コントラクターペイロールプラットフォーム
コントラクターペイロールプラットフォームとは、国外からリモートワークで働く越境テレワーカー(以下、ここでは主に個人事業主など業務委託契約の「コントラクター」)との契約や現地通貨での報酬の支払いなどを一元管理するSaaSサービスである。コントラクターからの請求書の自動作成・発行や経費の申請、企業による承認なども簡単に行うことができる。
ほぼすべてのサービス事業者が、業務委託契約や報酬の支払いの管理に加えて、EOR(代替雇用)サービスと、グローバルペイロールサービスを提供している。EORとは、「Employer of Record」の略語であり、記録上の雇用を意味する。企業が現地法人を設立せずに国外在住の人材を正社員雇用できるサービスで、サービス事業者が、企業が選定した現地人材との雇用契約や給料の支払い、労務・税務・福利厚生の管理などを代行する。雇用された人材はSOWコンサルタント(※)として企業の業務に携わる。グローバルペイロールサービスは、各国の税法やコンプライアンスに則り、企業が自社の現地法人を通じて雇用した従業員への現地通貨での給与の支払いや福利厚生の提供、休暇の申請などの労務管理をプラットフォーム上で一括管理できる。現地通貨への自動計算機能がある。
Deelの「State of Global Hiring Report 2022」によると、2022年に越境テレワーカーを活用した企業の地域別の割合は、北米が55%、欧州・中東・アフリカが29%、中南米が9%、アジア太平洋が7%であった。越境テレワーカーが多く住む都市のトップ5は、ロンドン、トロント、ブエノスアイレス、マドリード、バンガロールであった。また越境テレワーカーの職種のトップ5は、ソフトウエアエンジニア&ディベロッパー、プロダクトデザイナー、プロダクトマネジャー、品質保証エンジニア、プロジェクトマネジャーであった。
サービス事業者の概要は下記のとおりである。
- 180カ国に住むコントラクターとの業務委託契約や120種類の通貨での支払いに対応する。企業は、各国の法規制に準拠した業務委託契約書の作成、編集、署名をプラットフォーム上で最短48時間以内に完了できる。コントラクターを正社員に登用する際のリスクを評価する「コントラクターコンバージョン」サービスも提供する。(Oyster)
- 170カ国に住むコントラクターとの業務委託契約や100種類の通貨での支払いに対応する。60カ国以上の労働法専門の弁護士や人事の専門家が、各国の法規制の改正を把握し、企業の規制順守をサポートする。(Remote)
- 160カ国に住むコントラクターとの業務委託契約や現地通貨での報酬の支払いに対応する。(Omnipresent)
- 185カ国に住むコントラクターとの業務委託契約や150種類の通貨での報酬の支払いに対応する。(Velocity Global)
- 25カ国に住むコントラクターとの業務委託契約や現地通貨での報酬の支払いに対応する。AIが労働者性を判断し、業務委託契約とEORのどちらが最適かを判断する。(Greenlight)
人事との関連性
コントラクターペイロールプラットフォームを利用することで、企業は各国に住むコントラクターとの業務委託契約や報酬の計算・支払いといった煩雑な業務にかける手間を省くことができる。また、一定期間、コントラクターとして働いた人材は従業員とみなされたり、業務委託契約の更新回数に制限があるなど、国によって法制度は大きく異なる。各国の法規制に通じるこのプラットフォームを利用することで、コンプライアンスを確保できる。
2021年にEYが大企業を対象に実施したGlobal Payroll Surveyによると、企業が利用するペイロールサービスの数は平均5社、30カ国以上で事業展開するグローバル企業では9社を超える。
サービス例
1. Deel
業務委託契約の管理、EOR、グローバルペイロールサービスを提供する労務管理SaaSプラットフォームである。150超の国で現地に住むコントラクターとの業務委託契約と、120種類の通貨での支払いに対応する。Deelは、200人以上の法律、会計、税制の専門家と提携している。
2023年1月現在、Deelの現地法人は94カ国にあり、2021年から日本でもサービスを提供している。企業が、現地法人がない国でリモートで働くコントラクターとの業務委託契約や報酬の支払いをプラットフォーム上で管理する「コントラクターサービス」、「EOR」、「グローバルペイロール」の3つのサービスを提供する。
コントラクターサービスは、利用プランが3種類ある。「スタンダード」プランでは、企業はDeelのライブラリから、法規制に準拠した国別のテンプレートを利用してプラットフォーム上で簡単に契約書の作成・署名・送信ができる。労働許可証、個人識別番号、データ処理契約書(DPA)、税務関連の書類をコントラクターから収集し、プラットフォーム上で管理する。プラットフォームのシステムが各国の法規制に沿って書類の不備を指摘してくれる。また、企業はDeelに登録しているコントラクターに支払う報酬額を確認し、ワンクリックでDeelへの支払いができる。Deelは、各国の現地通貨に自動換算し、コントラクターに報酬を海外送金する。200種類以上の通貨や仮想通貨に対応する。
