生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.7

澪標アナリティクス株式会社 ディレクター 香川 元 氏

2024年11月01日

澪標(みおつくし)アナリティクスは、統計学や数理最適化、機械学習などの知識・技術を活かして顧客企業に価値をもたらす企業。AI・データ分析を活用したコンサルティングやAI・データ分析基盤の提供、各種AIソリューションなどの事業を展開している。機械学習、自然言語処理などのAI技術を兼ね備え、同社のディレクターとしてさまざまな生成AI関連プロジェクトを率いている香川元氏にお話を伺った。

生成AIですべて解決できるわけではないが、超えられる限界もある

――生成AIによって、人がやらなくてよくなったことや、人よりもできるようになったことは何ですか。

生成AIの影響は、人がやらなくてよくなったことが生まれたというよりも、これまで人がやろうとしたらものすごく時間がかかったことを、より効率よく、とんでもなく速く処理できるようになったということではないでしょうか。特に調べものや探索などの「情報の引き出し」はもちろんですが、生成AIのすごいところは「情報の理解」の力が高いところです。会議の録音から音声を文字化して、さらに要約してくれるなどの能力はとても高い。かなり正確なものがすぐに作れます。

もっと高度な作業も、かなり正確にできるようになってきました。たとえば、大量の契約書からさまざまな情報を抽出し、データベース化して分析する業務があるとします。このような業務を、自然言語処理(人間の言葉をコンピュータに理解・処理させる技術)の仕組みを利用して自動化する取り組みは、以前からありました。しかし、契約文書の中には意味は同じなのに契約書によって違う書き方がされている条項などがあります(たとえば「自動延長条項」等)。これらの条項のあらゆる表現すべてについて、従来の自然言語処理技術を使って正確に判断することは非常に困難でした。しかし生成AIの登場によって状況が変わりました。契約書を生成AIに読み込ませると、このようなあらゆる表現の条項も、かなり正確に判断を下してくれるのです(しかも、人間よりはるかに短時間で)。当社では今はさらにレベルの高いことにも挑戦していて、たとえば商談時の会話を生成AIで分析し、内容の要約を生成したり、顧客の感情分析を追跡して商談の成約確率を評価するサービスの開発なども進めています。

――技術者としても、生成AIには大きな可能性があるとお考えですか。

もちろんです。今言った通り、これまでの技術では限界が見えていたことが、生成AIの登場によって一気にブレークスルーを迎えつつあります。生成AIはその能力が汎用的で幅広いことから、今までITシステムでは処理できないため人の能力に頼っていた業務(特に書類仕事)の全般について、効率化できる可能性があります。しかも、これらは業界・業種を問わず活用していくことが可能です。現在生成AIが効果を上げているのは、このような生産性の改善ですが、将来的には事業上の重要な戦略決定、経営判断、事業サービスの中核技術として採用されるなど、生成AIがさまざまな企業の「経営の軸」として存在する、そのような時代がやってくるかもしれません。

ただ、こういったビジネス成果を最大化するように生成AIを使いこなすのはそれほど簡単ではない、ということも感じています。

たとえば最近は、社内データベースなどを大規模言語モデルによるテキスト生成と組み合わせて回答の精度を高めるRAG(Retrieval-Augmented Generation)(※1)が人気です。しかし、ビジネス効果を上げるためにRAGの回答精度を最大化するためには、さまざまな工夫が必要です。たとえば、ビッグデータがAIを成長させてきたという知識体験から、RAGの回答精度を向上させるために、RAGのデータベースに大量の文書データを入れておけばよいと考えるかもしれませんが、それは間違っています。RAGの回答精度向上のためには、「品質のよい」ドキュメントを「厳選して」データベースに入れておく必要があるのです。その他にも、ドキュメントの構造を意識した文書の分割や、検索アルゴリズムの最適な手法選定など、考慮すべきポイントはいくつもあって、それらを踏まえた対策を実施しておかないとビジネス成果につながらないリスクがあります。

また、現在のRAGの技術では解決できない対話シナリオもあります。我々のグループ企業のようなシステムベンダーが、ある仕様の設計変更に関して大量の設計書から影響調査をしなければならないシーンを想定してみましょう。このような調査は、大量のドキュメントのあらゆる関連をたどって調査をしないといけないため、RAGのように特定のドキュメントに絞って情報抽出するやり方ではうまくいきません。

