支払業務など定型業務へのRPA導入はほぼ完了、自動化は第2ステージへ(三井住友海上火災保険)
【Vol.5】三井住友海上火災保険 ビジネスデザイン部 企画チーム 課長代理 加瀬 友也(かせ ともや)氏/ビジネスデザイン部 企画チーム 課長代理 吉見 香織(よしみ かおり)氏
不測の事態に備える損害保険は、自然災害が多発するなかで年々需要が拡大している。書類の申請手続きや確認といった業務が膨大で、特に災害発生時には保険金支払が集中する保険会社はITソリューションの強化が重要課題の1つ。グローバルな保険・金融サービス事業を展開するMS&ADインシュアランスグループの主要会社として、国内の損害保険を中心に幅広く事業を行う三井住友海上火災保険ビジネスデザイン部の加瀬友也氏と吉見香織氏に、RPAによる業務の自動化やDX推進人材の育成について話を聞いた。
RPAにより定型業務を10万時間削減。保険金支払や照会業務で効果を実感
三井住友海上火災がRPAを本格導入したのは2018年。早くからVBAなどのITツールを活用してきたが、「前回の中期経営計画 (中計)における重点施策の1つとして、この4年間、強力に推進してきました」とRPA導入を所管するビジネスデザイン部の加瀬氏は振り返る。
現在、主にRPAを導入しているのは経理や営業事務、商品開発部門などで、定型的な業務にフォーカスして順次ロボット化を進めてきた。状況により上下するが、常時80~100体が稼働しており、年間の業務自動化は10万時間規模に上る。労働時間に換算すると社員約50人分に相当するが、「単純作業が自動化されたぶん、社員は戦略的に重要な業務にシフトしています」と加瀬氏。
RPAによる効果を加瀬氏が最も感じているのは、損害保険金の支払部門である。台風や豪雨、地震といった自然災害が発生すると支払請求が殺到し、短期間に大量の業務を処理しなければならない。従前は事故が起きるとまず顧客が同社または代理店に電話で報告し、オペレータがその電話の内容を書き起こし、事故を管理するシステムに手入力するという手順を踏んでいた。現在は顧客側が同社ホームページから報告できるような形にしており、自然災害が起きると報告されたデータから自然災害事案を抽出してマクロ加工する。そのデータをRPAが既存システムに自動登録することにより、災害時に一時的に集中する事故登録業務の負担が大幅に改善された。
「ほかにも金額の査定や支払登録などの途中工程にRPAが入っています。保険金の支出は複数の工程にまたがって行われますが、その中で定型化できるところはRPAが活躍しています」と加瀬氏。以前はそれらの工程で発生する手入力や転記といった人の手で作業するときにミスが生じることがあったが、今ではまったくなくなった。事故受付はコールセンターでも行っているが、年々Webの利用率が高まっている。
RPAは次なるフェーズに。より高い効果を求めて「使う側」のスキルも強化
加瀬氏が所属するビジネスデザイン部は、中計など同社の将来ビジョンに向けた戦略策定を担う部門。その一環として前中計の重点課題の1つ、「デジタル技術の活用によるお客さま体験価値の向上と業務プロセスのデジタル化による生産性の向上」に基づいてRPAを推進してきた。
現在の中計(2022~2025年)に入った今、「定型的な業務に関してはほぼRPAを作り切りました。今後はより効果が高い領域を見定め、そこを拡大するというフェーズに移ってきたと見ています」と加瀬氏。RPAのシナリオも高度化・複雑化すると見られるが、RPAを作成する同部には、デジタル庁の前身である内閣官房IT総合戦略室に出向経験がある加瀬氏をはじめ、ITスペシャリストが揃っている。
「導入部門でRPAの受入テストをする際はもちろん、要件定義の出し方や、どのようなプログラムで動いているかを理解するなど、DXに強い人材がいれば品質もかなり上がってくると期待しています」と加瀬氏も語る。
