アメリカ Google社員が労働組合を結成した理由とは。労働問題専門家に聞く

2021年04月15日

「労働組合」という言葉につきまとう古臭いイメージとは裏腹に、2019年ごろからアメリカのテック企業やメガベンチャーで、労働組合に関する話題が盛り上がりを見せています。Googleの親会社であるアルファベットの労働組合結成や、Amazon経営陣による労働者の組織化妨害なども報じられました。なぜ今、アメリカで労組が注目されているのでしょうか。長年、労働問題を研究してきたニューヨーク市立大学のステファニー・ルース教授に聞きました。

vol.12Stephanie Luce photoリサイズ.jpgStephanie Luce(ステファニー・ルース)氏
カリフォルニア大学デービス校で経済学の学士号を取得し、ウィスコンシン大学マディソン校で社会学の博士号と産業関係学の修士号を取得。研究テーマは、低賃金労働、グローバリゼーションと労働基準、労働コミュニティ連合。生活賃金キャンペーンやその運動に関する研究で知られ、著書に『Labor Movements. Global Perspectives』、『Fighting for a Living Wage』、『The Living Wage』(ロバート・ポーリンとの共著)、『A Measure of Fairness』(共著)、『What Works for Workers?: Public Policies and Innovative Strategies for Low-Wage Workers』(共同編集)。

労組の枠を超え、社会正義へアプローチ SNSも駆使

――Googleのような世界最先端の企業に労働組合ができた背景を教えてください。

アメリカの大企業はこれまで、高い競争力を維持するため経営上のコストとリスクを最小限に抑えようとしてきました。経営者は労働組合を権限行使に対する脅威とみなし、過去20~30年の間にあらゆる手を尽くして、職場で起きるさまざまな問題を労働者自身へ転嫁しようとしてきたのです。大企業では、従業員が高い報酬を得ることがあっても、雇用の安定性やリタイア後の生活保障など、大きな意味でのジョブセキュリティ(雇用保障)は昔に比べて弱まっています。Googleの労働組合結成は、労働者が個人では自分を守りきれなくなり、権利を代弁する集団が必要になったことを象徴しています。

――GoogleやAmazonの労働者らによる新しい労働運動には、どんな特徴がありますか。

労働組合の一義的な存在意義は、賃金改善や雇用確保、働きやすい職場環境の実現です。ただGoogleやAmazonの労働者は、それに加えて自社が環境に与える悪影響や軍需産業との協力関係を批判するなど、倫理的・社会的なアプローチも強めています。

また最近、以前労働者を組織していた人により、Coworker.orgというオンラインのプラットフォームが作られました。これは労働者が職場の悩みを同僚や元同僚などと共有し、助け合うシステムです。フェイスブックのようなSNS上に企業ごとのグループを作り、署名運動などを通じて経営側へ要求を突きつけることもあります。昨年はCoworker.orgで活動する若いテックワーカーが中心となって、労働運動への参加を理由に解雇された労働者に対して、収入を補填する基金「Solidarity Fund」も作られました。基金は賛同者の寄付などで成り立っています。

昔ながらの労働組合にも変化の兆し 多団体と連携深める

――従来型の労働組合の現状を教えてください。

アメリカは、歴史的に労働者の団結に対して否定的な政策を取ってきました。連邦政府は1930年代まで、労働者が労働組合を組成する法的な権利を与えてこなかったのです。ただその後は数多くの労働組合が発足し、非常に多様な形態を取るようになりました。例えば、徒弟制度のような技術習得の場を持つ労働組織もあれば、就労訓練や政治活動はあまりせず、労働問題の解決に特化した組織もあります。また労働組合の中に、女性、黒人、ラテン系アメリカ人といった同じ人種や属性の人の集団(コーカス)があり、それぞれの権利を守るため活動しています。

労働組合の多くは、労働契約違反や上司との関係、キャリアアップの支援など、職場の問題に丁寧に対応しています。ただ、組合メンバーの期待に応えられていない組合があることは否定できません。組合員の生活に対するケアが手薄で、子どもたちの教育や住居、健康問題といった、一部の組合員が最も必要としているサポートがないという批判も起きています。

――これらの労働組合は、変わろうとしているのでしょうか。

労働組合幹部と組合員、双方に変革への危機感が生まれています。組織率の低下を懸念するリーダーたちは、社会に対してよりオープンで、革新的な組織づくりを目指すようになりました。一方、組合員の一部も自分たちの労働環境だけでなく、教師なら子どもたちの教育の充実、医療関係者なら患者の環境改善といったように、社会正義の実現に向けたアプローチを強めるよう、組合側に求めるようになりました。もちろん、これらのことを望まず、職場を越えた問題に組合が取り組むことを批判する組合員がいることも確かです。

