CX資産。それは “日本のエンジニア” のキャリア・オーナーシップの鍵となるスタンス・マインドである

2023年07月11日

豊田義博
リクルートワークス研究所 特任研究員
ライフシフト・ジャパン 取締役CRO/ライフシフト研究所 所長

“日本のエンジニア”はどこへ行くのだろう。AIが世の中を変えようとし、 DXが各方面へと広がり、リスキリングが潮流となろうとする中で、我が国の「ものづくり」を支えてきた “日本のエンジニア”の未来には、どのようなCX(キャリア・トランスフォーメーション)が待ち受けているのだろう。大手メーカー4社のエンジニア40名へのインタビュー、エンジニア1000人への調査から未来の姿を探る。本稿では、 “日本のエンジニア” のキャリア・オーナーシップ形成に直結するスタンスやマインドに着眼する。キーワードは「CX資産」だ。

“日本のエンジニア” が生き生きと働くことができる未来に必要なピース

これまでの連載で展開してきた内容を、起承転結のスタイルで簡潔にまとめてみよう。

【起】答えの見えない難題に、少ない人数で時間に追われながら、閉鎖的な環境で取り組み、折衝を重ねている “日本のエンジニア”。難題をクリアしても、すぐまた次の難題が降りかかってくる。解決を重ねていく中で視野狭窄の度合いは増していく。出口の見えないラビリンスに迷い込んでいるかのようだ。

【承】そんな “日本のエンジニア” にも大きな環境変化の波が訪れている。AIが社会を変えつつあり、DX、リスキリングは社会潮流となって浸透している。しかし、こうした変化は認知しながらも、多くの “日本のエンジニア” は、好調な既存事業への対応に従事している。これまでの経験を活かしながら事業の成長やアップデートに貢献している。裏を返せば、自身のCX(キャリア・トランスフォーメーション)の機会や動機は生まれていないということになる。

【転】 “日本のエンジニア”の多くは、担当製品・領域のシフト、新技術開発などのエンジニアとしての「広げる」経験を幾度となくしている。海外赴任や技術部門以外への着任などの越境的「広げる」経験をしている “日本のエンジニア”も多くいる。また、幼少期からエンジニアとして働き始めたキャリア初期までに、 “日本のエンジニア”は難題に立ち向かい、解決していく上で強く効力を発揮する気質である「専門へのこだわり」「理(ことわり)好き」「クラフトマンシップ」などのエンジニア資産を蓄積している。

【結】ラビリンスに身を置きながらも、豊かなエンジニア資産を持ち、「広げる」経験を繰り返し、パフォーマンスをあげている “日本のエンジニア”。しかし、それだけでは未来のキャリアを自律的に創り上げていくために必要なキャリア・オーナーシップは形成されない。

最後の【結】は、【転】を受けながらも否定形で終わっている。これをもって結論としてしまうと、 “日本のエンジニア” はいつまでたってもラビリンスから脱出することができない。 “日本のエンジニア” が生き生きと働くことができる未来を描くために必要なピースは何か。

CX資産は“日本のエンジニア”にとっての変身資産である

インタビューコメントの分析を進める中で、エンジニア資産とは異なる存在が浮かび上がってきた。エンジニア資産は、本人が幼少時より備えていたり長くかけて蓄積してきたりした気質だが、それとは異なる、ある機会をへて培われたスタンスやマインドを持つ人がいる。そして、そうしたスタンスやマインドを持っている人たちは、総じて高いキャリア・オーナーシップを形成しているのだ。私たちは、その存在をCX資産と名付けることにした。

「人生100年時代」という言葉が人口に膾炙する起点となった書籍『ライフシフト』では、ある章の全編で無形資産について掘り下げているが、この内容は、エンジニア資産とCX資産の位置づけや関係性を理解するのに役立つものだ。同書では、無形資産を3つに分類している。

◎生産性資産(Productive Assets)
「人が仕事で生産性を高めて成功し、所得を増やすのに役立つ要素」と定義されている。仕事に必要な能力や知識、これまでの経験や、その経験を通してできた仲間や評判などもこの資産に含まれる。

◎活力資産(Vitality Assets)
「肉体的・精神的な健康と幸福。友人やパートナーとの良好な関係」と定義されている。近年、心身の健康や幸福、ウェル・ビーイングに社会的関心が集まっているが、それは活力資産への関心が高まっていることの証だろう。