業務委託契約の形態は、月ごとなど決まったタイミングで定額を支払う固定報酬型、稼働した時間や日数などに応じて報酬を支払う時間契約型、プロジェクトの特定の到達点(成果物の納品など)で報酬を支払うマイルストーン型の3種類がある。請求書のデータは、企業の経理システムと同期させることができる。
企業は、Deelが提携する各種サービスを通じて、バックグラウンドチェック(Certn)や、コントラクターへのPCやモニターなどの備品の支給(Hofy)、コワーキングスペース(WeWork)へのアクセス提供を行うことができる。
コントラクターは、稼働時間や作業内容、成果物、経費をプラットフォーム上で提出する。契約内容に応じて、電子請求書が自動で作成・発行される。コントラクターがDeelのアカウントから報酬を出金する方法は、銀行振り込み、PayPal、仮想通貨のCoinbase、金融アプリのRevolut、国際決済サービスのPeyonerなどがある。報酬の支払いを最大30日前に受けることができる「Deelアドバンス」サービスや、Deelのアカウント残高からチャージできるデビットカードの「Deelカード」サービスもある。また、コントラクターはDeelが提携するSafetyWingを通じて、178カ国に対応したリモートワーカーまたはノマド向けの医療保険に加入することが可能で、10万人以上のコントラクターがDeelを利用している。
スタンダードプランの月間利用料金は、コントラクター1人あたり49ドルから。プレミアムプランでは、スタンダードプランのサービスに加えて、企業が疑似雇用とみなされた場合の弁護士費用や、未払いの税金、罰金などをDeelが最大2万5000ドルまで補償するサービスも利用できる(追加利用料金は、コントラクター1人あたり月額50ドル)。シールド(Shield)プランでは、Deelが企業の代わりに、コントラクターと業務委託契約を結び、弁護士費用や裁判に係る業務など、疑似雇用に関する責任をすべて負う。
2023年1月時点の顧客は、Cloudflare、Coinbase、Shopify、Notion、Andelaなど1万5000社超。
2. Papaya Global
業務委託契約の管理、EOR、グローバルペイロールサービスを提供するSaaS型プラットフォームである。160カ国に住むコントラクターとの業務委託契約と、12種類の通貨での支払いに対応している。
企業は、業務委託費を国別や期間別に確認し、どの国のコストが最も低いか、1カ月前や前年同期と比べてどのようにコストが変動しているかなどを把握できる。さらに、EORなどその他の契約形態での人件費と比較し、国ごとにどの形態が最も費用対効果が高いかを確認できる。
Papaya Globalが契約内容を確認し、疑似雇用のリスクがある場合は、EORなどの他の契約形態を提案する。また、コントラクターを正社員に登用する際には、各国の法規制に精通するPapaya Globalのパートナー企業によるサポートのもと、コンプライアンスを確保できる。
2022年にPapaya Globalは、英国のオンライン国際送金サービスのAzimoを買収し、カナダ、英国、オランダ、オーストラリア、香港の当局から、国際送金事業を行うライセンスを取得した。これにより、企業は最短2時間、最長72時間で国際送金を完了できる。
Papaya Globalは、2023年にLighthouse Researchの「Best Global Solution for HR/Workforce Solutions」、およびFast Companyの「World's Most Innovative Companies」に選ばれた。
業務委託管理サービスの月間利用料金は、コントラクター1人あたり25ドルから。顧客は、Microsoft、Toyota、Acer、Shopify、Canvaなど。
ビジネスモデル(課金形態)
企業がサービス事業者にシステム利用料を支払う
企業がサービス事業者に業務委託契約や報酬の支払いを一括管理できるシステムの利用料を支払う。コントラクター1人あたり数十ドルの月額課金形態を用いているサービスが多い。
今後の展望
Remoteが2022年に6カ国(米国、英国、フランス、ドイツ、スウェーデン、オランダ)のマネジャーや上級管理職1485人を対象に実施した調査によると、65%がIT系の越境テレワーカーの活用を「検討している」と回答した。パンデミック以降、リモートワークが浸透し、今後も国を超えた人材獲得競争が続くと予測されるため、同プラットフォームの需要が高まるだろう。
グローバルセンター
(※)SOW とはStatement of Work の略で、明確な契約に基づいて短期のプロジェクトベースで専門サービスを提供するコンサルタントのこと。