Thermo Fisher Scientific ロニータ・グリフィン氏(グローバル人材アトラクション&人材獲得担当副社長)

応募前から入社後までシームレスな候補者体験を提供

2022年06月23日

ロニータ・グリフィン氏は、 STEM(技術、科学、数学、工学)分野の採用において豊富な経験を持ち、 GlaxoSmithKline、Merck、PfizerでIT職の採用を担当したのち、Life Technologiesの人材獲得ディレクターやダイバーシティ&インクルージョンリーダーを務め、2014年にThermo Fisher Scientificのグローバル人材アトラクション&人材獲得担当副社長に就任した。
採用ブランディング、採用経路の開拓や最適化、人材獲得、オンボーディングなどを統括する同氏に、米国における採用状況やテクノロジーの活用などについて話を伺った。

 

【Thermo Fisher Scientific】1956年に設立されたThermo Electron Corporationが、2006年にFisher Scientificと合併し、同年Thermo Fisher Scientificが誕生。本社所在地は、マサチューセッツ州。クライオ電子顕微鏡をはじめとする医療や研究に用いる分析や検査機器、試薬の販売、サービスの提供を行う。最近では、24時間に8000検体超の新型コロナウイルス検査が可能な、自動PCR検査システム「Thermo Fisher Scientific Amplitude COVID-19検査ソリューション」や、同ウイルスの変異を特定するための研究用PCR試薬などを販売している。世界約50カ国に600超の拠点を構え、従業員数は13万人超。

――人材獲得部門の役割を教えてください。

Thermo Fisher Scientific の人材獲得部門は、高校生のインターンからCレベルの幹部まで、全社の採用業務を担っています。8年前からは、オンボーディングと非典型労働者の人材確保も担当しています。
オンボーディングは通常、人材獲得部門の管轄業務ではありませんが、求職者の関心を引くためには、適切なコンテンツやメッセージの発信が必要です。また、採用サイトやキャリアフェアなど、求職者が当社と接点を持つあらゆる機会において一貫性が必要ですが、オンボーディングの段階では、シームレスな候補者体験(採用CX)を提供できていないことがありました。そこで、オンボーディングも人材獲得部門の業務に加え、面接の日程調整などを行う候補者体験コーディネーターをオンボーディングスペシャリストへと職種転換しました。オンボーディングスペシャリストは、応募前から入社後まで、求職者と良好な関係を維持できているかどうかを確認します。

また、マネジャーとチームメンバーを対象に、新入社員の入社30日後と90日後の2回、満足度調査を行っています。マネジャーからの評価やチームメンバーの満足度によって、採用活動を継続させる必要があるか否かを早期に判断することができます。

 

――2021年の米国での採用人数を教えてください。 

パンデミックの最前線で、PCR検査キットやワクチンの製造などを行うThermo Fisher Scientificは、ここ数年で大きく成長しました。そのため、2021年の米国での採用人数は4万5000人超と、前年から2万人増えました。2022年の採用人数は前年の横ばいになる見込みです。
採用ニーズの急増に対応するために、RPO(採用プロセスアウトソーシング)会社などを利用し、人材獲得担当者も同様に増員しました。2021年初頭の人材獲得担当者の人数は、世界全体で約300人でしたが、約3カ月間でさらに250人増員しました。

既存のテクノロジーを最大限に活用

――最近では、何か新しいツールを導入しましたか。 

1つ目は、パンデミック宣言の直前に、新しいCRM(候補者管理システム)と、キャリアサイト管理ツールとして、Phenom Peopleを導入しました。パンデミック以降は、新しいテクノロジーを増やすことよりも、既存のテクノロジーが持つさまざまな機能をより効果的に活用しています。
2つ目は、ミクロイノベーションとして、Textio(※1)を導入し、多様な人材を採用するために、ジョブディスクリプションに記載されているワードを修正しました。また、採用活動におけるバイアスをなくすため、Pymetrics(※2)も導入しました。
ほかには、新しいATS(応募者追跡システム)への移行を計画しています。チャットボットや、迅速にフィードバックを収集するツールなど、生産性の向上や採用プロセスの効率化につながるテクノロジーの導入も検討しています。これによって、会社のさらなる成長を後押しすることができます。

 

――従業員の離職防止や生産性を向上させる取り組みとして、EX(従業員体験)が近年重視されています。従業員の満足度を測る従業員サーベイは、どのようなツールを使っていますか。 

SurveyMonkey(※3)とGlint(※4)を利用しています。

――米国では従業員の大量離職「Great Resignation」が起きていると言われていますが、何が原因だと思いますか。 

パンデミックの影響で、多くの人がこれまでとは異なる働き方があることに気づきました。たとえば、東海岸に住みながらカリフォルニアの会社で働く選択もできるのだと、人々の意識が変わりました。さらに、リモートワークの浸透をきっかけに、多くの企業が採用の対象地域を拡大したことで、求職者が新しい仕事を見つけるチャンスが増えました。チャンスが増えれば、人々の転職意欲が高まるのは当然のことで、こうした環境の変化から、大量離職が起きたのだと思います。

