人事は働く人一人ひとりの"メタ認知"を支援せよ 島田由香(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス)

2017年05月15日

「働き方改革」。その言葉を目に、耳にしない日はないくらいに今最も人々の関心が高いトピック。多くの人が"働き方"と"改革"ということに今意識を向けていること、はとてもいいことだとうれしく感じている。

私は、ここ数年【意識する方向を意識する】ことをたくさんの方に勧めている。禅問答みたいなことを言っているが、今この文章を見てはっとした方も多いのではないかと思う。自分がいつもどんなことを意識しているのかを意識してみると実にたくさんの新たな気づきがある。これは、少し離れたところから自分を見る、つまりメタ認知をしていることと同義である。メタ認知できる、できないはスキルであるため、意識することでその能力を高めていくことができる。メタ認知能力を上げること、が日本人の働き方を変えるために最も必要なことだと私は考えており、社員がその力をつけることを人事は強力にサポートできる、そしてすべきだと思う。

ドラマの主人公から、ドラマ全体を俯瞰できる自分へ

私たちは本当に忙しい毎日を送っている。次から次へとやることが降ってくる。スケジュールは隙間なく埋まっている。気を回していないとならないことが数多あって、その割には無意識にこなしてしまっていることがとても多い。このような毎日では「働き方改革」は一向に進まないだろう。やってもやっても、なんだか満たされないからだ。そこで自分の毎日をメタ認知してみる。まるでテレビを見ているかのように、自分の毎日の様子をちょっと離れたところから眺めてみる。ドラマの中にいる自分は、主人公としてやること(=Doing)優先になっている。意識が自分の外側で起こっていることに行っていて、自分には向いていない。一方、そのドラマを見ているメタ認知している自分は、ドラマ全体を俯瞰し、その中にいる自分の状態(=Being)に集中できる。この切り替えがでるようになると、自分の中を観て自分の状態を客観的に捉えられるのだ。

こうしたものの見方が「働き方改革」には必須だ。なぜなら「働き方改革」は、私たち一人ひとりが自分の生き方を決めるところから始まると思うからだ。日本人の働き方はさまざまなところでジョークにまでされてしまうほど、世界の中では極端に異質である。現在のユニリーバ・ジャパンのCEO(イタリア人で東欧やロシアでの経験を経て日本へ)が3年前に着任したとき、最初の1カ月でたくさんの質問をされたことが忘れられない。
「どうして日本人は帰らないのか?」
「遅くまでオフィスにいて何をやっているのか?」
「早く会社を出たと思ったら家に帰らないでどうして飲みに行くのか?」
「いつ家族と一緒に過ごすのか?」

彼の眼には日本人が本当に不思議な人種に映ったようだ。私たちユニリーバは世界中で消費財を扱っているため、各国の文化、慣習、ものの考え方などの特徴を理解することが必須だ。日本を理解してもらうためにつくられた最新の動画があるが、そこでも日本を特徴づけるいくつかのシーンの中に通勤ラッシュの様子が捉えられ、「世界で最も勤勉な人たち」との説明がされていた。しかし、その「勤勉さ」は、本当に美徳だろうか。

和を尊び、強くコミットする。この強みがネガティブに働く現代日本

まじめさ、和を大切にするところ、強いコミットメントといった素晴らしい日本人の強みが、今の社会ではなんだかネガティブに機能してしまっている気がする。私たちは人を、モノを、状況を、より管理するようになり、リスクを避け、さらに疑心暗鬼になってもっと枠をつくる――というように悪循環を起こしているように感じるのだ。この強みがポジティブに機能することで本来の強みとしての効果を発揮し、好循環を引き起こせたとしたらどれほど素晴らしい世界になるだろうか、とわくわくする。この乖離が起こってしまったのはどうしてなのか、さまざまな理由はあると思うが、一つは敗戦による教育方針、国のムード、そして高度成長期当時の量産が是であったことによる影響があるのではないか、と個人的には考える。

しかし、その点を論ずるよりも、ぜひ持ちたい視点は、本来私たち日本人とは遊びを大事にしていた大変粋な人種として知られていたという事実だ。『日本の歴史をよみなおす』(網野善彦、ちくま学芸文庫)や『江戸幕末滞在記 若き海軍士官の見た日本』(エドゥアルド・スエンソン、講談社)を読むとたくさんの驚きがあるだろう。江戸時代の日本人は、笑顔でいっぱいだ。女性がものすごく自由に活躍してきた。自然や美しいものを愛でる力が抜群である。遊びとは素晴らしいものであるという考えが創造性の源となり、これらの特徴が世界に誇る文化の形成に大きく貢献してきたのだと感動した。そして日本人とは、実はDNA的にも多様性を受け入れることに長けた人種であることも『DNAでたどる日本人10万年の旅』(崎谷満、昭和堂)などの本から理解でき、実にはっとさせられた。「日本は島国で単一民族だからダイバーシティを本当に理解するのが難しい」と私たちは思い込みがちだが、事実はまったく違っているということがわかると、とにかく日本という国、日本人であることが誇りに思えてくる。

前提を疑うことからマインドセットチェンジが始まる

このように、私たちが持ちがちな前提を疑うことが変革のカギだと考えている。マインドセットチェンジはここからスタートする。思えば私たちの社会、生活にはたくさんの「前提=当たり前の思い込み」がある。例えば、

