男性の育児休業、語られていない「もう一つの意義」──大嶋寧子

2019年10月01日

男性の育児休業について問われたこと

男性の育児休業をめぐる議論が盛んだ。2019年6月には、与党の有志で結成された議連が男性の育児休業の義務化を提言し、メディアも多くの記事を組んだ。その後、同年6年21月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2019」(以下、骨太方針2019)には、「男性の育児休業取得を一層強力に促進する」との文言が盛り込まれた(※1)。さらに2019年9月22日の報道(※2)によれば、男性の育児休業の取得推進に関して、新たな義務を企業に課す法改正について、与党の議連が検討を行うという。
筆者は以前、ドイツで行われた男性の育児休業の取得推進策について調査を行ったことがある。その経緯から、今年度に入って、新聞やウェブメディア等から取材の依頼をいただいた。そこで何度か受けたのは、「なぜ今、男性の育児休業なのか」という質問である。そこでこのコラムでは、あまりきちんと語られていない、「男性の育児休業のもう一つの意義」について、データを踏まえて指摘してみたいと思う。

「なぜ今」という疑問は、なぜ出てきたのか

例えば今、政府がIT人材の確保・育成策や少子化対策を大幅に拡充する方針を示したとする。その場合、財源や方法論の議論はあっても、「なぜ今」の疑問が突き付けられることはないだろう。男性の育児休業の実績(2018年度に6.16%)と政府目標の13%を大きく下回っている。それにも関わらず「なぜ今」という問いが存在する背景には、社会全体で見れば、政策の必然性や緊急性が十分に理解されていないことがあると思われる。

ではなぜ、政策の必然性や緊急性への理解が不足しているのだろうか。第1に考えられるのは、政策の社会的意義についての説明が不十分である可能性だ。前述の骨太方針2019を見ると、「男性の育児休業を一層積極的に推進する」政策の根拠とされているのは、「育児休業を希望していても申請できない男性が多くいること等を踏まえ」という文言である(※3)。少し前に戻って、厚生労働省が2010年6月17日にスタートした「イクメンプロジェクト (※4)」のウェブサイトを見ると、「なぜ今、男性の育児休業なのか」という問いに対して「積極的に子育てをしたいという男性の希望を実現する」「育児や家事の負担を夫婦で分かち合うことで、女性の出産意欲や継続就業の促進」と説明されている。
つまり、男性の育児休業の意義として強く打ち出されてきたのは「男性の希望の実現」であり、子どもを産み育てやすく、女性が活躍しやすい社会の実現といった社会的意義は「等」に押し込まれるか、「女性の課題の解決策」として提示されるに止まる。
「個人の希望の実現」はもちろん大切だ。しかし、取り組みがより多くの人の「自分ごと」となるためには、政策の社会的な意義を語ることが重要だ。男性の育児休業に関しては、そのためのコミュニケーションが不足してきたように思うのだ。

図表1 骨太の方針2019と男性の育児休業の取得推進ooshima1909_00.jpg出所:「経済財政運営と改革の基本方針2019」より抜粋

男性の育児休業の、もう一つの意義

加えて男性の育児休業には、あまり言語化されていないもう一つの社会的意義がある。この20年で見ると、男性の賃金は大幅に低下している。その半面で、女性の賃金上昇力は弱く、家計は不安定化している。男性の育児休業は、この問題に対する処方箋になりうる。

このことを、データで確認しよう。総務省統計局「家計調査」によれば、2人以上の勤労者世帯では、世帯主の勤め先収入(世帯あたり平均、月額)は過去ピークの1997年から2017年に48.7万円から42.0万円へ、実に7万円近く減少してきた(図表2)。ここで厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より、25~64歳の男性雇用者の年収を1997年と2017年で比較すると、勤め先の規模にかかわらずほぼ全ての年齢階級で低下している(図表3)。つまり、男性の賃金減少は一部の現象ではなく、全体的な傾向である。これに対し、同じ期間に、世帯主の配偶者女性の勤め先収入(世帯あたり平均、月額)は、5.6万円から6.4万円へと8000円の上昇にとどまった。男性の賃金の大幅な減少に対して、女性の賃金上昇力はあまりにささやかだ。

