夢を仮想現実で叶える。アイディアが溢れ出す学習コミュニティの生み出し方【Vol.1 湘南工科大学 XRコース】
学生自身が日本中から魅力的なゼミを探し、取材し、記事にして発信する学生記者プロジェクト。第1弾は、湘南海岸にほど近いキャンパスで最先端のシステム開発に取り組む学習コミュニティだ。秘密基地のような空間に集い、互いを高め合う学生たちの目の輝きの秘密を探った。
取材・文 谷本智海(東京女子大学3年)
取材 矢野綾乃(湘南工科大学3年)
佐藤千優(東京女子大学3年)
山岡宗志(下関市立大学3年)
【Seminar Data】
・教員:堀越 力(ほりこし つとむ)教授 湘南工科大学 工学部 情報工学科
専攻分野:ユーザーインターフェース、画像処理、バーチャルリアリティ
・開設年:2018
・構成員:学生(2・3年生、各学年10名程度)教員5名
・選考基準:1年次の授業出席率並びにGPA
・位置づけ:選択制「学科横断型学修プログラム」内の1コース
(2023年度から「横断型学修プログラム」に名称変更予定)
・単位数:2・3年で計8単位
・卒業研究:有り
XRコースって何をするところ?
ゼミナール研究会では、大学におけるゼミや研究室などを対象として研究している。取材先を検討するにあたり、私たち学生記者は様々なゼミの情報を集めた。その中でも筆者が魅力的に感じたのは「己を知り、チーム全体のゴールへ、自分なりにアプローチ」する様子。学生一人ひとりが力を発揮し、チームで協力しながら精力的に活動する組織の実態だ。そのような活動が顕著であることから、ゼミに類する学習コミュニティとして本コースの取材へと踏み切った。
XR(クロスリアリティ)メディアコース(以下:XRコース)とは、湘南工科大学が2018年に開始した「学科横断型学修プログラム」内の1コース。その名の通り学科を「横断」し、多くの学生らと交流して多角的な視点を養うことのできる本プログラムには意欲の高い学生らが集う。国内外の関連企業が一堂に会し、世界でも有数の規模を誇る催し「東京ゲームショウ」への出展、VR(バーチャルリアリティ)の可能性を模索する学生向けコンテスト「IVRC(Interverse Virtual Reality Challenge)」への参加など、一年を通してイベントは盛りだくさん。「早くから自分の興味や関心事に向き合えることが魅力」と語るのは、XRコースのまとめ役である3年生の山根木さんだ。
XRとは、仮想現実の世界でリアルな「体験」を再現し、近年はゲーム等の娯楽だけでなく医療・教育の現場で浸透しつつある技術。実際に大学紹介のイベントで展示した歩行型VRデバイス「Omni(オムニ)」の話になると、学生たちは目を輝かせてその魅力を活き活きと語った。
「Omniって、あまりメジャーなものではないんですよ。昔からあるデバイスでそれほど普及しなかったんですが、そのぶん可能性を秘めていると思います」と2年生の原田さん。実際のデバイスを操作してもらった。VRゴーグル、センサーのついたハーネスと靴を装着することで体の動きが読み取られ、ユーザーは仮想空間でアドベンチャーを楽しむことができる。原田さんが走ると画面上のキャラクターも走り、歩みを止めると画面は停止。しかし時折、Omniは予測不能な動きを見せる。「あれっ、飛んだ!」と新鮮な反応の後「なぜこうなったんだろう?」とすぐさまその場で話し合い、解決の糸口を見つける学生たち。チームで協力し問題解決を図る姿は、今まさに未来の情報通信技術者として重要な過程を辿っているように感じられた。彼らは、なぜXRコースでの学びを選択したのだろうか。
なぜXRコースを選んだのか
XRコースの所属学生を対象とした事前のアンケート調査によると、学生が本コースを志望した理由は「分野やテーマに興味があった」が87.5%と最も高い。その理由として、近年流行のVRチャットやVTuber、仮想空間を舞台とした大人気小説『ソードアート・オンライン』など、IT社会に生きる若者たちらしいきっかけが挙がった。
図表1 XRコースの志望理由(N=9)
XRコースの指導教員である堀越力先生は「自分が『好き』と心から思えることでなければ伸びない」との考えから、興味を学習へつなげ学生のモチベーションの維持を図っている。「好き」の追求によって自己の関心を形にすることの面白さを実感する学生の姿は、湘南工科大学の理念「やりたいことを、できることに」をまさに体現しているようである。
アイディアを生み出す「安心・安全な空間」
XRメディアを含めロボティクス、AI、IoTの4コースから成る「学科横断型学修プログラム」のうち、XRコース独自の魅力を学生に伺った。「XRは自分のやりたいこと、学習したいことを幅広くさせてもらえる環境や雰囲気がある」と3年生の池さん。他の学生からもアットホームで柔らかい雰囲気や居心地のよさ、発言を否定されない寛容さなどの言葉が列挙された。学生たちの言葉通り、取材中に感じられたのは「安心で安全な空間」。柔らかい空気に包まれたXRコースだからこそ「大学に入るまでパソコンには詳しくなかった」と技術的な知識の欠如に不安を抱えていた学生までもが、臆することなく発言できる空間が生まれるのではないだろうか。
教員の堀越先生が掲げるXRコースのモットーは「楽しくやろう」。技術者としての確かな実力の獲得に重きを置く他コースとは一線を画し、学生の自由な発想が作品制作に大きく寄与するXRコースでは、講義や試験など机にかじりつくような学習スタイルをほとんどとらない。XRコースの教室は、そのスタイルを反映しているようでもある。まるでフリーアドレスオフィスのような広々とした空間に、天井から吊り下げられたブランコや床に転がるバランスボール、「勉強に身が入る」と学生お気に入りの四畳半。それらを取り囲む、VRゴーグルなどの大量の機材。空間そのものの持つ力によって授業外でも自然と学生の集まる環境が成立し、アイディアがとめどなく溢れ出すのだという。
