AIの利用をめぐる法整備

ケイコ オカ

2025年03月27日

2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏が第47代大統領に就任し、第2次トランプ政権が発足した。以来、パリ協定からの離脱、世界保健機関(WHO)からの脱退など、数々の大統領令に署名をし、世間を騒がせた。それらの大統領令の中には、AIに関する内容のものもある。米国におけるAIの利用に関する法的課題を、これまでの経緯から見ていく。

AIの利用拡大と問題点

あらゆる分野でAIの利用が浸透しつつある。雇用の分野では採用選考、人事管理、教育訓練などでさまざまなAIツールが導入されているが、日々の業務においてもAIが大きく関わるようになっている。AIの利用が広がるにつれて、多岐にわたる倫理的あるいは法律的な問題も生じている。その1つはアルゴリズム・バイアスと呼ばれるもので、アルゴリズムの系統的なエラーが不公平な、あるいは差別的な結果をもたらすことを意味する。

企業はAI搭載の採用ツールを利用する際、そのツールにアルゴリズム・バイアスがなく、公平な選考が行われることを確認することが倫理的に求められる。
しかし、AIに関する法制度はほとんどが議論の段階にとどまっており、整備にはほど遠い状況にある。

バイデン政権のAI政策

バイデン政権は2023年に「安全かつ安心で信頼できるAIの開発と利用に関する大統領令」(Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence)(2023年10月30日大統領令14110号)を発令した。これは、安全かつ安心で信頼できるAIシステムの開発と展開に関連する多数の評価、報告、計画、フレームワーク、ガイドライン、ベストプラクティスを求めるものである。連邦政府機関には同大統領令に基づく行動を促し、民間企業に対しては特定のリスクを見つける基礎モデルの「レッドチーム」による安全性テストの結果を連邦政府と共有するよう指示している。連邦政府機関も民間企業もそのように取り組んできた。

これらの取り組みの中には移民制度改革も含まれている。STEM(Sience, Technology, Engineering and Mathematics)分野の研究者(J-1ビザ対象者)や学生(F-1ビザ対象者)のビザ更新プログラムのカテゴリー拡大や、AIなど重要かつ新興の技術における優秀な人材の特定ならびに米国での研究と雇用機会の拡大などを含む大規模な移民ビザプログラムの近代化を目指し、米国をAI人材の移住先として促進することが狙いであった。

連邦政府機関と州・市の動き

米国労働省(Department of Labor, DOL)は、バイデン政権時代の大統領令に基づき、2024年4月に、雇用主が雇用および雇用慣行におけるAIの使用をどのようにナビゲートすべきかに関する声明を発表し、プロセスから人間を完全に排除することは、連邦雇用法に違反する可能性があると強調するとともに、採用テクノロジーにおけるAIの使用をサポートし、障害を有する求職者への福利厚生を拡大する新しいAI採用フレームワークを公表した(※1)。また、DOLは同年10月に、包括的なAIベストプラクティス・ロードマップを発表し、開発者や雇用主が、AIの開発と職場での使用において、労働者の保護と権利を最優先することを奨励している(※2)。

一方、複数の州や市では、主に雇用や意思決定における偏見や差別を軽減するために、職場でのアルゴリズム・ツールの使用を規制する法律が成立している。
たとえば、ニューヨーク市では、2021年に成立した「自動化された雇用決定ツールに関する法律」(Law Regulating the Use of Automated Employment Decision Tools, Local Law 144 of 2021)が2023年7月5日から施行されている(※3)。同法は、雇用主または人材紹介会社が自動化された雇用決定ツールを使用する場合には、その使用に先立つ1年以内に性別や人種に基づくバイアス監査を受け、その結果をウェブサイトで公表しなければならないと定める(※4)。

コロラド州では、2024年5月にハイリスクなAIシステムの決定に基づくアルゴリズムによる差別から消費者を保護する「コロラド州AIにおける差別禁止法」(Colorado Anti-Discrimination in AI Law, Senate Bill 24-205)が成立した(2026年2月1日施行予定)(※5)。同法は、開発者とハイリスクなAIのデプロイヤーに対して、システム上でアルゴリズムによる差別が行われないよう合理的な配慮をすることを義務付ける。

イリノイ州では、2024年8月に、雇用主のAI技術の使用に関する法律(HB3773)が成立した(2026年1月1日施行予定)(※6)。同法は、改正イリノイ州人権法第2条に組み込まれる。同法の下では、雇用主は、採用、昇進、雇用契約の更新、研修または実習の選考、解雇、懲戒、職位または在職期間、雇用に関する特権または条件にAIを使用する場合、従業員に通知する必要がある。また、雇用主がAIを使用して、差別的行為を行うことは違法となる。

第2次トランプ政権のAI政策と今後の展開

トランプ大統領は、2025年1月23日に「AIにおける米国のリーダーシップへの障壁を取り除く大統領令」(Removing Barriers to American Leadership in Artificial Intelligence)(2025年1月23日大統領令14179号)に署名をした。この大統領令は、米国のAIイノベーションに対する障壁となる特定の既存のAI政策と指令、つまり、バイデン政権の大統領令を取り消すことを明記している。これにより、前述の連邦政府の指針や州・市の法律も、修正を求められる可能性がある。新大統領令の行動計画は発令から180日以内に策定予定となっている。

2024年には、実際に法律が成立したコロラド州やイリノイ州を含む45州において、AIに関する何らかのルールを設定しようとする動きがあった。連邦議会においては、AIに関する法案は数多く提出されているものの、今のところ大きな議論を生むようなものはない。2025年、トランプ大統領の次の一手とともに、連邦と州の動きを注視したい。

(※1)U.S. DOL, “US Department of Labor Announces Framework to Help Employers Promote Inclusive Hiring as AI-powered Recruitment Tools’ Use Grows” (2024) 
https://www.dol.gov/newsroom/releases/odep/odep20240924 (last visited February 23, 2025)
(※2)U.S. DOL, “Department of Labor Releases AI Best Practices Roadmap for Developers, Employers, Building on AI Principles for Worker Well-being” (2024)  
https://www.dol.gov/newsroom/releases/osec/osec20241016 (last visited February 23, 2025)
(※3)NYC Consumer and Worker Protection, “Automated Employment Decision Tools” (2023)
https://www.nyc.gov/site/dca/about/automated-employment-decision-tools.page (last visited February 23, 2025)
(※4) JETRO「米NY市、人材採用や昇進の決定における雇用主によるAI利用を規制」(2023年)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/07/371f37710f066b3d.html(last visited February 23, 2025)
(※5)Colorado General Assembly, “SB24-205 Consumer Protections for Artificial Intelligence” (2024) https://leg.colorado.gov/bills/sb24-205 (last visited February 23, 2025)
(※6)Illinois General Assembly, “Bill Status of HB3773” (2024) https://ilga.gov/legislation/BillStatus.asp?GA=103&SessionID=112&DocTypeID=HB&DocNum=3773 (last visited February 23, 2025)

ケイコ オカ

2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。