仕事と育児の両立環境を整えないと、専業主婦世帯も子供が持ちにくくなる
日本では働くことに関わるさまざまな事情が、個人が希望の形の家族を形成することへのハードルとなっている。医療保険データをもとに、女性の働き方と出産行動との関わりの検証を続けてきた大和総研主任研究員の是枝俊悟氏に、今の日本における女性の就業が、子供を持つという選択にどのような影響を及ぼしているのかを聞いた。
働く女性と専業主婦、出生率の差は縮まる傾向に
―合計特殊出生率(TFR)の分析結果から、どのようなことが分かったのでしょうか。
私たちは、2001年度以降の被保険者と被扶養者のTFRを比較分析しています。被保険者は、2010年ぐらいまで出生率が0.7程度に留まる一方、被扶養者は2015年頃まで2.2前後を維持し、大きな差がありました。正社員として働き続ける女性は、結婚しにくいし子供も持ちにくく、子供の数も少なくなりやすかった。そのなかで多くの女性が働き続けるか家庭に入るかの選択を迫られ、家庭に入った女性が出生率を支えたという構図がうかがえます。
しかし近年、両者の差は縮まりつつあります。保育所や企業の両立支援制度が整備されたことで、被保険者のTFRが上昇する一方、被扶養者のTFRは低下傾向です。
また出産後も働き続ける女性が増え、出産する女性のなかでは被扶養者が少数派になりました。2015年頃からは、いったん扶養に入った女性が労働市場に戻る動きも見られます。
ただ、働く女性が2人目の子供を持つことは未だに難しく、被保険者1人当たりの子供の数も減りつつあります。
―働く女性、被扶養女性ともに複数の子を持ちづらくなっている要因は、何だと考えられますか。
共働き世帯では、家事・育児の負担が妻側に偏り、2人目を持ったら両立が難しくなるという妻の危機感が要因として考えられます。こうした世帯が、共働きで得た潤沢な収入を1人の子供に集中させることが、結果的に教育費のインフレを引き起こしている可能性があります。また共働き世帯の子がさまざまな習い事などに通うのを見て、専業主婦世帯が「自分たちの年収で、子供に同じことをしてあげられるだろうか」と考え、出産のハードルが上がっている恐れもあります。
夫も妻も正社員として数百万円の年収を得ている世帯と、妻が夫の扶養に入っている世帯では、男性側の所得が同程度でも世帯所得の差は非常に大きくなります。このため旧来型の世帯が、相対的に貧しさを感じるようになった面もあります。政府が両立支援策を推し進めていることを、専業主婦世帯が「共働きでないといけない」というメッセージとして受け取り、罪悪感や劣等感を引き起こしているとも思います。
複数の子供を持ちやすくすることで、教育のインフレを抑制
―働く女性の出産の障壁を、政策的に取り除くことは可能でしょうか。
まず、男性が家計の柱を担うべきだという社会通念を改め、夫婦で家事・育児を担うよう政策的に誘導する必要があります。また企業が多様な正社員を受け入れ、かつ時間当たりの賃金の高い働き方を整備することで、両立の負担が緩和されて2人目を持ちやすくなり、結果的に1人当たりの教育費も抑えられる可能性があります。逆に言えば、夫婦がともにキャリア形成も子育てもできる環境を整備しないまま教育無償化などを行うと、共働き家庭の子供が増えない一方で資金的な余裕はさらに大きくなり、教育費のインフレが加速しかねません。そうなれば社会全体の出産ハードルが上がり、少子化対策としては逆効果になってしまう可能性もあります。
男性の育休取得者が増えれば、育児休業給付が増えて雇用保険財政を圧迫することになります。しかしこれは必要な給付と割り切り、むしろ在宅育児手当などを設けて育休取得者以外にも支援を広げるべきです。比較的恵まれた世帯への分配が強化される面もありますが、給付を受けた分、納税で還元してもらうことを考えればいいでしょう。
―低所得の専業主婦世帯には、子供が病気がちなど働けない事情があることも珍しくありません。こうした層をどのように支援していけばいいでしょうか。
