ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス 取締役 人事総務本部長 島田由香氏
個々の自分らしさを存分に発揮することが成果を出すいちばんの近道
聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)
石原 ユニリーバは、ここのところ、社員一人ひとりの自由な働き方への移行に力を入れて、立て続けに新制度を導入してきましたね。なかでも象徴的なのは、2016年7月に導入した「WAA」いう制度だと思います。
島田 WAAは“Work from Anywhere and Anytime”の略で、全社員を対象に、理由にかかわらず、働く場所・時間を自由に選べるようにしたものです。その延長で、場所を問わないなら地方で働くこともできると考え、ユニリーバ式のワーケーションとして2019年7月に「地域 de WAA」を開始しました。
さらに2020年7月には、会社の枠を超えて、広く社外の人々に向けて、ユニリーバで副業で働く人を募集する「WAAP」をスタート。「WAAP」の「P」はパラレルキャリア(Parallel careers)という意味のほかに、パソコン(PC)に情熱と能力(Passion&Capability)さえあれば、誰でもどこからでもチャレンジできるという意図も込めています。実際、海外からの応募もあるんですよ。
石原 島田さんがこうした施策を熱心に進めてきたねらいとはどのようなものですか。
島田 仕事は常に、結果にフォーカスすべきという大前提が私にはあります。ただ、静かなほうが集中できる人もいれば、音楽を聞きながら仕事をするとはかどる人もいて、結果を最大化するための手段はそれぞれ違います。何がベストかは自分自身が最もよくわかっているはずですから、一人ひとりを信じて、結果に至るプロセスは問いません、あなたのやり方で力を発揮してください、と伝えています。これは私の信念でもあるのですが、肩の力を抜いて、楽に楽しく生きていくことができれば、その人らしさ、その人の強みは自然に生きてくると思うのです。しがらみや思い込みにとらわれていると、むしろ無駄が増える。ですから、誰もが自由で自然な笑顔になれる世界を目指したい。そのための変化をリードできる企業でありたいと考えています。
思い込みに気づくことで自分らしさを発揮できる
石原 いわば性善説に基づいているわけですが、実際にチャレンジしての手応えはいかかですか。本人に任せるほうが力を発揮できるという実感はありますか。
島田 そこは強く実感していますね。もちろん「信じて任せる」と言ったときに、最初の反応は様々です。その意図をスポンジのように吸収して、すぐに自分らしさを発揮できる人もいれば、「自分で決めてなんて言われても、どうすればいいのか」と戸惑う人、「そんなことはできるわけがない」と否定する人もいる。そのなかで大きな差を生んでいるのは、自分の思い込みに気づく力だと思います。
石原 思い込みとはどのようなものですか。
島田 例えば「WAA」を発表したとき、「今後はもうオフィスに来てはいけないのか」「どうやってチームワークを保てるのか」といった懸念の声があがりました。でも、それは単なる思い込みで、「○○でなければならない」という思考停止に陥っているのだと思います。働く場所を問わないということは、オフィスで働いてもよいということです。自分にとってベストな方法を自分で決めてくださいと言っているだけなのですから。
石原 思い込みに気づき、枠の外に出られる人のほうが結果も出せると。
島田 社内外を問わず、アイデアが豊富でイノベーションを起こしていけるような優秀な人たちは、皆、枠にとらわれず自分らしく生きていると思います。忖度したり、空気を読んだりといった余計なエネルギーを使わない。無駄がないから、結果につながるんですね。
トレーニングは内容ではない 変わると信じて支援できるか
石原 会社組織となると、枠を取り払うための鍵になるのはマネジャー層ではないでしょうか。組織全体が変われるかどうかは、マネジャーによるところが大きいと思います。
島田 おっしゃる通り、マネジャーの力量は極めて重要です。力量というのは、単に知識やスキルの有無が問題なのではなく、その人のビーイング、つまり「ありよう」ですね。
例えば新しい制度ができたときに、自分自身が腹落ちして自分の言葉でそのねらいを伝えることができるのか。あるいは受け売りの言葉でメンバーに説明しながら、内心では、チームをコントロールしやすいようにルールをすり替えようとするか。このようにマネジャーのありようによって、大きな差が出てきます。その意味で、トレーニングも含めてマネジャーへの発信の機会を増やしています。
石原 トレーニングを通じて、マネジャーの考え方は変わりますか。
島田 トレーニングで大切なのはコンテンツではなく、「誰が」やるか。トレーニングする側が「どうせこの人たちは変わらない」という気持ちでやっていたら、どんなトレーニングも絶対に効果はありません。人間には他人を変える力はありませんが、本人が気づけばいくつになっても変わることができる。だからこそ、人は自ら変われると信じて、365日、気づきときっかけを提供していくことを私自身も心がけています。
仕事は一人ではできない チームとして進んでいく
石原 ご自身も人事部門を率いる立場ですが、メンバーに対してはどう接していますか。
島田 チームメンバーには頭が上がりません(笑)。私と仕事をするのはきっと大変だと思いますよ。要求レベルは高いし、はっきりものを言うし、未来しか見えないタイプなので、新しいアイデアが浮かぶとすぐにそれまでと違うことを言い出したりする。申し訳ないとも思うのですが、私自身も自分らしさを大切にしたい。ですから、至らないところも含めてすべて開示しています。それを受け入れてくれるメンバーは、かけがえのない存在です。それぞれのやり方や考え方は違っても、同じ1つの目的に向かって、お互いの「ビーイング」を認め合い、サポートし合える素晴らしいチームだと感謝しています。
石原 一方で島田さんは経営チームの一員でもあります。島田さんの世界観と、ユニリーバのビジネス戦略を重ねていくことも求められますね。
島田 ユニリーバというプラットフォームで取り組む以上、会社が向かおうとする大きな方針を後押しする施策であるのは当然です。これまでの施策はすべて、ユニリーバで働く一人ひとりがより良い結果を生むことを目標にしています。ただ、私は自分が納得できないと動けないので、社長とは日頃からよく話しています。グローバル企業なので、ときには日本の実情に合わない指示もある。それは本当に必要なのか、何につながるのか、徹底的に議論して納得した上で動くようにしています。
石原 この先、個人と組織の関係はどう変わっていくと思いますか。
島田 組織は人の集合体ですから、組織の変化は誰か一人の気づきから始まると考えています。ですから私たち一人ひとりが、自分にとって大切なものは何か、どのように生きていきたいのか、もっと素直に向き合っていくべきだと思うのです。自分の本当の気持ちに気づくことで、当たり前と思っていた思い込みから自由になれるはずです。今回のコロナ禍は、その動きを後押しするきっかけになるのではないでしょうか。
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス 取締役 人事総務本部長 島田由香氏
慶應義塾大学卒業後、パソナを経て、米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士号取得。日本GEにて人事マネジャーを経験し、2008年ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス入社。R&D、マーケティング、営業部門のHRビジネスパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て現在に至る。
text=瀬戸友子 photo=刑部友康