安い労働力に頼る現状を脱却し、少ない人員で高い付加価値を生み出せる工夫を
【まとめ】自動化・機械化による働き方の進化 接客調理編(前編)
コロナ禍の影響を直に受けた飲食・宿泊サービス業界。コロナ禍当初は休業や従業員の離職が進んだが、多くの店舗が通常営業に戻るなかで再び深刻な人手不足が顕在化している。前編では飲食・宿泊サービス業界で接客や調理の仕事に携わっている人たちのタスクの内容を探りながら、自動化・機械化によって働き方がどう変わるのか、その全体像に迫る。
現在の接客・調理の働き方と自動化・機械化へのロードマップ
■飲食・宿泊サービス業界における労働者の主なタスク
接客・調理分野で働く人の基本タスクは「受付・案内・決済」業務のほか、「接客・配下膳・客室サービス」や「調理」に関する業務などがある。
「受付・案内・決済」業務に関しては、入店時の受付から案内といった顧客接点業務とサービス提供後の決済業務とに分かれる。また、これらに予約の受付や顧客の管理、販売促進などの「管理」に関する業務も付随してくる。ホテルのフロント係や飲食店におけるレジ担当からレストランの支配人や旅館の女将のような人も関わる仕事である。これらの業務は基本は立ち仕事となり、数字を扱う緊張感や顧客からのクレーム対応などもあり、個々人の負荷は決して小さくない。入店時の案内から注文時のオーダーまでの流れについては、立ち食いそば店やラーメン店のように既に自動販売機で業務を代替しているケースも多々存在している。また、価格帯が安いビジネスホテルなどでは自動チェックイン・アウトを導入しているところもある。一方で、接客と兼務している場合や現金・紙の伝票処理が当たり前のように存在していることもあり、まだまだ多くの業務が人手によって処理されている。管理業務についても、売上や利益など財務に関する業務や従業員の労務に関する管理、コロナ対策などイレギュラー対応もあり、実際には業務の自動化はそこまで進んでいないのが現状である。
「接客・配下膳・客室サービス」は注文受付や厨房へのオーダー引き継ぎ、顧客要望への個別対応、配膳・下膳業務、ホテルの客室サービスやベッドメイクなどのタスクがある。これら接客業務は時間帯による繁閑の差が激しく、忙しくない時は負荷はさほどではないが、ピーク時には業務負荷が急激に高まり、複数のタスクを兼務することになったりするため、動き回ることが多くオーダーミスや食器の落下などミスのリスクも発生する。客室サービスについても、スーツケースなど荷物の移動やシーツ交換、部屋や浴槽の清掃など時間内に行うべき作業量は多く、業務効率化が強く求められる領域だと考えられる。
「調理」の領域は提供メニューの調理が主な業務となる。このほか、食器の洗浄や乾燥、収納に関する業務も付随して発生する。居酒屋、ファミリーレストランなどは品目が多く、調理や盛り付けには一定の技術や経験が求められる。ハンバーガーチェーンやそば・ラーメン店などは扱う料理の種類は少ないものの、パテの焼き上げや麺の湯切りなど繰り返しの作業が続き、水仕事による皮膚の損傷、ケガや火傷などの危険性と隣り合わせである。特に食器洗浄については同じ姿勢での単純作業が多いことから身体的負荷が大きく、従業員の早期離職の大きな要因にもなっている。
■コロナ禍で離職者が増大、労働生産性は製造業の3割
飲食・宿泊サービス業界は、休日・休暇の少なさや賃金水準の低さが雇用上の大きな課題となっており、このような状況が高い離職率につながっている傾向もある。コロナ禍では離職者が拡大したが、将来への不安などから以前の水準に人手は戻っておらず、2022年後半から人手不足問題が再燃。ここにきて、ホテルではレストラン営業を休止するなどの動きも出始めている。
ホテル・旅館や各種飲食店などは、全国にチェーン展開する企業もある一方、個人経営や特定エリアの老舗企業などがその多くを占めることから、自動化が進むかどうかは企業トップの方針に負う部分も大きく、経営者のリテラシーによってデジタル化の進展は大きく左右される。ワンコインランチという言葉に代表されるように、日本の外食産業は諸外国と比べてコストパフォーマンスに優れていると言われることも多く、いつでもどこでもおいしい料理を低価格で食べられる環境が整っているとも捉えられる。しかし、これは必ずしも労働者の生産性が高いことを意味しているのではなく、むしろ安い労働力がこうした現場を支えている側面が強い。実際に、飲食・宿泊業の労働生産性(従業員1人あたり付加価値額)は製造業の3割程度にとどまる水準になっており(総務省「経済センサスと経営指標を用いた産業間比較」2012年)、このような安い労働力に頼る労働集約的な産業モデルから、少ない人員で高い付加価値を生み出せる産業へ転換していかなければならない。
