職場におけるDEI推進

ケイコ オカ

2024年12月24日

多様性からDEIへ

近年、「DEI」という言葉をよく耳にするようになった。DEIは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の略である。多くの企業は、対外的には企業価値の向上を、対内的には従業員が働きやすい環境の整備を目指して、DEIの促進や啓発を掲げている。
米国におけるDEI推進の歴史は、1960年代の公民権運動にまで遡る。1961年、ジョンF. ケネディ大統領は人種、信条、肌の色、または出身国を理由にする雇用差別に対する積極的是正措置(アファーマティブ・アクション)を定める大統領令を発し、雇用差別を禁止する連邦法の制定にも取り組んだ。その後1964年に、ジョンソン大統領が公民権法第7編を成立させ、人種、肌の色、宗教、性別、出身国に基づく雇用差別を禁止する基本法となった。
 
1980年代から1990年代にかけて、多様性の概念は人種や性別だけでなく、民族、宗教、LGBTQ+(※1)などを含むまでに広がり、それぞれの支持グループによる活動が活発になった。この時期には、グローバル化に伴う多文化主義が発達し、企業の中には多様な文化を受け入れるための訓練や多様性推進のポジションを設けるところも出てきた(※2)。
2000年代に入ると、「多様性(diversity)」に加えて「包括性(inclusion)」という言葉が使われるようになり、さらに「公平性(equity)」も加わって「DEI」という言葉が定着した。この概念はソーシャルメディアを通じて広がっていった。 

DEI推進の現状と労働者の評価

従業員プラットフォームCulture Ampの2022年の調査によると(※3)、8割以上の企業がDEIの重要性を認識している一方で、DEIの取り組みを十分に支えるリソースがあると答えた企業は約3割にとどまっている。
また、6割以上の企業が「DEI関連のイベントやディスカッションを主催している」と回答しているが、DEIのミッションステートメントを持っている企業や、戦略的な多様性プランを実施している企業は5割にとどまっている。これは、企業のリーダーが従業員のDEIへの関心に応えているものの、最高レベルで優先しているわけではないことを示している。

Pew Research Centerが2023年に企業に雇用されている労働者を対象に行った調査によると、61%の企業が採用、賃金、昇進における公平性を保つための規則を導入し、52%がDEIに関する訓練やミーティングを実施していた(※4)。また、56%の労働者がこのような職場におけるDEI推進を「望ましい」と評価している(※5)。

ただし、DEI推進に対する評価は性別、人種、年齢層、支持政党によって異なる。性別では、男性労働者の50%が好意的に評価しているのに対し、女性労働者では61%と10ポイント以上の差がある。人種別では、黒人の労働者の78%、アジア系の労働者の72%、ヒスパニック系の労働者の65%が好意的に評価しているのに対して、白人の労働者では47%と半数を切っている。年齢層別では、18~29歳の68%、30~49歳の56%、50~64歳の46%、65歳以上の52%と、若い世代ほど好意的に評価する傾向がある。また支持政党別で民主党支持の労働者の78%が好意的に評価しているのに対し、共和党支持の労働者では30%にとどまっている。

反DEI推進の動きと今後の行方

オバマ大統領は、2011年8月に「連邦政府機関における多様性と包括性を促進するイニシアティブ」に関する大統領令13583号を発令し、DEI推進に取り組んだ(※6)。
一方、2017年に就任したトランプ大統領はDEI推進には否定的で、この頃から、DEI推進を巡る社会の二極化が強まったとされる(※7)。

2021年に就任したバイデン大統領は、就任直後の1月に大統領令13985号「連邦政府機関を通じた人種的平等の推進と十分にサービスを受けていないコミュニティへの支援」を発令し、連邦政府が公平性を推進するための包括的なアプローチを追求することを明示した(※8)。また、ホワイトハウス初の「多様性・包括性」責任者を設置するなど、連邦政府機関におけるDEI推進に積極的に取り組んだ。

最近はDEI推進に黄信号が点滅している。2023年6月、連邦最高裁判所はハーバード大学とノースカロライナ大学における人種を考慮する入学者選抜制度を違憲とする判決を下した(※9)。この判決を受けて、黒人やヒスパニック系の学生の入学を減らす大学もあり、産業界にも影響が及んだ(※10)。DEI推進に否定的なトランプ氏の大統領再任を受けて、職場におけるDEI推進にさらなる逆風が吹く可能性がある。
しかし、グローバル化の進展は止まらず、より多様で包括的な社会の実現に向けた流れは続くだろう。企業のリーダーは、より多様で包括的な経済が社会にとって有益であることを前提に職場における今後のDEI推進について議論する必要がある。

(※1)lesbian, gay, bisexual, transgender, queer or questioningの頭文字から成る略称。
(※2)Hellen Golden, “History of DEI: The Evolution of Diversity Training Programs -NDNU” (2024) https://www.ndnu.edu/history-of-dei-the-evolution-of-diversity-training-programs/ (last visited December 1, 2024)を参照。
(※3)Aubrey balance, “DEI in 2022: Key Trends and Findings.” (2022) https://www.cultureamp.com/blog/dei-2022-trends (last visited December 10, 2024)
(※4)Pew Research Center, “Diversity, Equity and Inclusion in the Workplace.” (2023) https://www.pewresearch.org/wp-content/uploads/sites/20/2023/05/ST_2023.05.17_Culture-of-Work-DEI_Report.pdf (last visited December 1, 2024)
(※5)前掲注4。
(※6)連邦政府が雇用主として連邦政府職員における平等の機会、多様性、包括性を確立し、職員それぞれが最大限に能力を生かせるような柔軟性と公平性を持つ文化を創造することを目指して、政府全体のイニシアティブを取るという内容。GovInfo, “3 CFR 13583 – Executive Order 13583 of August 18, 2011. Establishing a Coordinated Government-Wide Initiative to Promote Diversity and Inclusion in the Federal Workforce.” (2012) https://www.govinfo.gov/app/details/CFR-2012-title3-vol1/CFR-2012-title3-vol1-eo13583 (last visited December 2, 2024)
(※7)例えば、Nicquel Terry Ellis & Catherine Thorbecke, “DEI Efforts are under Siege. Here’s What Experts Say is at Stake.” (2024) https://www.cnn.com/2024/01/07/us/dei-attacks-experts-warn-of-consequences-reaj/index.html (last visited December 2, 2024)など。
(※8)The White House, “Executive Order on Further Advancing Racial Equity and Support for Underserved Communities Through the Federal Government.” (2023) https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2023/02/16/executive-order-on-further-advancing-racial-equity-and-support-for-underserved-communities-through-the-federal-government/ (last visited December 2, 2024)
(※9)Supreme Court of the United States, “Students for Fair Admissions, Inc. v. President and Fellows of Harvard College.” (2023) https://www.supremecourt.gov/opinions/22pdf/20-1199_hgdj.pdf (last visited December 2, 2024)
(※10)いわゆる「ウォーク(社会正義を実践しようとする姿勢)」に対する非難の広がりを背景に、ウォルマートやハーレーダビッドソンなどがDEIの方針を見直したり施策を取りやめたりしている。

ケイコ オカ

2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。