生成AIビジネスの中の人に訊く 生成AIがもたらすマネジャーの役割の変化 Vol.1

アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター 畔上 泰尚 氏

2024年10月04日

生成AI関連の製品・サービスを提供する企業には、生成AIがさまざまな経営課題や組織運営上の課題に応える存在となるという予測や確信があるはずだ。そうした企業を率いる人たちは、生成AIの可能性をどのように見立て、生成AIの存在は組織人事や働き方、ひいてはマネジャーの役割や業務にどのような影響を与え、どんな変化をもたらすと考えているのだろうか。インタビューによって明らかにする。

世界で約75万人もの社員が120カ国以上のお客様に対してサービスを提供しているグローバルコンサルティングファームのアクセンチュアは、生成AIと大規模言語モデル(LLM)を使用した成長支援を積極的に行っている。クライアントの課題解決に向き合いつつ、自社においても生成AIを使った業務の進化を図っているアクセンチュアの畔上泰尚氏にお話を伺った。

AI活用が進んでいくのは不可避の流れ

――生成AIの存在によって、人がやらなくてよくなったことや、人を超えてできるようになったことは何ですか。現状に加えて、少し時間軸を延ばした未来についても教えてください。

各業界で、意思決定や判断の前段階に必要な情報収集・探索といったホワイトカラーのナレッジワークは、ほぼできるようになっているのではないでしょうか。たとえば経営会議などで必要とされるダッシュボード(最新の状況をデータ・グラフで一覧できるもの)に載せるデータや分析のことを考えてみましょう。必要な情報の取りまとめはもちろん、シミュレーションやアクションの考察、深掘りすべきポイントの指摘などは、生成AIとそれ以外のAIを使ってほぼ自動でできるようになっています。

接客などの場面でも、従来は目的(例:旅行へ行きたい)から買い物リスト化し、それを売り場ごとに個別探索または商品別に検索していましたが、既に目的を直接打ち込んで付随する商品一覧をカテゴリ横断で提示しているケースもあります。今後、顧客の目的・欲求情報が蓄積されることで、より自然な案内やリコメンド、売り場づくりを含めたオンサイトでの買い物とネット上での買い物の融合など、これまで以上にハイタッチな顧客体験を提供できるようになるでしょう。リアルであることやフィジカルが重視されてきた領域にもAIが進出し、顧客体験を大幅に変える可能性を感じています。さらには、店舗運営にかかわる複数の課題、たとえばオーダーミスやカスタマーハラスメントへの対応といったものへの対策もAIを使った方がよい結果を残せるようになると考えられます。ここまでビジネスにおけるメリットが大きければ、AI活用が進んでいくのは必然、不可避の流れです。

生成AIにより、ナレッジワーカーの生み出す価値のレベルが向上

――そうした変化が、働く人にどのような変化を与えますか。また、働く人を取り巻く環境や風景はどのように変化するのでしょう。

接客などのエッセンシャルワーク以上に、ナレッジワーク(データ分析、研究開発、企画など、知識や専門知識を必要とする仕事)については、業務全般が変わるでしょう。コンサルティングの仕事を例に取り上げると、①解くべき問いを見出し、仮説を構築する、②リサーチ・分析を通じて仮説を検証し、ストーリーを練り直す、③変革を実装するトランスフォーメーションという3つの段階があります。AIの進化によって、特に②にかかる時間が圧倒的に少なくなることを日々実感しています。

同じことは、他の企業のナレッジワークでもあてはまります。生成AIは、ナレッジワーク全般の工数を削減するのみならず、生み出す価値のレベルも向上させます。これだけの可能性が見えているのですから、経営者が生成AIの活用に無関心でいられるはずもありません。

仮説検証のように、これまで若手のメンバーに依頼していた作業は、生成AIのClaude3.5やGPT-4oなどの方がより速く、精度高くできるようになっています。たとえば、有識者へのインタビューにあたってのガイドの作成は従来、若手メンバーがプロジェクト仮説から逆引きで分解して30分程度で設計していました。今は、生成AIを使えばプロンプトの作成から生成結果の修正まで2分程度で実用可能なアウトプットが生成されます。仮説の初期検証も社内データベースの膨大な情報の仕分けを生成AIが代替してくれるので、ほぼ自動化しました。これは、若手社員であっても作業に従事していればいいという時代ではなくなってきたことを意味します。若いうちから何らかの専門性をもって価値を発揮しなければなりません。