これまで紹介したXRコースの雰囲気は、指導教員である堀越先生の存在あってこそのものといえるだろう。取材中もにこやかに学生たちを見守っている様子が見受けられた。そんな先生がコース運営で意識されているのは、あくまでも自分はコーチとして参加し、学生と対等の目線に立って「メンバーの一人として楽しむ」こと。自分と同じ目線で話してくれていた、学生時代の教授の姿を意識しているのかもしれないともらした。
学生の方から助けを求めてくるまでは見守り役に徹し、わからないことは一緒になって考える。「やりたいことをやって。そのために必要なものがあれば言って」と学生のどんな小さな興味も見逃さない。意見や要望を却下されることがないからこそ、学生たちは期待に応えるため己と向き合い、制作に取り組むことができるそうだ。
互いの力を認め合い、大きな目標へ
活動において、自分がチームに「貢献している」と感じる瞬間を学生に伺った。全員が頭を捻るなか、3年生の上杉さんは「なかなか言葉には出さないけれど、すべての人がそれぞれのチームに貢献していると思う」と語った。「実力のある人こそ謙虚なんです。上には上がいることを知っているからじゃないかな」との言葉に深く頷く学生たち。同学年の学生の言葉に、筆者は衝撃を覚えた。学科や専攻の枠を取り払った「学科横断型学修プログラム」だからこそ自分を客観的に見つめることができ、「上には上がいる」ことを実感するのだろうか。
ものづくりの分野にかかわらず、社会において新しい価値を創出する人々は総じて互いの実力を認め合い、個々の強みを存分に発揮しつつ大きな目標へアプローチする。「僕にはできないけれど、あの人なら」「この分野なら得意だから、私が」。そして成果をあげるには仲間の存在が不可欠と知っているからこそ、互いを尊敬する心を忘れない。「誰ひとり嫌な気持ちにはなってほしくない。だからこそ自分ができないことに直面したら、丁寧な物腰で他の学生に頼むことを心掛けています」とリーダーの山根木さん。活動を通して仲間との強固な信頼関係を構築する学生たちの姿は、筆者の目にとても眩しく映った。
これからのXRコース
「XRコースの今後の展望はありますか」。最後の質問に、堀越先生は「学生たちが作ったコンテンツを広めたい」と迷いなく回答された。受験を視野にいれる高校生や来年度以降XRコースへ参加する学生のため、新規のホームページ開設なども計画している堀越先生。さらに活気づくであろうコースの将来に期待を寄せつつも「流行ってほしいような、ほしくないような……」と、学生たちは取材後に本音をぽろり。
コロナ禍でいっそう注目を集める分野であるVR。その未来を見つめ着実に歩みを進める学生たちと、背後から温かな視線を注ぐ堀越先生たちのXRコースのさらなる発展を祈りつつ、今後もその動向を見守ってゆきたい。
【Student’s Eyes】
■教員も一人のメンバーとして、学生と同じ目線で学び合うことによって信頼関係を築いていることが感じとれました。このような歩み寄る姿勢がこのコース全体で共有されているからこそ、学生にとって自由な発言が許され、様々なことに挑戦できる安心・安全な場になっているのだと思います。(矢野)
■学生が周囲に遠慮せずインタビューで積極的に発言する様子から、自由でアットホームな雰囲気を感じました。一方で謙虚な姿勢を持っており、自身よりも上の存在を認識していたように感じます。XRコースの学生は自分を客観視できているからこそ、向上心や高い意欲を持てているのではないでしょうか。(佐藤)
■「大学生活で得たもののうち、ゼミで得たものは何%か?」という問いに対し、取材を行った学生全員が50%以上の値をつけたことに驚きました。単純な時間を考慮するとそうはならないため、XRコースの時間の濃さがうかがえます。この濃密な学びが高いベース性とクエスト性(※)につながるのかなと考えました。(山岡)
■XRコースは、学生がのびのびと自分の「好き」を追求できる場所であるのだと感じました。その場所において、ゼミ生たちを見守ってくれる担当教員・堀越先生の存在の大きさは計り知れません。限りなく大きなそれを気づかせないことが、XRコースの柔らかい雰囲気につながっているのではないかと感じました。(谷本)
(※)人とのつながりには、安全基地としてのベース性、目的共有の仲間としてのクエスト性という2つの性質があり、ベース・リレーション、クエスト・リレーション双方を持つことで、キャリアの見通しが高まる。その背景には、つながりを通じて、人生やキャリアを豊かにする「安心」「喜び」「成長」「展望」というギフトを受け取っていること、人との対話を通じた新たな気づきや価値観の創造が生まれていること、がある( リクルートワークス研究所〈2020〉「マルチリレーション社会―多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会―」)
【参考】
学科横断型学修プログラム(湘南工科大学)
https://www.shonan-it.ac.jp/faculties/general/cross-academic/
東京ゲームショウ2022
https://tgs.nikkeibp.co.jp/tgs/2022/jp/
Interverse Virtual Reality Challenge(IVRC2022)
https://ivrc.net/2022/