第1回 開成・灘卒業生調査から紡ぎ出すリーダー論

2015年02月19日

高まる超進学校への注目

ここ10年ぐらいだろうか、いわゆる「超進学校」を取り上げた書籍が次々と出版されている。『麻布の教育――なぜ、麻布学園出身者は卒業後に強いのか』(佐藤勝監修,青志社,2005年)、『開成学園 男の子を伸ばす教育』(芳野俊彦著,小学館,2009年)、『灘校―なぜ「日本一」であり続けるのか』(橘木俊詔著,光文社新書,2010年)、『「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ』(柳沢幸雄+和田孫博著,中公新書ラクレ,2014年)、『「謎」の進学校 麻布の教え』(神田憲行著,集英社新書,2014年)等々。生徒たちを導いている教員自らの手で、あるいは卒業生やジャーナリストによって、学校の内実が紹介されている。

出版業界が動くところに需要あり。それだけ超進学校に対する世間の注目が高まっているということなのだろう。その背景として第一に考えられるのは、先行き不透明な状況が続いていることである。元来、教育熱心であることが知られる日本の家族だが、将来に備えるために少しでも良い教育環境をと、一部の層で中学受験熱が高まっているという。伝統的な私立中高一貫校に入学することが何を意味しているのか。なぜ、これほどまでに大学進学実績がいいのか。当然ながら、超進学校に関心を寄せているのは、なにも本気で受験を考えている家族だけではなかろう。子育てのヒントを得ようとして、あるいは単なる野次馬根性のようなものから、情報を手にしている者は少なくないように思われる。

そしてこれら書籍に目を通すと、そこには、自由な校風のなかで、勉強や部活動、課外活動などに精力的に取り組む生徒たちの姿が描かれている。勉強の内容も多岐にわたり、大学の学問を先取りする内容を学んでいることもあれば、ひとつの教材にじっくりと時間をかけ、より深い理解を目指していることもある。俳句といった教養領域で目立つ成果を出す者もいれば、IT分野で大人顔負けの技術を披露する者もいる。異なる年齢集団のなかで逞しく育っていく様もほほえましい。さらにいえば、これら学校の運動会(体育祭)や文化祭は、知る人ぞ知る名物である。マスコミの報道などで、その様子を目にしたことがある人もいるだろう。

真の生徒像・卒業生像はどこにあるのか

しかしながら他方で、これら超進学校の生徒や卒業生に対して、批判ともとれるまなざしが向けられているのも事実ではなかろうか。「受験に勝った者が、実力ある者とは限らない」――あまりにもよく耳にするフレーズである。

試みとして、超進学校のイメージについて、調査会社のモニターを使って調べたことがある。対象は首都圏に住む35~50歳の男女500名。私立校をめぐるイメージということで、やや恣意的ではあるが、年収800万以上の世帯の者に限定した。実施時期は2013年秋であり、「開成や麻布、灘のように、在校生の多くが東京大学に進むような学校の生徒ならびに出身者のイメージについてお聞きします」というリード文を提示したうえで、在学時代や働き方のイメージ、キーワードといったものを自由記述方式で答えてもらった。おおよその結果は、好意的な印象の回答が半分、否定的な回答が半分といったところだろうか。「頭がよい」、「まじめ」、「集中力がある」といった言葉が多く得られたものの、負けず劣らず多かったのが、「人間関係が不得手」、「世間知らず」、「頭でっかち」、「融通が利かない」、「打たれ弱い」という回答だった。

こうした状況を踏まえてのことだろう、開成中学校・高等学校の現校長である柳沢幸雄氏自身、次のように述べている。

東大合格者数トップの学校として30年以上毎年、校名があがるせいでしょうか、世間では「手取り足取り受験勉強に熱心な受験学校で、生徒は東大をめざしガリ勉している」と思われているようです。
ところが、開成で中高6年間ガリガリに勉強した生徒なんて、実はあまりいません。みんな部活や課外活動など勉強以外のことにも打ち込んでいます。
『「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ』16頁