ちなみにアクセンチュアでは、自社で実践してみて成果が出たものをクライアントに届けたいという想いがあり、多種多様な生成AIツールを使うようにしています。生成AIを活用するとどのような価値を出せるのかについても、世界中で実験中です。ジュニアは生成AIの活用によって、熟練のマネジャーには及ばないものの、中堅コンサルタントレベルには追いつけるという検証結果が既に出ています。たとえば、リサーチやアナリティクス領域では、これまでジュニアレベルのアナリストが数カ月かけて作っていたレポートを、すぐにアウトプットできるようになっています。

生成AIは、尖った人の活躍を後押しする

言われた通りに調べて資料を作る能力は評価されづらくなり、専門性があることが働く人の武器になります。これまでのゼネラリスト優位の枠組みでは「尖った専門性を持っているが何か苦手なことがある人」は、評価されづらい環境にありました。ですが、圧倒的な専門知識はあってもコミュニケーションやプレゼンテーションが苦手な方は、生成AIがプレゼンを肩代わりしてくれるツールを使えば問題ないですし、知見があり過ぎるが故にうまく言語化がされず経営者に伝達できなかった方も会議資料やストーリー作成から生成AIのサポートを得ることで飛躍的に質を高められます。

生成AIは「総合力を補ってくれる」ツールでもあります。エッジの立った人が、周りに何人ものエキスパートを従えてアウトプットを出すようなものです。これからはこうしたエッジの立った人が評価されるようになるでしょう。「仕事のギルド化」も進むと考えられます。従来の、あらかじめ決められたミッションとジョブディスクリプションを持った伝統的な組織が抜本的に変わると見ています。生成AIがさまざまな分野で一定の役割を果たしてくれるようになるので、あとは専門性のある人たちが社内外で組んでプロジェクト型で仕事をすることになります。都度、各ギルドから専門家を呼んでプロジェクトを組成し、仕事が終わったら解散する。その管理も生成AIが行う。日本社会も遅くとも10年以内にはこのようなプロジェクト主軸の運営モデルに変化している可能性が高いのではないでしょうか。

また、実際にエッジの立った人は、一社に雇われるだけでなく、多数の会社でギグワーカー(短期間の仕事やプロジェクトに従事するフリーランス労働者)的に働くようになるかもしれません。「専門家のギグワーカー化」ですね。海外では、尖った専門性のある人の獲得競争が既に起こっています。海外企業が年数千万円という報酬で迎えるということになると、日本企業は人材獲得競争に敗れ、本当に危機的な状況に陥ってしまいます。

――専門性のない人には厳しい時代になりますね。

それが一番難しい問題です。放っておくと専門性のない人が、生成AI活用の抵抗勢力になる可能性があります。これでは、生成AIを活用して経営上の成果を得ることが難しい状況に陥ります。

働く人は皆、何を軸にキャリア形成を図るかを考える必要があります。私たちは、これから企業で必要になる人材を3つのタイプに分類しています。一つは、GROWを担う人たちです。その企業の成長戦略を担っていく人で、新規事業を創ったり、新たなポートフォリオを生み出したりします。これができるのは、業界知見やデザインスキル、ビジネス構想力があるなど、何らかのエッジの立った専門性がある人たちです。その中のエース人材がAIを大いに活用して、新しい世界を描いていくのだと思います。

2つ目はRUNの担い手です。既存プロセスをどう効率的に回していくのかを、生成AIを駆使して変革していく人たちです。業務の本質を見極め、既存業務を前提にAIで自動化・効率化を図るのではなく、そもそもやらなくていい業務は抜本的に割り切って廃止する力が求められます。

3つ目は、生成AIを機能させるためにどんどん燃料を投下していく人たち、これがTRANSFORMの担い手です。生成AIがパフォーマンスを発揮するためには何よりもデータが重要です。よいインプットをいかに与えられるかにかかっているので、ノイズや悪いナレッジを取り除いてグローバルで連携させていくナレッジマネジメントチームが必要になるのです。また、生成AIツールの機能刷新は目まぐるしく、少なくとも隔週程度で次元が変わる発表がされる現状では、常時見極めて社内実装していくチームも必要です。