◎変身資産(Transformational Assets)
「100年ライフで経験する変化と変身のために必要な要素」と定義されている。新しい経験に対する開かれた姿勢 、自分についてよく知っていること、多様性に富んだ人的ネットワークなどがこの資産を高めると指摘されている。
生産性資産、活力資産は、これまでの社会においても重要であったが、長寿化によってそれらの重要性が高まることは言を俟たない。変身資産という定義はユニークなものだ。変化が激しい社会の中で長く生き、長く働いていく人生100年時代だからこそ求められる資産だといえよう。

エンジニア資産は、“日本のエンジニア”の生産性資産の中核的な要素といっていいだろう。持てるエンジニア資産を総動員して難題に立ち向かい、成果をあげ、自身のキャリアを深めていくのだ。しかし、ややもするとこれまでの経験に引きずられてしまい、変化を拒むことにつながりかねない。専門性の高いエンジニアという仕事であることが、その傾向を強めてしまう。

CX資産は、 “日本のエンジニア”にとっての変身資産である。変化の激しい時代には、特定の専門分野や領域だけを深め続けていく、というキャリアはフィットしない。現実に、多くの “日本のエンジニア”は幾度かの「広げる」経験をしている。そして「広げる」経験を通して、一部の人は CX資産を形成したり自分の中に発見したりしていく(あえて一部の人、というあいまいな表現をしている。その理由は、次回の記事でお伝えしたい)。

CX資産 10の類型

では、CX資産とは具体的にどのようなものか。今回のリサーチからは、10の類型が抽出された。順に説明していきたい。

①社会を想う
社会に対して「もっとこうしたい」「こうあってほしい」という想いを持っていることである。所属する企業から出される難題、目の前の仕事の先には、社会がある。自身が、仕事を通して社会とつながっていることを実感し、自身の手で社会をよりよくしていきたいという想いが育まれる。

「40人インタビュー」(※1)の中から何名かのコメントをご紹介しよう。
「社会課題にチャレンジしたいと思っていまして」
「サステナビリティが問われる中で、消費電力を極限まで突き詰めたい。 絶対に勝てるものを自分だったら作れるなとか、結構そういう思いがあって」
「世に貢献してなんぼですから。ここからの目線はもう自分の会社じゃなくて、日本の産業を変えていくっていうことでしょう」

このように社会を想うようになる経緯は様々だが、仕事を通してだけではなく、大学・大学院での研究活動が起点になっている人もいる。
「(大学院時代に担当していた)企画研究が表に出ないことに悔しさを感じていた。この体験から、研究よりも技術者として、手がけた企画が形として世に出るような仕事に就きたいと思うようになった」
「理学部って結構閉塞的な世界になっているので、自分がこれだけやっても社会にフィードバックするようなやりがいを得られるのかなっていう点にちょっと引っかかるところがあって。 ものという形で社会に貢献できればやりがいあるかなと思っていまして」

②誰かのために
顧客等の役に立ちたい、価値のある存在でありたいという想いを持っていることである。「社会を想う」に通じるところもあるが、具体的な「誰か」が特定されたり強く想起されたりすることで、自身の姿勢がより積極的に前向きになる。

代表的な存在は、携わっている製品・サービスの顧客だ。インタビュイーの口からはお客さん、ユーザーという言葉がよく聞かれた。
「お客さんはこういうふうに、こういうものが欲しいよね‥‥‥っていうところをどうやって実現して行くか?みたいなみことを、この時はすごく考えていたと思いますし」
「エンドユーザーからすると、なんの技術かなんて別にどうでもよくて、価値が高かったらいいので。そっちの視点で考えた時に、自分に足りないものが何かとか」

顧客が法人である場合は、「誰か」が目に見える存在になる。
「設計した製品の現場の据付が完了した際のお客様の声を聞くことがやりがいになっていた」
「顧客の意思決定者との議論から学ぶことも多かった。自分自身も『仕事が楽しい』と感じ、一番成長した時期だった。自分に自信ができた時期」
「世界一の製品が欲しいんだといわれて、それに応えるためになんとかしなければならないけれど、自社にそのノウハウがないので、社外の文献に頼るしかなかった」

「誰か」は顧客に限らない。一緒に仕事をしていくメンバーに対してこの資産が機能することもある。以下のコメントは、新規事業を支援する部門に所属する人のものだ。
「私の仕事って、プロジェクトの人たちが何をしていきたいのかっていうのをしっかり聞いてあげることが大事だと思うんですけど。なんかそれは自分の性格にすごく合っているなって」