お客様は神様だ
(だからお客様がおっしゃることはどんな無理でも絶対にやるべき)
顔を合わせていなければわかり合えない
(だから在宅勤務・リモートワークはうまくいかない)
頑張ればなんとかなる
(その根性こそが素晴らしくがむしゃらに長い時間頑張ることが評価されるべき)

というように。それぞれの前提はすべて良い意図から生まれた素敵なマインドセットには違いないが、問題なのは、一度持ってしまった前提をうのみにして、無意識になってしまっているということ、つまりマインドセットが固着してしまっていることにある。そのことの目的や本来の意図を理解するために疑うということをしない、ということだ。前提に疑問を持たないことにどんな利点があるのかを考えてみたが、前提を置く、無意識に型にはめてステレオタイプを持つことで私たちは安心を得ているのではないか。特に日本の社会は、「~してはいけない」「~すべきだ・すべきでない」が多い気がする。こうやって枠をはめておくことで、その枠の中にいれば安心だと感じているのかもしれない。日本の社会は他人を信頼しないことが本人にとって有利な結果を生み出す「安心社会」が基盤になっていると『安心社会から信頼社会へ』(山岸俊男、中央公論社)では論じられている。「~すべき」がモチベーションになったままの働き方では、同様に盛んに論じられている生産性向上には一切近づかない。

働き方改革とは、生き方を決めること

あなたが「~すべき」と思っている当たり前のことを一つ見つけてみてほしい。そして自分に質問してほしい。【本当にそうだろうか?】と。そして、出てきた答えにまた問うてみてほしい。【本当にそうだろうか?】と。どんな答えにたどり着くだろうか。

前提になってしまっている概念や事実に対して疑問を持ってみることがマインドセットチェンジのきっかけである。そのことの目的を自分で探してみる。このとき、冒頭に扱ったメタ認知スキルが作動する。目の前の状況が当たり前になってしまっている状態、無意識にそれを流してしまっている状態は、ドラマの中の主人公と同じだ。そのこと、をちょっと離れた状態から見るときに【本当にそうだろうか?】【それは何のために?】と問いかけてみる。「働き方改革」も同じである。論じている自分はどんな働き方をしているのか。「改革」とはどういうことだろう。何のためのものなのか。

私は「働き方改革」とは、生き方を決めることだと思っている。私たち一人ひとりが自分の生き方を決めることから「改革」がスタートする。改革なのだから命懸けだ。ゲームではキャラクターの命を「ライフ」という。ライフ(Life)とは英語で人生のこと。命とは人生そのもの、生きることそのもの。生き方を決めるとは、自分の命を懸けて人生で何を成し遂げるのか、自分は何のために生きているのか、を自分に問わない限りできないことだ。

すべてのポイントは、常に何のために、とその目的(Purpose)を問うことにあると考えている。人事の大切な役割は、人事である私たちがまず自分のPurposeを腹落ちさせていること。そしてだからこそ社員がそれぞれのPurposeを見つけるサポートをすること。特に毎日何となくやっている仕事一つひとつにそのPurposeを問いはじめると、無駄なことをしなくなる。人間は、意義がある・意味があると思うことにエネルギーを感じそれがモチベーションの源泉となる。働き方についての今の最大の課題は、長時間労働なのではなく、やらされ感で仕事をしている人が多すぎることにある。やらされ感とはつまり「~すべき」で動いている状態。頼まれたその仕事をなぜ自分がやるのか(Why)、何をやるのか(What)、どうやってやるのか(How)、やったらどんないいことがあるのか(What if)という4つの切り口(4matという)でどんなこともメタ認知してみると、どれほどの気づきと変化があるのかがすぐわかる。このことを人事はすべての社員に伝えられるはずだ。

やらされ感でしている仕事では、誰もが意義を感じず、エネルギーも生まれず、結果など出しようもない。社員がやらされ感で仕事をしている状況では労働時間をいくらコントロールしても無意味だ。社員に自身のPurposeに気づかせること。私たち人事はここに最も大きな貢献ができるはずである。Purposeに気づき、自分で生き方を決めること。生き方を決めれば自然と働き方は変わる。何が大切かがわかれば、大切なものを大切にするようになるだろう。

ある人からいただいた大好きな言葉がある。
本当に大切なことは
本当に大切なことを
本当に大切にすること

まず人事の私たちが、自分のPurposeに気づいている存在でありたい。「~すべき」というやらされ感ではなく、「~したい」という内から湧くモチベーションによって仕事を楽しむ状況をつくることができるのは私たち人事である。すべての人が自分のやっていることに意義を感じているエンゲージメントの高い状態になることが、「働き方改革」のカギではないか。

島田 由香

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス 取締役人事総務本部長

慶応義塾大学卒業後、パソナを経て、2002年米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院卒業。組織心理学修士号取得。その後、日本GE(ゼネラル・エレクトリック)にて人事マネジャーを経験し、現職。R&D、マーケティング、営業部門のHRビジネスパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て現在に至る。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP(R)トレーナー。日本の人事部HRアワード2016 個人の部・最優秀賞受賞。