“日本のエンジニア”が生き生きとCXするための3つの提言

2023年08月08日

豊田義博
リクルートワークス研究所 特任研究員
ライフシフト・ジャパン 取締役CRO/ライフシフト研究所 所長

“日本のエンジニア”はどこへ行くのだろう。AIが世の中を変えようとし、 DXが各方面へと広がり、リスキリングが潮流となろうとする中で、我が国の「ものづくり」を支えてきた “日本のエンジニア”の未来には、どのようなCX(キャリア・トランスフォーメーション)が待ち受けているのだろう。大手メーカー4社のエンジニア40名へのインタビュー、エンジニア1000人への調査から未来の姿を探る。連載最後となる本稿では、 “日本のエンジニア”が生き生きとCXするための提言をしたい。

CXモデル〈Engineer’s Career Journey〉の完成

旭化成、ソニー、トヨタ自動車、日立製作所という日本のリーディングメーカー4社の協力を得てスタートした今回の研究プロジェクト。得られた知見をまとめてみると、ひとつのストーリーが浮かび上がってくる。あらすじはこうだ。

大学、大学院において電気・電子、機械、化学などを学び、メーカーへと就職し、ものづくりの現場からキャリアをスタートさせた“日本のエンジニア”。日々、答えの見えない難題に、少ない人数で時間に追われながら、閉鎖的な環境で取り組み、折衝を重ねている。難題をクリアしても、すぐまた次の難題が降りかかってくる。解決を重ねていく中で視野狭窄の度合いは増していく。出口の見えないラビリンスに迷い込んでいるかのようだ。
そんな “日本のエンジニア” にも大きな環境変化の波が訪れている。AIが社会を変えつつあり、リスキリングは社会潮流となって浸透し始めている。しかし、こうした変化を認知しながらも、多くの “日本のエンジニア” は、既存事業への対応に従事している。これまでの経験を活かしながら事業の成長やアップデートに貢献している。裏を返せば、自身のCX(キャリア・トランスフォーメーション)の機会や動機は生まれていないということになる。リスキリングへの姿勢も必然的に消極的なものになっている。こうした状況が、ラビリンスの構造をより複雑なものにしている。


このような悩ましい状況に身を置いている “日本のエンジニア”。しかし、彼ら彼女らは、多様な経験、豊かな資産を持っている。
“日本のエンジニア”の多くは、担当製品・領域のシフト、新技術開発などのエンジニアとしての「広げる」経験を幾度となくしている。海外赴任や技術部門以外への着任などの越境的「広げる」経験をしている “日本のエンジニア”も多くいる。
また、幼少期からエンジニアとして働き始めたキャリア初期までに、 “日本のエンジニア”は難題に立ち向かい、解決していく上で強く効力を発揮する気質である「専門へのこだわり」「理(ことわり)好き」「クラフトマンシップ」などのエンジニア資産を蓄積している。
このように、ラビリンスに身を置きながらも、豊かなエンジニア資産を持ち、「広げる」経験を繰り返し、成果をあげている “日本のエンジニア”。しかし、それだけでは未来のキャリアを自律的に創り上げていくために必要なキャリア・オーナーシップは形成されない。ラビリンスを脱出することはできない。


だが、キャリア・オーナーシップを有し、主体的に学び続け、変わり続けている “日本のエンジニア”も、実は数多く存在する。そんな彼ら彼女らは「社会を想う」「脱技術・脱エンジニア」「チームドリブン」などの CX資産(主体的に学び続け、変わり続ける源泉であるマインドやスタンス)を保有している。
CX資産獲得の機会は、多様な「広げる」経験に潜んでいる「内面の危機」「異質な他者との交流」といった「転機イベント」にある。こうした「転機イベント」を通して、彼ら彼女らは「問題意識の形成」「自己発見」といった「転機からの学習」を獲得する。この「転機からの学習」こそが、CX資産の正体だ。


