リクルートワークス研究所 杉田真樹(リサーチャー)
インタビュー結果と考察2:採用難を乗り越えるためのグローバル企業の対策
パンデミックの影響で、求職者や従業員の意識・価値観の変化、選考の延期や中止、対面からリモートによる採用へのシフトなど、企業の採用環境は大きく変わった。本コラムでは、この変化に適応するため、企業がどのような対策や工夫を行ったのかを振り返るとともに、今後企業にはどのような取り組みが求められるのかを考察する。
求職者へのアプローチの切り替え
インタビューをした企業のなかに、パンデミック以前よりもじっくり時間をかけて、求職者への動機づけを行うところが複数あった。たとえば、Centene Corporationは、求職者へのアプローチを「アクイジション(獲得する)」から「アトラクション(惹きつける)」へ、Celaneseは「アトラクション」から「セダクション(誘惑する)」へと、長期的な採用戦略に変更した。
Celaneseでは、求職者が安心して転職できるように、自社の経営の安定性や職場における徹底した感染予防対策などを丁寧に説明し、求職者との関係性の構築に時間をかけた。スピードよりもプロセスを重視したという。
この背景には、求職者の心理や行動の変化がある。パンデミックの影響で経済などの先行きが不透明となり、コロナ禍での企業の財務状況や職場の安全性に対する不安や、ストレスが増大している。インタビューを行った当時、学校の休校に伴い子どもの面倒や家庭での学習サポートなど、負担も増しているなかで職場を変えたくないという理由から、就職や転職を望む人が減少していた。
また、失業給付の給付額の引き上げや給付期間の延長が職場復帰の妨げとなる傾向も見られた。米国労働省は、2020年3月に施行した「コロナウイルス支援・救済・経済保障法」にもとづく失業給付制度拡充策の一環として、通常の給付額に週600ドルを一律で上乗せしたり、通常の給付の期間が終了した人に対し、給付期間を最長13週(従来の給付期間と合わせて最長39週間)延長する措置を行った。同年12月に、給付の加算額を週300ドルに減額し、2021年3月まで給付期間を延長した。
このような手厚い給付は求職者の働く意欲をそぐと、産業界などから批判の声が上がった。2021年6月にIndeedが実施した「Job Search Survey」では、実際に多くの求職者が新たな仕事を急いで見つける必要性を感じていないことを裏付けた。求職者のうち、「急ぎで仕事に就く必要があり、積極的に仕事を探している」と回答した人の割合は、約10%と少ない。また約45%が「求職活動に関して消極的」、30%が「求職活動は行っていない」、14%が「積極的に仕事を探しているが、急ぎではない」と、約9割は積極的な求職活動を行っていないことが明らかとなった。
求職者が職探しを先延ばしにした理由は、回答者の約25%が「新型コロナウイルスへの感染」、20%以上が「配偶者が雇用されている」、約19%が「金銭的な余裕」、約19%が「育児や家族の世話」、約12%が「失業給付」と答えており、半数は生活が安定していることがうかがえる。
企業は、転職や再就職を躊躇する求職者の気持ちや不安を理解し、「この会社で働きたい」と思わせるために、これまで以上に時間をかけて自社の魅力を伝える必要があった。採用担当者にとって時間や労力がかかるアプローチではあるが、手厚いフォローの結果、中途採用者の転職後の満足度は高い。このようにして入社した従業員が、求職者に向けて「自分が入社してよかった」と思う理由を伝えるなど、会社の採用活動をサポートするといった成果も見られる。
求職者に発信するメッセージの見直し
求職者に発信する内容を抜本的に見直す動きも見られた。たとえばMarriott Internationalはパンデミック以前、福利厚生の一環として従業員が同社のホテルに割引料金で宿泊できることを伝えてきた。しかしこれは、旅行を控えなければならない状況では魅力に欠ける。現在は、安心して接客の仕事ができる環境の整備を求職者にアピールしているという。