配置転換で人材の定着を図る

――パンデミックをきっかけに、社内モビリティ(配置転換)に注力する企業が増えていますが、人事異動は行っていますか。 

Thermo Fisher Scientific では、配置転換を意図的に行うことで、人材の定着を図っています。退職者アンケートには、キャリア形成の機会が欲しい、新たな経験を積みたいといった理由が挙げられていました。こういったデータや知見をもとに、従業員が求める経験や人脈構築の機会を社内で提供するようになりました。
2021年の採用人数に占める社内登用(人事異動・昇進)の割合は30%前後でしたが、将来的には40%を目標としています。私のチームでは、社内の人材流動を促進するため、社内向けのタレントマーケットプレイスを開設する準備をしています。これは、フルタイムのポジションだけでなく、ギグを通じてより豊富なスキルを身に付けることを目的としています。
さらに、人事異動を活発に行うことで、社内の人的資源をより有効活用できます。人材獲得部門は、事業部門が求める人材の発掘を手助けするアドバイザーへと進化しようとしています。

CHROがメールで従業員のウェルビーイングを気遣う

――人手不足の影響で、給料の面や働き方などについて自分の要求をより積極的に主張する求職者が増えていると言われています。人々は今、企業に何を求めていると思いますか。 

求職者は、より個人のニーズに即した福利厚生を求めるようになりました。たとえば、アドバイザーに相談できるファイナンシャルウェルビーイングのサポートや、有給休暇制度などです。こういった制度についての質問を、求職者から頻繁に受けるようになりました。また、製造部門や流通部門の時給制の従業員からも、家族も対象とする福利厚生制度についての質問が増えています。パンデミック以前は、このようなことが話題に上ったことはありませんでした。

パンデミックの影響で、ストレスや不安を感じる人が増えていることから、当社では先日、CHRO(最高人事責任者)とCMO(最高医療責任者)の連名によるメールが、全従業員に配信されました。メールは、「調子はいかがですか?」という挨拶から始まり、自らのストレス対処法を共有したり、EAP(従業員支援プログラム)やウェルネスに関する福利厚生制度を紹介したり、経営陣が従業員のウェルビーイングを重視し、休暇の取得を推奨しているという内容でした。この「プッシュ型コミュニケーション戦略」は、人材の定着につながる非常に有効な手段だと感心しました。

 

――人材獲得部門のリーダーが成果を上げ続けるために、必要なことは何だと思いますか。 

まずは、従業員ファースト主義と顧客ファースト主義にコミットし続けることです。人材獲得部門の今年の主要目標のすべてが、「体験」を軸としています。2つ目は、人材獲得部門では価値提供を重視していますが、コストに見合うものでなければなりません。それを実現するためには、採用業務の標準化やプロセスの単純化が必要です。3つ目は、採用の際に自社が必要とするスキルや能力を明確にすることです。最後に、不確実性が高いマクロ経済環境を切り抜けるためには、アジリティが鍵となります。経営陣とチームメンバーのアジリティとレジリエンスを鍛えることが、今後当社にとって必須となると思います。

インタビュアー=クリス・ホイト(CareerXroads) TEXT=杉田真樹

 

ポイント
  • 人材のアトラクションから入社後まで、シームレスな候補者体験を提供するため、オンボーディングを人材獲得部門の管轄とし、「オンボーディングスペシャリスト」を設置した。また、新規採用者の入社から30日後と90日後の2回にわたって、マネジャーとチームメンバーの満足度を測るアンケート調査を実施している。
  • パンデミック以降は、新しいテクノロジーを増やすことよりも、既存のテクノロジーを最大限に活用することに重点を置いている。ミクロイノベーションとしてTextioやPymetricsを導入した。新しいATSへの移行も計画している。
  • 意図的な配置転換を行うことで、人材の定着を図っている。現在、従業員が社内のフルタイムのポジションやギグを検索したり、社内の人脈を広げたりできる社内向けタレントマーケットプレイスの開設プロジェクトを立ち上げる準備を進めている。

 

 

(※1)Textioは、より適切な単語を提案する拡張ライティングプラットフォームである。求人広告や候補者へのスカウトメールの文章をAI技術で一語一句添削し、応募率や返信率の低下につながりやすい表現を蛍光色でハイライト表示する。
(※2)Pymetricsは、アセスメントプラットフォーム。AIや脳神経科学を活用した12種類のオンラインゲーム(クリックして風船を膨らませるなど)をもとに、AIが候補者の能力やリスクに関する意識、強みや弱みなどを瞬時に特定し、社内のトップパフォーマーのプロフィールと比較する。
(※3)SurveyMonkeyは、無料のオンラインアンケートツール。顧客満足度や従業員の仕事満足度の調査、市場調査、イベントアンケートなどに利用されている。
(※4)Glintは、従業員のエンゲージメントを可視化するツール。回収した膨大なデータを機械学習や自然言語処理・予測分析などによって分析する。サーベイのスコアを単にまとめるだけでなく、ヒートマップやタグクラウドなど直感的にサーベイの結果を可視化する機能も持つ。さまざまな業界のベンチマークを持っており、世界中の社会情勢に応じた業界情報をリアルタイムにアップデートする。2018年にLinkedInが買収。

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