CX資産は10に類型化されたが、それらは数多く持っていればいいという性質のものではない。その人ならではのCX資産が存在する。そして、その「ならではのCX資産」が、イノベーターやクラフトマンを極めていく「エンジニア因子」、ソーシャルストーリーやビジネスストーリーを描く「事業創造因子」などの自身のキャリア・ディレクションの形成を促進する。これは、キャリア・オーナーシップ形成そのものである。
キャリア・ディレクションは4つの因子で構成されてはいるが、そのバランス、ポートフォリオは人それぞれである。自身の「核としてのエンジニア資産」と「ならではのCX資産」が化学反応を起こし、その人ならではのキャリア・ディレクションが生まれる。

これが“日本のエンジニア” が生き生きとCXしていくプロセスモデルの全貌だ。さながらロールプレイングゲームのストーリーのようなこのモデルを、私たちは〈Engineer’s Career Journey〉と名付けた。

図表1 CXモデル〈Engineer’s Career Journey〉
図表1 CXモデル〈Engineer’s Career Journey〉

では、一人でも多くの “日本のエンジニア”が、このモデルに添って、自身のキャリアの主人公として、キャリア・オーナーシップを獲得することができるためには、企業や社会は、そして個人はどのようにあればいいのだろうか。あらまほしき未来を実現するための議論を重ね、エッセンスを3つの提言にまとめた。その提言内容を提示し、今回のウェブ連載を締めくくりたいと思う。

“日本のエンジニア”が生き生きとCXするための提言①
 「広げる」経験の機会を増やそう。生み出そう。

キャリア・オーナーシップ獲得の鍵は、CX資産の獲得にある。そしてその機会である転機イベントは、エンジニアとしての「広げる」経験、越境的「広げる」経験に潜んでいる。とするならば、その起点である「広げる」経験の機会を増やしていくこと、新たなモノを生み出していくことが肝要である。

今回の研究プロジェクトで行った「40人インタビュー」(※1)では、それぞれが実に様々な「広げる」経験をしていることが観察された。「“日本のエンジニア”の実態調査」(※2)の結果では、エンジニアとしての「広げる」経験率は総じて高いことが確認された(図表2)。

しかし、このように一般化している「広げる」経験機会ではあるが、全員に提供されているわけではない。規模の小さいメーカー、特定の製品やパーツを製作しているメーカーには、そうした機会がないかもしれない。

図表2 「広げる」経験率グラフ
図表2 「広げる」経験率グラフ

大手企業においても、「広げる」経験機会を数多く提供していこう、という方針とは真逆の方針を持っている会社が多くあるだろう。特に「②製品・領域シフト」という経験機会の提供をためらう会社は多くあるものと推察される。ある製品、ある職種を引退するまで深めていく、というキャリアポリシーを今も継続しているメーカーは少なくないはずだ。その背景には、そうしたポリシーが企業としての生産性に寄与する、という考え方がある。他製品、他職種への異動は、短期的に見れば、本人のパフォーマンスは低下するし、異動先、異動元ともにデメリットを被ることになる、という認識が、エンジニアとしての「広げる」経験を阻害することになる。

また、エンジニアとしての「広げる」経験の多くは、既存事業の深耕の一環のものである。働く環境がさして変わらず、転機イベントにつながりにくいものも多くあるだろう。

個人に目を転じると、こうしたエンジニアとしての「広げる」経験を望んでいない人も多くいるものと思われる。“日本のエンジニア”の特徴的な気質であるエンジニア資産は、方向性としては「広げる」ではなく「深める」を志向するものだ。彼らの多くは「深める」ことが好きであり、得意であり、であるがゆえに「広げる」ことに抵抗を示しがちだ。

現在の日本の人材マネジメントの趨勢はキャリアの主導権がじわじわと個人サイドに移管していく方向にある。キャリア自律、ジョブ型などのキーワードは、そうした方向への変化を推進するものでもある。こうした状況は、企業や個人の意識の変化や成熟を伴わないと、「広げる」経験機会の抑制につながりかねない。

