生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.3

株式会社エクサウィザーズ  Chief AI Innovator 石山 洸 氏/執行役員 羽間 康至 氏

2024年10月18日

株式会社エクサウィザーズは、AI Platform「exaBase」を基軸に年間250件以上のAI/DXプロジェクトにて顧客の経営課題解決を支援。AI Platform事業を行う中で抽出した汎用的な業界・社会課題を解決するためのAI Productを開発・提供している。同社のChief AI Innovatorの石山洸氏、執行役員の羽間康至氏にそれぞれお話を伺った。

株式会社エクサウィザーズ Chief AI Innovator 石山洸 氏

今の生成AIの活用は穴埋め問題を解いているだけ

――生成AIによって仕事の進め方や働き方は大きく変わったといえるでしょうか。

今のところ、ほとんどの人の働き方の本質は変わっていないと思っています。ある会社で若手の人たちに生成AIをどう使うか、という研修をやっていたときのことです。研修の冒頭の自己紹介で、参加者のAさんが、あるドラマが好きでピザが好きだと話してくれました。そこで私からみんなに、「皆さんは、Aさんを自社に採用したいと考えています。Aさんを惹きつけるため、面談時に一緒に食べるピザのレシピを生成AIに作ってもらってください」と投げかけました。そうすると、ものすごく面白いアイデアがどんどん出てきます。Aさんの好きなドラマの有名な1シーンを再現したピザ、とか。とても盛り上がりました。

次のBさんの自己紹介の後に、「自己紹介を参考に、Bさんが入社したくなるような何かを生成AIに作らせてください」とお願いしました。Aさんのときには私が「ピザのレシピ」と指定しましたが、それをなくして自由度を一段上げてみたのです。そうすると、面白いものを作れる人が半減しました。Cさんのときには「Cさんの採用」という目的もなくして単に「Cさんを喜ばせるものを作らせてください」と言うと、面白いものを発表できる人は20%くらいまで減ってしまいました。第4段階で「あなたがハッピーになれるものを何でもいいから生成AIに作ってもらって」と言うと、誰も何もできなくなってしまいました。

この実験が示しているのは、私たちは生成AIに“穴埋め問題”しかさせていない、ということだと思うのです。生成AIは本来、人が考えつかないようなことを考えられるポテンシャルを持っています。しかし、私たち人間が自由度の高過ぎる状態に慣れていない。会社からやっていいと言われたことしかやれないから、価値を生ませるプロンプトを作れない。これは大きな問題です。

問題も解決方法も不確実な時代のキーワードは「分散のマネジメント」

――穴埋め問題では、生成AIの可能性を広げられないというのはとても面白いですね。では、生成AIをより活用していくには人はどうなっていく必要があるのでしょうか。

私たちが日々向き合っているのは課題とその解決、つまり、プロブレムとソリューションです。VUCAの時代と呼ばれていますが、プロブレムがどんどん不確実になっているのは皆さんも感じていると思います。そして生成AIの進化のスピードが不確実なことにより、ソリューションの側の不確実度も上がっています。不確実な問題を不確実なソリューションで解かなくてはならないという現実を受け止めなくてはいけません。

このような時代では、人間も“分散”が大事になります。これまでの企業では、社員の平均能力が高いことが重視されてきました。偏差値60の人に偏差値60の答えを期待するのが基本でした。でも、偏差値50の人でも、ときどき偏差値80の回答を出せる。これが分散です。80が出ることもあれば、40も出たりするというのが基本形で、このように分散がある状態を許容できるかが、今後は重要になってきます。

AIにデータを与え続けると、どこかで進化の限界が来ると思われていたものが、限界はなさそうだ、ということがわかってきました。これはつまり、自然が人間のコントロールの外にあるのと同じように、AIや情報も既に人間のコントロールの外にある、ということなのです。ですから、今ときどき提示される「1000人で運営するコールセンターは生成AIに置き換わるのか」という問いも、私たちがどう考えるかとは無関係に「置き換わることに確定している」のだと思います。

マネジャーの役割は生成的偶発性を作ること

――とても興味深いです。ここまでの内容を踏まえたときに、マネジャーの役割や業務は変わりますか。変わるとしたら、どのように変化するでしょうか。

マネジャーに求められる役割は、メンバーが自由によいプロンプトを作る支援と、メンバーの最初のスイッチを入れることです。スイッチを入れるというのは、組織やメンバーをちょっと揺さぶってみる、ということです。揺さぶられることで偶発が重なって、バタフライエフェクトが起きる。蝶を飛ばした後で何が起きるかはわからなくていいのです。わからないのが基本の世界になるので。まず、偶発を起こす揺さぶりをかけられるかが重要になってきます。

これまで平均のマネジメントをしてきた人には厳しい未来が来るでしょう。分散を許容できるマネジャーとの実力差が開いていきます。あれをしてはいけない、これもしてはいけないということが仕事だと思っているマネジャーはこれから難しいでしょうね。

