全米産業審議会 ロビン・エリクソン博士(ヒューマンキャピタル担当副社長)
人材の確保と定着の課題は世界全体で深刻化
全米産業審議会のヒューマンキャピタル(人的資本)担当副社長のロビン・エリクソン博士は、CapgeminiやBersin by Deloitteなど、人材マネジメント関連のコンサルティングや調査で25年以上の経験を持つ。また、ForbesやCNBSなどの経済誌から数多くの取材を受け、カンファレンスでの講演も行っている。人材獲得、人材のモビリティ、従業員体験、ウェルビーイング、ダイバーシティ&インクルージョンなど、幅広いテーマについての調査を統括する同博士に、退職者の再雇用や、従業員の大量離職、リモート採用、パンデミックがもたらした影響などについて伺った。
【全米産業審議会(The Conference Board)】1916年設立、本部所在地はニューヨーク市。非営利の民間調査機関。世界の経済動向分析や予測などを行い、消費者信頼感指数や景気先行指数などを毎月発表している。
――米国では人材不足から、退職者を再雇用する企業が増えているそうですが、今後もこの傾向は続きますか。
元従業員や定年退職者の再雇用は、「Great Resignation」の以前から行われていました。私がDeloitteに所属していたときに行った調査では、採用の質が最も高い採用経路は社内の人事異動で、2番目は従業員の紹介によるリファラル採用でした。アルムナイもそれに含まれると思います。
再雇用のトレンドはしばらく続くと思いますが、労働市場の逼迫度が低下すれば、ストップするでしょう。しかし、私は続いてほしいと思っています。なぜなら、従業員は、経験や知識が豊富な退職者からベストプラクティスを教わることで、より短期間で知識を得ることができるからです。
定年退職者の場合、彼らが最も望んでいるのは、毎週月曜日に休む、冬は温暖な場所に住んで働くといった柔軟な働き方や、クオリティ・オブ・ライフの向上です。企業は、柔軟な働き方を認めて、退職者の活用を継続するべきだと思います。
インダストリアルワーカーやマニュアルワーカーが多い企業は、人材定着の課題をより強く実感
――従業員が大量離職する「Great Resignation」により、人材の定着の課題が深刻化していると言われていますが、実際にこのような傾向は見られますか。
全米産業審議会は2020年4月に、米国に本社を置く多国籍企業のヒューマンキャピタル担当エグゼクティブを対象に 「Great Resignation」についてのオンラインアンケート調査を行いました。同年5月に報告書を発表しましたが、パンデミックが長期化したため2020年9月と2021年4月に追跡調査を行い、2020年10月に2回目の報告書「Adapting to the Reimagined Workforce」、翌年5月に3回目の報告書「The Reimagined Workplace a Year Later」を発表しました。また、2022年3月には、エグゼクティブ179人を対象とした4回目の調査を実施し、同年4月に最新報告書「The Reimagined Workplace Two Years Later」を発表しました。
2022年の調査では、人材の発掘と人材の定着ともに、2021年の調査よりも「難しい」という結果が出ています。従業員の構成別にみると、人材の発掘が「難しい」と答えた割合は、プロフェッショナルやオフィスワーカー(※1)が従業員の大半を占める企業が84%で、前年の60%から大きく増加しました。インダストリアルワーカーやマニュアルワーカー(※2)が多い企業は81%で、前年の80%から微増となりました。
人材の定着について「難しい」と答えた割合は、プロフェッショナルやオフィスワーカーが多い企業が64%と、前年の28%から大幅に増加しています。一方、インダストリアルワーカーやマニュアルワーカーが多い企業は73%と、前年の49%からさらに増加し、人材の定着がより難しいことがわかりました(図表1)。
【図表1】 人材の確保および定着が「難しい」と答えた企業の割合
会社の方針に反対し、自主退職する従業員が増加
――従業員の大量離職は何が原因だと思いますか。
2022年3月時点の自主退職者は約445万人と、米国の歴史上かつてないほど増加しています。この原因の1つは、オフィス出社の再開やワクチン接種の義務化などを拒否する従業員が、会社を辞めることで意思表示するようになったからだと思います。出社の再開を拒否する理由は、職場の安全性に疑問がある、ワクチン接種の対象年齢に達していない幼い子どもがいる、リモートワークを続けてワーク・ライフ・インテグレーションを充実させたいなど、さまざまあります。私は、これまで米同時多発テロ事件と2008年の大不況後にも、企業と従業員の関係性の変化について調査しましたが、今回のパンデミックでは、これまで以上に従業員が「会社の方針に従いたくない」という意見をより強く主張するようになりました。売り手市場が続き、今の仕事を辞めても、すぐに転職先を見つけられるからです。
人材の定着の課題は、人材獲得やタレントマネジメント部門だけでなく、給与制度を決めるDirector of Compensationも含めて、総合的に取り組む必要があると思います。
