NPOからもらった多くの「宝」 無関心ではもったいない

2021年03月31日

企業に人生を委ねる時代が終わり、自立的にキャリアを築きたいと考える人が増えています。ミレニアル以降の若い世代を中心に、仕事を通じて社会を変革したい、という志向も高まりました。こうした人の受け皿となるのが、NPO(特定非営利活動法人)です。
しかしNPOに関わる糸口がつかめない、自分に何ができるか分からない、といった理由で、参加をためらう人も多いのではないでしょうか。
ジャーナリストで相模女子大学大学院特任教授の白河桃子さんは、長くNPOと関わり続けた経験から「NPOに提供できたものより、もらったものの方が大きい」と語ります。白河さんに、これまでの活動を振り返ってもらいました。

vol.8_白河桃子さん_リサイズ.jpg白河桃子氏
ジャーナリスト、相模女子大学大学院特任教授、昭和女子大学客員教授、東京大学大学院情報学環客員研究員。2008年、山田昌弘氏と『「婚活」時代』を出版。婚活ブームのきっかけとなる。女性のライフキャリア、ワークライフバランス、少子化やダイバーシティなどに関する著書・講演も多数。政府の「働き方改革実現会議」有識者議員、日本証券業協会「証券業界におけるSDGsの推進に関する懇談会」公益委員などを歴任。

人の多様さを教わり、人とのつながりを提供 NPOとの「学び合い」

――白河さんはどのような経緯で、NPOと関わるようになったのでしょうか。

東日本大震災の時、被災地を訪れて多くのNPOメンバーや社会起業家と知り合いました。彼らと関わるうちに「同志」のような感覚が芽生えたんです。その後もSNSなどで、彼らの活躍を追いかけていました。
それ以前から、NPO法人「全国地域結婚支援センター」の理事を務めたり、いくつかの団体に継続型の寄付をしたりと「アライ(支援者)」に近い関わりはしていました。ただもう少し深くNPOに関与し、一緒に切磋琢磨したいと思うようになったのです。フリーランスは孤独で、仲間が欲しいという思いもありました。そこで2年間、NPO法人「ソーシャル・ベンチャー・パートナーズ(SVP)東京」にパートナーとして参加しました。

――SVP東京での活動から「もらったもの」は、何でしょうか。

現場に直接関わる方たちに多くのことを教わる中で、視野が広がりました。私が取材して記事を書くような分野は限られていますが、SVP東京での活動を通じて専門性のない分野についても感触のようなものが得られました。2年間中間支援をし、その後は社会起業家の経営者の集まりである新公益連盟の会員になって、関わり続けています。
団体も本当に多様です。貧困支援のスタッフは、寒空の下で連日、相談会や食料配布に取り組んでいます。大阪でホームレス支援をしている認定NPO法人「Homedoor」の川口加奈代表はまだ20代ですが、10代半ばからホームレスのおっちゃんたちと関わっています。「HUBchari」というシェアサイクル事業を立ち上げ、ホームレスの人に自転車のメンテナンスの仕事を提供するなど、事業の構想力も、実現する力も並外れています。私は政府の「働き方改革実現会議」の有識者議員なども務めましたが、社会変革に向けた活動をする上で、NPOを運営する社会起業家たちのおかげで、政府の人が知らない現場のことを伝えられます。

――白河さんからNPOの人たちへ、提供できたものはありますか。

人と人をつなぐことでしょうか。私は日本証券業協会のSDGs推進懇談会の公益委員を務めているので、証券会社のトップにNPOの活動について話したり、NPOのリーダーを紹介したりしました。その結果、経営者が子ども食堂などに心を寄せてくれ、寄付につながることもありました。
また私はジャーナリストという職業柄、全体を俯瞰して見ることを、現場の人たちに伝えられたかもしれません。一つの社会課題に特化し、活動に集中するスタッフに、より広い視野、別の角度からの見方を提供することで「学び合い」で少しお返しができると思います。

――NPOと関わる中で、壁を感じたことはありますか。

SVP東京には、経営コンサルタントや弁護士、IT技術者らが参加しており、NPO側の求めに応じて事業への投資をし、自分たちが採択したNPOと共に協働して、専門的なスキルやアドバイスを提供します。社会起業家の求めるものも「自社のサイトが検索上位に表示される対策」「寄付集めの戦略立案」など、非常に明確かつ具体的です。私が提供できるスキルとのマッチングに、難しさを覚えることもありました。誰もができる範囲で関わるのですが、専門的なスキルがマッチしないと、限界があるとも感じました。