――分散を許容してメンバーや組織に揺さぶりをかける、という新しいマネジメントのスキルを獲得するのも難しそうですね。

私は、AI自体が利己的な遺伝子を持っているという仮説のもと、“AIのミーム”に人々を感染させていくのが、当面マネジャーのやることになると思うのです。まず、難度は高くなくていいので、マネジャーが生成AIで面白いものをたくさん作り、メンバーに見せます。仕事と直結していなくても構いません。それを見たメンバーの誰かが「私もこういうものを作ってみました」となり、それに周りが巻き込まれて輪が広がっていく。インターネット上でコンテンツや言説が広がっていくようにミームを作り出す、ということですね。それを何回か繰り返すと徐々にメンバーは、生成AIで何かを作ることができるようになってきます。誰もが、その場でどんどん生成されて意思決定されていく、ということを体験することが重要だと思います。

マネジャーも、すごいものを作ろうとするのではなく、何かが偶発的に生成できるのだろうなというポジティブさを持つことが必要です。くだらないことをアウトプットして、メンバーにも面白いことをやっていいんだというメタ認知を持ってもらう方がいい。笑われてなんぼ、という感じです。権限のある人がくだらないことをやるから面白いのです。

生成AIの活用が進むと、人と人が一緒に何か行うことの重要性が高まる

――ここまで、真に生成AIを使いこなすために、人々をどう“揺さぶる”のかを中心にお話しくださいました。人によっては、生成AIにものを作らせるとどのアウトプットも似通ったものになってしまうのではないか、という恐れを抱いていることもありますね。

そうなのです。生成AIが多くを生成できるようになったときに、人間の側に残るものは何かというのがポイントになりそうです。実はシンプルに「人間がやってくれる」ことが差異化になるのではないかと思います。たとえば、草刈りをしてほしいと思ったときに、業者に依頼するお金を払ってくれる人と、「自分がやっておきますよ」という人がいたとします。お金は間接的ですが草刈りは直接的なので、私たちが感謝するのは、後者だったりしませんか。AIと対極にあるような考え方ですが、人間のサービス精神やサーバントリーダーシップがより重要になってくると思います。一緒にくだらないデモを作ってみたり、一緒に草刈りをしたりといった、一緒に何かをすることの価値が高まるかもしれません。今後の新しいテーマになりそうですね。

――ありがとうございました。

株式会社エクサウィザーズ 執行役員 羽間康至 氏

生成AIによって、人の活躍の方向性が二極化する

――生成AIによって、どんな仕事が人の手から離れていっているとお考えですか。

今、実現していることはチャットボットによる受け答えや要約、壁打ちなどが中心です。こうした分野では、人を介する必要がなくなったり効率化が進んだりしていますね。チャットボットは生成AIのたくさんある活用方法の一つですが、本来、生成AIは業務の上流工程、下流工程の双方で、もっと広がりを持って使えるものだと考えます。私たちが思っている以上に生成AIにさまざまなことを任せることができます。上流工程とは戦略立案や構想であり、下流工程とは実行時の細かいタスクの深掘りです。クリエイティブの世界とプロンプトエンジニアリングの世界と言い換えてもいいでしょう。私自身も、戦略立案についてはいろいろ試しています。

生成AIがスライドの構成案を作ってくれたり、ビジュアルをよいものにしてくれたりしたら、マネジャーやメンバーのアウトプットの底上げを図ることができます。また、生成AIが論点出しを手伝ってくれることで、それぞれの会議で生み出せることも大きくなりますし、情報収集の工数も劇的に減ります。逆に言えば、生成AIを使うことができるのだから、人は、何となく思いついたことを口にするのではなく、自分のアイデアのレベルとアウトプットのレベルを上げてから会議の場に出すことが求められるようになります。

――こうした生成AIの存在は、組織にどのような変化を与え、誰の働き方にどのような影響を与えそうですか。

これまでは、情報にアクセスできるか否かと経験の差があるため、誰もが活躍できるわけではない、ということがありました。生成AIは、誰もがコモンナレッジを獲得したり、壁打ちをしたりすることを可能にしますから、人の能力を拡張してくれます。今の組織学習というのは、リーダーとメンバーがいて、KPIがあり、現場が細分化されているという環境のもとで行っているので、学習モデルとしては遅いものなのです。今後は、データとAIが土台にあって、そのうえにリーダーもメンバーも包摂されます。リーダーも役割の一つといいますか、より多くのメンバーの気づきを誘発していく役割の人、という形になるでしょう。今後の組織学習では、生成AIの力も借りて個人の学習が増大していったときに、それを組織に取り込んでつなげていけるかが鍵となるでしょう。