となると、越境的「広げる」経験への期待が高まる。しかし、これらの経験機会を得ている人は、現時点では決して多いとはいえない。様々な越境機会を生み出すための取り組みは社会全体では広がっているが、各企業の知的財産を保有していて、場所的にも時間的にも制約の多い “日本のエンジニア” に広がっていく気配はまだ感じられない。海外赴任のように、以前に比べて減少傾向にあるものもある。

こうした状況を打開していく上では、個人、企業、社会それぞれへの働きかけが大切になってくる。

まず、個人、つまり“日本のエンジニア”自身に、基本認識を改めてもらう必要がある。ラビリンスに身を置く“日本のエンジニア”に、外界では大きな変化が起きていること、時代が変化しているという認識を持ってもらうことがそもそもの起点になるだろう。人生100年時代が到来し、これまでのような特定の知識や技術を深めていくワンサイクルキャリアから、変わり続ける、学び続けるマルチサイクルキャリアの時代へと変わったことを認識してもらいたい。「広げる」と「深める」を繰り返すことの大切さ、特に「広げる」経験の自身にとっての価値に気づいてもらうこと、そして、 “日本のエンジニア” の多くが、実はすでに「広げる」と「深める」を繰り返していることにも気づいてもらいたい。

個人の変化を促す上では、企業の役割、責任は大きい。製品需要の変化や技術の進化に対応して業務を細分化し、サイロ化を加速し、“日本のエンジニア”が有するエンジニア資産を活用して彼ら彼女らに難題を課すことで企業の生産性を高めてきたことが、ラビリンスの温床になっている。特定の製品や領域、職種を深めていくことを称揚する20世紀的なキャリア観も、企業の生産性を高めるがゆえに誕生したものといっていいだろう。また、“日本のエンジニア”の多くがキャリア中期にはマネジメント職に就き、マネジメント志向や適性のない人材には専門職という役割を担わせるという画一的なキャリアパスは、時代とも個人の志向ともフィットしなくなっているように思う。人生100年時代に即した “日本のエンジニア”のキャリアパスへとリデザインされることを切望する。それぞれの企業の特徴にフィットした「広げる」経験を、そして、その先にある新たな役割や活躍フィールドをどんどん生み出してほしい。今回の「40人インタビュー」の中でも、30代の次世代中核人材の多くが、現在のキャリアパスや人の育て方についての課題感、問題意識を抱えていた。彼ら彼女らのリテンションを考えても、本テーマは急務だと感じる。それには、組織の構造やビジネスプロセスの再考が必要になるかもしれない。経営視点に立った本腰の議論を望んでいる。

一方で、今回の協働企業4社のエンジニアのキャリアパスデザインには、実は企業それぞれに特徴があった。様々な創意工夫があった。つまり、各社固有の「広げる」経験は、すでに生まれている。となれば、そうした施策を共有してはどうだろうか。各社で生まれている「広げる」経験レパートリーから相互に学ぶものはたくさんあるはずだ。

このようにして生まれていくであろう各社の「広げる」経験が集積され、可視化できるとすれば、それ各企業にとっての「変化対応力」の代理指標になり得るものだ。人的資本経営の観点からも、この「広げる」経験の再創造が加速していくことを期待している。

各企業の今後の取り組みに大きく期待したいが、この問題は一企業に閉じた施策だけでは限界があるとも感じている。視点をさらに引き上げての社会での取り組みにも期待したい。越境的「広げる」経験の中には、「⑤社外メンバーとの深い交流」のような一社に閉じない機会が含まれる。こうした越境機会を創造するために、企業同士がもっとつながってほしい。各社の競争優位の源泉である固有技術を扱っているという職務特性から、人材交換、出向のような交流は促進しにくいだろうが、機会の創造は、業務に特化したものに限ることはない。そうした取り組みの延長線上に、日本中のエンジニアに越境的「広げる」経験の機会を提供するコンソーシアムが生まれることも期待したい。私たちも、そうした場づくりに向けての働きかけをしていきたいと考えている。

