生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.2

株式会社SmartHR 代表取締役CEO 芹澤 雅人 氏

2024年10月11日

人事・労務にかかわるデータの収集・蓄積と活用を同時に実現するクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を提供するSmartHR。同ソフト登録企業数は2023年11月に6万社を突破した。企業における人事データの活用を推進してきた同社の代表取締役CEO 芹澤雅人氏に話を伺った。

労務分野は機械学習との相性がよい

――生成AIが登場したことによって、人がやらなくて済むようになったことやできるようになったことは何ですか。生成AIはどれくらい私たちの働き方を変えたのでしょうか。

その質問の回答には悩みます。画像処理の生成AIと、自然言語処理の生成AI、つまり大規模言語モデル(LLM)で回答は異なると思うからです。画像処理の分野では、この1年くらいで大きな進化がありました。多くのクリエイティブが生成AIによって生み出されるようになっています。特にWEB上で目にするイラストやイメージなどは、どんどん生成AIによる作成へと置き換わっており、私たちはもはやそれに気づくこともないというレベルになっています。アートやデザインの分野では、生成AIの進出はどんどん進んでいるわけです。

しかし、LLMを用いたテキスト生成で、もっとビジネス寄りの世界がどう変わったかといえば、人の行動様式はあまり変わっていないというのが私の実感です。誰もが生成AIで検索するようになるともいわれていましたが、今でも多くの人はGoogleで検索しているし、検索結果としてURLが列挙された方が結局ありがたい、ということも多いのではないでしょうか。

もちろん、生成AIに説明してもらったり要約してもらったりした方がいいシーンも確かにあります。当社では、従業員サーベイをサマリしてくれる生成AIを使ったサービスのベータ版を提供しています。自社でも従業員サーベイを行っていますが、1200人分のフリーコメントすべてに目を通すのはなかなか大変なことです。これを要約してくれて、ポジティブな意見にはこういうものがあり、ネガティブな意見はこんな感じでしたと教えてくれるのは、とても助かることです。

こと人事労務には、自然言語が重要なシーンとそうではないシーンがあると考えています。勤怠管理や給与計算をはじめとする労務管理の領域では、多くの場合、決められた内容を決められたフォームにインプットし、定型的で間違いのないアウトプットを得ることが大事です。人間らしさやクリエイティビティはそこまで求められていない。だとすると、労務分野で無理に生成AIを使う必要はないのです。普通の機械学習によってできることはそっちでやればいい。

タレントマネジメントは生成AIによって進化する

――人事の分野では、生成AIにできることはないのでしょうか。

いえいえ、そんなことはありません。思うに、生成AIは、ゆらぎが許容されるアウトプットを生成するのが得意です。唯一絶対の正解を導く必要がなく、人間の側が一意見として聞けるようなものです。人事分野でそれが活かせるのは、タレントマネジメントの領域なのです。

たとえばベテランの人事パーソンやマネジャーは、1on1での状況や普段の言動などを見ながら、ベテランならではの経験と嗅覚で、「今、このメンバーはパフォーマンスが落ちているな」などと想像して手を打ってきたわけです。生成AIがそれらの状況から人事やマネジャーにさまざまにサジェストしてくれれば、経験値の低いマネジャーはとても助かりますよね。

メンバーの一人ひとりが、もっともよいパフォーマンスができるようにするというタレントマネジメントの世界も、唯一絶対の解がない領域なのだと思うのです。高速で試行錯誤しながらよい意思決定ができればいいのですから、生成AIによって新しい選択肢が生まれたり、面白い検討ができたりすることとは、とても相性がいいでしょう。

生成AIによって、マネジャーの難度が上がる

――では、今後のマネジャーの役割はどうなっていくでしょうか。

今の話の通り、マネジャーは、生成AIにサジェストしてもらうことで助かることが増えます。ですが、これはマネジャーにとっては大変なことでもあります。これまでは、マネジャーが人事部門に、「私はまだマネジャーになってから日も浅いので、よくわからないことが多いです。人事が助けてください」と言えました。しかし生成AIがサジェストしてくれるようになると、こうした言い訳が許されなくなるのです。
「生成AIがこれだけのデータを揃え、サジェストもします。だからこれらを使いながら判断してマネジメントを行ってください」という世界になれば、マネジャーのレベルは全体的に底上げされ、スタンダードレベルも確実に引き上がります。「わからない、できない」とはもはや言えません。なので、生成AI時代には、マネジャーの仕事は楽になるというよりも、難度が上がるといった方がいいかもしれない。

