みんなでちょっとずつ「福祉」をシェアし合う プラスロボ 代表取締役CEO 鈴木亮平氏
深刻な担い手不足に直面している介護現場。現場の人間だけでは賄いきれない仕事を、すきま時間で「お手伝い」できる業務として切り出し、介護施設とサポートしたい人をつなぐ「スケッター」が介護業界に変革を起こしている。スケッターの運営会社「プラスロボ」の代表取締役CEO鈴木亮平氏と、労働供給制約社会でも持続可能な福祉の現場の未来を考える。(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗)
「学び×労働力供給」で社会を変える
――スケッターのサービスを立ち上げた背景にはどのような問題意識がありましたか。
鈴木 背景にあるのは圧倒的な介護人材不足です。2018年に経済産業省が発表した試算によると、2025年に32万人、2040年には69万人の介護職員が不足します。需要と供給のバランスが著しく乖離していくなか、もはや介護業界だけで対応するのは難しい。福祉の現場では特殊な訓練を受けた人や、資格を持つ人でないとできない仕事は一部です。そうした特別な仕事以外の業務を切り出すことによって、業界外の人も関わりやすくできると考えました。
実は福祉の現場では、配膳や話し相手など「ちょっとしたお手伝い」のニーズがあります。一人の人間を雇用するほどの業務量ではないが誰かがやらなくてはいけない、こうした業務が現場の介護福祉士さんに降り積もっていくために過重労働を生む構造があるのです。これをなんとかできないか、と思って立ち上げたのがスケッターなんです。
――スケッターのニーズは全国に広まっています。
鈴木 弊社と連携している静岡県西伊豆町では、有償ボランティアとして事業所が負担する謝礼金に加え、自治体が発行する地域通貨も付与しています。実証運用の形で2022年4月からスタートしました。町の電子地域通貨「サンセットコイン」を自治体が支給しています。秋田県の介護施設では2022年9月から10月にかけて3~7日間の短期遠征型のスケッターを全国から募ったところ25人ほどの応募がありました。全国各地で、施設側も参加者側もニーズが顕在化してきていると感じます。
――応募してきたのはどういう方々ですか。
鈴木 別に本業を持つ方ばかりです。例えば、都内の大企業に勤めている方がセカンドキャリアを見据えたり、ボランティア活動の意識で参加されたりしています。企業にも社員のボランティア休暇や福祉休暇のような形で積極的に関わってもらえれば、有給休暇の取得率アップにつながるうえ、介護離職する人を減らす効果も期待できると思います。身内の介護は突然降りかかり、初動対応が遅れるケースもありますが、スケッターへの参加を通じて普段から介護に対して意識を持つことで介護経験の備えができます。介護業界を他業界にいる社会人が小さく支え、介護インフラを維持できればその恩恵をみんなが共有できます。みんなでちょっとずつ福祉をシェアし合う社会づくりは理にかなっていると思います。本業を別に持ちながら副業的に福祉に関わるのは「越境学習」の要素もあります。さまざまな社会問題の解決のツールを生み出すきっかけにもなる「学び×労働力供給」のスタイルは、これからの日本にすごく大切だと考えています。
――共感します。私たちの生活に欠かせない重要な社会インフラに関わるサービスであるにもかかわらず、人材確保が困難な仕事がたくさん出てきています。都内のIT企業で働く人が、様々な動機で「ちょっと体験してみたい」とスケッターに参加するのは、本人にとっても社会にとっても価値のあることだと思います。
鈴木 スケッターの登録者には、高齢者向けサービスや福祉系サービスの開発をしたいと考え、1年ほど継続してスケッターに参加している起業家志望の若い世代も増えています。
7割近くが本業を別に持つ社会人
――スケッター全体での参加者の属性を教えてください。
鈴木 20代、30代、40代がメイン層で全体の7割超を占めます。介護施設での就業経験者は4割足らず、3人に2人が未経験者です。職業別では、会社員が35%、学生15%、パートタイム14%、自営業9%と続きます。7割近くが本業を別に持つ社会人です。
――どんなタスクを募集されていますか。
鈴木 配膳や下膳、お皿洗い、お茶出し、見守り、話し相手が多いですね。クリスマスのような季節行事が近づくとレクリエーション関連の仕事が増えます。定期的にマッチングしている仕事としては、利用者の入浴介助後に髪を乾かす作業もあります。介護職員でなくてもできるこの仕事を「ドライヤースケッター」の名称で募集しています。ほかにも、料理のサポート、散歩の同行など多岐にわたります。