おそらく生徒の実像は、生徒たちの成長を直に見守っている柳沢氏がいう姿に近いのだろう。そもそも、ほとんど接することのない人のイメージを聞かれても、出てくる答えはステレオタイプ的なものでしかない。

とはいえ、関係者の言葉で実状を理解したつもりになるというのも、いささか単純にすぎるように思われる。というのは、その言葉がいわゆる「欲目」を含んだものになっているかもしれず、また、一部の生徒や卒業生にしかあてはまらないことが語られているにすぎないという可能性もある。なにより、超進学校という狭い空間にいるときの姿と、社会に出たときの姿が異なっているということも考えられるのではないだろうか。

超進学校の生徒、そしてとりわけ卒業生の実像がどのようなものなのか。謎に包まれている部分は、いまだ大きいように思われる。

開成・灘卒業生調査の実施

こうしたなか、私たちリクルートワークス研究所は、東西の代表的な進学校である開成中学校・高等学校と灘中学校・高等学校の卒業生を対象にした調査の実施を企画した。単純に開成や灘といった超進学校の卒業生たちがどのように働いているのかを知りたいという気持ちも大きかったが、それだけではない。開成・灘の卒業生たちのこれまでの経験や意識を調査し、その関係を分析することで、いまの日本社会が抱えている病のようなものがみえてくるのではないか。直面している課題を打破するための手掛かりが得られるのではないかと考えたからである。

調査企画を開成中学校・高等学校、灘中学校・高等学校両校にもちかけたところ、きわめて幸いなことであるが、快く引き受けてもらうことができた。そこで、次のような5つの柱からなるアンケート調査を作成し、実施を試みた。

  1. 中高時代の状況
    • 勉強や大学受験への取り組み方とその成果
    • 部活動、課外活動、読書への取り組み方や人間関係をめぐる経験
  2. 大学時代の状況
    • 勉強や就職活動への取り組み方とその成果
    • 体育会・サークル、アルバイト、読書への取り組み方や人間関係をめぐる経験
  3. 就業後の状況
    • 初職と現職の勤務先情報や転職経験
    • 仕事への取り組み方とその成果
    • 読書、自己学習などへの取り組み方や人間関係をめぐる経験
    • 就業意識
  4. 現在の仕事のアウトプット
    • 職位、所得、仕事満足度、業績に対する自己・他者評価
  5. 中高時代への教育の評価
    • キャリアに役立った度合いとしての評価
    • やり直すとしたら何にどの程度力を入れるか

具体的な調査の実施時期や方法、回収状況については、下記に示したとおりである。ほとんどの対象者が多忙な生活を送っているであろうことから、回収率がどれほどになるのか不安がなかったわけでもないが、予想を超える数の対象者が回答する労をとってくれた。両校それぞれ500以上、合わせて1,000を超える回答が集まり、統計的分析にも耐え得るデータセットを完成することができた。なお、本調査の実施にあたっては、比較を目的として、首都圏の高等学校を対象者と同時期に卒業した大卒者(男子、ただし正規として現在働いている者)に対しても、ほぼ同じ内容の調査を行っている。

調査概要

開成・灘卒業生調査
実施時期:開成2013年10~11月,灘2014年8~10月
方法:1973~2000年の卒業生を母集団とし、卒業生リストからランダムサンプリングにて対象者を抽出。対象者の数は、学校の規模等を考慮して、開成2,800人(各年100人×28年分)、灘2,240人(各年80人×28年分)とした。郵送法で実施。
有効郵送数:開成2,690,灘2,167
回収数(回収率):開成558(20.7%)‰,灘514(23.7%)

【比較目的】一般大卒調査
実施時期:2013年10月
方法:1973~2000年に首都圏の高校を卒業、現在、正規として働く大卒男子を母集団とし、WEB上にて実施。サンプリングは、調査会社(イプソス株式会社)に登録されているモニターに対して実施。なお、このモニターは、住民基本台帳をベースに構築されている。
回収数:1,153