こうした中、労働組合が宗教関連や環境運動など、別のグループとパートナーシップを組む動きが起きています。他団体との連携によって、労働組合側は最低賃金の引き上げや傷病休暇の充実などを、より強く議会へ働きかけられるメリットがあります。

人種、宗教……さまざまなコミュニティが生活を支える

――他団体との連携は、労働組合に何をもたらしたのでしょうか。

他の領域の団体と連携することで、Bargaining for the common good、万人のためになる「共通の善」を目指そうという新しい考え方が広がりました。例えば教職員組合は生徒やその両親、地域のさまざまな団体と組んで、少人数クラスの導入や学校内の緑化などを要求しています。ミネソタ州のミネアポリスでは、高層ビルの用務員の組合が環境保護団体と連携し、大規模建築による環境汚染に歯止めをかけるよう大企業の経営者に要求を行いました。

また、Working Americaは組合組織員が個人宅を一軒一軒回り、困りごとを聞き取る全国的な取り組みです。この活動は、コロナ禍に伴いメールやSNSにシフトしつつ、今も続けられています。個別訪問は、選挙の「激戦区」ほど、盛んに行われています。

――労働組合による生活サポートは必ずしも充実していないというお話でしたが、市民にはほかに生活に関する相談先はあるのでしょうか。

アメリカには労働組合以外にも、各地域に人種や宗教、社会運動などの多様なコミュニティがあります。人々は職場の問題に関しては労働組合に相談しますが、住まいや教育など、職場の外の生活に関する問題については、これらの労働組合以外のコミュニティに頼るのが一般的です。例えば高層ビルのドアマンの場合、労働組合は雇用を増やすため、高層アパートの建設を働きかけますが、新たな建設は賃料の高騰を招き、ドアマン自身は高層住宅の高い家賃を払えないため、住む場所が減ってしまうという問題が生まれます。この場合、ドアマンは住宅グループなどの別の組織に相談するわけです。

――競争社会のアメリカに、そんな共助の側面もあるのですね。日本には生活の困りごとを支え合う共助のコミュニティがあまりないので、感銘を受けました。

こうした組織はすべての場所にあるというわけではありませんが、大規模な嵐の後などの危機的状況の時に成長してきました。そして、新型コロナウイルスの大流行以来、飛躍的に成長しています。

声上げるアクティビストを尊敬 残された課題も

――日本では、老舗のナショナルセンターである連合が、新たに台頭したコミュニティユニオンの活動に抵抗感を示すこともあります。アメリカでの、新旧労働組合の関係はいかがでしょう。

昔ながらの労働組合が排他的になる面は、確かにあります。ただアメリカでは歴史的に、活動家(アクティビスト)が公民権運動などの社会運動の先頭に立ち、成功に導いてきました。「出る杭は打たれる」傾向の強い日本と違って、権利侵害に対しては物申すのが当然だという共通認識があります。ですから、新旧を問わず声を上げた個人や団体については、尊敬する風土があると思います。

――アメリカでは、アクティビストはどのように育っていくのでしょうか。

経済格差の是正を求めた2011年のウォール街デモ、2012年の教員ストライキ、黒人差別に抗議するBlack Lives Matterなど、近年は大規模な社会運動が頻発しています。20代前半の若者たちは、こうした社会運動に関わることで活動家として成長し、大企業に就職しても、下から会社を動かそうとします。

もちろん、入社したての新人がいきなり労働組合を作ろうとしても、同僚を組織することは難しいでしょう。しかし活動家にはタテのつながりがあり、若手は「自分のスキルを磨いてから行動したほうがいい」などと先輩から助言を受け、運動の進め方を身につけていきます。小規模な勉強会から始め、活動を広げて労働組合結成への気運を高めていくといった手法も、先輩から後輩へ伝わっていきます。

――アメリカの労働組合に、課題はありますか。

アメリカの労働組合にも多くの課題が残されています。私はこれまで、活動している人々について話してきましたが、実はアメリカでも、声を上げない労働者のほうが多いのです。声を上げることで解雇されてしまうリスクも、もちろんあります。

副業・兼業やフリーランスの人が業務請負などの形で働く「ギグエコノミー」に対して、労働組合が果たすべき役割も、まだ明確ではありません。また労働問題には、政策から変えることが必要なケースも多く、政治的な働きかけもより強めていく必要があります。こうした活動に労働組合単体で取り組むには限界があり、今後はさまざまなコミュニティグループとの連帯が、より重要になってくるでしょう。

聞き手:大嶋寧子、中村天江
執筆:有馬知子

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