生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.4

株式会社カオナビ 執行役員CPO 平松 達矢 氏

2024年10月22日

カオナビは、顔写真が並ぶ画面で直感的に人材を把握できるようにし、社員のスキルや個性を可視化することで才能の発揮を促すクラウド人材管理ツール「カオナビ」を手掛ける。このシステムには経歴やスキルなどを生成AIで分析する機能が組み込まれており、同社では現在も生成AI関連の開発に取り組んでいるところだ。同社の執行役員 CPO(最高プロダクト責任者)として新機能の企画などに携わる平松達矢氏にお話を伺った。

生成AIは相性や個性のような「あいまいさ」にも対応可能

――生成AIが登場したことで、人がしなくてよくなったことや、人の力を超えてできるようになったことは何ですか。

現時点で、いわゆる「一次校閲」はしなくてもよくなりました。たとえばマネジャーが部下の作った資料をチェックするとき、「てにをは」の修正くらいは生成AIに任せられるようになっています。

今後は、要約機能の利用も広がるでしょう。既に、オンライン会議で部署の意見をまとめる際には、Zoomなどのツールが勝手に議事録を作ってくれます。また、当社が提供しているクラウド人材管理ツール「カオナビ」にも、近い将来、生成AIによるサマライズ機能を盛り込む予定です。たとえば、アンケート機能や従業員満足度調査でどんなワードが頻出しているか。あるいは、チームごとの雰囲気はポジティブなのかネガティブなのかを生成AIが自動的に分析してまとめる機能を開発しています。この先はもっと、生成AIのカバーする範囲が広がるはずです。

加えて、生成AIはざっくりした質問にうまい具合に回答をくれるということにも長けています。当社は、グループチャットのSlackなどをカオナビと連携させ、Slack上で「新規事業に向いている若手はいる?」などと簡単な質問をするだけで、生成AIが候補者を答えるサービスをパートナー企業と一緒に提供させていただいています。

今後でいうと、生成AIの力で異動配置について、もっと相性や個性も考慮した意思決定ができることに期待しています。これまでのコンピュータアルゴリズムでは、相性や個性といった漠然としたものに対してゼロイチの判断しかできませんでした。しかし生成AIなら、「何となく気が合う」などのぼんやりした状況について判断できますし、「この人は『縁の下の力持ち』タイプ」のような表現も可能です。また、この企業ではこういうタイプの人が活躍しやすいとか、あるタイプの人にはどんなキャラクターの人を組み合わせるとうまくいくか、などを言語化する際にも、生成AIはかなり使えるのではないかと見ています。

――なるほど。仮にそうした世界が異動配置以外の領域も含めて実現したら、今の人事の機能の大部分はいらなくなるのでしょうか。

そこは難しいところです。生成AIが人事の配置案を出し、それが99%正しいという状況が訪れれば、配属を考えるところでは人事部門やマネジャーの関与は減るかもしれません。一方、チームの生産性やメンバーのモチベーションを高めるため、社員と面談したり、社内でコミュニケーションイベントを企画運営するような仕事は、より重要になっていくのではないでしょうか。また、社員の微細な変化を観察してケアすることが、人事やマネジャーの大事な役割になってくると思います。

AI活用能力か対人能力を磨くことが重要に

――生成AIは、誰のどのような仕事に影響を与えていますか。

誤解を恐れずに言えば、企画や戦略立案の仕事がなくなることが、生成AIが企業にもたらす最大の変化かもしれません。私自身も企画の仕事をしているのですが、かなりの危機感を覚えています。何しろ、生成AIに質問を投げかければ、あちらがうまく咀嚼して、次にやるべきことを提案してくれるわけですから。そうして企画職と戦略立案職が消え、営業職と技術職、CEOだけが残る企業が増えていくのかもしれません。

――職場から企画職と戦略立案職が消えるというのは、なかなか衝撃的ですね。そうなった場合、人々の働き方はどう変わるでしょうか。職種や世代によって影響は違うのでしょうか。

私は2つの方向性があると思っています。1つ目は、生成AIを使いこなせる人材が重宝される未来です。技術畑以外で育ってきたCEOは、生成AIをよく知る副官を強く求めるでしょう。そういうキャリアを目指すのは有効な戦略だと思います。そして2つ目の方向性は、生成AIにカバーできない領域の仕事、具体的に言えばお客様や自社の従業員と直接触れ合う仕事ですね。たとえば開発部門なら、ユーザーインタビュー担当者のような仕事は、重要度が増すと考えています。

世代については、若手の方がデジタルに強いから活躍できるといった話を聞くことがありますが、これはどちらとも言い切れませんね。生成AIに触れる機会が少ない上司に生成AIを使って一瞬で問題解決する姿を見せれば、若手は有能さをアピールできるでしょう。一方、経験の浅い若手に回ってくる事務仕事の中には、生成AIで対応できることが少なくありません。もし、若手社員を生成AIで置き換える流れができてしまうと、ステップアップの道が閉ざされる危険性が大きくなります。つまり、生成AIの登場は若手にとってチャンスであり、ピンチでもあるのです。