③“新た”を創る
新たな価値や仕組みをゼロから生み出したいという意識や姿勢である。それは新製品や新技術といったような「もの」に限った話ではない。事業だったり、ビジネスモデルだったり、仕組みやシステムだったりと、無形の概念にその対象は広がっている。新製品や新技術に関わったことがある“日本のエンジニア”は6~7割に及ぶことは第4回の記事「『広げる』経験だけではキャリア・オーナーシップは育まれない」でもご紹介したが、こうした経験をすればこのCX資産を獲得できるのかといえば、そうではない。何かのきっかけで、視野が拡大するのだ。自身の持てる力は、そうした無形の概念を生み出すにたるものだと自覚するのだ。

ここでも、何名かのコメントをご紹介しよう。
「ビジネスモデルというか、そういうものを作りたいという想いが結構あるんですよね。もし自分が社長だったらこんなものを作りたいなとか」
「新しいことをやって失敗したからといって、それで会社をクビになるわけでもないし、チャレンジできるんだったら、やっぱりどんどんチャレンジする方が良いのかなと思って。それだったら新しいことをやってみようと」
「本当に今、いろいろと変革している中で、自分も変革していかないとなあと。だから事業を作りたいと。事業企画の人がやっている仕事もちゃんと身につけて。事業創出をやっていきたいということも相談させてもらっていて」

④ニューゼネラリスト
いろいろなことができる人になりたい、という意識や姿勢である。ハード・ソフト両方ができるようになりたい、プロトタイプが自分で作れるようになりたい、上流工程の仕事もできるようになりたい、等々その広がり方は様々だが、根底には「特定の分野に秀でたスペシャリスト」という従来型のエンジニアのあり方を望んでいない、そうしたあり方に魅力を感じていない、期待が持てないという認識もある。

代表的な声をお届けしよう。
「ひとつの分野をこう突き詰めて、その道の権威みたいになる人もいると思うんですけど、自分としてはゼネラリストでやりたいと思っています」
「これ作ってよって言われたらささっと作れるような人間になりたい。そういうのできるとかっこいいじゃないですか。自分の裏テーマとしては、電機・メカ・ソフトがわかる三刀流エンジニアというのをあげているんです。何でもできると絶対食いっぱぐれないだろうなっていうところがあって」

こうした姿勢を求められる状況も社内外で生まれている。
「全体像も最後お前が全部やるんだ、という考え方を、最初の配属部署で刷り込まれました」
「新しい業界入るのに今までよりもっと広い視点で見ないと、お客さんにも見向きもされないかなってとこですね」

また、様々な「広げる」経験を通して、気づいたら「もう自分で何でも作れるなと思いました」という状態になっているパターンもある。

⑤脱技術・脱エンジニア
「技術」「エンジニア」にこだわっていない、手段のひとつとして相対化してとらえている姿勢や態度である。④ニューゼネラリストは、従来のエンジニア像をリセットするものだが、このCX資産もまた、別の角度からリセットしているものだ。経験を重ねていく中で、自身の信念として形成されていることが多い。アンラーニングしているといってもいいだろう。

「技術は私の目的じゃなくて、なんかビジネスに貢献したいんですよね。お金儲けしたい。その中の手段が技術。工学部出身なんで技術から入りましたっていうだけで、技術が自分から抜け落ちても、他に戦う手段があるんだったらそっちに乗ってもいいんじゃないかと思います」
「エンジニア出身だろうが、マーケティング出身だろうが、目指すものは大きく変わらないんじゃないかなと思います」
「エンジニアが別に技術をやらなくてもいいと僕は思っているので」

社会の激変を肌で感じる中から生じる危機感が、この資産の形成を促進するケースもある。
「価値観が多様化してきて、デジタルをみんな普通に使い出したりとか、サステナビリティとかカーボンニュートラルに対応しないと企業が生きていけないとか。そういう大きな社会変化がある中で、やっぱりものづくりだけだとできることに限界があるので。自分が変わっていかないとダメかなと思っていて。デジタルを知るっていうこともそのひとつですし、ベンチャーを買収するっていうような新しい手段を知るのもやっぱりひとつかなというふうに思っていて。本当に幅を広げていると考えています」

エンジニア以外の仕事に携わるようになった人が、「技術」「エンジニア」という言葉を広くとらえ直して、本質としての精神を持ち続ける、という形で相対化しているケースもある。
「私は新規事業ってその顧客とか社会に対する実験だっていうふうにとらえていまして、マインドとしてはエンジニア時代とそんなに変わっていないです」
「人材育成っていうところに視野が上がってきていまして。人材育成って、これやればやるほど実は深い技術で」