“日本のエンジニア”が生き生きとCXするための提言② 
資産の棚卸しの機会と道具を社会をあげて創ろう。

今回の研究プロジェクトで概念化したエンジニア資産とCX資産。“日本のエンジニア”の過去、現在、未来を考える上で大切なものだと認識している。しかし、 “日本のエンジニア” の多くは、自身の資産を自覚していない。「40人インタビュー」のインタビュイーの中でも自身の特性である気質やスタンス、マインドを自覚している人は限られていた。 “日本のエンジニア”全体では自覚していない人の比率はさらに大きいものであることが想像できる。

プロジェクトの中の議論では、 “日本のエンジニア” は、エンジニア資産は多く持っているが、CX資産を持っている人は少ないだろう、という意見も聞かれた。確かに、多くのインタビュイーが、エンジニア資産についての自覚は持っていたが、CX資産について自覚している人は少なかった。しかし、それはあくまで自覚の問題である。本人が自覚していなくても、その人はその資産を持っているかもしれない。変化を望まないと指摘される “日本のエンジニア”も、すでに「広げる」と「深める」を繰り返すマルチサイクルなキャリアを生きている。望むと望まないとに限らず、実は変化を遂げている人は多いはずだ。そして、CX資産を獲得しながら、無自覚であるがゆえに活かせていない、という人もたくさんいるはずだ。

そして、自身の資産の自覚は、キャリア・オーナーシップ形成につながるものだと確信しいる。学び続け、変わり続けることが求められる人生100年時代においては、「自分についての知識」が重要である、という指摘は、書籍『ライフシフト』にもみられる。また、「“日本のエンジニア” の実態調査」の分析では、 CX資産の獲得が、キャリア・ディレクションの形成につながるという傾向も確認された。一人ひとりが自身のエンジニア資産、CX資産の獲得状況や傾向を知る機会は、 “日本のエンジニア”が生き生きとCXする上では極めて重要だと考える。

しかし、そもそも、「自分についての知識」を持つこと、自身の気質やスタンス、マインドの特徴や傾向を自覚することが価値を持つことを認知している “日本のエンジニア”もまた少数であろう。

彼ら彼女らに、人生100年時代のキャリアの基盤は「自分を知ること」であることを知ってもらうことから始めたい。キャリアのリフレクション(内省・振り返り)の機会を通して、自身についての理解を深めてほしい。それは、自身の客観視、メタ認知とも言い換えられる。自身を俯瞰することで、抜け出せないかに思えるラビリンスの状況を知り、そこでの自身のあり方を再考する機会ともなるだろう。

リフレクションは一人ではなかなかできない。他者との対話が有効だ。だが、同じラビリンス内にいる同僚はその適任者ではないだろう。職場や職種を超えた人たちとの対話が、良質な気づきをもたらすはずだ。会社を超えれば、さらにその質は高まるかもしれない。また、その気づきは対話相手にももたらされるはずだ。お互いがキャリアのメンターになり得る。そうした機会に積極的に参加し、「自分を知る」ことを通して、自身の変化を自ら生み出していくことを期待したい。

企業に期待されるのは、まさにそうした場づくりだ。職場や職種を超えてのキャリア・リフレクション機会を創造することだ。多くの企業がキャリア研修の機会を提供しているだろうが、その機会はシニア層を中心とした特定の年齢に限定されているケースがほとんどである。年齢・対象を限定せずに広く門戸を開いた機会の創造を期待したい。一方で、30代前半ぐらいまでの若手と、40代後半以降のミドルシニアとでは視野・意識・行動が大きく異なる。対話のあり方は必然的に異なるものになるだろう。そうした差異も認識しての場づくりを期待したい。

社内にキャリア・カウンセラー(キャリア・コンサルタントの資格を持っている人など)を配置している企業であれば、そういう人材をさらに活かし、多くの対話の場が生まれることを期待したい。マネジャーとの1 on 1にその役割を託している企業があるかもしれないが、同じラビリンスにいる人物との対話では、良質なキャリア・リフレクションは期待できないだろう。