また、単純に技術的な課題だけでなく、社内リソース・人材育成といった観点でもハードルはあります。生成AIから成果を引き出すには、論理的で明確、かつ十分な情報量の指示をプロンプトとして入力する必要がありますが、意外とこれは難しいことです。過去の経緯やその人のバックグラウンド、周囲の関係や環境などは、生成AIにも暗黙的に理解して回答してほしいところですが、残念ながらそのようなことは不可能ですので、生成AIには一からすべての情報を与えてやる必要があるのです。しかし、そういったしっかりとした言語化能力を、すべての社員が備えているわけではありません。そのため社内の中でも、うまく生成AIを活用し生産性を上げている人と、そうでない人が2極化している状況が生まれているのではないでしょうか。

しかし生成AI技術およびその周辺の環境は、現在進行形で今もかなりのスピードで成長を続けています。生成AIを基盤としてさまざまなAIビジネス活用サービスを提供する我々のようなベンダーも増えており、RAG等で成果を出す企業も増えています。また生成AI周辺の技術研究も進み、「仕様変更の影響調査」のようなタスクが実現できる仕組みも生まれつつあります。何より生成AI自体が驚異的なスピードで進化をしているため、言語化が十分でない人に対しても、あらゆる情報を自動的に収集して、適切な判断が下せるような生成AIが登場するかもしれません。こういった状況を鑑みると、冒頭で述べた生成AIが企業の「経営の軸」になる日も、遠くはないのかもしれません。

一部の専門職はAIにとって代わられる可能性がある

――生成AIは何でもできるわけではないが、これまで限界だと思っていたことを超えられるという実感を持っていらっしゃるのですね。では生成AIは、誰の働き方をどのように変えていますか。どのように職場の風景を変えそうですか。

冒頭で、生成AIが人よりも高い生産性でできるタスクもある、という言い方をしましたが、確かに一部の職業については、AIが大きく働き方を変える可能性が出てきたというのが正直な感想です。たとえば、デザイナーやイラストレーターといった職業は、画像生成AIによって大きく影響を受ける職業でしょう。今まではプロが長時間かけて作ってきたものに近い水準のものが一瞬で生成される技術は、本当にすごいと思います。ここで主張したいのは、生成AIが「仕事を奪う」のではなく、「働き方を変える」ということです。画像生成AIは、結局似たような画像ばかりが生成される創造性の限界、著作権、クオリティの保証といった部分でまだ課題を抱えています。しかし、その圧倒的な画像生成のスピードから、デザイナーやイラストレーターは、生成AIをツールとして活用しながら生産性を上げていき、よりクリエイティブなタスクに集中する、このような働き方になると思われます。

一般的なビジネスパーソンの仕事も同様です。一部の単純な書類仕事であれば、生成AIにとって代わられる可能性はあります。しかし大多数の業務においては、生成AIに完全に任せることは難しく、最終的には人の判断やチェックが必用になります。しかし、生成AIの能力はその業務の一部、あるいは大部分をサポートし、圧倒的な生産性をもって人の働き方を変えていきます。そうなると人はより高度な思考、判断を持って業務に貢献することが求められるでしょう。

このとき重要になるのは、生成AIと人の協調作業です。生成AIは、単純な作業、情報探索、初期的な分析は圧倒的な生産性をもって実行してくれます。人はそれらのアウトプットを受け取り、より創造的、発展的なアウトプットに変換していくことが求められます。生成AIとの協調作業を通した、自らの働き方のアップデート、これがこれからの時代に求められる働き方なのかもしれません。

――生成AIの利用が進んだとき、若い世代の方が有利ですか。また、専門性の有無についてはいかがでしょうか。

世代については、一概にいえないと思っています。確かに若い世代はAIや生成AIに触れる機会が多いため、より理解が進んでいる側面はあるかもしれません。AI関連のコミュニティも若い世代が中心で頑張っていると思います。しかし重要なのは言語化能力とチャレンジ精神だと思います。こういった能力と思考を持って取り組んでいる人は、世代を問わずいらっしゃるイメージです。

専門性についてですが、本当に高度な専門性を持っている人の方が生成AIをフル活用できる傾向はあると感じます。そうした人は、生成AIが間違った答えを出しても自らの知識を活用してすぐに修正できますし、生成AIに命令するときも「ここはこういう技術を使ってこういうアーキテクチャで」と的確な指示が出せますから、生み出されるもののレベルも高いし、ものすごく生産性が高まるのです。

