第2回 どれほどの開成・灘卒業生が「リーダー」になっているか

2015年03月03日

リーダーシップ論における「不動の二次元」

リーダーシップとは何であり、どのようにしたら身につけることができるのか。この問いをめぐっては、これまで多くの人が関心を寄せてきた。研究者も然り。経営学、社会心理学、社会学、政治学といった領域の研究者が、リーダーシップの本質を解き明かそうと、精力的に検討を積み重ねてきた。

その大きな成果のひとつに、「リーダーシップという複雑な現象は、課題関連行動と人間関連行動の二次元で捉えることができる」という知見がある。課題関連行動とは、仕事の枠組みを示して指示を出すことであり、人間関連行動とは、メンバーへの配慮を尽くすこと。「P(パフォーマンス)とM(メンテナンス)」(三隅二不二氏)と呼んだり、「タスク面と社会‐情緒面」(R.ベールズ氏)、あるいは「構造づくりと配慮」(R.スタッジル氏)と呼んだり、研究者によってネーミングは多様ではあるものの、二次元でリーダーシップを捉えようとし、両者に長けている者がもっとも効果的にリーダーシップを発揮していると考える点に関して、研究者たちの見解は共通している。

リーダーシップ論は現在も進化し続けている研究領域である。しかしながらこの領域の第一人者である金井壽宏氏によれば、最新の理論においてさえ、基盤に見え隠れするのは以上の二次元だという(金井壽宏『リーダーシップ入門』日経文庫,2005年)。たとえば、1980年代以降、リーダーシップ論の一潮流をなすようになった変革型リーダーシップ論では、ビジョンを描き、ネットワークを編み出すことがリーダーに必要だと説く。激変する社会経済を背景に、求められる要素も変化しているわけだが、たしかに課題関連行動と人間関連行動という二次元が揺らいでいるわけではない。課題関連行動と人間関連行動の両方に優れている者をひとまず「リーダー」と呼ぶことに、大きな問題はないだろう。

開成・灘卒業生のリーダー比率は4割

連載コラムの第2回目では、以上の議論を前提にしながら、「リーダー」として働く開成・灘卒業生がどれほどいるのか。どのような領域で働く者に集中してみられるのかといったことをみていくことにしたい。ただその前に、ひとつ解決しておかなければならない課題がある。二次元を測定する質問項目をどう設定するかという問題だ。

いうまでもなくリーダー行動の測定尺度についても、すでに多くの研究者が作成を試みている(有名なものとしては、オハイオ州立大学の研究者が開発したリーダー行動記述質問票LBDQなどが挙げられる)。今回の卒業生調査では、これら先行事例に学びながら、そしてなにより金井壽宏氏によるいまひとつの指摘を参照しながら、調査票の紙幅の都合もあって、次に示す簡易な質問項目を設定することにした。

参照した金井氏の指摘というのは、リーダー育成の実践家である野田智義氏とともに強く訴える「リーダーシップとマネジメントは違う」という主張である(野田智義・金井壽宏『リーダーシップの旅―見えないものを見る』光文社新書,2007年)。権限で人を動かすマネジメントと、影響力の一形態としてのリーダーシップは異なる。上から下りてきた目標を与えられた手順で部下を使いながら達成するのが優れたマネージャー。見えないものを見て、変革への対処を目標に、ときには組織を壊してまでも突き進むのがリーダー。そしてリーダーの周りには、その一徹さゆえに、喜んでついてくる仲間や部下が出てくるという。

では、この2つの質問項目の両方に「傾向有」と回答した者は、開成・灘卒業生の何割ほどになるのだろうか。二軸を組み合わせたときの回答分布は、図1のとおりである。示されているリーダーの比率は4割程度。半分には満たないものの、1~2割というほど小さくもない。この程度かと思われるかもしれないが、開成・灘卒業生だからこそ、これほどの数値になっているともいえる。まさに絶妙な数値であり、そこにリアリティーを感じることもできるだろう。

図1 リーダー指標4類型と開成・灘卒業生分布

さきに断わっておけば、以上のリーダー比率と東京大学進学とのあいだに大きな関連があるわけではない。「差支えなければお答えください」という注を付記したうえで出身大学について尋ねたところ、9割ほどの回答者が大学名を答えてくれた。また、大学名の記載はなかったものの、回答から医学部に進学したことが確定できる者が30余名いる。図2は、これら回答をもとに、出身大学と図1の4類型との関係をあらわしたものである。

図2 出身大学とリーダー指標4類型分布

東京大学に進学した者でリーダーになっている者(High-High型)の比率は43.0%。順に京都大学42.0%、早大・慶大43.3%、医学部36.7%、その他41.7%となっており、医学部で若干低くなっているものの、進学先による比率に大きな違いはない。大学によって異なっているといえるのは、むしろ「大きなビジョンを描きたいと思っているが、喜んでついてきてくれる人がいない」High-Low型と「大きなビジョンを描きたいとは思っていないものの、喜んでついてきてくる人はいる」Low-High型の部分だろう。たとえば、東京大学進学者は相対的に前者(High-Low型)が多く、早大・慶大進学者は後者(Low-High型)が多い。1割ほどの違いではあるが、各大学のカラーを彷彿とさせる興味深い分布であるように思う。