では、家計はこの状況をどう乗り切ったのか。その主な手段は「節約」である。同じ期間に費目別の支出額の変化を見ると、交通・通信費が増加し、教育費も維持される一方、食料費、被服・履物費、住居費、家具・家事用品費、教養娯楽費、その他の消費支出は合計で5.5万円減少した。

図表2 世帯主と世帯主配偶者女性の賃金変化(2人以上の勤労者世帯)ooshima1909_01.jpg出所)総務省「家計調査」

図表3 男性一般労働者の1997年と2017年の推計年収とその変化(単位、万円)ooshima1909_02.jpg注)男性一般労働者、産業計・学歴計の数字。推計年収は「きまって支給する現金給与額」×12+「年間賞与その他特別給与額」として計算。
出所)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

節約に頼らざるを得なかった

しかし節約には限界がある。1人あたりの教育費を維持しようとすれば、子育ての経済的負担は高まる。世帯所得が少ない層を中心に貯蓄が難しくなるほか、学び直しや転職などの挑戦も行いにくくなる可能性がある。総務省「家計調査報告年報(貯蓄・資産編)」より、勤労者世帯の貯蓄残高の変化を2002年と2017年で比較すると、貯蓄現在高500~1600万円の世帯の割合が低下する一方、同100万円未満(貯蓄なしを含む)の世帯割合が緩やかに上昇し、勤労者世帯の8世帯に1世帯(12%)を占めた。

図表4 2人以上の勤労者世帯の貯蓄残高の分布(構成比、%)ooshima1909_03.jpg出所)総務省「家計調査報告年報(貯蓄・負債編)」

なぜ、女性の賃金上昇力は弱かったのか。総務省「労働力調査」より、2002年と2017年で女性雇用者の数がどのように変化したのかを、週就業時間別に確認した(図表5)。すると、主に増えたのは週29時間以下の就業者であった。ここからは、働く女性が増えても、そこには家事・育児の負担から強い働く時間の制約がかかり続けた様子が伺える。このことが女性の賃金上昇力を弱め、家計が節約に頼る構図をもたらしたと考えられる。

図表5 週就業時間別・女性雇用者数の変化(2002年と2017年の比較)ooshima1909_04.jpg出所)総務省「労働力調査・詳細集計」

男性の育児休業は家計の安定に寄与する

男性の育児休業の取得推進は、女性の働く時間の制約を緩和し、賃金上昇の可能性を高めることを期待できる政策だ。まず、いくつもの研究が、男性の育児休業の取得が、その後の家事・育児への参画を促すことを指摘している(※5)。たとえばHuerta et al. (2013)は豪州、デンマーク、英国、米国のデータを用いた分析により、従前の育児への関与を考慮した上でも、2週間以上の育児休業を取得した男性が育児により積極的に関与することを明らかにしている。またBunning(2015)は、ドイツのパネルデータを用いた分析により、育児休業を取得した男性は、例え短時間や母親と同時の取得であってもその後の育児時間を増やしていることを指摘する (※6)。仕事でも、鞄持ちだけをしていては最前線に立つ者の責任は分からない。育児もまた、子どもの命と成長に責任を負う経験が、育児の負担を理解し、その後の家事・育児に主体的に関わることに役立つのではないか。
男性の家事・育児が、女性の働く時間の増加や正社員就業に関わることを示す研究もある〔井口・西村・藤野他(2002)、鶴・久米(2016)等〕(※7) 。たとえば、鶴・久米(2016)は、夫の家事・育児の負担割合や負担時間が妻の就業、正社員としての勤務、労働時間等の面でより負荷のかかる働き方の選択を促していることを明らかにしている(※8)。
つまり男性の育児休業のより本格的な推進は、男性の日常的な家事・育児参画を通じて、女性の賃金上昇力を高めることが期待できる。その結果、家計をより安定させ、来る変化に備えやすくすると言えるのだ。

成長と豊かさの前提としての「家族」

冒頭で挙げた「なぜ今、男性の育児休業なのか」という問いには、「男女がともに仕事と家庭を両立できる社会をつくることが、これからの経済の成長と社会の豊かさの前提条件だから」と答えている。
この言葉は、ドイツの連邦家庭省の担当大臣(当時)が、2009年にメディアの質問に答えた際のコメントを借りたものだ。ドイツでは2007年に男性の育児休業の取得推進に向けて大胆に政策の舵を切っており、2009年は男性の育児休業取得率がはっきりと上昇を示していた(※9)。この年は、リーマン・ショックに端を発する国際的な金融不安の影響も懸念されているタイミングであった。そのような時期に担当大臣は「確かな家族政策は、経済成長と豊かさの前提条件である」と力強く答えたのだ(※10)。もちろん当時のドイツと日本では状況は異なる。しかし、家計がじりじりと不安定化してきた日本にも、このメッセージは十分当てはまるように思う。