職場や職種だけではなく、会社を超えたキャリア・リフレクション機会を創造することも期待したい。企業横断での棚卸し機会の創造は、提言①でも言及したコンソーシアムが担ってくれるはずだ。

そして、こうした場をより有効なものとするためには、エンジニア資産、CX資産を可視化するツールの創造が必要だろう。このテーマは、フレームを考案した私たち自身がイニシアティブをとって実現していきたい。

“日本のエンジニア”が生き生きとCXするための提言➂ 
たくさんの「ロールモデル」を発掘しよう。公開しよう。

前回の記事CX資産の獲得が、 “日本のエンジニア”のキャリア展望を拓いていく」で論じたことの繰り返しになるが、 “日本のエンジニア” のキャリア・オーナーシップを高める上で目指すべきはキャリアモデルの類型化ではなく、たくさんのロールモデルの「見える化」である。肝要なのは、選ばれた限定的な人材をロールモデルとして提示することではなく、「たくさんの人のキャリアの見える化」である。

これまで、 “日本のエンジニア”のキャリアは、ブラックボックス化され、豊かな文脈で語られてこなかった。キャリア初期はある領域のスペシャリストを目指し、中期にはマネジメントにシフトするといったステレオタイプなキャリア像ばかりが前面に押し出されてきた。確かにそうしたキャリアパスを、今も “日本のエンジニア”の多くが歩んでいるのだと思う。しかし、その内実は「深める」ばかりではなく、多様な「広げる」経験が埋め込まれている。また、ものづくりの現場を離れながらも、持ち前のエンジニア資産を活かして、何かを生み出している “日本のエンジニア”もたくさんいる(そうなのだ。 “日本のエンジニア”とは、エンジニア資産を持ち、その資産に支えられたエンジニアスピリッツを持つ人々なのだ。エンジニアという職種を仮に離れたとしても、その人は “日本のエンジニア”であり続けるのだ)。

そのような多様な実態を、まずは明らかにしていきたい。たくさんの “日本のエンジニア”のキャリアの実態を見える化していきたい。その人の核となるエンジニア資産と、その人ならではのCX資産が化学反応を起こし、その人らしいキャリア・ディレクションを有するに至っている “日本のエンジニア”を、どんどん発掘していきたい。そして公開していきたい。

だから、対象は各社のスター人材に閉じることがあってはならない。普通に頑張っている人たち、迷いながらも前を向いている人たちの中に、誰かのロールモデルとなり得る人がたくさんいる。年齢を限るものでもない。10年以上のキャリアを持つ人であれば、年齢にかかわらず見える化の対象になり得る。

そして、見える化すべき情報は、担当してきた製品や技術領域、獲得してきた知識やスキルに閉じるものではない。もちろんそれらの情報は可視化の対象ではあるが、それが主眼ではない。肝心なのは、キャリアのプロセスや、その人が保有、獲得してきた気質やマインド、スタンス、つまりは無形資産であり、それらの化学反応から生まれるキャリア・ディレクションである。こうした情報を可視化することで、その(可視化された)人は、より多くの人にとっての「ロールモデル」になることができる。製品や技術領域が全く異なる人の中にも「ロールモデル」は存在する。

この提言の実現の起点となるのは、企業だろう。自社内の候補者の発掘、記事化などでの公開をぜひとも推進してほしい。見える化においては、今回の「40人インタビュー」の際に活用した「変化の履歴書」のフォーマットを活用してみてはどうだろう。すでに一部の企業では、キャリア曲線ワークシートを用いて、活躍人材などの「広げる」「深める」の実態を可視化し、公開している。

この施策は、エンジニアのキャリア・リフレクションの機会を誘発するだけにとどまらず、可視化され、公開された人が所属しているチームや職場の対話の材料提供を通した組織開発機会にもなるだろう。また、可視化プロセスにおいて、キャリアの棚卸しやキャリア・インタビューなどを通して、本人自身の良質なキャリア・リフレクションの機会ともなるだろう。