この背景として、多くの採用責任者やアナリストが、求職者の企業選びや意識の変化を指摘していた。給与や社風といった従来の基準に加えて、リモートワーク制度の導入、パンデミックへの対応や従業員のサポート体制、また従業員のワクチン接種義務化に関する方針についても注視する求職者が増えている。
再就職や転職先を選ぶ際に、従業員を大事にする会社の姿勢、働きやすさ、雇用の安定性などを重視する傾向が高まっており、企業は以前のようなバリュープロポジション(自社だけが提供できる価値の提案)では、求職者を惹きつけることが難しくなっている。人材を確保するために、求職者の目線で自社の価値や魅力を見直すことが必要となっている。
リモート採用による内定者のフォロー強化
内定者に入社前からメンターをつけたり、内定者と頻繁に連絡を取ったり、ちょっとしたプレゼントを贈ったりするなど、きめ細かいフォローを行う企業が多かった。仕事の進め方、判断基準、物事に対する考え方など、企業文化を丁寧に伝えるといった工夫も見られた。
これは、企業の多くが、非対面でのリモート採用に切り替えたことが影響している。リモート採用には、採用担当者や従業員が求職者と実際に会って関係性を築くことができず、求職者に職場の雰囲気を伝えづらいという課題がある。入社説明会もZoomといったツールを使用してオンラインで行われたため、採用担当者や同僚と一度も会うことなく、入社日を迎える新入社員が多かった。
そこで、企業は内定者とのつながりを保ち、チームの一員になったことを実感してもらうため、またリモートで働く従業員とのつながりを維持するため、これまで以上に入社前後のオンボーディングを重視していた。
パンデミックによって自由な移動や交流が制限されたことで、人と接する機会が減り、人とのつながりを以前より大切にする求職者が増えている。企業は、求職者との人間関係の構築により一層力を入れることで、人材の確保や定着につなげている。
テックスタックの再構築
採用の減速や人員の減少を機に、リモートワークで働く従業員の生産性を向上させるため、多くの企業が採用活動に利用するHRテクノロジーの入れ替えや、新たに導入する製品の検討に取り組んだ。とくに、CRM(採用候補者管理システム)の見直しや、ショートメッセージ(SMS)やチャットボットの導入を行う企業が多かった。
Uberでは、CRMをBeameryに乗り換え、iCIMSのATS(応募者追跡システム)を導入するなど、大規模なツールの入れ替えを行った。採用コーディネーターが使うスケジューリングツールも選定中である。
Lowe’s Companiesは、チャットボットの導入やATS兼CRMの製品の選定を行った。Centene Corporationも、Phenom PeopleのCRMを導入した。CRMの活用を通じてどのような人材プールを構築するのか、求職者に発信するコンテンツの管理は誰が行うのかを明確にし、システム運用の強化に取り組んだ。
Marsh McLennanやCelaneseのように、Z世代の労働市場への参入などに備えるため、SMSツールの導入準備を進めたり、同ツールの積極的な活用を始める企業もあった。
CRM、SMS、チャットボットといったコミュニケーションツールを活用し、求職者を囲い込み、信頼関係やつながりを築く。パンデミック下で企業は、求職者など人材とのコミュニケーションや関係性の維持をより一層重視している。
増えすぎた社内システムの整理や削減に取り組む企業もあった。理由は、複数のベンダーとの契約交渉の手間やシステムの連携にかかる費用を減らすためである。パンデミック以前から、企業が導入する採用テクノロジー製品の数は増加傾向にあり、ATSを9種類も併用する企業もあった。製品数が多いうえに、システムの連携も不十分で、必要なデータをすぐに取り出せないという状況が起きていた。また、採用予算が削減され、システムを整理、削減せざるを得なかったという事情もある。
