リスキリングとアップスキリングの時代

ケイコ オカ

2025年02月27日

AI時代に求められるリスキリングとアップスキリング

あらゆる産業でAIの導入が進み、経済や労働など多方面に影響が出ている。労働者のスキルも例外ではない。これまでスキルの半減期は5年前後だったが、AI時代においてはそれが短くなっており、テクノロジー関連のスキルの半減期は2年半前後だといわれている(※1)。
米国ではリスキリングとアップスキリングの必要性を訴える声が高まっているが、そもそもどういう意味なのだろうか。

LinkedInによると(※2)、リスキリングとは労働者が既存のスキルセット以外の新しいスキルを学ぶことを意味する。多くの場合、これらの新しいスキルは現在の役割に関連しているが、現在のキャリアパスとは異なる方向に向かっていることもある。

一方、アップスキリングとは労働者が既存のスキルセットを広げるための学びを意味する。スキルを広げることで現在の役割のパフォーマンスが向上する可能性がある。
日本では2022年の「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」(同年10月28日閣議決定)の中に、リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業の実施が組み込まれ、経済産業省、厚生労働省、文部科学省などでさまざまなリスキリング支援が行われている。

オバマ大統領のアップスキル・イニシアティブ

米国ではオバマ政権の時代に政府主導のアップスキリング支援が始まった。2015年1月の一般教書演説で、オバマ大統領は「アップスキル・アメリカ」キャンペーンを立ち上げ、企業、教育界、労働力開発機関が三者協働で、労働者のスキル開発に必要な教育と訓練を提供し、労働力の可能性を最大限に引き出す制度を新設することを発表した(アップスキル・イニシアティブ)。アップスキル・イニシアティブは、「エッセンシャルワーカー2000万人以上の労働者(※3)」に対して、より高い賃金を得る機会を与えるための道筋を提供することを目的とした、官民協同による取り組みである(※4)。
同年4月、ホワイトハウスで行われた「アップスキル・サミット」では、100社を超える主要企業が、見習い制度やオンザジョブトレーニングへのアクセスを拡大するとともに、トレーニングの機会をより安く、より簡単に、より速く提供することを公約した(※5)。

スキルの崩壊とリスキリング革命

リスキリングとアップスキリングは、グローバルレベルの課題でもある。
世界経済フォーラム(World Economic Forum)のレポートによると、2020年代は「アップスキルの10年」であり、2027年頃までに労働者が現在有しているスキルの39%は崩壊し、労働者の約6割がスキル開発を必要とするという(※6)。

2020年、世界経済フォーラムは、2030年までに10億人により良い教育、スキル、仕事を提供するイニシアティブ「リスキリング革命」を立ち上げた。このイニシアティブの目的は、テクノロジーの進化から労働者を将来にわたって保護し、第4次産業革命に必要とされる新しいスキルを提供し、経済を支援することであり、ブラジル、フランス、インド、パキスタン、ロシア連邦、アラブ首長国連邦、米国といった各国政府が人材育成に関する政策を実施し、PwC、Salesforce、ManpowerGroup、Infosys、LinkedIn、Coursera Inc.、Adecco Groupがビジネスパートナーとして、資金や教育プログラムを提供する(※7)。2030年までに世界で約11億の雇用がテクノロジーの進化によって急激な変化を受けるものの、このイニシアティブを通して、6億8000万人が教育、スキル、経済的機会を向上させることができ、その経済効果は2兆9300億ドルに達すると予測される(※8)。

これからのスキル戦略

テクノロジー関連のスキルの需要が高まっているのは想像に難くないが、2025年から2030年にかけて特に重要性が高まるスキルは、「AIとビッグデータ」「ネットワークとサイバーセキュリティ」「テクノロジーリテラシー」などである(※9)。また、テクノロジー以外のスキルでは、「批判的思考」「回復力・柔軟性・機敏性」「好奇心・生涯学習」などが重要性の高いスキルとして挙がっている(※10)。
では、今後のスキルのフレームワークはどうあるべきなのか。複数のリポートによると、企業がスキル戦略を進めていくうえで重要なのは、次の6点である(※11)。

