社会インフラを楽しく担う新しい「プロ」を育てる WEF日本支社 福田恭子氏
労働供給制約が進むなか、日々の暮らしに不可欠なインフラを支える人材は圧倒的に不足している。この課題解決に立ち上がったのが、シンガポールに拠点を置くNPO団体「WEF」(Whole Earth Foundation)だ。市民の力で地域インフラに関する情報を集めるエコシステムの構築に奔走する日本支社の福田恭子氏に、新たなムーブメントの最前線で起きている変化を聞いた。(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗)
自分たちが暮らす町は自分たちで守る
――インフラの維持に関してどのような問題意識を持たれていますか。
福田 私たちが取り組んでいるのは社会インフラの老朽化の問題です。マンホールの場合、日本では全国1500万基のうち年間10万基しか交換できず、300万基余が耐用年数を超えています。電柱や道路なども含め、様々なインフラがこれから老朽化の課題に直面すると見ています。
――インフラをめぐる課題解決に取り組むきっかけを教えてください。
福田 WEF創業者で代表の加藤崇が米シリコンバレーで2015年に起業した「Fracta」(フラクタ)という会社があります。水道管の劣化予測を行うソフトウェアの開発・販売を手掛ける同社のシステムは、米国では現在28州で70社以上の水道事業体に導入(2022年7月末現在)されています。こうした動きの中、インフラの老朽化の問題がある一方、インフラ業界の構造的問題を解決し、業界改革を起こすためには市民の声が大事だということに気づいたのがきっかけです。
――インフラを維持する担い手の不足については、どのように感じておられますか。
福田 例えば、下水道の維持管理を担当する役場の課の職員は通常数人程度。その人員で数万〜数十万基ものマンホールのメンテナンスを担うのは無理があります。点検作業は現場を実際に巡回して確認しなければなりません。これだと、老朽化に対応しきれなくなるのは必然です。彼らが本来労力を割くべき修繕・交換業務に集中できるよう、市民がリソースを提供していくエコシステムを作ることで効率的に地域インフラを守ることができると考えています。実際、自治体からもそうした要望を聞いています。
――暮らしに不可欠なサービスを私たちは「生活維持サービス」と呼んでいます。その担い手がこれから加速度的に減っていくなか、生活の質を維持できなくなることを危惧しています。
福田 私たちが普段、安心して暮らしていけるのも生活維持サービスを享受できているからですよね。でも、市民の間ではインフラの維持管理は「行政がやってくれるもの」「(自分以外の)誰かがやってくれるもの」という意識が根強いと感じます。特に人口減少が顕著な地方自治体は人手も税収も減り、要員確保に相当苦労されています。そうしたなか、市民の意識も「自分たちの町は自分たちで守る」という方向へ変わらなければいけないと思います。私たちが開発したゲームアプリの普及を通じ、その役割を担うことができれば、と考えています。
「楽しさ」+「経済的リターン」の相乗効果
――市民が参加する社会貢献型ゲームとして「鉄とコンクリートの守り人」と、その進化版アプリ「TEKKON」を開発してこられました。
福田 いずれもインフラ老朽化の課題に対し、市民が力を合わせて撮影・投稿、レビューし合うことで、インフラの安全を確保するのが目的です。「鉄とコンクリートの守り人」はマンホールのみが対象でしたが、「TEKKON」では電柱も加えています。
――ホームページによると、「鉄とコンクリートの守り人」「TEKKON」を合わせてこれまでに日本を含む世界7カ国で累計138万基のマンホールの蓋の画像データが投稿されているそうですね。すごいペースです。
福田 「鉄とコンクリートの守り人」のアプリは1年間かけて91万基のデータを収集しました。「TEKKON」は一般公開した22年9月以降の3カ月足らずの累計で既に50万基近く投稿されていますから、情報収集の勢いはさらに増しています。これは、ユーザーのみなさまに私たちの社会貢献の取り組みに共感していただいているのが要因の一つだと思います。ただ、それだけではこれほどのムーブメントは起きないはずです。単に「町のためによいことをしよう」というのではなく、「ゲームで楽しく遊んだ結果として町のインフラを保全できる」というセットの魅力が人気につながっていると思います。加えて、インセンティブ効果も大きいと考えています。「鉄とコンクリートの守り人」の場合、イベント開催時に最も多く投稿した人にはギフト券をプレゼントしました。
ただ旧アプリではイベントの時のみで、「TEKKON」をリリースしたタイミングで日常のプレイでもポイントを獲得できる制度を導入すると、累計投稿数・レビューが急増しました。このように、「楽しさ」+「やればやるだけリターンが得られる」という2つのインセンティブが相互に作用していると思います。
――インセンティブ設計は大事ですね。