こうして発掘され、公開された「誰かのロールモデル候補」の情報が、一企業内に閉じることなく、広く社会全体で共有できるようになると、その効果はさらに高いものになるはずだ。職場や職種を超え、会社も超えて、自身のメンターとなるかもしれない人と出会うことのできるプラットフォームが生まれれば、それは“日本のエンジニア”全体を元気にできるかもしれない。これも、提言①②で言及しているコンソーシアムに期待したい役割だ。

公開の対象は、現在の“日本のエンジニア”だけではなく、未来の“日本のエンジニア”にも広げたい。理工系学部で学ぶ大学生、大学院生はもちろんのこと、エンジニア資産の片鱗を既に持っている小、中、高校生にも届けたい。「“日本のエンジニア”という生き方、いいかも」と思ってくれる人を増やしていきたい。

個人に期待することは、視野を大きく持つことだ。所属企業のこれまでのキャリアパスを、言われるままに受け入れるのではなく、自身のキャリアを広くイメージするために外を見てほしい。 自身の心にヒットするロールモデルを、自社内を超えて見つけに行ってほしい。

以上、3つの提言の詳細を語ってきたが、この内容はまだまだ粗削りのものだ。まずはこの内容を起点に、市場との対話を推進していきたい。

そして、本連載の最後に、その機会についてのお知らせをしておきたい。来る9月21日(木)に、今回の研究プロジェクトのシンポジウムを予定している。研究のアウトラインを共有するにとどまらず、今回の提言の社会実装に向けての議論の起点となる場としたい。詳細の公開は、もうしばらく先のことになるが、このテーマに関心、思い、問題意識をお持ちの方は、ぜひご予定いただきたい。みなさまとの対話の機会を、心より楽しみにしている。

(※1)【インタビュイーのアウトライン】
◎共通する前提
電気・電子、機械、化学等を専攻し、大学理工系学部を卒業、あるいは大学院理工学研究科を修了し、エンジニアとしてキャリアをスタートした方
①次世代中核人材(30代/33~39歳 各社5名 計20名)
エンジニアとしてのキャリアが軌道に乗り、プロジェクトリーダー、グループマネジャー、新規事情担当などのポジションについている活躍人材
②中核・円熟人材(40代~/44~58歳 各社5名 計20名)
20~30年にわたって基幹事業、中核的な部署等においてエンジニアとしてのキャリアを展開している人材
【インタビュー仕様】
・90分/1人
・オンライン(Teams)
・インタビュアー+サブインタビュアー
【インタビューに向けての事前ワーク】
・「変化の履歴書」の作成
・キャリア曲線ワークシート
・ステージワークシート
・転機ワークシート
「変化の履歴書」の詳細は、以下を参照 : 『マルチサイクル・デザイン読本
【インタビュースクリプト概要】
①現在の仕事について
②大学卒業までのアウトライン
③ワークシートに基づくヒアリング
④自身の期待役割の変化について
・「広げる」「深める」の受け止め方(ポジティブ/ネガティブ)
・これまでの変化の主体性(自ら望んで/異動などの会社の指示で)
・所属企業・部署・上長が、自身に期待するもの(現在、将来)
⑤自身がかくありたい、というエンジニア像
・テーマ/興味関心
・志向、持ち味、強み
・核となる経験
(※2) “日本のエンジニア”の実態調査 調査対象 : 《メイン対象》大学・大学院にて自然科学系(工学、理学、情報工学、農学等)学部に学び、卒業・修了後、従業員規模500名以上のメーカーに就職し、正社員として設計、開発などの技術系職種でキャリアをスタートした就業経験5年以上の20~50代 《比較対象》大学・大学院にて社会科学系(経済学、法学、商学、経営学等)学部に学び、卒業・修了後、従業員規模500名以上の民間企業へと就職し、正社員として営業・事務・企画系職種(総合職)でキャリアをスタートした就業経験5年以上の20~50代 調査サンプル : 《メイン対象》1082名 《比較対象》497名 調査時期 : 2023年3月

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