  1. スキルを費用ではなく、ビジネス投資として扱う。リーダーは、スキルをビジネス投資あるいは資産として扱い、明確に定義されたビジネス、人材、学習のKPIをプログラム設計の出発点として扱う必要がある。
  2. スキル開発プログラムには「機能スキル」「デジタルスキル」「リーダーシップスキル」「ビジネススキル」「ソフトスキル」といったメインコースだけではなく、特定の状況で異なるスキルをブレンドしたコースを加えることで、インパクトのあるプログラムになる。
  3. 学習に喜びが感じられるようにする。スキル開発の設計者は、子どもが体験する学習の喜びと好奇心を大人の学習者も得られるように工夫する必要がある。
  4. データを利用してパワーアップする。学習過程の各段階の意思決定においてデータを収集し、結果を測定することで、スキル開発を継続的に改善することができる。
  5. パートナーシップを活用する。評価やスキルインベントリーから実際の訓練や資格認定、そしてキャリア移行サポートに至るまでのスキルスタックを構築するには多額の投資が必要となるが、企業はパートナーシップを通して購入またはレンタルすることで、時間と費用を節約できる。
  6. 労働者の学習を支援する。労働者それぞれが習得するスキルを決定しつつ、状況に応じてさまざまなオプションを選択できるよう介入するのが最善と考えられる。雇用主は適切なツール、柔軟なリソース、そして支援を提供して、従業員を力づける必要がある。

(※1)Jorge Tamayo et al., “Reskilling in the Age of AI” Harvard Business Review (2023) https://hbr.org/2023/09/reskilling-in-the-age-of-ai (last visited January 30, 2025)
(※2)LinkedIn Learning, “Difference Between Upskilling and Reskilling” https://learning.linkedin.com/resources/upskilling-and-reskilling/upskilling-reskilling (last visited January 30, 2025)
(※3)ここでいうエッセンシャルワーカーとは、特に、情報を比較対照したり、複数の情報を統合したりする能力に劣る労働者と、週給が550ドル未満のフルタイム労働者を意味する。White House, “White House Report: President Obama’s Upskill Initiative” (2015) https://obamawhitehouse.archives.gov/sites/default/files/docs/150423_upskill_report_final_3.pdf (last visited January 30, 2025)
(※4) 前掲注3
(※5)White House, “FACT SHEET: Administration Announces New Commitments in Support of President Obama’s Upskill Initiative to Empower Workers with Education and Training” (2015)
https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2015/04/24/fact-sheet-administration-announces-new-commitments-support-president-ob (last visited January 30, 2025)
(※6)World Economic Forum, “Future of Jobs Report 2025” (2025) https://reports.weforum.org/docs/WEF_Future_of_Jobs_Report_2025.pdf (last visited February 3, 2025)
(※7)World Economic Forum, “The Reskilling Revolution: Better Skills, Better Jobs, Better Education for a Billion People by 2030” (2020) https://www.weforum.org/press/2020/01/the-reskilling-revolution-better-skills-better-jobs-better-education-for-a-billion-people-by-2030/ (last visited February 3, 2025)
(※8)World Economic Forum, “The Reskilling Revolution” (2020) https://initiatives.weforum.org/reskilling-revolution/home (last visited February 3, 2025)
(※9)前掲注6
(※10)前掲注6
(※11)Sagar Goel et al., “6 Strategies to Upskill Your Workforce” Harvard Business Review (2022) https://hbr.org/2022/04/6-strategies-to-upskill-your-workforce (last visited February 3, 2025), Rainer Strack et al., “Decoding Global Reskilling and Career Paths” Boston Consulting Group (2021) https://www.bcg.com/publications/2021/decoding-global-trends-reskilling-career-paths (last visited February 3, 2025)

ケイコ オカ

2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。