実践からの気づきと理論を統合し、 潜在能力を引き出す新しい中学校を立ち上げる
クリス・バーム氏
ミレニアムスクール 創設者・校長
脳科学に基づいたカリキュラムやマインドフルネスを積極的に取り入れ、実社会に近い学習環境を提供、子どもたちの意欲や情熱を引き出すまったく新しい中学校として、注目を集めているのが、サンフランシスコのミレニアムスクールだ。
創設者であるクリス・バーム氏は、NPOで中学生をサポートするなかで、子どもたちはなぜ学習意欲を失ってしまうのか、その解を探し続けてきた。10年の経験から導き出したのが、プロジェクト学習を中心としたカリキュラムと、実社会とつながる学習環境を持つ、中学生にとっての壮大な実験場ともいえる、同校の姿だ。
「人には自分たちが思うよりもはるかに多くの可能性がある」という信念を持つバーム氏に、彼自身のトランジションの経験と、学びについて聞いた。
目の前の仕事から課題を見つけ出し、自分の信念に基づいて、やるべきことを発想する
――人生で最も大きな転機について教えてください。
私は、中学生をサポートするため10年近くNPOで働いていましたが、そこを辞めて、このミレニアムスクールを始めました。そのことをお話ししたいと思います。
まず私の信念として、人には自分たちが思うよりもはるかに多くの可能性があるという考えを持っています。その可能性によりよくアクセスして、表現していくといったことに、とても興味がありました。NPOでの仕事は、学びへの意欲をなくし困難を抱えている中学生たちに、そのスイッチをまたオンの状態に切り替えるために働きかけることでした。そこで、既にあるリソースのなかからその方法を探すうち、いくつかの異なるパターンが見えてきたのです。まず1つは、現実社会と学びとの関連性が見いだせないこと。これは、生徒たちが学びに意欲を失っていく理由の1つでした。
そして10年やって、より多くのパターンを見たあとに気づいたのは、この年代の子どもたちには、学校の文化が非常に重要だということです。プログラムによって文化は変えられますが、もっと違った文化を持つ学校の事例が必要だ、と。そこで私が考えたのは、新しい学校文化を生み出すような研究施設が足りない、人間のより多くの可能性を引き出すことができる、新しい学校をつくるべきだということ。これが、私のトランジションの始まりでした。
――新しい学校文化というのはどのようなものをお考えでしたか?
言葉としてはラボラトリーといっていますが、いわゆる実験室とか研究室といったような環境をつくりたいと考えていました。今の教育システムはある意味では100年前につくられた箱のなかにまだ閉じ込められていて、そこから脱却できていません。ですから、私としては、生徒たちがもっといろんなことを、「あれもやってみよう」「これもやってみよう」と実験できる環境が大切だと思ったのです。そのうえで、多くの大学ともパートナーシップを組み、まったく新しい方法を試し、研究し、ドキュメント化して、共有できるような、そんな環境をつくりたいと考えたわけです。
自分の直感と、リサーチの結果を照らし合わせ、大きな視点で創造する
――学校の設立準備を開始された当時のあなたの学びを教えてください。
私の場合、自分の仕事と自分のアイデンティティーとがあまりに強く結び付いていたため、そこから自分をすこし解き放って、自分自身を新しいものにしなくてはなりませんでした。それによって、別の異なる焦点を持って、創造することができます。そこで、3年の間、自分の仕事を切り替えて、生徒たちを指導するのではなく、さまざまな学校を訪問するなどのリサーチを行うことにしたのです。初期の段階では、直感とリサーチから得た情報とのやり取りが頻繁に起こっていました。長い間私の頭のなかにあったアイデアとリサーチした情報を照らしあわせて、自分の考えを調整していかなくてはなりませんでした。
ただ、この作業は1人でやっていたわけではありません。コ・ファウンダーが1人と4つの大学から15人のアドバイザーがいて、彼らからさまざまな情報を得たり、「この学校を見に行ったほうがいいよ」といったアドバイスをもらったりしました。また、私たちのほうから「こういうアイデアがあるんだけど」といった情報を提供して、フィードバックをもらうこともありました。彼らの助けは非常に役立ちましたし、今でも、何かあると力になってくれています。
――自分の直感とリサーチの結果を融合していくという学び方を選択されたのはなぜですか。
私たちは、学校を立ち上げるとすぐにその場の対応に追われ、目の前の生徒のことで手いっぱいになり、 日常生活に取り込まれてしまうと考えていました。根底から異なる学校を創るためには、私たちがズームアウトし、「人間についてもっと大きな想像力を持ちたい」「これまでとは異なった視点を持ちたい」と考えたのです。まったく新しい学校を創造するというのは、とても難しく、たくさんの募金と時間が必要です。いろいろ苦労をするのであれば、根本のところからまったく違うものを創りましょうということを話していました。
観察から得たものを日常的に日記に書き留め、まとまった時間をとって振り返り、思考する
――現在日常的に行っている学びや独自の学習方法はありますか?
日常的にはジャーナリングを行っています。ジャーナリングとは、日記を書くことですが、週に何回か、学校が始まる前の早朝に時間をつくって日記をつけています。あとは1年間のなかで必ず1週間"Thinkweek"というのをつくって、いろんなところに旅をしながら、今まで読みたかった本を読んだり、何か書き留めたかったことを書いたり、そういうことだけをする期間を設けています。
独自の学習方法というと、私はobserveという言葉を使うのですが、観察することですね。これは自分自身を観察することと、学校を歩き回ってどういうことが起きているかを観察することの、両方にかかわってきます。客観的によく見る、観察をする。そしてさらに、観察したことについてmeditation、つまり瞑想したりします。これは毎日行っています。瞑想は学校でもやっていることですし、私個人でもやっていることです。そこで気づいたことを日記に書き留め、それがある程度たまったところで、まとまった時間をつくって、もう一度自分の内側を振り返るということを必ずしています。
――そうした内観は何をもたらしてくれるとお考えですか?
内観によって、これまでの習慣や感情からもっと自由になることができます。私たちはこれまでに教育を受けてきた経験をもとに、「こういうときにはきっとこうなるだろう」といった「想定」を気づかないうちに持ってしまっています。特に伝統的な学校では、自分の考えが目の前にいる子どもたちの状態と違っていたときに、自分の「想定」を優先してしまうことがあります。内観によって、「自分はこういう想定を持っているのだな」とはっきり認識することができれば、その想定が正しいものなのかどうか、検証することができます。
執筆/鹿庭由紀子
※所属・肩書は取材当時のものです。