リーダーが集中しているのはどの仕事か

では、どの仕事領域でリーダーが集中してみられるのか。次いで、この点について素描しておこう。

まず、現職別に課題行動・人間行動4類型の分布を示したものが、図3になる。起業家という仕事を選択した層におけるリーダー比率の高さが目立つ。課題行動と人間行動の両方を得意とすることと、自ら起業し、同志とともに目的に向かって突き進むということのあいだには、なるほど、強い親和性があるように思われる。唯一半数を超える56.3%という比率がみられることも合点がいく。

図3 現職とリーダー指標4類型分布

では、企業勤務の者に焦点をあて、その内実を探れば、どのような姿がみえてくるだろうか。業種別、企業規模別、担当業務別の分布を図4に示した。ここからは、(1)卸売・小売業、(2)大企業というより中堅企業、そして(3)企画を担当業務にしている者、にリーダーが多いことがわかる。

図4 企業に勤務する卒業生のリーダー指標4類型分布

開成・灘卒業生が勤める卸売・小売業といえば、そのほとんどが大手の商社である。そして誤解を恐れずに単純化すれば、「商社」は原材料や部品の調達先やメーカー、そして顧客をトータルにコーディネートする役割を担っており、他方で「企画」という担当業務は、市場調査にはじまり商品開発、営業・販売戦略を練り、広報にも目を配るなど、幅広い内容を扱っている。他部署と調整する場面も少なくない。そして「中堅企業」をめぐっては、スタッフ層が薄い組織では多くの活動がそれぞれ短時間でこなされ、上級職であってもさまざまな役割を担う傾向があるという示唆的な報告もある(H.ミンツバーグ『マネジャーの仕事』白桃書房,訳書1993年)。だとすれば総じて、幅広く、柔軟な仕事を担当するところにリーダーが集中しているといってよいだろう。見方を変えれば、リーダーとしての素質がある者が、自覚的なのか無自覚的なのか、幅広く、柔軟な仕事を担当するところを自らの職場に選んでいるということもできる。

そしてリーダーに該当する者が企業のなかでどのような役職についているかをみたものが、図5になる。役職があがるにつれてリーダー比率が高まっている様子が読み取れよう。企業は、開成・灘卒業生という有能な人材のなかでも、課題関連行動と人間関連行動に長けている者を重宝し、組織を率いるポジションへと押し上げている。ポジションとリーダーは同義ではないが、ここに両者のあいだの相関をみることができる。

図5 役職とリーダー指標4類型分布

急速に伸びる「人間関係を構築する力」

ところで、リーダーの素質と仕事については、双方向の関係が想定し得る。すなわち、リーダーの素質があるから、そのような素質が必要となる業務の担当になるということもあれば、逆にリーダー素質が求められる業務を担当していくうちに、中身が追いついていくといった流れも考えられる。図5の結果は、部下や組織を率いる役職についたから課題関連行動や人間関連行動に磨きがかかった、と解釈されるものでもある。

実際、2つの関連行動は、キャリアとともに成長するようだ。図6に、卒業生の年齢層別にリーダー比率がどうなっているかを示した。30代より40代、40代より50代のほうが大きい値となっている。成長によるものなのか、それとも単なる世代の差なのか。検討の余地はあるものの、成長の要素がまったく含まれないということはないはずだ。

図6 年齢層とリーダー指標4類型分布

ただ、「成長」という視点にたったとき、年齢や役職による違い以上に、ここで強調しておきたいのが、中高時代~大学時代という期間における成長である。

図7をみてもらいたい。調査では2つの関連行動について、中高時代と大学時代の状況についても回答してもらった。そして、それぞれについて「傾向有」と回答した者の比率をつなげたものが、このグラフになる。比較のために一般大卒のグラフも重ねておいたが、ここからは、開成・灘の卒業生の伸びが相対的に大きいことがうかがえる。とりわけ、劣勢だった「喜んで自分についてきてくれる人がいる」への回答が、一般大卒を追い越すまでに伸びているさまには目を見張るものがある。

図7 課題関連行動・人間関連行動の成長グラフ

そもそも、開成・灘卒業生の7割が、「喜んで自分についてきてくれる人がいる」という項目に「傾向有」と回答していること自体、注目される結果ではないか。前回、開成・灘卒業生が「人間関係が不得手」というイメージで一部みられていると述べた。しかし、現実は決してそうではない。超進学校への入学を果たした者は、その後、着実に人間関係を築く力を身につけ、そしてリーダーとして働くようになっている。

では、具体的にどのような経験が成長をもたらしているのか。超進学校を扱った最近の書籍などでもその活発さが紹介されている部活や課外活動などは、彼らのソーシャルスキル形成とどう関係しているのか。次回ではその点についてみていくことにしたい。