍らには、常に「海外」と「旅」があった。その魅力を十二分に感じてきた赤穂氏は、30歳になるのを機に、観光を軸にした事業を起こそうと決意する。背景には、日本のインバウンド観光の弱さに対する大きな問題意識があった。

勤めていた金融会社を退職し、観光ビジネスを学ぶために北海道大学大学院に入学。好きな研究を楽しみながら起業準備に取り組み、33歳のときに「観光創造ラボ」を設立、決意をかたちにした。実験的な観光体験推進施設としてオープンした「Japonica Lodge(ジャポニカロッジ)」は、ユニークな"日本のアンテナショップ"として多くのメディアにも取り上げられた。

自分が描く未来像に直結する学びは何かを選び出し、「いつか」ではなく「すぐに」動く。そして得たものをアウトプットすることで成果を確かめ、また次へと動く。赤穂氏の進化を推し進めているのは、この実践力である。

抱いた好奇心を閉じ込めず、解放し、自ら積極的に動く

――大学留学を機に、初めて海外に出られたのですか?

そうです。私は大学附属の中高一貫校に通っていたんですけど、高校3年のとき、英語の先生が言った「もっと外の社会を見なさい」という言葉に触発されまして。附属ということもあり、それまで狭い世界にいたから、何だか新鮮だったのです。そして「グローバル社会に出るには、まずアジアを知るべきだ」と、先生から紹介されたのが『アジアの誘惑』という旅読本。初めて知ったバックパッカーの世界は衝撃的で、ここから私は海外に強く惹かれるようになったのです。

「日本の大学にこだわる必要はない」と思って、いろんな留学ガイドブックを調べたなか、当時、アジア太平洋学が盛んだったオーストラリアに留学しようと決めました。くだんの先生の影響は大きいですが、私はもともとアウトドア派なので、「外へ、外へ」という感覚が強かったようにも思います。

――主に海洋学や環境学の分野で知名度が高いジェームスクック大学で学ばれています。

もとはアジア太平洋学を勉強するつもりだったのに、実は、大学進学の準備をするファウンデーションコースに入る段階で鞍替えしたんですよ。向こうで文化遺産研究学という学問を見つけ、これは面白そうだと。よくいえば好奇心旺盛だけど、私はいろんなものに目移りしちゃうというか。「旅行が好きなら世界遺産でしょう」みたいなノリで、ジェームスクック大学を選んだのです。でも、実際に学ぶのは文化人民学や考古学なので、正直"遠かった"のですが、頑張って難しい課題をクリアしてきたことは、その後の自信につながりました。

――大学時代は、たくさん旅をされたそうですね。

長期休みにはバックパックを背負い、もう本当にあちこちへ。ベトナムや中国など、多くはアジア諸国を旅していました。当時、重宝していたのはバックパッキングの雑誌『旅行人』シリーズで、これは素晴らしいメディアでしたね。高校生のときに衝撃を受けた世界に、自分の足で分け入ったことで旅が本当に好きになりました。日本人とは違う感覚や価値観を持つ人たちとの出会いは刺激的だったし、ときに助けてもらったり、親切にしてもらったり、実体験として得たものはすごく大きい。現在仕事にしているインバウンド観光業のバックグラウンドには、間違いなくこの頃の経験があります。

「経験」「知識」「知見」。得たすべてのピースを集約する

――その後、帰国して就職されたわけですが、希望としてはやはり海外にかかわる仕事を?

それを前提に選んだ会社がプロミス(当時)です。ちょうど海外に打って出ようとしていた時期で、留学生の採用に積極的でしたし、タイミングもよかったんです。実際、入社2年目から海外部門開発の仕事に携わることができ、職場環境には本当に恵まれました。若手ながら、地域市場を調査する目的でインドネシア、タイ、マレーシアなど、長期出張に度々行かせてもらいましたから。

ただ、新しい事業部で先輩がいなかったので、勉強は自主的にするしかありません。週末は図書館に行ってマーケティングや経営の本を読み、市場調査はOJTで学ぶという繰り返し。勉強しないと仕事が進みませんし、自分に与えられた好環境を思えば、それに応える成果を出すべく努力するのは当然のことです。

――社会人時代に転機を迎えたのは、香港駐在の経験が大きかったとか。

「骨を埋める覚悟でできる仕事は何か」。それが観光や旅行であると明確になったのは、香港に駐在したからです。香港ってあんなに狭いのに、しかも大半が都市部なのに、ものすごい数の外国人旅行客が訪れるでしょう。対して日本は、自然豊かな地方など多くの観光資源を持ちながら、それが生かされていない。今でこそ動きが出てきていますが、当時はインバウンドがあまりに弱いと感じていたのです。もったいない、日本の観光業はもっと伸びるはずだって。私のライフワークともいえる分野ですし、ならば自分で事業を立ち上げようと考えました。