もう1つ興味深い調査結果があります。全米産業審議会は、米国、欧州、アジア、中東・アフリカの人材獲得とタレントマネジメントのリーダー約70人を対象に、フォーカスグループインタビューを4回行いました。採用の難しさを0から10までの点数で表してもらったところ、米国の平均は6.8点、欧州は6.6点、アジアは6.9点で、人材不足は世界共通の課題であることがわかりました。このインタビューをもとに、企業が世界的な人材不足に対処するための11の戦略をまとめた報告書「Navigating the Global Talent Tsunami:Rethinking Strategies for Finding the Right Talent」を、2022年5月に発表しました。
――企業の多くが対面からリモートによる採用にシフトしました。今後もこの傾向は続きますか。
大量離職がいつまで続くかによると思います。人材の需要が供給を上回り、オフィス出社を希望する従業員が増えない限り、今後もオンラインでの採用は増えると思います。対面での面接やオンボーディングには、求職者が会社や同僚、企業文化のことをより深く知ることができるというメリットがありますが、企業はオフィスの使い方について戦略的に検討する必要があるでしょう。
――ダイバーシティやインクルージョン対策の一環として、特に技術系の人材の採用で学位不問とする企業が増えていると言われていますが、実際にこのような傾向は見られますか。
2008年の金融危機の頃など、応募者が非常に多い時代は、多くの企業がATS(応募者追跡システム)のフィルター機能で、4年制大学の学位を持っていない求職者と、長いブランク期間がある求職者を自動的にふるいにかけていました。たとえば、退役軍人のように最新技術に精通し、豊富な経験を持つにもかかわらず、4年制大学の学位を持たない人材は対象外としていました。
しかし、全米産業審議会が2020年に発表した報告書「Different in Degree: Closing the Talent Gap with Alternative Credentials」では、採用難の今、人材獲得やヒューマンキャピタルのリーダーの約半数が、「オルタナティブクレデンシャル(※3)を重視する」と答えています。大学の学位を持たない人材や、ブランク期間の長い求職者も採用対象とすることで、マイノリティ人材や子育てのために休職していた女性など、多様な人材を活用し、採用難に対処することができます。また、自分と同じようなバックグラウンドを持つ同僚が社内に多く存在することで、従業員は「自分らしさ」を仕事で発揮できるため、従業員のエンゲージメントの向上にもつながります。
働くことについての意識や価値観が変化
――フリーランサーやギグワーカーが増加していると言われていますが、実際にこのような傾向は見られますか。
Mercerの調査「2021 Global Talent Trends Study」によると、企業のエグゼクティブの77%が、フリーランサーやギグワーカーは今後4年間でフルタイムの従業員よりも急速に増えると考えています。パンデミックをきっかけに、これまでフルタイムで働いていた人が、さまざまなギグを組み合わせて副業を始めるという、驚くべきシフトが見られます。
――パンデミックを経てどのような変化が起きましたか。
パンデミックは、多くの人々に内省する機会をもたらしました。たとえば、共働きの家庭では、保育所が休業となったために、片方の親が働けなくなったことがきっかけで、家族との時間を大切にするために復職しないことを決めたり、あるいは学校に通ったり、働く環境や処遇がより良い仕事に転職する人もいました。人々は、自分の時間が増えたことで今の仕事は自分がやりたいことなのか、今後もこのキャリアを継続するのかと、考えています。パンデミックが起きなければ選択しなかったであろう人生を選ぶ人もいます。
インタビュアー=ジェリー・クリスピン(CareerXroads) TEXT=杉田真樹
- この1年間で、人材の発掘と定着はさらに困難になっている。インダストリアルワーカーやマニュアルワーカーが多い企業のほうが、プロフェッショナルやオフィスワーカーが多い企業よりも、人材の定着が難しいと感じている。人手不足は世界共通の課題である。
- 従業員の大量離職の原因は、オフィス出社の再開やワクチン接種の義務化などを拒否する従業員が、会社を辞めることで意思表示するようになったからである。企業と従業員の関係性が変化し、従業員は会社の方針に従いたくないという意見をより強く主張するようになった。
- パンデミックの影響で自分の時間が増えたことで、今の仕事は自分がやりたいことなのかを考え、働き方やキャリアについて内省する人が増えた。
(※1)プロフェッショナルやオフィスワーカーは、管理職、財務、ビジネス、専門職、営業、オフィス、事務サポートなどを含む。
(※2)インダストリアルワーカーやマニュアルワーカーは、建設、採掘、設置、メンテナンス、保守、生産、運送、資材運搬、ヘルスケアサポート、警備、調理・給仕、清掃、パーソナルケアなどを含む。
(※3)オルタナティブクレデンシャルは、サーティフィケートなど、従来の学位よりも小さな学習モジュールを指す。
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