マッチョイズム─男性がありのままになることを阻む壁 ──筒井健太郎

2022年07月08日

「男らしく」いることはつらい

男性がありのままの自分で生きることは難しい。経営者層や管理職層を対象としたコーチング・カウンセリングを通じて、私が一人一人の男性に向き合う中で感じていることである。
相談場面を通じて、多くの男性クライアントが、心の奥底で男らしさに強く囚われている姿を見てきた。その囚われの強さが、ありのままの自分を覆い隠し、侵食してしまっている。実際に、そうした男らしさを表す「マッチョイズム(=伝統的な「男らしさの規範)」が男性に落とす影は強くなってきている。電通総研により実施された「男らしさに関する意識調査」(2021)において、全ての世代で5割を超える男性が「最近は男性の方が女性よりも生きづらくなってきている」と答えている。本コラムでは、そうした生きづらさを生む「マッチョイズム (※1)」の影について紹介したい。

「マッチョイズム」とは

まずは「マッチョイズム」について説明したい。ジェンダー研究において多様に説明されているが、ここでは主にマネジメント文脈で語られているものを紹介する。
この観点で、まず最も知られているのが、Hofstede et al.(2010)による国民文化6次元モデルの中で扱われている「男らしさ」である。このモデルでは、男らしさの特徴として、「挑戦、収入、評価と出世が重要である」「男性は自己主張が強く、野心的でたくましくなければならない」「働くために生きる」等といった要素が挙げられている。
同じくマネジメント文脈で男らしさに触れているのが、Berdahl et al.(2018)である。組織における「男性性を競う文化」を特徴づける男らしさの規範として、以下の4つを挙げている。

「弱みを見せてはならない(Show no weakness)」:尊大なまでの自信がなくてはならず、疑念や過ちを認めず、ソフトな感情や弱い感情を抑圧する(「女々しいのはダメ」の)職場

「強さと強靭さ(Strength and stamina)」:力強い人や運動的な人(ホワイトカラーの仕事であっても)、自分の持久力を誇示する人(長時間働くなど)を称賛する職場

「仕事最優先(Put work first)」:組織外のいかなるもの(家族など)も、仕事の邪魔をしてはならない職場。休憩や休暇を取ることは、コミットメントの許しがたい欠如と見なされる。

「弱肉強食(Dog eat dog)」:非情な競争にあふれ、「勝者」(最も男性的な人)が「敗者」(あまり男性的でない人)を負かすことに力を注ぎ、誰も信頼されない職場

「マッチョイズム」の構造

マッチョイズムは、未だ会社の中に巣食っている。そうした状況を生み出す構造について、Messner(1997)により提唱された「男性の制度的特権」「男らしさのコスト」「男性内の差異と不平等」の3つの観点からみてみたい(※2)。

マッチョイズムという言葉からまず連想されるのは「男性の制度的特権」の側面である。「集団としての男性は集団としての女性の犠牲によって制度上の特権を享受」(多賀, 2019b)しているのである。男性の正規社員雇用労働者の割合や管理職比率の高さから(※3)、男性が会社の中で「制度的特権」を得てきたことは目に見えて明らかである。こうした特権は、男女役割分業を前提として「フルタイム勤務で残業や転勤を受容できる「仕事中心」の価値観を持った人材」(佐藤, 2022)を想定して設計された人事制度によって保存されている。

しかし、上記の特権はコストなくして得られるものではない。「男性は地位や特権と引き換えに、狭い男らしさの定義に合致するために―浅い人間関係、不健康、短命という形で―多大なコストを払いがち」(多賀, 2019b)なのである。これが「男らしさのコスト」である。仕事に没頭するあまり職場を離れた人間関係が希薄化してしまうことや、男らしさへの囚われがアルコール依存や特定のがんの発症率の増加等(Kirby et al., 2019)、さらにメンタルヘルスの低下(Wong et al., 2017)に繋がることが問題視されている。男性の自殺者が女性と比較して約2倍であることは(厚生労働省, 2022)、男性が負っているコストの重さを物語っている。

ただし、こうした特権とコストのバランスは男性内で平等ではない。日本企業では、長期雇用に値する無限定な働き方をこなせる「能力」と、無限定性を喜んで受け入れるかという「態度」が評価される慣行が未だに残っている(濱口, 2015)。男性化された競争社会に残り続けることができる男性だけがコストに見合った多くのメリットを享受する仕組みとなっている。「男性内の差異と不平等」が存在するのである。