⑥人を動かす
人の良さを引き出したり、想いを伝えたりすることを大切にし、実現しようとする姿勢や態度である。「独りでやり切る」というエンジニア資産の存在が示すように、自己完結しがちな“日本のエンジニア”だけに、プロジェクトやチームのリーダーポジションに就く中で、人とのやり取りに苦労するケースは多々あるようだ。
しかし、そうした出来事から、一部の人は人を動かす本質を学び取る。

「当時、僕は全然相手の意見を聞かないで一方的にインプットしていて結構軋轢を起こしたんですけど。きちんとやっぱり相手の言う意見を聞いて」
「間違っているんだったら間違っている理由を説明しなきゃいけなくて。それを学びましたね。日本だと、そんなこと一切やっていなかったので」
「自分でやる時は言語化できなくてもよかったんですけど、やっぱり人に教えるから言語化できるんだと思う。よくいうワンステージ上じゃないとできないっていうところで、自分も学びになったんだろうなとは思っています」

顧客との対話の場において、その基本姿勢を身につけるケースもある。
「相手の言うことをちゃんと聞き、ちゃんとそれに応えるっていう、本当に基本的なんですけどもそこに尽きるかなと思います。自分の意見を言いに行く場ではなくて、相手の想いを引き出す場として参加するのだと思っています」

この資産を蓄積している人は、必然的にダイバーシティ&インクルージョンの姿勢も身につけている。
「メンバーもそうなんですけど、いろんな人がいるなあと思って。それを無理に矯正しようとするんじゃなくて、その違いを面白いなと思って取り組めたらいいなと思っています」
「この人の強みはどこかなとか、その人から学ぶべきところはどこかっていうのは、なんかいろいろ考えることが多いのかなと思っていて」

⑦チームドリブン
単なるグループではなく、個々との関係性、多様性を重視し、一人ひとりが活きるフラットな《チーム》を創り上げたいという意識や姿勢である。チームで仕事をすることでの成功体験が、この資産の形成を促している。

「一人で全部データ集めてプログラム作って評価していた頃よりは、すごくいっぱいいろんなことが、もっと大きいことができるなってのは感じていますね」
「チームで仕事をするようになって、よりよくするための意見をチームメンバーからもらう機会が増え、学びになった」
「チーム設計ってやっぱ面白い。20人ぐらいのチーム員が同じ方向を向いた時に発揮できるアウトプットのパワーは凄いことを本当に感じた。みんなでひとつになって、何かを成し遂げた時のあの気持ちよさっていったらない」

こうした成功体験によって形成されるこの資産は、チームづくりにも影響を及ぼす。これまでと同じようなチーミングではうまくいかないことを感じていて、新たなスタイルを模索し始める。
「深掘り人材も必要なんですけれど、技術を融合した新しいサービスや新製品を作るためには、技術をそこそこ知っていて、横をうまくつなげられる人材がいないと」
「自分たちだけで提案してもうまくいかないので、結局仕事をうまく回すために必要なのは、チームなんですよね。自分たちと設計と生産技術とが連携して、同じ価値観を持ったチームをちゃんと作れるか。要は仲間づくりですね。なので、最近は、こういうことがやりたいんだっていうテーマをアップさせてもらって、そこに賛同する仲間を徐々に増やしていくという形で、分野を跨いで集まった仲間をリードするみたいな働き方をしていますね」
「(自分は何ができて、あなたは何ができる、だからこう進めましょう、というような仕事のしかたは)やっぱりアメリカでそういうことをやっていたから僕は割と得意になったと思う。日本で日本人だけのところでそういう専門性が違う人が集まると対立することが多いんですけど」

さらに視点を高く持ち、自身のことを超えて組織全体へとその想いを広げていく人もいる。
「周りのエンジニアがのびのびと成果を出しやすい環境を作るようなマネジメントに興味があって。仲間と一緒に楽しくやりたいっていうのがチームで働く上で重要だと思っていたので」
「なんか言っていることアナログですけどね。端的にいうとみんなで集まってちゃんと仲良くやろうみたいなことなんですけど。でもそれが結局は効率化にもつながるし」
「技術系部門の風土は冷めていると感じています。技術とか開発に対しての熱量はあるんですが、人との関わりだとか雰囲気はあまりよくないと思っています。会社としての力の強さの源泉と思っているので、そういったことを変えたい」
「ソフトのエンジニアが、自分の想いや意思をもって仕事ができるように、今何とか組織的にも変えていきたいという思いで取り組んではいるんですけれども」

