1人が何役にもなれる社会に おてつたび 代表取締役CEO 永岡里菜氏
「知らない地域に行きたい」と考えている旅行者を、「誰かに手伝ってほしい」と思っている人とつなぐ「おてつたび」。社名は「お手伝い」と「旅」を掛け合わせた造語だ。旅行者が地域の「社会的活動」に参加することで、旅気分を味わいながら地方の担い手にもなれる。地域と旅行者、それぞれの課題やニーズに応える「おてつたび」代表取締役CEOの永岡里菜氏と、「労働供給制約社会」において地域を支える仕組みづくりを考える。(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗)
人手さえ確保できれば…という地方の声
――まず私たちが強い危機意識を持っている「労働供給制約社会」についてどのような考えをお持ちですか。
永岡 人口が減るなか、今のままでは限界が来ると実感しています。都市部と地方で人材をシェアする発想が大切です。といっても、地方にいきなり移住するのはハードルが高い。交通アクセスや時給といった労働条件面で比較されると地方は都市部に勝てません。これまでの発想とは異なる付加価値を作り、地域に行きたい人を増やす取り組みが必要です。
――「おてつたび」を起業した背景と問題意識を教えてください。今後はどのようなことが特に課題になる、と感じていますか。
永岡 全国各地で少子高齢化と過疎化が進み、若い人たちはどんどん都市部に流れています。地域内で人材を確保するのが難しくなり、泣く泣く廃業に追い込まれるケースが今後さらに増えると思います。私の出身地の三重県尾鷲市がまさにそうなのですが、観光地としてスポットライトが当たることも少ない、「どこそこ?」と他地域の人から言われてしまう地域は、興味を持ってもらえる機会も少なく特に厳しい状況です。でも、どんな地域にも必ず魅力はあります。まずは地域に来てもらい、その地域のファンや応援団になって支え続ける「関係人口」が増える仕組みをつくりたい、と考えました。
――ワクワク感をかきたてる「旅」と、誰かのために役立つ「お手伝い」という言葉の組み合わせは絶妙です。この組み合わせはどうやって思いついたのですか。
永岡 起業する前に私は各地をめぐって課題を探りながら、都心部で暮らす人にもアンケートやヒアリングを行いました。地域では人手さえ確保できれば農地を拡大できるのに、お客さんの予約を断らなくて良いのに、といったお話をよく聞きます。労働力不足の深刻さを痛感しています。一方で、都市部の人には地域に行きたくても行けないハードルがあると気づきました。1つが金銭的ハードルです。「どこそこ?」と言われてしまう地域ほど交通の価格競争が起きにくく、旅費が高騰しがちになります。もう1つが、心理的ハードルです。目的やきっかけがないと人は地域に行く動機を作りにくい。この2つのハードルを下げながら地域の課題を解決したいと考え、お手伝いしながら旅行ができる「おてつたび」のコンセプトが浮かびました。私たちが介在することで、「お手伝い」を目的に人が訪れるきっかけを作り、地域の人から地元の魅力を教えてもらう形に発展していく流れを作ろうと考えました。
三方よしのモデルを各地に作りたい
――おてつたびの参加者はどんな人たちですか。
永岡 参加者はコロナ前の3.3倍の延べ2.7万人に膨んでいます。コロナ禍前までは大学生を中心とした20代、Z世代の方々が約7割を占めていましたが、今は半分ぐらいです。もう半分は幅広い年齢層の方です。移住先や転職先を探している方、セカンドライフを見据えたアクティブ・シニア、夏休みなどの長期のお休みを利用して参加する企業勤務の方もいます。会社のボランティア休暇の仕組みを使って参加されたサラリーマンの方もいらっしゃいます。今年2022年8月以降はKDDIとコラボで実証実験をスタートしています。同社の社員が長野県内の休耕田の草刈りや収穫のお手伝いに参加し、情報通信技術を活用した地域活性化案のディスカッションを行いました。
――幅広い年齢層の参加が増えている理由についてはどうお考えですか。
永岡 コロナ禍を通じて起きた2つの変化が影響していると思っています。1つがテレワークの普及です。会社員でも仕事先を自由に選べる会社も増えたため物理的に時間に余裕ができ、地方に出かけやすくなりました。2つ目が、コロナ禍で人とのつながりが薄れてしまったと感じ、新たな出会いを求めて参加される方の増加です。
――参加者の動機やモチベーションはどう見ていますか。
永岡 本当に多種多様です。若い世代を中心に、旅行に求める価値観も変化していると感じます。阪急交通社が大学生を対象に行った2018年のアンケートで、旅行を検討する際に重要視するのは「価格の安さ」(79.4%)、「見られる景色」(44.1%)に続いて、「経験できる内容」(43.8%)が3位でした。旅行が単なる消費行動ではなくなり、経験を重視する方向にシフトしているのかもしれません。「地方を助けてあげる」ではなく、「自分が楽しいから助ける」という意識、「ワクワク感」は大事な要素だと思っています。