その中で、一人ひとりの個人は今後、戦略に強いか現場に強いか、少なくともどちらかにエッジを立てる必要がありそうです。人ならではの価値を出せることは何かを考えると、まず、経営上のインパクトや社会における意義を考えられるところなんだと思います。また、現場に強いとか、顧客の生々しいリアリティや内なる思いを語れる、ということの価値も高まるでしょう。そしていずれにせよ、組織レベルでも個人レベルでも、バリューのない仕事の割合は減ると考えます。

メンバーレベルでも、AIを自身にとってのエージェントや仲間として考えられるようになっていきます。かつてはジュニアのメンバーが行ってきた議事録やサマリーの作成は生成AIが行ってくれるので、仕事のどこの領域で人としての介在価値を出すのか?に関して真剣に向き合う必要が出てくると思います。お客様と仲良くなれる人や現場の情報を足で稼ぐ人の価値が上がりますし、抽象概念を扱うのがうまい人は、マネジャーから振られた仕事ではなく上流工程の仕事をするようになる。つまり、ジュニアかどうかにかかわらず、身体活動を自分で行いつつ、生成AIを武器にできる人が活躍する世界になっていくでしょうね。

現場に強い、という話の補足ですが、ホスピタリティのような領域では、AIが代替するまでには少し時間がかかると思っています。生活者や顧客が「人でなくてもよい」と思えるようになれば代替が進むのは早まるでしょうが、「人にやってもらいたい」など生身の人、ある意味「生き物としての身体性」を求める考えは、かなり根強いと思います。

人に残るのは意思や偶然、ひらめき・直観になりそう

――マネジャーの仕事はいかがでしょうか。

マネジャーに期待されることも変わると思います。メンバー管理といった業務の割合は減り、メンバーをインスパイアできるかが大事になるでしょう。人をエンゲージする力がAIにあるのかについては議論の余地があって、メンタルヘルス、カウンセリングなどの分野にはAIが進出してきています。この領域は、実は既に研究では生成AIに負けているという結果も報告されているうえに、人の場合ではマネジャーとメンバーとの合う合わないや好き嫌いといった話も出てきますから、いっそAIに任せて完全に個人にカスタマイズできるならその方が満足度は高いということもあり得ます。こうして人をエンゲージするような分野でもAIが力を発揮するようになると、究極的に人に残るのは、意思や偶然、ポテンシャル、運やひらめき・直観のような部分になるのかもしれません。自社や自組織におけるコンテクストを深く理解したうえで、データからインスピレーションを得て戦略を立案する方向性でエッジを立てるマネジャーも出てくるかもしれません。マネジャーは、戦略側と人材側の両方に長けていないといけないという世界になるかもしれませんし、思い切って戦略側と人材側のどちらかに振り切る必要が出てくるかもしれません。戦略側か人材側のどちらかが得意なマネジャーは、自分の苦手な方は生成AIを用いてキャッチアップするのでしょうね。いずれにせよ、マネジャーといっても、現場感があまりなくて戦略的視点も乏しいとなると、需要はなくなってくるのだと思います。

――羽間さんは、本日話してくださったような未来を明るく捉えていますか。それともネガティブに捉えていますか。

私はポジティブですね。パソコンが出てきて、スマートフォンが出てくる中でも、私たちは使えるツール・武器が増えて、人間の楽しみや、仕事でできることが増えてきました。生成AIの進化も純粋に楽しみです。もちろんリスクとかダウンサイドの話も大事ですが、それはどのようにアレンジして折り合いをつければいいかというだけのことです。まずは人間として面白いと思うかとか、好奇心を持てるかどうかが大事だと思います。

――ありがとうございました。

石山 洸 氏石山 洸 氏

株式会社エクサウィザーズ Chief AI Innovator

東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了。2006年4月リクルートに入社。同社のデジタル化を推進した後、2015年4月にAI研究所のRecruit Institute of Technologyを設立し、初代所長に就任。2017年10月、エクサウィザーズ代表取締役社長就任。2023年6月、エクサウィザーズChief  AI Innovatorに就任。2017年4月より静岡大学客員教授、2018年4月より東京大学未来ビジョン研究センター客員准教授を歴任。

羽間 康至 氏羽間 康至 氏

株式会社エクサウィザーズ 
執行役員 AIプラットフォーム事業統括部統括部長
株式会社 ExaMD 代表取締役社長

ATカーニーで3年間コンサルタントを務めた後、2018年にエクサウィザーズへ入社。医療介護の領域を担当し、AI創薬や認知症診断デジタルヘルスのプロダクト開発にも携わる。現在は、全セクターを事業対象としたAIプラットフォーム事業全体の統括を行う。2024年よりエクサウィザーズグループの健康・医療の新会社ExaMD の代表も務める。経済産業省 認知症イノベーションアライアンスWG委員、山口大学医学系研究科客員准教授。

聞き手:武藤久美子、石原直子
執筆:武藤久美子

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。