見習い制度の評価と今後の課題【登録見習い制度-Part3】
高い効果が期待できる見習い制度
2022年、米国労働省は、登録見習い制度の総合的な評価を行うため、第三者機関に調査を依頼した。その評価の概要は、下記のとおりである(※1)。
-
登録見習い制度の利点(先行研究に基づく)
登録見習い制度が雇用主、労働者、社会にもたらす利点は、複数の研究調査で明らかにされている。雇用主は見習い実習生の賃金や福利厚生を負担し、実習を監督・指導する責任を負うが、その一方で採用コストの削減、企業文化の浸透、従業員の忠誠心向上などの利益を得られる。労働者にとっては、登録見習い制度に参加することで、より高い収入を得ることができる。社会全体への利益としては、労働者の収入と生産性の向上、公的扶助プログラム利用減少などがあり、これらはプログラムの運営コストを上回る効果をもたらす。 -
登録見習い制度を拡大するための連邦政府と各州の取り組み
米国労働省は、登録見習い制度を労働者のスキル向上と雇用主のニーズを満たすための有望な戦略として位置づけ、州の労働力機関や、コミュニティカレッジ、職業訓練校、事業団体または非営利組織といった仲介事業者に多額の資金を提供している。州の見習い機関は、補助金を受け取るだけでなく、独自のリソースを投資し、雇用主に対する税額控除などのインセンティブを提供して、見習い制度の拡大を促進している。登録見習い制度を拡大するための重要なポイントは次のとおりである。
- 州のリーダーシップ:質の高い見習い制度を拡大するには、州のリーダーシップが不可欠である。
- パートナーシップの活用:州政府は州内の各機関や仲介事業者とのパートナーシップを重視し、積極的に活用する必要がある。
- インセンティブの提供:登録見習い制度に参加する雇用主や教育機関には、税額控除や免除といったインセンティブが提供される。
- 多様性の改善:州政府は見習い実習生の多様性を改善する必要がある。
- 専門知識の向上:州政府は労働力革新機会法関係職員の登録見習い制度に関する専門知識を向上させる必要がある。
- 法律の制定と業界の優先:連邦政府と州政府は登録見習い制度の拡大を促進するための法律を制定し、製造業、医療、バイオテクノロジー、ITなどの業界への見習い拡大を優先する必要がある。
-
登録見習い制度の効果
登録見習い制度は、特に若年者に対して、収入の増加、キャリアパスの維持、高校卒業資格の取得に効果があると認められている。また、女性や有色人種の見習い実習生の収入増加や、非伝統的な職業における女性の雇用に関しても効果がある可能性が指摘されているが、見習い実習生の多様性、公平性、包括性〈DEI(※2)〉を改善する効果についてはまだ十分な根拠が示されていない。 -
今後の課題
登録見習い制度の効果が証明されている一方で、産業界、雇用主、労働者、およびプログラムモデルにおける利益が一貫しているかどうかについては、多くの疑問が残っている。また、プレ見習いプログラム、若年向け見習いプログラムや、さまざまな仲介事業者を通じて開発されたプログラムの効果については十分に実証されておらず、見習い実習生の多様性を高めるための効果的な戦略も実行されていない。
登録見習い制度の問題点
登録見習い制度は、年間2万7,000以上のプログラムが実施され、50万人以上が参加する大規模なプロジェクトだが、ドイツや英国などの他国と比べると、参加率が低いという批判がある(※3)。また、以下のような課題も指摘されている(※4)。
-
雇用主にとって使いづらい制度設計
登録見習い制度の認知度は低く、雇用主にとって使いづらい設計になっている。その一因として、州間の互恵性が低い点が挙げられる。各州でプログラムの運営方法が異なるほか、米国労働省に任せている州もある。そのため、複数の州にオフィスを持つ企業は、それぞれの州のルールに従ってプログラムを設計する必要がある。また、登録見習い制度は雇用主に大きな投資効果をもたらすが、プログラムの開始と維持には高額の費用がかかるため、中小企業にとっては負担が大きい。見習い実習生の募集、授業実施のための教室スペース確保、インストラクターの採用なども雇用主の負担となる。 -
低い修了率と人種別、性別に見られる違い
見習い実習生がプログラムを修了する割合は35%と全体的に低い(※5)。連邦政府はSTEM(※6)分野における見習いに力を入れており、高賃金が得られる仕事を目指す実習生も多いが、これらの分野での実習には多くの努力と時間が必要である。そのため途中でプログラムを断念する人も少なくない。人種別に見ると、マイノリティの修了率は低く、黒人・アフリカ系アメリカ人の場合、プログラムを修了するのは4人に1人の割合である。性別では、登録見習いプログラムの参加者は男性が87%と圧倒的に多く、女性の比率はわずか13%である。女性が参加するプログラムは、主に医療介護、ホスピタリティ、教育の分野で、これらの分野の賃金は建設やSTEM分野と比べて低い。さらに、地方では利用できる見習いプログラムの種類が少なく、教室までの距離が遠いことも課題である。 -
管理上の課題