一方、そうしたバックグラウンドがない人は、思ったようなものが作り出せなかったり、生成されたものの間違いに気づけなかったりします。そうなるとなかなか生産性が上がりません。どの分野でも、最低限押さえておかなければならない専門知識がありそうだと考えています。

ただ、経験値の低い人が成果を出すために生成AIを活用するシーンも、もちろんあります。たとえばWEB広告に載せるちょっとしたキャッチコピーを用意するとき、いちいちプロのライターに頼むのは効率がよくありません。そこで、新人の営業担当者が書かなければならなくなった場合などに、生成AIはとても役立ちます。こんな商品をこんな訴求ポイントでPRしたいと入力すれば、一流ライターとまではいかなくとも、ある程度の水準に達したコピーを生成してくれます。

生成AIが専門家の能力をさらに向上させるために利用できるのか、経験値の低い人の能力を底上げするために利用できるのか、業務の中身と求められるレベルに応じて変わってくるのでしょう。

マネジャーは判断と意志決定というコア業務に注力できるように

――さて、これまでのお話を踏まえたうえで、マネージャの役割や仕事はどのように変わりそうですか。

マネジャーと一口にいっても、プロジェクトのマネジャーや組織のマネジャーなどがありますが、ここではプロジェクトマネジャーをイメージしてお話ししてみましょう。マネジャーの役割は、業務の遂行に必要な情報を収集・整理することと、集めた情報を分析して判断を下したり対処したりすることに大別できると考えています。前者の部分は、マネジャーにとっての、いわばPMO(Project Management Office)(※2)の役割です。ここは生成AIによって大きく効率化できる部分ではないでしょうか。マネジャーにより求められるのは後者の方、つまりPMOや生成AIが集めてくれた情報から現状を的確に判断し、ステークホルダーと調整したうえで、このままいくのか変更するのか、変更するなら何をどう変えるのかの意思決定を下すことだと思います。こちらこそがマネジャーにとって本来的に最も重要なタスクだと思います。生成AIがPMO的な役割を担うことで、マネジャーが本来注力すべき仕事に集中できるのは、生成AIがもたらす大きな利点でしょう。

生成AIのこのようなサポートによって、マネジャーはより高度な情報分析能力、調整スキル、実行力が求められるようになると考えます。単純に情報の交通整理をすればよいだけではなく、よりマネジメントのプロフェッショナルとしての力が必用になるのです。先に述べた、生成AIによる「働き方」の改革です。

さらに生成AIは進歩を続けており、将来的にはプロジェクトマネジメントにおいて、初期的なリスクの判断、課題の分析、スケジュールや体制のレコメンドといったところまで、生成AIが担うようになるかもしれません。こうなったとき、マネジャーはさらにそのマネジメントの専門性(つまり判断と意思決定)に磨きをかける必要が出てきます。このようなことは、組織マネジメントにおいても同様です。

――ありがとうございます。最後に、読者に伝えたいことがあれば教えてくださいますか。

最後に強調しておきたいのが、ものごとを説明する能力の大切さです。生成AIを使いこなすためには、必要な情報を正しく論理的に言語化・文書化する力が欠かせません。そのスキルは相手が人間でも活かせるし、今後さらに重要度を増すと思うのですが、持ち主は意外と少ないものです。つまり言語化能力と文書作成能力を磨けば、生成AI時代のビジネスパーソンとして飛躍できる可能性を高められるのではないでしょうか。

(※1)外部の独自情報を大規模言語モデルによるテキスト生成と組み合わせ、回答の精度を高める技術のこと
(※2)
プロジェクト・マネジメント・オフィス。プロジェクトマネジャーを支援するために、プロジェクトにかかわる情報やリソースを把握してPMに伝えたり、構造化したり標準化したりする役割を担う

香川 元 氏香川 元 氏

TIS株式会社 ビジネスイノベーション 事業部AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクター
澪標アナリティクス株式会社 コンサルティング本部 データサイエンスチーム ディレクター

1995年TIS入社。製造業のSCM基幹システムの刷新プロジェクトや海外ECサイト構築に従事。2017年以降、AIサービス企画開発部でのAI事業企画・推進を経て、2022年より澪標アナリティクスにてデータサイエンスチームディレクターを担当。AI全般と基幹レベルのシステム開発・運用プロセスの両方の知見を持ち、フルスタックエンジニアとしてAI・データ分析事業の最前線で活躍する。

聞き手・編集:武藤久美子、石原直子
執筆:白谷輝英 

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。