こうした声が生まれてくるのは、多くの“日本のエンジニア”が、ラビリンスの中にあって、生き生きと働いているとはいえない、という実態があるからだろう。 “日本のエンジニア”か生き生きと働ける状況を生み出すためには、組織のあり方のリデザインまでも視野に入れる必要があると考えている。

⑧自分起点
自ら動きコトを起こす、自発的、自律的に仕事をしようとする姿勢や態度である。 “日本のエンジニア” は、難題が降りかかり、それに対峙していく、という受動的な基本姿勢が形成されやすい環境に身を置いているが、そんな環境にあっても、自分起点で動き出していく。

「国際学会でアメリカに行く予定だった先輩が行くの面倒くさいなって渋っていたんですね。で、私行きますって部長に言っていました。これはもう自分が行きたいって言いました。もともと海外で留学したいっていうふうに思ってまして」
「自分からどんどん考えて提案して、それを商品化までもっていくために何したらいいかっていうのを関係各所と議論するみたいなことをやり始めた。与えられるものよりも、自分が考えついたものの方がいいものだって、なんとなく変な自信があって」
「よく労働組合に文句言ってたんですね。ボーナスを上げるように頑張れとか。そしたら自分でやらないかって言われたんで。マジでやってやりますよと。会社にちょうど文句も言いたいしと思いながら」
「周囲からこいつはなんか勝手にやる奴だなみたいな感じで見られていたんじゃないかなと思いますけどね」
「自分がやりたいことは自分で決めたいというのがあるんですよね。私自身がやっぱ楽しくなければ、それは仕事にならないでしょと思っているんですよ。いっぱいトラブルも起こるし、今もトラブル続きでつらいんですけど。でも、まあ、それはそれでいいじゃないみたいな感じで。楽しくやるためにしっかりやろうみたいな、そんな感じかもしれないです」

ここでご紹介した中には、この資産を生得的な資質として持っていたのだろうと思われる方もいたが、仕事での「広げる」経験を通じて、その資産を手に入れるケースが主流のようだ。
「僕のプロジェクトは僕が手綱を持っていないといけないし、そうじゃないと仕事は滅茶苦茶つまんないっていうのを本気で痛感させられた」
「やっぱりこれおかしいんじゃないと思っていても行動にはつなげなかったってことが多かったんですけど、(リーダー研修に参加し、価値観や姿勢の違いに影響を受け)ここからもう積極的に。こういうこと無駄だからやめようとか、過去にどうだったか知らないけど、ここはこうしようっていうのを平気で言うようになりましたね」

➈セルフアップデート
何かをなすために自身を成長させ、ありたい姿を目指そうとする姿勢や態度である。これだけ変化のスピードが速い、変化そのものの幅が大きい時代だからこそ、学び続け、変わり続けることが大切だというマインドセットが形成される。

「同じ所に長く居続けるよりも、環境を変えて、投入される情報量っていうところを増やすタイミングがあった方が成長実感はある」
「何に役に立つかわからんけども、なんか当時勉強していたことが意外とこの時に役に立ったみたいなことはあるので。関心があったらとりあえずやってみようっていうのはやっぱり大事」
「単一のスキルでは10年続く財産にはなり得ないだろう、10年物の知識技術っていうのは正直ないなっていうふうに感じていたので、新しい情報とかツールがポッと出てきた時に、それに早く順応するっていうことに慣れるっていうか、そういうことを続けていかないとしんどいなと思ったので」

それは、自身のキャリアをどう作り上げていくか、次なる「広げる」経験をどのようなものにしていくか、という決定にも大きく関わってくる。
「(プロジェクトリーダーは)3周目やっても新しいことは私にとってはないよなと思っていたので、次は、上海で新しい経験をさせてくださいと」
「デジタルの開発なんかも。いや全然違う部署なんですけど、例えば20%の割合で兼務してやれないかなとか、そういうことを考えていて」

会社だけに頼らず、自身で機会を創造しているケースももちろんある。
「ソフトウェアもやってみようということで、独学で広げていったという感じですね。キャリアが広がっていっているなという感覚を得られて自己効力感が高まった。若いうちは広げるだけ広げておいて、柔軟にいろんなことに対応できるようになろうっていうところを目標にやっているんです」
「会社の役割とか立場とか、そういったところでとどまっているっていうのが、自分の中で落ち着かない。今の自分の実力じゃ全然ダメだから、そこに対して努力していこうというふうに今思っています」