登録見習い制度に関する包括的なデータが不足している。米国労働省は人口統計や産業に関する情報を保管するデータシステムを有しているが、アクセスが限定されている。また、職業別の雇用データや人口層別のデータなどもない。プログラムに関するデータの提供は企業の責任であるが、連邦政府や州政府からの支援はほとんどない。
州政府―カンザス州の事例(※7)
概要
- 2022年9月、カンザス州のローラ・ケリー知事は、州商務省内に登録見習い事務所を設立する行政命令に署名した。この事務所は、企業の人材ニーズを満たし、労働者が必要とされるスキルと経験を得る手助けをすることが期待されている。
- すべての登録見習いプログラムは、オン・ザ・ジョブ・トレーニング、技術指導、メンターシップ、昇給、業界認定の資格取得の5つのコアコンポーネントを含む。
- 見習い実習生が「学びながら稼ぐ」ことを支援する企業や業界が原動力となっている。
- この事務所と企業が連携してオン・ザ・ジョブ・トレーニングを提供することで、高度なスキルと資格を持つ労働力を確保し、生産性を向上させながら離職率と採用コストを削減できる。
- カンザス州には現在、212種の認定見習いプログラムがあり、3396人の州民が参加している(2022年時点)。
- 登録見習い事務所は、見習い実習生の実態や影響を評価・報告し、プログラムを近代化して、医療、IT、農業製造、流通およびロジスティクスなど、州経済の重要なセグメントのための戦略を策定している。また、退役軍人、女性、有色人種、元受刑者など、雇用上の障壁がある人々に焦点を当てた施策も開発している。
- ケリー知事は、「登録見習い制度は、労働者が職業を学び、より強力で回復力のあるカンザス経済を構築するために必要なツールを提供する。私自身も見習いプログラムを通じて建設業界に入った」と述べている。
- 登録見習いプログラムの構築と促進、リソースの共有、他の人とのつながり、成功事例の共有を目的として、関係者や仲介事業者が参加する、「ディナーベルコール」が毎月開催されている。
出所:Kansas Office of the Governor, “Governor Laura Kelly Establishes Office of Registered Apprenticeship”(2022)https://governor.kansas.gov/governor-laura-kelly-establishes-office-of-registered-apprenticeship/
(※1)Urban Institute, “A Review of the Literature on Registered Apprenticeships” (2023) https://www.dol.gov/sites/dolgov/files/OASP/evaluation/pdf/ERAI-draft-literature-review-final.pdf (last visited September 22, 2024)
(※2)Diversity(多様性)、Equity(公平性)and Inclusion(包括性)の頭文字からなる略称。
(※3)Third Way, “How to Improve the Registered Apprenticeship System” (2023) https://www.thirdway.org/report/how-to-improve-the-registered-apprenticeship-system (last visited September 22, 2024)
(※4)前掲注3
(※5)Council of State Governments, “Public Sector Apprenticeship Toolkit” (2024) https://www.csg.org/wp-content/uploads/sites/7/2024/05/ASCENDIUM_Public_Sector_Apprenticeship_Toolkit_May-2024.pdf (last visited September 24, 2024)
(※6)科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の4つの頭文字から成る。
(※7)Kansas Office of the Governor, “Governor Laura Kelly Establishes Office of Registered Apprenticeship”(2022) https://governor.kansas.gov/governor-laura-kelly-establishes-office-of-registered-apprenticeship/ (last visited September 22, 2024)
ケイコ オカ
2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。