――NPOのニーズと、人材側のスキルとのマッチングが重要なのですね。

ボランティアとして配布する食料品の箱詰めをする、といったマンパワー的な関わり方もありますが、さまざまな本業の専門性を生かせるということです。私の場合、週末中心の活動だと、SVPの活動と講演の仕事が重なることも多く、またNPOからの登壇依頼なども大歓迎なのですが、自分の時間の何パーセントを活動に割くかに悩んだ時期もありました。
メンバーの中には、平日すごく忙しいのに、土日も多くの時間をSVPに捧げている人もいました。彼らにとってはNPOが、職場ではできない自己実現の場になっているのだと思います。

NPOがもたらす「社会関係資本」

――職場と自宅以外のサードプレイスとして、NPOという場を持つメリットは何でしょうか。

営利の活動だけでは出会えないさまざまな人と、利害関係を持たずにつながれることです。NPO関連の集まりでは、大手企業の経営者やベンチャー起業家らも参加しているので、普通ならなかなか会えない社会的地位の高い人と思いがけず接することもあります。こうした多彩な人間関係は、無形の「社会関係資本」として蓄積され、職業人としてのキャリアにも、また公私を含めた人生にも大きな恩恵をもたらすのではないでしょうか。
まずは自分が割ける時間と持っているスキルの範囲で、関心のあるNPOにアクセスすることをお勧めします。NPOの講演会やセミナーに参加したり、クラウドファンディングに協力したりといったことが、参加のきっかけになる人も少なくありません。活動にかける「思い」の量が多くなれば、そこに集う人たちとのつながりが強まり、コミットの仕方も変わってくるでしょう。

――企業とNPOが人材交流を進めることで、企業側は、社会起業家のような自立的でイノベーティブな人材を育成でき、NPO側にとっては規模拡大につながるという、Win-Winの関係を作れるのではないでしょうか。

そのためには企業とNPO、双方に課題があると思います。
まず企業側は、NPOを自分たちとは別世界の活動だと思っています。私が中央大学ビジネススクールでMBAを取得した時、同級生の若手・中堅サラリーマンには、NPO関連、ソーシャルセクターを知っている人がほとんどいませんでした。SDGsがこれだけ叫ばれている世の中なのに……。
企業人もビジネスを通じて、社会を変えようとしているはずです。NPOには、企業にない多くの「宝物」があるのに、単なるCSR活動の「寄付先」としか考えないのはすごくもったいないと思いましたね。協働することで、さらに大きな社会課題を解決できる。前にお話ししたHomedoorの川口代表のような若いNPOリーダーは、プレゼンテーション能力がとても高く、社会起業自体がイノベーティブなんですよね。彼らを招いて社内で話をしてもらうだけで、若手社員の意識は変わるのではないでしょうか。

――NPO側の課題は何でしょうか。

外部人材を受け入れる人的・経済的余裕と、ノウハウを持つ団体が少ないことです。企業の社員に限らず、NPOに参加する人は「困っている団体を助けてあげる」「ボランティアは大歓迎されるだろう」と考えがちですが、NPOのリソースには限りがあり、新しい人を受け入れる負担は想像以上に大きいのです。
ただ若い社会起業家には、コンサルタント会社や金融機関から転身した人がたくさんいます。彼らは人材に関してもビジネス的な視点を持ち、民間企業や自治体から、うまく人材を受け入れ始めています。

NPO拡大のカギは「お金」 ITベンチャーが競合相手

――米国は、NPOが製造業の次に大きなセクターに成長しています。日本でNPOが拡大するには、何が必要でしょうか。

お金です。

――お金

男性職員が食べていけずに「結婚退職」するという話は、NPOの「あるある」です。活動の持続可能性を高めるためには、有償スタッフが結婚し、子どもを持って生活できる、優れた経営者は活動に見合っただけの収入を確保するシステムが必要です。
がん患者と家族を支援する「マギーズ東京」という団体によると、モデルとなった英国のマギーズは、もらえる寄付の額が日本とはけた違いに大きいそうです。日本は寄付文化が未成熟で、社会変革へお金を回す仕組みが育っていないのかもしれません。企業も老舗の団体を選びがちで、新興のNPO などにはお金が回りづらいのが実情です。

――NPOの財政基盤を確立することが、最も重要だと。

近年は、ITベンチャーなども事業を通じて社会課題の解決に取り組んでおり、NPOと「競合」関係も出てきています。NPOがつい「いくら出してもらえますか」というスモールスケールの交渉をしがちなのに対し、ベンチャーは「この課題を解決するには何十億円かかる」とアピールし、資金を引き出します。今後はNPOにも、社会にどれだけ大きな効果をもたらすか、という視点での交渉が求められるでしょう。
ただ貧困など、ITの技術だけで解決できない社会課題は常に存在しますし、最後は現場で関わる人材がとても重要です。現場に関わる人を本当に尊敬しています。社会課題解決では、明日の食べ物がないと駆け込んでくる人も助けなければいけない。ビジネスの領域で解決できる課題とそうでない課題を整理し、後者にお金を回す仕組みも作らなければなりません。

聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子

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