――それで、恵まれた職場を辞めてまで、大学院に入学されたわけですね。「いつかろやう」ではなく、すぐに行動を起こされています。

会社には本当によくしてもらったんですけど、やるべきことが見えた以上、先に進まないと。起業を前提に、しかも生涯の仕事として想定したとき、まずは一から観光学を学ぶ必要があると思ったのです。それで選んだのが北海道大学大学院。観光学って学問として確立されたのが遅くて、調べてみたら、国立としては同大学が最初に導入しているんですよ。いわゆるホテルマネジメントや観光業に関する観光教育ではなく、理論的背景を得るために、きちんと学問を学びたいと思ったのが動機です。

――大学院ではどのような研究をされたのですか?

マーケティングの概念を用いて、自然資源の代表格である国立公園をインバウンド観光に供することはできないか、というものです。海外の国立公園の多くはブランド化され、観光商品になっていますが、日本では環境保全の取り組みはあっても、観光資源としては活用されていない状態でした。それを「海外に売り出せないか」と考えたわけです。修士論文もこのテーマで仕上げました。

会社を辞めているから、時間は自由でしょう。しかも、好きなことをどう学ぶかも自由。あちこちの国立公園や山岳に出かけて調査をしながら、今後のビジネスを考えたこの時期は最高に楽しかったですね。

意識的に実践やアウトプットの機会を設け、成果を諮ってみる

――そして起業し、浅草に日本の魅力を伝えるユニークな複合店・Japonica Lodgeをオープンされました。こちらの狙いは?

日本の自然資源の魅力を外国人に紹介し、送客の起点になることです。当初は、旅行代理店の機能を備えたゲストハウスを考えていたんですけど、そもそも資金的な問題で一定規模の"ハコ"を構えるのは難しい。何とか確保した店舗物件で「自然資源への送客のためには」を考えた結果、アウトドア好きの外国人に向けて国立公園を案内するデスクや、登山用品などを販売するコーナーを用意したわけです。追って、店内でテント宿泊ができるようにしたり、日本茶カフェをやってみたり。確かにユニークかもしれませんが、けっこう散らかっていますよね(笑)。

社名に「ラボ」と付けているように、Japonica Lodgeで実験できることはどんどんやっていこう、そんなスタンスです。私にとっては1つの大がかりな実験であり、入り口なんです。ちなみにJaponica Lodgeは、2017年に、一定の結果が出たところで売却しました。

――観光創造ラボとして、現在取り組まれていることは何でしょう。

民泊関連の事業です。民泊新法(住宅宿泊事業法)の成立によって、問題になっているトラブル増加に歯止めがかかるのはいいんですけど、外国人観光客のニーズをカバーするという点では、規制によってプレイヤーの数が減るという課題があります。今、不動産テック(不動産×テクノロジー)の分野で、それを解決するスキームを練っているところです。観光を軸に地方創成に貢献するという理念は変わりませんが、蓄積したノウハウを次にどうつなげるかという姿勢、新しいことに挑戦する気持ちは大切だと思っています。

――さまざまな事業アイデアや、それを実行する意欲が尽きないですね。

民泊関連以外にもたくさんある事業アイデアは、すべて計画書にまとめてあるんですよ。体は1つしかないので、全部を回すのはとうてい無理ですけど、私が心がけているのは、たとえばビジネスコンテストのような場で発表をすること。自分のアイデアの出来を諮るわけです。アウトプットして、審査員から評価してもらったり、意見をいただいたりするのは、とても勉強になりますから。目的を持って見渡せば学べる機会っていくらでもあるし、そういう意味では、今は起業環境が整ってきたいい時代だと思いますね。

執筆/内田丘子(TANK) 撮影/平山 諭
※所属・肩書は取材当時のものです。

赤穂 雄磨(あかほ・ゆうま)

株式会社観光創造ラボ 代表取締役

1981年、東京都生まれ。大学留学時代にバックパッカーとして諸外国を巡り、知見を広げる。プロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)に新卒入社してからも、海外出張や海外駐在を経験するなど、常に旅が身近に。2012年、退職して北海道大学大学院に入学し、観光学を修める。2015年に合同会社観光創造ラボを設立し、追って2017年、株式会社観光創造ラボを設立。実験的な観光体験推進施設・Japonica Lodgeを皮切りに、日本の地方への旅行推進と地方創成に向けて、さまざまな事業にチャレンジしている。