ただ、基本的にはチャンスの方が多いと感じます。当社はデジタルネイティブ企業ということもあり、ChatGPTでちょっと会話するくらいならどんな社員でもやっています。しかし、本当に生成AIを使いこなせるのは半分くらいでしょう。特に年齢が上がるほど、きちんとわかっている人の割合は下がると思います。私自身、技術に多少は明るいと自負していますし、日々努力もしているのですが、それでも生成AIを使いこなせているとはいえません。その点、若い人の方が生成AIに明るいと痛感します。そこは、大きなチャンスですよね。

部下のケアやコミュニケーションがマネジャーの主戦場に

――現時点で、企業から生成AIに関してどんな要望が寄せられていますか。

いずれは画像や映像などを使って人々の相性や職場の雰囲気を表したいなどの要望が出てくると見ていますが、現段階では、文書生成に関する要望がほとんどです。今のビジネスでは、文章と数字を使う場面が圧倒的に多いですから、ここにはまだまだ業務改善の余地があると考えています。一方、お客様も画像や映像を使った人事業務の進化には期待しているでしょう。

それから、すべての企業が生成AIを使いこなせるかというと、それは違うような気がしています。生成AIに関する取り組みを若い人、スマホネイティブな世代が中心になって推進している企業であれば、比較的スムーズに、生成AIをフル活用するカルチャーが根付くでしょう。一方で、今の時点でも、年長者が多いような企業ではなかなか生成AIの活用が進みづらい傾向が見て取れます。もちろんそうした企業でも若手を増やすことで生成AIへの取り組みを加速することは可能かもしれません。

――さて、これまでのお話を踏まえたうえで、マネジャーの役割や仕事はどのように変わりそうですか。

先ほども申し上げた通り、人事配置案を作るような仕事は、かなり早い段階で、生成AIの手助けを受ける時代がやってくると考えています。一方、部下のケアや1on1のようなコミュニケーションは生成AIではなく、人間にしかできない仕事です。後者の重要性は、今後さらに高まっていくと思います。

――ケアやコミュニケーションといった領域でも、人より生成AIの方が向いている可能性はありませんか。

それはあり得る話ですね。ただし、一般論で言えば生成AIはコーチングのようなことは苦手です。今のところはその部分は人が担う方がいいと思っています。

以前、遊び半分でChatGPTに「僕の次のキャリアはどうしたらいい?」と聞いたことがあります。若い頃なら上司に相談するような話なのですが、今のポジションになると自分で考える必要がありますので。そのときに生成AIが出してくれた回答は、「ちょうどいい感じのアドバイス」でした。でも人って、実力に見合った目標しか与えられないと成長が止まるじゃないですか。十分な心理的安全性を確保しつつ、時には120%増しの目標を与えられる。このような「あえてちょっと前に石を置く」ような絶妙なさじ加減は、AI上司にはできないと思います。

――マネジメントの仕事が生成AIによって楽になる分、人はケアやコミュニケーションといった領域に精通しなければならないのですね。そうなると、全社的に見るとマネジャーの業務が少なくなってマネジャーの人数が減る可能性があるかもしれませんね。

どうでしょうか。人間が安定的な社会関係を維持できるのは150人程度だとする「ダンバー数」という考え方がありますね。以前からこのような数字が存在することを考えると、同様に、マネジャー1人が管理する部下の数はこれまでと変わらないのかもしれない。そうなれば、マネジャーの人数も今と変わらないのではないかというのが、現時点の個人的な感想です。とはいえ、私たちもまだどうなっていくのかははっきりとわかっていない段階です。ただ当社のパーパスの中に、「向き合おう。すべての人が自分らしく、先へ進めるように。」という文章があるのですが、その意味からも、図1の❸「人材育成」と❹「メンバーの心身のケア、エンゲージメント」については人事担当者の個性を活かして頑張ってほしいと期待しています。私たちも、生成AIに任せられるところは任せつつも、人が活躍しやすい仕組みを整えることが、現時点での戦略的方向性だと考えているところです。

図1:現在マネジャーが行っていること

現在マネジャーが行っていること

――よくわかります。一方で、マネジャーになりたくないという人も多い今、マネジャーの人数を減らすという社会ニーズがあるかもしれないと考えたのですがいかがでしょうか。

それは興味深いし、確かにありそうですね。たとえば今、1人の部長が7人の課長を管理して、1人の課長が7人のメンバーを管理するという階層構造だったとします。でもこれが、階層が1つ減って、1人の部長が7×7、つまり49人のメンバーを直接管理するという仕組みに変わる可能性は十分に考えられると思います。今の問いは真剣に考えてみる価値がありそうです。

――生成AIは、これまで組織人事で当たり前だと思っていた考え方や業務を変えそうですね。本日はありがとうございました。

kaonavi_hiramatsu平松 達也 氏

株式会社カオナビ 執行役員 CPO

モバイルサイト開発業務に従事した後、コロプラにてプラットフォームの運営および開発を担当。その後、ゲーム会社の新規開発部門にてマーケティングとアライアンス業務を担当する。2017年にカオナビに入社し、プロダクト部門責任者を経て、2022年よりCPOを務める。

聞き手・編集:武藤久美子、石原直子
執筆:白谷輝英 

武藤 久美子

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。