⑩探索的学び
正解を求めるのではなく、テーマやありたい方向性を見出そうとする広い意味での学びをしていこうという意識や姿勢である。以下のコメントは大学院に通っているインタビュイーのものだ。

「新規事業に特化した形のMBAでして。新規事業にチャレンジしていく中でいろいろ失敗することが多いんです。どういうふうに考えればそこを突破できるかとか、そういったところを直接教えていただくことはなかなかないんですけど、新規事業を起こした人の発言とか行動を見ていく中で、ああ、こういうふうにすればいいんだなという学びが大きな位置づけになっている」
そこにあるのは、形式化された知識などを獲得する手段的な学びではなく、先人の姿勢や発想などをもとに自身が探索的に学んでいる場だということだろう。

自身の未来をデザインするために、自身と向き合い、見つめ直すことも探索的学びの典型だろう。
「ステージ4は『次は何をするか?』『自分は何をしたいのか』を考える時期だった。ステージ6では環境が変わった中で、どう自分を伸ばすか、活かすかを考えている」
「突き詰めるっていうのは、自分が持っている技術に固執して、そこの中だけで深掘りするっていうことではなくて。自分の持っている技術領域もどんどんどんどん進化していくので、それに合わせて自分の考え方も進化させていかないと、どっかで取り残されると思うんですけどね。そういったマインドの変化っていうのが、エンジニアとしてはすごく重要だと思っているんですね」

探索的学びの最たるものは、問い自体を見つけることだろう。今取り組むべきテーマは何か、最大の課題は何なのか。以下のコメントはその典型例だ。
「難しい課題を解きたい人間って一杯いるんですよ。僕は難問を解く感覚は持ちつつ、難問を作る方がたぶん得意なんだなと思うんですよ。だから今全社の戦略をやっているんだと思います。この先、この会社の課題は何だ、構造上の課題はなんなんだっていう」

図表1 CX資産
図表1 CX資産
“日本のエンジニア”は、多くのエンジニア資産を持っている。しかし、それだけではキャリア・オーナーシップは育まれない。エンジニア資産だけではなく、今回ご紹介したCX資産を手に入れることで、キャリア・オーナーシップを獲得していく。
しかし、10のCX資産すべてを高い水準で蓄積していなければいけないのか、といえばそうではない。どれかのCX資産を、自身の強みとすることができれば、キャリア・オーナーシップの獲得につながる。今回の「40人インタビュー」でお話をお聞きした方には、高いキャリア・オーナーシップを持たれている方がたくさんいたが、“武器”としているCX資産は一人ひとり違っていた。

では、CX資産はどのように形成されるのか。エンジニア資産のように幼少期からキャリア初期までに形成されるものもなくはないが、その多くはエンジニアとしてのキャリアをスタートさせて以降の「広げる」経験の中にヒントがある。

次回の記事では、その形成のプロセスにスポットをあてたい。キーワードは「転機イベント」だ。
 

(※1) 【インタビュイーのアウトライン】
◎共通する前提
電気・電子、機械、化学等を専攻し、大学理工系学部を卒業、あるいは大学院理工学研究科を修了し、エンジニアとしてキャリアをスタートした方。
①次世代中核人材(30代/33~39歳 各社5名 計20名)
エンジニアとしてのキャリアが軌道に乗り、プロジェクトリーダー、グループマネジャー、新規事業担当などのポジションに就いている活躍人材。
②中核・円熟人材(40代~/44~58歳 各社5名 計20名)
20~30年にわたって基幹事業、中核的な部署等においてエンジニアとしてのキャリアを展開している人材。

【インタビュー仕様】
・90分/1人
・オンライン(Teams)
・インタビュアー+サブインタビュアー

【インタビューに向けての事前ワーク】
・「変化の履歴書」の作成
・キャリア曲線ワークシート
・ステージワークシート
・転機ワークシート
「変化の履歴書」の詳細は、以下を参照 : 『マルチサイクル・デザイン読本

【インタビュースクリプト概要】
①現在の仕事について
②大学卒業までのアウトライン
③ワークシートに基づくヒアリング
④自身の期待役割の変化について
・「広げる」「深める」の受け止め方(ポジティブ/ネガティブ)
・これまでの変化の主体性(自ら望んで/異動などの会社の指示で)
・所属企業・部署・上長が、自身に期待するもの(現在、将来)
⑤自身がかくありたい、というエンジニア像
・テーマ/興味関心
・志向、持ち味、強み
・核となる経験

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