また、同じ理屈で、生成AIによって現場の人に求められるレベルも上がることになります。ですから、マネジャーは、メンバーの育成により注力しないといけなくなるでしょう。ここでの育成とは、オペレーションを教えたり、「あれをするな、これをするな」というルールを教えたりすることではありません。変化のスピードが速くなる中で、新しいテクノロジーを使って難度が高いことをできることが誰しもに求められているのですから、それに適応するための教育がマネジャーの仕事の大きい部分になると思うのです。

歴史をさかのぼれば、コンピューターが世の中に出てきたような大きなチェンジのときには、それが真価を発揮できるように人が変わっていくための教育が当然あったはずです。生成AIも大きなパラダイムシフトをもたらす可能性がある。そこに適応できるようなアンラーニングやリスキリングをどう埋め込むのかは、企業にとっても大きな経営課題だと思います。今のように、感度のいい人たちだけが活用して、多くの人が置いてけぼりになるという状態で放置することに、私はけっこう懸念を抱いています。

――マネジャー業務の難度が上がり、さらに育成に注力せよとなったら、マネジャーは大変そうですね。

確かにマネジメントの難度は上がり、育成という仕事の重要度も上がります。しかし、図1でいう「仕事マネジメント」については、生成AIが相当な部分を代替してくれますし、これからさらに代替してくれるでしょう。そうすれば、マネジャーは育成に注力できるようになってくると思います。そのためにも、まずは一度、生成AIに任せられるところを任せるためのスキル習得にしっかり時間を使った方がいいですね。学んだら使いこなせた。だから次のことを学ぶ時間ができた、という好循環を生み出さなくてはいけません。

図1:現在マネジャーが行っていること

現在マネジャーが行っていること

マネジャーも、学ぶ必要があるのです。最近、マネジャーは大変過ぎて、マネジャーになりたい人が少ないという話を聞くことがありますが、これは企業におけるマネジメント教育の敗北だと思っています。日本企業では、マネジャーになるための教育はほとんど行われていません。ある日マネジャーに任用されて、やってみなさいと崖から突き落とされて、いろいろな失敗をする。マネジャーの失敗は直接的にチームへ悪影響を及ぼします。チームメンバーからしたらたまったものではありませんから、失敗するマネジャーは嫌われる。これでは報われません。

今後は、マネジャーがステップを経て成功確率を上げていけるようにしていかないといけません。ここは、AIが使えるところかもしれません。マネジャーが機能しているかを検知し、異状を検知したら支援プランがサジェストされる、ということが可能になっていくのではないでしょうか。

人は人にしかコミットしない

――マネジャーの必要数は減っていくと思いますか。

ここに関しては、明確にそんなことはないといいたいですね。それは、「人は人にしかコミットしない」のではないかと思うからです。私は、AIにできなくて人にできることは、「社会的責任を果たすこと」だと考えているのです。たとえば、ジムのパーソナルトレーナーは、トレーニーの目指す身体づくりのために、筋トレや運動の指導だけでなくて、食事の指導を行いますよね。トレーニーは、パーソナルトレーナーに毎日何を食べたかを報告します。この面倒なことを毎日やりつづけるのは、まさにパーソナルトレーナーと約束したからだと思うのです。相手がAIや機械だったら、真面目にトレーニングして食事の記録や報告をする人は減るのではないでしょうか。こうしたことはマネジャーとメンバーの間でも起こると思います。

人はAIにもコミットするのか、責任を果たそうとするのかは、社会実験をする価値があると思います。直感的にはAI相手にはコミットする人は多くないと想像します。相手が人であるというだけで、約束を破らないようにしようと思える。これは社会的動物である人のなせる業なのではないでしょうか。逆にいえば、ここをAIができるようになるならば、相当話は変わってくると思います。

芹澤雅人氏芹澤 雅人 氏

代表取締役CEO

2016年、SmartHR入社。2017年にVPoEに就任、開発業務のほか、エンジニアチームのビルディングとマネジメントを担当する。2019年以降、CTOとしてプロダクト開発・運用にかかわるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整も担う。2020年取締役に就任。2022年1月より現職。

聞き手:武藤久美子、石原直子
執筆:武藤久美子

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。