DXを推進する人材に関しては、これまで現場の第一線の社員を選抜して「デジタルアンバサダー」に育成し、各拠点に配置してRPAの使い方などの指導を行ってきたが、一定の役割を終えたとして同制度を解消。今期の中計で掲げる「イノベーションを支える人財の育成」を踏まえ、新たに「デジタル人財」の育成について構築し直し、今年度から新制度がスタートした。中計の最終年度の2025年までには3000人、今期中には1500人の「デジタルビジネス人財」の育成を目指している。在籍社員については「戦略的に重要な業務にシフト」(加瀬氏)するため、全社員を「デジタルビジネス人財」に底上げする方針である。
大学と連携し研修プログラムを構築。実践的な学びをビジネスに活かす
同社が定義する「デジタルビジネス人財」とは、「広く最新デジタル技術を理解し、デジタル技術やデータを活用してお客さまや社会の課題解決を考えられる人財。その中からさらに、ビジネスサイドとデータサイエンティストの橋渡しをするビジネストランスレーター、高度なデータ分析を行って主体的な問題提起や詳細な取り組みの方向付けができるデータ分析人財、そしてデータサイエンティストを育成しています」と説明するのは研修プログラムの構築を担当する吉見氏。
ビジネストランスレーターは今期中計中に500人、データ分析人財は600人、データサイエンティストは100人を育成の目標としている。それぞれランク別に認定制度を構築し、要件を満たせば認定される。
「デジタル人財育成コース 」の基礎(ベーシック)は全社員の受講が必須。基礎から初級にかけてはeラーニングの特定カリキュラムを受講すれば認定する。中級以上になるとさらに高度な学びが求められるため、「現在は2つの大学と連携した研修を実施し、一定のアウトプットをしてくれた社員を認定しています」と吉見氏。
提携先の1つは、日本製のOSを開発するなどIoTの先駆者として著名な坂村健氏が学部長を務める東洋大学情報連携学部。MS&ADグループ専用の研修プログラムとして、2018年からデータビジネスデザインコース、気候変動ビジネスデザインコース、データサイエンティトコースの3カリキュラムを開設している。
もう1つは日本電産の創業者・永守重信氏を理事長に、大胆な大学改革で注目される京都先端科学大学。2020年から「MS&ADデジタルカレッジfrom京都」として、実習を中心に最新デジタル技術を学んでいる。
京都先端科学大学での研修はあらかじめ完全オンラインを想定し共同開発、また東洋大学でも2020年からコロナ禍によりオンライン授業が続いているが、「学習の吸収度は対面と変わりません」と吉見氏。
「例えば京都先端科学大学のデジタルコースでは、研修前にウェアラブル端末のFitbitを2週間装着して体内データの記録を取ります。授業ではそれを使い、Python(高水準汎用プログラミング言語)を学びながらデータ分析を行っています。ドローンの操縦もVRスコープを用いて体感するなど、実践的な学びが特色です」(吉見氏)。
今年度からはEVコースもスタートし、画面越しながら実車を用いてEV車の構造を詳しく教えている。「保険会社でも、EV車の特色を踏まえた商品・サービスが今後必要になると考えていますので、まずその現状を学ぶという観点です」と吉見氏。
一方、東洋大学では坂村学部長自ら講義を行うほか、プログラミングやデータビジネスではPBLを主体としてグループワークも活発に行っている。最終日に行うプレゼンの内容次第では、いずれ商品化も視野に入れている。
経済産業省が示す「デジタル社会の人材像」では、ビジネスパーソンをシステム開発側のIT企業と、それを使うユーザー企業とに分類し、前者の中で最新デジタル技術を駆使するエンジニアを「先端IT人材 」、後者でシステム導入をリードする人材を「DX推進人材」と位置付けている。これまで主流だった受託開発の場合、ユーザー企業は漠とした要望を伝えるだけでも済んだ。しかし、デジタル技術の進化により前例のないイノベーションが求められる時代、顧客にも相応の知識や技術への理解が必要なことから、あえてこの名称をつけた。
ユーザー企業でもある三井住友海上火災には、ビジネスデザイン部にいわゆる先端IT人材を擁し、社員をDX推進人材として育成しているという強みがある。他社が同じ環境を整えるのは難しいが、少なくともDX推進人材の育成に関しては、多くの業種で同社の研修プログラムや認定制度などの取り組みが大いに参考になるだろう。