――多岐にわたりますね。
鈴木 介護施設で行われてきた仕事だけでなく、外から人が入ることでまったく新しいタスクが生じることもあります。IT業界で働くスケッターも多いので、SNSの運用やチラシ作成もお任せします。マーケティングですね。日数単位ではなく、プロジェクト型のスケッターもいます。例えば、You Tubeチャンネルを立ち上げたいけど、現場の職員にはノウハウがないし、編集作業に時間を割けないという場合、「じゃあ、You Tubeの運用を任せられる助っ人を募集しよう」となります。
――様々な得意分野を持つ人が来てくれることで業務を発掘できる面もある。手伝ってくれたら助かるけど、人を1人雇うほどでもない、しかし職員がやると負荷が大きすぎるタスクってまだまだありそうですね。
鈴木 そうですね。介護職員ならではの業務を手伝ってもらうというよりも、苦手なことに助っ人を呼ぼう、という感じです。「資料作成スケッター」を募集して、エクセルやパワーポイントの操作が苦手な介護職員がこれまで5時間かかっていた資料作成を、スケッターに1時間で済ませてもらえば、職員にはかなりの負担減になります。
――施設側からはどんな声が聞かれますか。
鈴木 利用者の細かなニーズに対応できるようになったのがうれしい、という声はよく聞きます。例えば、マージャンや将棋をしたい利用者がいても、これまではそのために新しく人を雇うなんてできないし、職員も忙しくて毎回、お相手することもできない。深刻な人手不足の現場では季節の行事を諦める、といったことが起こり始めているのです。このように諦めていた生活の質を上げるためのサービスも、スケッターで応えられるようになったことで新しいサービスを考える余裕が生まれます。すると、その施設の職員さんのモチベーションもアップして楽しく働けるようになった、と。
――人手不足ゆえに優先順位が低いとされるサービスを断念せざるを得ない施設が出ているわけですね。利用者の生活のため必須ではないが、娯楽のようなQOLに資するものからカットされていくとすると本末転倒にも感じますが、今の人手不足が続けばより深刻になっていくのでしょうね。
「助っ人文化」を根付かせる文化醸成の役割
――参加者に体験レポートを書いてもらうシステムがありますね。
鈴木 400字のコメント欄にびっしり書き込む人が多いですね。体験をアウトプットしたい人が多いんだと思います。施設の良さや特徴を第三者目線で報告される内容が目立ちます。私たちはこれを「魅力発掘レポート」と呼んでいます。施設のアピールになりますし、スケッターにとっては施設を選ぶ動機にもなっています。
――スケッターというサービスを通じてどんな社会をつくっていきたい、と考えていますか。
鈴木 私たちは「令和の互助インフラ」という言い方をしていますが、これはシェアリングエコノミーの概念そのもので、「足りないのであれば、みんなでちょっとずつ出し合うしかないよね」という考え方です。地域でうまくカバーし合える互助インフラを令和の時代に合ったスタイルでつくるのが目標です。昭和の時代には「近所コミュニティー」があって、地域福祉のセーフティーネットにもなっていました。近所づきあいによる「無償の手助け」が文化として存在していた。それが現代では、なんでも業者に依頼しなければならなくなりました。もちろん、ムラ社会的なしがらみが強いかつてのコミュニティーを取り戻せばいいとは思いません。今の価値観に合ったコミュニティーの再構築が必要です。助け合うのは物理的に「近所」である必要もありません。地理的な距離や属性を越えて困りごとをシェアできれば、地域の持続可能な福祉インフラになります。そんな現代版の「助っ人文化」を根付かせる文化醸成の役割を担うことができたらいいな、と思っています。
――これからの持続可能な社会に向けて「仕事」の概念を広げていく必要もありますね。
鈴木 それは痛感しています。弊社の社員も副業メンバーのほうが多く、彼らのスキルや経験に支えられています。介護業界は、本業が別にあっても関わってくれる人が増えないと維持できません。今のような副業文化がまったくなかった10年前なら、スケッターのサービスも立ち上げられなかったと思います。スキルのちょっとしたシェアだけで社会に様々なビジネスやサービスを生み出せる時代になったと感じます。
■プロフィール
鈴木亮平氏
プラスロボ 代表取締役CEO
1992年生まれ。大学卒業後、IT系ニュースサイト記者を経て、2017年にプラスロボを創業。「介護業界の関係人口を増やし、人手不足を解決する」をミッションに2019年にスケッターのサービスをリリース