今後、男性の育児休業の取得推進に関わる具体的な政策の検討が進むだろう。その際には、今度こそ「なぜ今、男性の育児休業なのか」をはっきりさせる必要がある。

(※1)男性の育児休業の取得推進が取りざたされたのはこれが初めてではない。たとえば、2009年の育児・介護休業法改正(2009年7月1日公布、2010年6月30日施行)では、男性の育児休業を促す観点から、男女ともに育児休業を取得する場合に、原則として子が1年になるまで取得可能な育児休業を2カ月延長できるなどの優遇制度が設けられた。さらに、男性の育児休業の取得による経済的負担を軽減するために、2014年6月30日以降に取得された育児休業について、当初6カ月の給付率が休業前賃金の50%から67%へと引き上げられた。
(※2)日本経済新聞「自民・育休議連、男性の育休取得で法整備検討」2019年9月22日
(※3)「育児休業を希望していても申請できない男性が多くいること等を踏まえ、制度的な改善策を含めて検討し、男性の育児休業取得を一層強力に促進する。」
(※4)男性の子育てや育児休業の取得推進を目的とした政策キャンペーンを指す。
(※5)Nepomnyaschy and Waldfogel(2007)、Huerta et al. (2013)、Bunning(2015)、Rege(2010)など。
(※6)ただし、家事時間を増やしたのは長期の取得や単独での取得の場合に限られた。
(※7)このほか井口・西村・藤野他(2002)は、夫が早く帰宅することや家事に参加することが妻の正規就業を促進していると指摘している。
(※8)なお、男性がより家事・育児に参画する場合、働く時間と時間外手当が減少し、その分賃金が減少する可能性があるかもしれない。しかし仮に男性の賃金が減少しても、女性の賃金が上昇することのメリットは大きい。なぜなら、日本の所得税は個人に対する累進課税であるため、たとえ同じ世帯年収であっても、2つの収入源がある方が税負担は軽くなる。家計に2つの収入源があることは、家計の所得変動リスクを緩和し、夫が柔軟に学び直しや転職などに挑戦しやすくなる。
(※9)ドイツ連邦家庭省「家族報告書2017」(MFSFJ,Familienreport 2017)によれば、男性の育児休業の取得推進に関わる制度改正が行われる前の2006年には男性の育児休業取得率は3.5%であったが、2009年にはこの割合は23.6%まで上昇した。
(※10)連邦家庭省『家族レポート2009』の発行を受けたUrsula von der Lyen大臣(当時)の発言(Eine solide Familienpolitik sei "Voraussetzung fur Wachstum und Wohlstand und fur die Frage, wie wir aus der Krise herauskommen")、Der Tagesspiegel 2009年2月16日

 

<参考文献>
井口泰・西村智・藤野敦子・志甫啓(2002)「雇用面からみた世代間利害調整」,一橋大学経済研究所編『経済研究』53(3),204~212.
鶴光太郎・久米功一(2016) 「夫の家事・育児参加と妻の就業決定-夫の働き方と役割分担意識を考慮した実証分析」RIETI DP (2016).
Huerta, Maria del Carmen, et al. Fathers' leave, fathers' involvement and child development: Are they related? Evidence from four OECD countries. No. 140. OECD Publishing(2013)
Nepomnyaschy, Lenna, and Jane Waldfogel. "PATERNITY LEAVE AND FATHERS’INVOLVEMENT WITH THEIR YOUNG CHILDREN: Evidence from the American Ecls?B." Community, Work and Family 10.4 (2007): 427-453.
Bunning, Mareike. "What happens after the ‘daddy months’? Fathers’ involvement in paid work, childcare, and housework after taking parental leave in Germany." European Sociological Review 31.6 (2015): 738-748.
Rege, Mari, and Ingeborg F. Solli. "The impact of paternity leave on long-term father involvement." (2010).

 

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