「マッチョイズム」の弊害

main750_0705-2.jpgこれまでは、マッチョイズムが生み出す特権は男性にとって絶対的なメリットであるとみなされてきた。そして、男性はそのメリットを享受するために、多大なコストを負担することを結果的に受け入れてきた。しかし、今日においては、根本的にそのバランスが崩れ始めている。男女役割分業を前提とした「仕事中心」の価値観の変化が、マッチョイズムに従うことのコストを増大させているためである。家事・育児の中心的な役割を担うようになってきている「育休世代」(※4) ともいえる男性ミドルは、今まさにこうした変化の渦中にいる。

男性の家事・育児への参画意識は右肩上がりで高まっている(※5)。一方で、男性の家事・育児参画時間は改善しない状況が続いている(※6)。その原因の一つとして、マッチョイズムが、男性に対して家庭で第一線の役割を担うことに、大きなコストを課していることが考えられる(※7)。日本の組織、特に歴史ある大手企業においては、未だに短時間勤務などの両立支援施策を利用するだけで否定的な評価を受けてしまうという「フレキシビリティ・スティグマ(flexibility stigma)」が残っているからである。男性は依然としてマッチョイズムの体現者であることが求められている(多賀, 2006;田中, 2015)。こうした組織の中では、仕事にすべてのエネルギーを投入することを評価する「仕事専念スキーマ(work-devotion schema)」が働いており、これがフレキシビリティ・スティグマに繋がるのである(坂爪, 2020)。

そうしたフレキシビリティ・スティグマが存在する一方で、男性が社会から受ける家事・育児参画への期待は益々高まっている。これは「男性育休義務化」や「男性版産休」といった制度導入に象徴されている。社会における理想的な男性像は「スーパー・ファーザー」化し、その期待はインフレしているのである(多賀, 2021)。しかし、スーパー・ファーザーとなれるのは環境に恵まれた限られた男性だけである。大多数の非スーパー・ファーザーは、家事・育児へ参加するために、更なる健康コストを負担したり (※8)、稼ぎ手役割を軽減したりすることになる。フレキシビリティ・スティグマが残る中では、男性が負担するコストは増えるばかりである。

反面、このように増加するコストに対して、従来の特権はその効力を失いつつある。これまで、「男性総合職モデル」(平野・江夏, 2018)と称される人事制度の下で、社員の多数を幹部候補生と捉え、管理職志向を前提に、ジェネラリストとしての育成のみに重点が置かれてきた(石山, 2017;佐藤, 2022)。しかし、キャリア志向が多様化する中で(e.g.佐野, 2015)、経営幹部を目指し、「マッチョ」にキャリアアップしていくことは、「育休世代」の男性にとって必ずしも魅力的な選択肢ではなくなってきているのである。

マッチョイズムとの向き合い方

マッチョイズムが保存してきた絶対的な特権もその威光を失いつつある。負担するコストばかり増大する中で、この規範の影響を残したまま、人材マネジメントを成り立たせることは限界が近づいている。これからの人材マネジメントを考える際にダイバーシティ・マネジメントは主要テーマであるが、その実現にあたり、組織に根深く存在するマッチョイズムは大きな障害となる。

ダイバーシティ・マネジメントの実現においてインクルージョンが重要視されている。インクルージョンについては一般的な定義は定まっていないが、様々な定義には、共通して「ありのままの自分(authenticity)」でいることが含まれている 。これからの人材マネジメントにおいては、社員一人一人が「ありのままの自分」でいられるようになることが必要なのである。
しかし、マッチョイズムの世界を長く生きてきた人間が一足飛びにその感覚に至るのは難しいであろう。まずは、これまで当たり前に受け入れてきたマッチョイズムに自覚的になり、その重荷を下ろすことから始めなければならない。大きな意識変革のただ中にいる私たち男性ミドルは、この問題に真摯に向き合い、自らその道を切り開いていかなければならない。

