「楽しく参加できる活動」が地域を守る 認定NPO法人改革プロジェクト 代表理事 立花祐平氏
労働供給制約社会における治安維持や住民サービスの低下をどう防ぐか。課題解決のヒントの1つが「パトラン」だ。市民がランニングをしながら地域を見守る防犯パトロールが福岡から全国に広がっている。立役者の認定NPO法人改革プロジェクト代表理事の立花祐平氏と、本業以外に「社会的活動」を担う多様な個のつながりの価値を語り合う。(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗)
警察や自治体まかせで持続可能か
――リクルートワークス研究所が提唱する「社会的活動」という概念について、どのようにお考えですか。
立花 環境問題といったテーマで活動している人は確実に増えていることを肌で感じますが、地域課題に対して本業とは別にライフワークとして社会的活動に携わる人はまだまだ少ないように感じます。とはいえ、きっかけさえあれば地域の役に立ちたいと考えている人は多いはずです。地域と積極的に関わる人が増えれば、よりよい社会につながると思います。
―地域の役に立つ入り口に「ランニング」を据えられたのはユニークです。パトランの活動を始めたきっかけを教えてください。
立花 当時一緒に海岸の清掃活動をしていた女性メンバーが、帰宅途中に不審者から被害を受けたのがきっかけです。「安全だと思っていた地域で、こんなことが起きるんだ」と衝撃を受け、団体の活動として防犯パトロールを始めました。当時20代が中心でスタートしましたが、何も起こらないことが日常的な防犯活動において、モチベーションの維持は容易ではなく、半年後には私1人になってしまいました。どうしたら活動を持続できるだろうかと考えていた矢先、当時はランニングがブームで、ランナーをあちこちで見かけました。それでふと、「ランニングをしながら地域を見守る活動ができるのでは」と考えたのが始まりです。
――地域の見守り活動や防犯について、どのように感じておられますか。
立花 なんの罪もない子どもが犠牲になる悲劇が全国で相次いでいます。千葉県松戸市では女児が行方不明になり、河原で遺体が発見される痛ましい事案や、車内に取り残された幼児が熱中症で亡くなることもありました。もし地域にパトランのメンバーがいれば、1人で歩いている女児を見て、無関心に放っておくことはありません。「なにかおかしいぞ」というアンテナが働き、遠くからでも見守ったり、声をかけたりするはずです。そのように地域の異変や違和感を察知できる存在、「温かい目で地域を見守る」ことができる人材が少なくなっているのが課題だと思います。地域には「声にならない声」もあります。DVや虐待の被害に遭っている子どもは、自分からSOSを発信できないことも多い。実際、パトランのメンバーがすれ違った時、目で「助けて」と訴えかけてくる子もいたんです。そういう「見守りのセンサー」を持つだけで救える命を増やせると思っています。
――そういった見守りは地域社会がかつては担っていたと思いますが、現代では行政の仕事になっていると思います。
立花 「自分たちが行動しよう」という意識には向かう人は一部で、「警察や自治体がもっとしっかりするべきだ」という方向になりがちです。しかし、警察や自治体だけですべてを担うことは本当に現実的でしょうか。ただ、今の若い人たちの間では、自分たちは社会的な活動の担い手だという意識が高まっているようにも感じます。
――たしかに、私たちのアンケート調査でも「社会や自分の所属する組織に対して何か行動を起こせば変えられると思いますか」という質問をすると、若い世代ほど肯定的な回答が得られます。
社会貢献ではなく、「自分に返ってくるもの」が魅力
――パトランの参加者はどんな方が多いですか。
立花 登録メンバーは約2500人。30~50代がメイン層で、子育てが一段落ついた世代の方が中核となりパトランの基盤を支えています。仕事の合間に参加している方が多く、パトランしながら職場に出勤する人もいます。ほかには、親に連れられて参加する小学生もいますし、年輩の方にはウォーキングでごみ拾いしながら参加してもらうこともあります。それぞれが自分のスタイルで、無理のない範囲で続けることができるのがパトランの魅力の1つだと思います。
――何かを我慢して活動する、という感じではないんですね。それが活動の継続につながっているのでしょうか。
立花 そう思います。パトランのことを「プライスレスなライフワーク」と呼ぶメンバーもいますが、まさにパトランを体現するような言葉です。勤務先の行き帰りなど習慣に組み込むことができている人は長続きしますね。メンバーのモチベーションを維持する取り組みとしては、一定の活動基準をクリアした人に「認定パトランナー」という称号を与える制度があります。認定証書やアイテムを贈り、名簿をホームページに掲載します。また、パトランの活動を集計する「パトっち」というシステムを作り、実施回数や時間の記録をランキング表示しています。とはいえ、一番のモチベーションはメンバー同士の交流です。コロナ禍で中止を余儀なくされていたメンバー同士の交流や観光地でのパトランなどのお楽しみ企画も今年から再開しています。
――新しく参加される方はどんな理由で加わっていらっしゃいますか。