母親側に、0~2歳ぐらいの乳幼児を家庭で世話したいという意思があるなら、それは尊重されるべきだと思います。比較的所得の低い世帯に対しては、幼稚園・保育所の費用がかからない分を家庭育児給付として配分し生活を支えれば、出産のハードルも下がることが期待できます。
子供が就学年齢に達して他の子と同じように学校教育を受けるようになれば、現金給付の正当性は失われます。そうなったときはやはり再就職支援や職業訓練を提供するべきでしょう。
ただ医療的ケア児がいるなど事情を抱える世帯については、福祉的な支援と所得補償を検討してもいいかもしれません。また給付付き税額控除も、所得が生活保護の受給水準に近い専業主婦世帯を支えるには有効だと思います。
出産期は正社員に留まり、制度の恩恵を受ける 30代の両立サポートが大事
―キャリア形成と希望する数の子供を持つことの両方を叶えるために、個人として取るべき戦略はありますか。
今の制度や社会を前提とすると、女性は希望する数の子供を持つまで、正社員に留まった方が有利といえます。育休中に育児休業給付金を支給され、復帰するときに保育所に入りやすく、復帰後に元の職場の地位も保障されていることのメリットは非常に大きく、その地位を手放すと、希望する数の子供を産んで仕事を続けるのは難しくなってしまいます。
また日本企業では、新卒一括採用と充実した教育訓練という恩恵も無視できず、30~40代で中途入職しても、同じような育成の機会はなかなか得られません。社会的にもキャリア序盤期の人的資本形成を手放すと、若年失業率が高まり、結果的に子供を持つことをより難しくしてしまいかねません。
こうした状況を総合的に考えると、人材育成をある程度終えた30代の女性が、働きながら出産できる環境を整備することが重要になるでしょう。スウェーデンでは第1子を出産した後、あまり間を置かずに第2子を持った人を支援する「スピードプレミアム」という仕組みがあり、こうした制度の導入も有効かもしれません。
ただ、こうした社会のあり方は転職、独立など女性のライフプランを制約しかねない面があります。本来はいつ出産しても望むキャリアを実現できる、という姿を目指すべきではあります。
―分析では、親の扶養から外れない未婚女性が多いことも指摘しています。扶養される女性の「結婚しづらさ」の要因は何でしょうか。
近年は男性側も、女性に所得や職業的自立を求めるようになっています。出生動向基本調査などによると、未婚男性が結婚相手に求める要素として、所得や職業のパーセンテージが上がっています。かつては経済的に自立できない女性が結婚によって救われた面もあったのでしょうが、それが難しくなってきています。
「年収が高い世帯ほど、妻の就業率が低い」というダグラス・有沢の法則はまだ一部で成立するようで、夫の所得が比較的高い世帯ほど専業主婦になりやすい面はあります。一方で、人は学歴や生活水準が似ている人を伴侶に選ぶ傾向があるため、共働き世帯に限れば「夫の年収が高いほど、妻の年収も高い」という順相関になると思われます。
―少子化対策はどういった層にアプローチをするのが有効だとお考えでしょうか。
子供を持ちたいけれども、持てていない人の障壁を取り除くことが重要です。出産の意欲があまり高くない層に、金銭的なインセンティブなどを付けるのは個人の意思に干渉することになりかねませんし、コストも高すぎます。児童手当によって出生率の改善効果を出そうとすると、子供を1人増やすのに1億円程度かかるという実証研究もあります。子供を持たない人の税金を子供を産む世帯に配分することには、国民的合意を得るのも難しいでしょう。
配分という点で言えば、高所得者の多い都市部で、東京都・千代田区などが独自に児童手当を支給することにも疑問を感じます。これでは都心の高い税収を高所得の住民だけに配分することになってしまいます。
パートなども含む単純な共働き家庭の割合は、もともと地方の方が高く、最近になって都市部が追いついてきた形です。ただ都市部に共働き世帯が増え世帯所得が増えたことで、都市と地方の格差はより開いたと推測されます。都市部の高所得世帯にはより多くの税を負担してもらい地方に回すことで、格差を是正する政策を取るべきだと考えています。