■参考文献
Berdahl, J. L., Glick, P., Cooper, M. (2018). How Masculinity Contests Undermine Organizations, and What to Do About It. Harvard Business Review, November 2, 2018 (「「男性性を競う文化」が組織に機能不全を招く」『ハーバード・ビジネス・レビュー』2018年12月14日)
Connel, R. (2005). Masculinities, 2nd edition. Polity Press (伊藤公雄『マスキュリニティーズ―男性性の社会科学』新曜社)
電通総研 (2021).「電通総研コンパス第7回『The Man Box:男らしさに関する意識調査』」
Flood, M. (2018). Toxic masculinity: A premier and commentary. Activism & Politics, July 7, 2018
濱口圭一郎 (2015).『働く女子の運命』文藝春秋
平野光俊・江夏幾太郎 (2018).『人事管理:人と企業、ともに活きるために』有斐閣
Hofstede, G., Hofstede, G. J., Minkov, M. (2010). Cultures and Organizations: Software of the Mind, 3rd edition. McGraw-Hill (岩井八郎・岩井紀子訳 (2013) 『多文化世界【原書第3版】―違いを学び未来への道を探る』有斐閣)
石山恒貴 (2017).「企業内プロフェッショナルの人的資本の蓄積、および専門職制度の有効性と課題」独立行政法人労働政策研究・研究機構『企業内プロフェッショナルのキャリア形成Ⅱ―社外学習、専門職制度等に関するインタビュー調査―』
Jansen, W. S., Otten, S., Zee, K. I., & Jans, L. (2014). Inclusion: Conceptualization and measurement. European Journal of Social Psychology, 44 (4)
Kirby, R., Kirby, M. (2019). The perils of toxic masculinity: four case studies. Trends in Urology & Men’s Health, l0 (5)
Messner, M. A. (1997). Politics of Masculinities: Men in Movements. Sage Publications, Inc
内閣府 (2022). 『令和4年度版 男女共同参画白書』
中野円佳 (2014).『「育休世代」のジレンマ―女性活躍はなぜ失敗するのか?』
厚生労働省 (2022). 「令和3年中における自殺の状況」
坂爪洋美 (2020). 「ダイバーシティ・マネジメントで管理職が直面する課題」坂爪洋美・高村静『管理職の役割』中央経済社
佐藤博樹 (2022). 「ダイバーシティ経営を支える5つの柱」佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』中央経済社
佐野嘉秀(2015).「正社員のキャリア志向とキャリア―多様化の現状と正社員区分の多様化」『日本労働研究雑誌』第655号
Shelton, B. A. & J. Daphne, (1996). The Division Household Labor. Annual Review of Sociology, 22
多賀太 (2006).『男らしさの社会学―揺らぐ男のライフコース』世界思想社
多賀太 (2019a).「日本における男性学の成立と展開」『現代思想』 2月号 第47巻第2号
多賀太 (2019b).「男性学・男性性研究の視点と方法:ジェンダーポリティクスと理論的射程の拡張」『国際ジェンダー学会誌』第17巻
多賀太 (2021).『ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方』時事通信社
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Wong, Y. J., HO, M. R, Wang, S. Y., Miller, I. S., (2017). Meta-analysis of the relationship between conformity to masculine norms and mental health-related outcomes. Journal of Counseling Psychology, vol.64

(※1)今日では、多様な男らしさがあると考えることが一般的になっている。これは男性性の「複数性」と呼ばれている(Connel, 2005)。ただし、こうした多様性の中で、男らしさは序列関係をつくってしまうことが分かっている。そして、この序列関係において、権威と結びつき優位な地位にある男らしさは「ヘゲモニックな男性性」と呼ばれる(Connel, 2005)。そのうえで私は、企業の中では、ヘゲモニックな男性性として「マッチョイズム(=伝統的な男らしさ)」が働いてしまっているのではないか考えている。
(※2)これらの観点に立つことで男性問題を多角的に理解することができるとされている(多賀, 2019a)。
(※3) 2021年時点で男性の非正規労働者は21.8%であるのに対して、女性のそれは53.6%となっている(内閣府, 2022)。また、管理職比率に関して、2020年時点で、係長職は20%を超えているが、課長職や部長職は10%前後となっている(内閣府, 2022)。
(※4)「育休世代」は、中野(2014)が「1999年の改正均等法の施行、2001年の育児・介護休業法の改正などを経て、制度的にも人数的にも女性の就業可能性が拡大してから入社した世代」の女性に対して名付けたものである。「男性育休義務化」や「男性版産休」といった制度導入が進む中で、男性ミドルも「育休世代」と称される状況になってきているのではないかと考えている。
(※5)30~40代の男性の65%程度が、家事・育児を妻と半分ずつの分担を希望している。なお、20代~30代では70%を超えている(内閣府, 2022)。
(※6)男女別に見た生活時間において無償労働時間の男女比(女性/男性)は5.5となっている(内閣府, 2022)。
(※7)男性の育児参加の規定要因として、代表的な仮説はShelton & Daphne (1996) により提示された3つの仮説である。収入や学歴、職業などの社会経済的資源を多く保有するほど家事に参加しなくなるという「相対的資源説」、時間的余裕がなくなるほど家事に参加しなくなるという「時間制約説」、性別役割分業意識に肯定的であるほど家事に参加しなくなるという「イデオロギー/性役割説」である。本コラムでは、「イデオロギー/性役割説」に近い立場をとっている。
(※8)最近では、こうした有害で不健康な「男らしさ」の側面は「トキシック・マスキュリニティ(toxic masculinity)」と呼ばれ、警鐘が鳴らされている(Flood, 2018)。また、最近では男性の「産後うつ」が問題視され始めている(約10%程度に男性がそのリスクを抱えていることが分かっている)(Tokumitsu et al., 2020)。

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