パンデミックによって多くの企業が選考を中止したり、採用人数を大幅に削減したりした。大手ベンダーと複数年の契約を結んでいる企業が多く、本来ならば利用料金を支払い続けなければならない。しかし、一部のベンダーは苦境に陥った企業のために、契約形態や契約期間の変更に応じたり、手数料を無料化した。こうした対応を行わなかったベンダーもあった。この経験から、既存のベンダーとの契約を見直し、融通の利くベンダーに乗り換える企業が増えると予想されている。
さらに、一部の企業では世界各国の拠点の採用業務プロセスを見直し、共通の製品を導入する動きも見られた。Rocheは、世界共通のCRMとしてPhenom Peopleを導入した。Marriott Internationalも、OracleのHCM(人事管理)プラットフォームに切り替え、150カ国の拠点で導入した。これは採用業務のオンライン化が必要とされ、プロセス全体の見直しに絶好のタイミングだったためである。国によってばらつきがあったプロセスやシステムを統一することで、企業は採用の効率や質の向上を図っている。
人材獲得競争の激化
小売りや配達など一部の業種では、人材の需要が供給を大きく上回り、買い手市場から売り手市場へと転換した。Lowe’s Companiesは、売り上げの急増や従業員のコロナ感染で、店舗の時給労働者が不足した。そこで、採用活動の本社移行やRPO(採用代行)会社の利用、非正社員の活用、採用プロセスの一部省略化など、あらゆる手段を講じて、採用スピードを向上させ、大量採用を実現した。宅配事業が好調だったUberは、採用業務の経験がない元アスリートや元軍人といった人材をリクルーターとして育成するアカデミーを創設し、採用体制を強化した。
現在も、小売りや物流など、対面が中心でリモートワークができず、感染リスクもあるといわれる業職種では深刻な人手不足が続いている。エッセンシャルワーカーのなかには、パンデミック下でも医療やテクノロジーなど業績が好調で、リモートワークなど柔軟な働き方を選べる業界への転職を希望する人が増えている。
企業の間では、人材の獲得やつなぎとめる手段として、時給の引き上げ、サインオンボーナス(入社一時金)の提示、従業員の学費支給などを行う動きが広がっている。
パンデミックが一旦収束し、経済活動が活発化すると、採用選考を延期、中止していた企業が一斉に採用を再開することから、今後は人材獲得競争がさらに激化すると見込まれている。企業は採用にあたり、市場に見合った給与や待遇など好条件の提示や、従業員持株制度の導入などによる他社との差別化、応募者へのスピーディな対応といった、人材確保のための採用戦略や従業員の待遇など人事施策の見直しが求められる。
従業員の離職防止
パンデミック収束後に従業員の離職率が上昇する可能性を示唆する企業もあった。社会環境や生活様式、働き方が大きく変化し、労働者の人生や会社に対する期待や要望も変化している。今後はどこに住みたいのか、どのような企業でどのような働き方をしたいのか、どう生きたいのかなど、自分の価値観や本当に大事なことは何かを考える動きがある。
パンデミックが一旦落ち着き始めている現在、米国労働省が2021年10月に発表した求人労働異動調査(JOLTS)は、離職率上昇の傾向が既に始まっていることを示している。同年8月に自発的に仕事を辞めた労働者数は前月比で約24万2000人増の427万人と、過去最高水準に達した。11月発表の最新調査では、9月に自発的に仕事を辞めた労働者数は440万人とさらに増えている。
求職者はより高い給与、福利厚生、労働条件を求めて離職している。人手不足によって、好条件の仕事を見つけやすい状況が続いている。
仕事とプライベートの切り替えが難しい、孤独感の増加、長時間労働など、長期の外出制限やリモートワークが続く生活でストレスが蓄積されたことで、バーンアウト(燃え尽き症候群)による退職者も増えている。
パンデミックという誰もが予想もしなかった特殊な状況により、社会は大きく変化した。人手不足や離職の問題は今後もしばらく続くと予想される。
企業は、人材の確保や従業員の離職防止のため、公正かつ公平な給与の設定、従業員が住む場所や働く時間を自由に選択できる柔軟な労働環境の提供、従業員のウェルビーイング向上など、さまざまな取り組みの強化が求められている。