――受け入れる地域の側にはどんな声がありますか。
永岡 多様な属性、年齢の人たちと交流し刺激を受けている、という声が多いです。インスタグラムが得意な若者に使い方を教えてもらったという人もいます。具体的な地域の例をあげると、人口5000人足らずの北海道平取町で今夏68人を受け入れたブロッコリー農家があります。ここでは、地元のコンビニエンスストアの店員さんがおてつたびのステッカーを店内に貼ってくださったり、ガソリンスタンドを経営するご夫婦が参加者の寮に差し入れを持ってきてくださったり地域全体で歓迎ムードを作ってくださっています。スポット人材の活用に不慣れだった地域も外から人が入ることに抵抗感が減り、地域社会の刺激にもなっている現状を目の当たりにしました。私たちは、自治体が介在しなくても数十年単位で続くモデルを作りたい、と考えています。平取町でそれが実現しつつあります。地域に新しい風が吹き、その地域のことが好きでたまらない人たちが増え、農家は人手不足を解消して助かる、そんな三方よしのモデルを各地に作りたいと思っています。
――平取町の事例は、今後の日本を考えるうえで大切なソリューションを提示いただいたように思います。技能実習生頼みの農業や観光業はサステナブルなのか、というシビアな問題もあります。おてつたびを利用した人が地域に移住した例はありますか。
永岡 少しずつ出ています。広島県竹原市に行った学生さんがそのまま地元で就職したり、プチ移住されたり、二拠点居住をスタートされた方もいます。
人を奪い合うのではなく、1人が何役にもなれる社会に
――おてつたびの体験は「昔ながらの古い旅の形かもしれない」と表現されています。
永岡 地域の方々とお話しさせていただくと、「昔はそういうつながりを大切にした関係性がたくさんあったんだよ」と言われることがあります。例えば、スキー場の近くの宿に、毎年学生が住み込みで手伝い、空き時間はスキーを楽しむ。それが毎年、サークルや学部の後輩たちに受け継がれているケース。宿の常連客のお子さんが高校生になると手伝いに来てくれるケース。アルバイト求人を掲出している掘立小屋に宿泊した日本一周中のバイク乗りの方が農作業を手伝いに来てくれるケースなどです。そういったご縁をおてつたびが現代版のツールでつなぎ直している面はあると思います。インターネットがなかった時代は、宿泊先で出会った人や移動中の電車で隣り合わせた人に聞くことでしか情報を得られませんでした。今はネット検索で人気の飲食店がすぐに見つかります。便利で素晴らしいことですが、観光名所がない地域ほどネット情報が少ないのも事実。地域の人の仕事を手伝いながら自然な流れで交わした会話から地元の情報を得る、そんな昔ながらの旅の醍醐味も味わえると思います。
――かつては仕事と遊びの境目がもっとあいまいでした。日本一周している人が農作業するのは、旅賃稼ぎの半面、日本一周中の出来事なわけで仕事と娯楽の区切りがファジーです。大学生のスキー場の宿のお手伝いも、宿の常連客のお子さんのケースもサークル活動や夏休みのアクティビティー的な感覚が混在していると思います。現代人は働くということを、すごく狭く捉えるようになったと感じます。
永岡 働く価値観も変わっています。お金も大事ですが、「お金+α」の価値を重要視されている方も多いと感じます。
――おてつたびを通じてどんな社会を作っていきたいと考えていますか。
永岡 人口減少社会がさらに進むなかで、人を奪い合うのではなく1人が2役・3役、何役にもなって地域に関わり、支え合える仕組みを作ることが社会の持続可能性につながると考えています。その地域に住んではいないけれど、労働力としてたまに手伝いに来たり、時には観光客として訪れたり、その地域の物を買い続ける消費者として経済を回したり。そのように、誰もが自分の居住地と出身地以外に好きでたまらない地域を2~3カ所持つことができれば世界は変わると信じています。地域と継続的に関わる関係人口を増やすことで、「地域を支える未来のインフラ」を作っていきたいと考えています。
――東京のビジネス街で働く自分もいれば、農作業を手伝う自分もいる。そんな多面性が人間本来の姿かもしれません。本業の仕事以外のアクティビティーで社会の労働ニーズを満たしていく「社会的活動」が、これからすごく大切になると私たちは考えています。
永岡 「労働」という形式にこだわると、どうしても関わり方が狭くなります。見方を変えたり関わり方を変えたりすることによって、関わる人のパイは増えていくのではないでしょうか。消費する旅行も楽しいと思いますが、生産する旅行も楽しいという価値観があってもいい。人間は何かを生み出すと自己効力感が強まり、幸福感も高まります。これからは働くこととエンタメの融合が進んでいく、とも捉えられますね。
■プロフィール
永岡里菜氏
おてつたび 代表取締役CEO
千葉大学を卒業後、イベント企画・制作会社で官公庁や企業のプロモーション、イベントの企画・運営などを担当。退職後、フリーランスを経て、2018年おてつたびを起業