立花 入口は人それぞれですが、1つは健康です。最近太ってきたとか、お酒を飲みすぎて数値が気になるなど、健康改善のために始めたいという方が3割ほどいます。もう1つが、社会的な活動をやりたいという方。趣味でやっているランニングが地域の役に立つのであれば、という人が3割。あとは、知人のSNSやマラソン大会でパトランTシャツを着用したメンバーを見かけ、「楽しそうに見えたから」という人たちもいます。
――「楽しそうだから」という入り口はいいですね。
立花 「自分にもできるかも」っていうハードルの低さが魅力なのかもしれません。普段ランニングしているランナーが6割ぐらいで、残り4割はこれまで走る習慣がなかった人たちです。地域に居場所が欲しくてとか、仲間を作りたくて、という動機で参加する方もいます。「パトランの魅力は何ですか」とアンケートで尋ねると、8~9割は「パトランナーの仲間の絆」と回答しています。パトランを通じた人とのつながりが一番の魅力のようです。防犯面の効果をできる限り数値化し、活動が役に立っていることをメンバーにも伝えていますが、実感はわきにくいのだと思います。活動の輪の中で楽しむことで自分自身が充実した生活を送れる、といった「自分に返ってくるもの」に魅力を感じる人が多いということです。「社会のために」と意気込むことも大事ですが、楽しいので参加しています、というぐらい肩の荷を下ろして参加している人のほうが長続きしているかもしれません。
――企業や自治体との連携事例を教えてください。
立花 2021年以降、企業の社内メンバーで月2~3回活動するクラブチーム「パトランクラブチーム」が立ち上がっています。第1号は茨城県の企業で、SDGsやサステナビリティの取り組みの一環、社員の健康促進という位置付けで始まりました。年度内にさらに複数企業のチームが立ち上がる予定です。自治体との連携については愛知県西尾市と包括連携協定を結び、一緒にパトランの輪を広げることになりました。その他にも、地域に拠点を置くパトランチームが核となり、自治体や警察、NPOと連携する事例はたくさんあります。
社会の流れが活動を後押ししてくれている
――パトランの活動を通じてどんな社会を作っていきたい、と考えておられますか。
立花 犯罪を減らしたい、という目的は当然ありますが、それって実は副産物なのかもしれません。パトランを通じて地域に居場所ができ、生き生きと自分らしく過ごせる人が増えることが、本質的にはより大事なことのように思います。その結果として、地域社会に関心を持つ人を増やせればいい。これから圧倒的に人材不足になる地域社会で、職場とは別に自分の居場所を持つことの価値は高まるはずです。職場の人間関係しか築いてこなかった人が退職後、いきなり地域活動に入ろうとして馴染めず右往左往するケースは中高年男性に多く見られますが、ビジネスとは逆の発想でプロセスを楽しむ姿勢が求められます。
――そういう人は、本業の仕事の外側に居場所を作る選択肢がなかった、ということですね。パトランと仕事の関係についてどう感じていますか。
立花 パトランが生き甲斐の軸というメンバーが出てきています。自分で考え行動することによる反響がダイレクトに感じられることにやりがいを感じる人たちです。本業の仕事では味わえない充実感を、パトランの活動を通じて得ておられるのでしょう。私も東京と大阪でサラリーマンをしていましたが、仕事を通じて充実感を得ている人や少なかったように思います。目が輝いて仕事に向かう人がいる一方、死んだ魚のような目をして文句ばかりを言う人もいたりとギャップに驚きました。
一方で、パトランを導入する企業からは、新卒採用につなげたいという声もあります。今の若者は、福利厚生も含め会社の価値を総合的に判断します。パトランのような社会活動に取り組んでいることが採用アピールに使われるのは、私にとっても目からうろこでした。
――企業としても、中長期的な人材獲得や育成につながる、と考えているということですね。
立花 そうなんです。例えば団体で主催するマラソン大会でイベントのボランティアを募ると、応募が最も多いのは女子高生です。彼女らから社会への関心の高さも伺えますが、大学の推薦入試に有利という面もどうやらあるようです。つまるところ地域社会と関わる入り口はなんでもよくて、経験して何を感じるかが大事です。こうした動きも含め、今の社会の流れが私たちの活動を後押ししてくれているように感じます。活動を始めた10年前だとあり得なかっただろうなと思います。
――パトランの活動を「ボランティア」の枠組みですべてわかった気になるのはもったいない。もっと大きな、価値あるものとして受け止めるべきだと思いますし、そうならないとこの先、日本社会は立ち行かなくなるという危機感もあります。
立花 「ボランティア」という呼び方にどこか軽視されている響きも感じてきました。裕福な人が余暇活動としてやっているようなイメージもぬぐえません。「自分とは別次元の世界」だと受け流すのはもったいない、と思います。
撮影/平山 諭
■プロフィール
立花祐平氏
認定NPO法人改革プロジェクト代表理事
福岡県宗像市出身。明治大学商学部を卒業後、情報システム会社を経て、2014年にNPO法人改革プロジェクトを発足。福岡県安全・安心まちづくりアドバイザーも務める。19年に一般社団法人PENTAGONを設立、代表理事を兼任。