こうした事情から飲食分野のロボット導入は急務であるが、なかなか進んでいかない現状がある。経済的合理性や空間的な制約が主な要因で、特に都市型の店舗においてはバックヤードが狭くロボットの稼働領域を確保できないことが多い。町の中華料理店のように品目数が多く、店舗面積が狭い店は調理や配下膳の機械導入など論外なところも多いのが実情となっている。
限られた人財で効率よく店舗を運営するためには、サービスのデジタル化や、業務自動化による労働生産性の向上、また繁閑に対応できるよう従業員のマルチタスク化を進めることが不可欠である。
■競争領域と自動化が必要な領域を特定する
接客・調理の仕事を機械化・自動化しようと考える際、すべてのタスクを自動化することは現実的ではないだろう。上記表のように顧客にセルフサービスを要請するタスク、ロボットが代替可能なルーティン作業や単一の機能を担うタスク、他店との差別化や高付加価値提供のためにあえて人の手で行うべきタスクに分けて考え、ロボットなどによる効率化は費用対効果が期待できるところから優先して着手すべきである。
席の予約や注文、会計については既にスマートフォンですべてを完結できる店舗も登場している。デジタル化によって待ち時間や注文の際のストレスは減る可能性があるが、顧客側としては事前のアプリのダウンロードや自らの手によって入力をするなど手間が生じることになる。業務の自動化にあたっては、消費者側の一定の負担増も避けられないなか、サービス価格への反映など消費者側のメリットを訴求しながらビジネスへの浸透を図っていくことになるだろう。
ホテルの自動チェックイン・アウトもビジネスホテルでは既に珍しくない。宿泊業では、対面を重視する高級ホテルや老舗旅館と、ビジネスホテルに代表される人手をかけないコストパフォーマンス重視のサービスとに二極化が進むことになる。コスパ重視型の飲食店の店長やホテルの支配人のマネジメント業務においては、接客や教育、ロボットやシステムのモニタリングおよびシフト人員の確保(アプリによる自動調整が浸透)、さらなる自動化の計画など運営の基本的な部分に注力できるようになるだろう。
調理についてはスパゲティやそばなど単品を提供する店舗では、麺を茹でる工程から湯切りまでのプロセスの自動化が行われている。人件費が高騰する未来においては、このような専門店が増加することでサービスが専門分化する可能性もあるだろう。一方で、ファミリーレストランや居酒屋、ホテルに入っている高級レストランなど多品目を提供する店舗は、それぞれの料理で必要とされる工程が異なることから、調理の自動化は進みづらい。こうした業態は、食器洗浄など単純作業や苦渋作業をロボットに代替することなどから進めることになるかもしれない。
ホテルの客室の清掃やベッドメイキング、アメニティの交換なども機械による代替は難しい領域である。清掃については、施設そのものの形状などを変えていく必要がある。ロボット掃除機で完結できるようなレイアウトにあらかじめ設計しておかなければ、ロボットは十分な性能を発揮することができない。ロボットに任せるよう発想を変え、設備もそれに応じて変えないと業務の自動化は難しく、こうした取り組みを進めるとしても多くの宿泊施設がロボットフレンドリーな形に変わるまでには、相当な経過期間を要することになるだろう。
後編では、「受付・決済・管理」「接客・配下膳・客室サービス」「調理」のタスクごとに各領域での自動化・機械化や働き方の進化について解説する。
キーとなる思想とテクノロジー
・配膳ロボット
・調理ロボット
・食器洗浄ロボット
・惣菜盛付ロボット
・搬送ロボット
・清掃ロボット
・自動受付機
・自動チェックイン
・モバイルオーダー
・スマートレジ
※用語解説はコチラ
(執筆:高山淳、編集:坂本貴志)