リーダー論の検討に適した対象

さて、この連載コラムでは、卒業生調査のデータから解明し得るいくつかのテーマのなかから、「リーダーになるための条件」について考えることに注力したいと思う。

開成や灘といった学校に進学できたという時点で、その者の認知能力はかなり高いことが保証されているといってよいだろう。そして認知能力が高いことは、仕事をこなすという点においても、多くの局面で有利に働くと考えられる。根強い否定的なイメージはあるものの、おそらく卒業生の大多数が着実に仕事を処理し、実績を積み上げることに成功している。

ただ、仕事をうまくこなしているにしても、周りのメンバーを引っ張っていく「リーダー」として働いているか。あるいは、チームをまきこみながら新たな社会価値を生み出すことができている、いわば「社会リーダー」というような働き方をしているのか。これは、認知能力を超えた次元の問題であるようにも思われる。リーダーとして活躍するには、単に課題をこなす力だけでは不十分であり、それにプラスして、人間関係を築く能力やビジョンを描く力といったものが必要となるからである。

優れた認知能力という才を有している者のうち、誰がリーダーになり、誰がリーダーになっていないのか。書籍などからうかがい知る部活動や課外活動への取り組みは、なんらかの影響を与えているのか。また、実態としてリーダー層がそれなりに厚ければ、リーダー/非リーダーの分岐点のみならず、リーダーのなかの多様性にまで踏み込んだ分析も可能になる。開成や灘の卒業生が歩んできた軌跡は、日本におけるリーダー論を展開するための恰好の素材になるはずだ。

本コラムでは、次回以降、リーダー的役割を担っている卒業生の比率やリーダーになることにつながりやすい経験について議論したうえで、リーダーたちが周りからどのような評価を受けており、どのような葛藤を抱えているのかといったことにも踏み込んでいくことにしたい。

「開成・灘卒業生の働きぶり」事始め

ところで、リーダー論を展開する前に、開成・灘卒業生が従事している仕事や勤務先の企業特性、あるいは活躍ぶりを知るための役職や所得といった基本的な情報をおさえておく必要もあろう。第一回の残りでは、この点について簡単に確認しておくことにしたい。

まず、開成・灘卒業生が従事する仕事をおおまかに示すと、表1のようになる。両校は東大進学のみならず、医学部への進学の多さでも知られている。そして実際、医師として働いている者は2割強と、一般大卒に比べてかなり高い。大学教員・研究者として働く者も、文・理、医学部系を合わせて1割弱いる。企業で事務や営業、技術や企画などの仕事に従事している者は5割弱。一般大卒に比べて3割ほど小さい比率となっているが、見方を変えれば、開成・灘卒業者のおよそ半分が一般的な企業に勤務しているということになる。

次いで企業勤務の者を抽出し、勤務先の業種、企業規模、担当業務、役職の分布をみれば、表2のとおり。一般大卒と比べたときの開成・灘卒業生の特徴は、(1)金融・保険業、不動産業が多く、サービス業が少ない、(2)大企業勤務が多い、(3)事務や営業が少なく、企画やコンサルタントの業務を担当する者が多い、(4)部長職や社長、役員、理事として働いている者が多い、というところにある。

そして最後に、現職別の平均年収についても触れておこう。年収を尋ねる質問項目については、「差支えがなければ、およその額でかまいませんのでご記入ください」という注をつけたものの、結果として9割前後の回答者が答えてくれた。その回答を用いて算出すれば、表3のとおりになる。

医師として働く卒業生の年収の高さが目立つが、他の仕事に就いている者も、およそ1,000万円以上の年収を得ていることは注目される。企業勤務の者に限定しても、開成・灘卒業生の年収は一般大卒のそれの1.78倍となっており、両者のあいだに大きな差がひらいていることがわかる。

では、こうした状況を「リーダー」という視点から見直せば、どのような現実がみえてくるのか。次回からは、いよいよその点に話を進めることにしよう。