福田 これは創業者の加藤の言葉ですが、「社会のために活動する」という善意のパワーを搾取するだけでなく、しっかり対価を与えて還元していくことが大切だと考えています。社会的価値と経済的価値を融合させた「社会経済価値」を市民に還元するシステムが、好循環の背景にあると思います。
――社会的価値とは、どういったものを意図されていますか。
福田 「誰かのために動いた」という社会貢献の価値です。通常であれば、「ありがとう」とお礼を言われて終わるのが、そこに経済的価値も付与されることによって副業的な収入を得る目的で参加してくれる人も増えます。「TEKKON」のヘビーユーザー、いわゆる「プロユーザー」の中には2カ月で3万基以上を投稿した人もいます。日常生活の一部として習慣化されているのだと思います。
――1人で3万基とはすごいですね。下水道事業に携わる役場や会社に勤務している方よりも、地域のマンホールの状況に詳しい人もいるかもしれません。
福田 イベント開催時は、自治体が把握しているマンホールの位置情報データと、市民が収集した画像をリンクさせるのですが、自治体の管理から漏れているデータが見つかることもあります。自治体は人手不足のため、市民からの通報や苦情がない限り現場まで行けない状況が続き、マンホールの存在自体、把握できていないこともあるようです。私たちのアプリ上では、「ヒビがあります」とか「欠けがあります」など画像にレビューを付けて投稿することで劣化を可視化しやすくしており、静岡県三島市ではそのデータを踏まえて、実際に4枚交換されました。
――WEFのゲームアプリで収集したデータを基に改修に動く自治体も出ているわけですね。今までは下水道を扱うプロといえば、役場の担当課や請負業者の人に限定されていたのが、それだけではなくなりつつある、ということですね。どんな方が参加されていますか。
福田 たしかに先日、大阪で開催したユーザーの交流イベントでは、マンホールや電柱に詳しい方々が集まっていました。「あそこのマンホール、見に行きましたか?」「見ました、見ました」といった会話が飛び交い、すごいなと思いました。道を歩けばマンホールや電柱に目が向いてしまう、という方々ばかりで趣味のレベルを超えた人たちが多かったのが印象的です。年代は様々ですが、撮影や投稿をしない日があると落ち着かないという人、撮影のため仕事場までの道のりを遠回りするのが習慣になっている人、毎日夫婦で散歩しながら撮影している人、パートとお子さんを迎えに行く間の隙間時間に撮影・投稿している人、ビジネスモデルに興味を持ち研究テーマにしている学生グループもいました。
信号機や道路標識、ガードレールも対象に
――自治体の問題意識についてはどのように感じておられますか。
福田 自治体によって異なります。ゲームイベントを通じてインフラのデータを集めたいと考えている自治体もあれば、インフラ事業に対する市民の関心を高めるのが主眼という自治体もあります。一方で、企業とのコラボの取り組みも進んでいます。電柱に関しては、北陸電力が弊社のアプリゲームの活用によって、実際にどの程度の労働の代替が図れるのか実証実験を始めています。
――電力会社も現場の人材確保が難しくなりつつあるのでしょうね。
福田 そうだと思います。北陸電力がこれまで担ってきた検査業務の項目のほんの一部でも市民が代替することで作業の効率化が進めば、それだけでも十分価値があると受け止めてくださっています。
――今後の展望をお聞かせください。
福田 次の対象インフラとしては、信号機や道路標識、ガードレールなども検討しています。雪の重みで曲がってしまうなどして不具合が生じている道路標識も各地で放置されている可能性があります。管理責任者はマンホールが自治体、電柱は電力会社といった具合にインフラの種類ごとに分かれますが、画像認識技術などを用いた私たちのアプリゲームによって市民がメンテナンスに寄与できるというベースは同じです。ただ、市民が撮影、投稿する際は共通のルールが必要です。その点、マンホールは上から表面と周囲を撮影すればいいので共通アングルで収集しやすい面はありました。電柱の場合、柱の両側面と基礎の部分、それから電柱のIDの4つの記録をルール化しています。
――「TEKKON」などのサービスを通じて、どんな社会を実現したいと考えておられますか。
福田 市民の力でインフラを守るのが私たちのビジョンです。自分たちが動けば町がよくなる、という実感がわく。そんな楽しさや、やりがいをわかりやすく伝えられるサービス展開を続けたいと思っています。
撮影/平山 諭
■プロフィール
福田恭子氏
Whole Earth Foundation 日本支社
新潟県出身。慶應義塾大学理工学部進学後、東日本大震災の被災地での活動を機に社会起業に関心を持つ。慶應SFCに編入後、「社会課題×ビジネス」をテーマとした企業家精神醸成事業を全国15拠点に展開。大学卒業後は新潟県の民間・行政の新規事業創造、新商品企画開発、地域活性化、産業観光などの取り組みに従事。Whole Earth Foundationでは、イベント企画・広報全般・ユーザーコミュニティ形成を担当。