自分は今後いったいどこで企業の価値創造にかかわるのか、誰もが見つめ直す必要があります。

仕事マネジメントのほとんどはHRテックが代替

――ここまでのお話を踏まえて、マネジャーの役割や業務はどのように変化するのでしょうか。

マネジャーの役割は抜本的に変わると思います。これまでマネジャーだった人の多くは、生成AIを相棒に新たな価値を生んでいくGROWの役割を担うことに振り切らねばならないのではないでしょう。図1でいうと、「仕事マネジメント」の大半はHRテックが担えます。「①仕事の割り当て」の一部は残るでしょうし、「⑧例外処理、法対応」は、リスクテイクすることがマネジメントの仕事そのものだと思いますので、引き続き重要でしょう。一方で、「⑥計画、企画立案」や「⑦業務進捗管理」は生成AIがほぼ完遂できるので、マネジャーがする必要はなくなります。「⑨業務の改善」は大事な要素ではありますが、HRテックによってムダがほとんどなくなれば、業務改善という話自体がなくなるかもしれません。

図1:現在マネジャーが行っていること

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人間味あふれるマネジメントをデータや生成AIの力を使って行う

――お話を伺っていると、マネジャーは要らなくなるのではないか、少なくとも、今の人数は必要なさそうですね。

確かにそうですね。メンバーから集めた情報を取りまとめてチェックしたり、上司に報告したりするだけの、いわばホチキス型のマネジャーは必要なくなるといえるでしょう。
一方で、これはマネジャーだけでなく人事の役割にもなりますが、「人材マネジメント」はさらに重要度を増すことになると思います。生成AIの活用が進むと、リモートワーク以上に人が顔を合わせて仕事をしなくていい世界になります。だからこそ、より人間味あふれるマネジメントが必要なのです。アクセンチュアの調査では、人材の惹きつけと引き留めにはコラボレーションとコミュニケーションの量が重要であることがわかっています。AIやアナリティクスを熟知しているチーム、オペレーションを熟知しているチーム、コンサルティングを熟知しているチーム、こうしたさまざまな専門家とのコラボレーションを体験している人の方が当社を辞めないこともわかりました。

こうしたコラボレーションやコミュニケーションを後押しするには、メンバーに多様な人との協働を促したり、振り幅の大きい経験を付与したりすること、それをデータドリブンで行っていくことが重要になります。人材開発会議に社員1人あたり30分かけるのはなかなか難しいことですが、一方グローバルでは、社内外の誰がどのようなスキルを持っているかはデータで見られるようになってきています。今後は、画一的な「ザ・研修」は必要なくなり、一人ひとりの今後を見据えたときに必要なスキル習得や経験付与を、必要なタイミングで行っていくことが一般的になるでしょう。

――人間味あふれるマネジメントをデータや生成AIの力を使って行う、というのは面白いですね。最後に改めて、この記事をご覧くださっている方に伝えたいことはありますか。

生成AIの活用を片手間ではなく、経営のど真ん中に据えられるか。これにつきると思います。AIと生成AIを組み合わせ使い分けることで、これまでにない経営効果を生み出せます。さらに、流動性が高く、動きも速いグローバル市場に比べて、硬直性が高い日本市場でエッジ人材を迎え入れていくには、今意思決定して動くことが将来的な競争優位に直結する重要な打ち手となります。社内外の力学を含めて推進難度は非常に高いテーマですが、乗り越える方法はあります。まずはその悩みを生成AIに相談することから始めてみてはいかがでしょうか。

畔上 泰尚 氏畔上 泰尚 氏

ビジネス コンサルティング本部 
ストラテジーグループ マネジング・ディレクター

慶應義塾大学大学院経済学研究科修了後、アクセンチュアに入社。ソフトウェア・製造業・小売業・エンタメ業界など幅広い業界を対象に、テクノロジ起点のビジネスモデル変革や抜本的BPR、成長を具現化するための人材・組織トランスフォーメーションを支援。24年より戦略部門の人材・組織プラクティス日本統括。

    聞き手:武藤久美子、石原直子
    執筆:武藤久美子

    武藤 久美子

    株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント(現職)。2005年同社に入社し、組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は、働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材の活躍など。働き方改革やリモートワークなどのコンサルティングにおいて、クライアントの業界の先進事例をつくりだしている。2022年よりリクルートワークス研究所に参画。早稲田大学大学院修了(経営学)。社会保険労務士。