日本たばこ産業 執行役員 人事担当 森 功一氏

多様な個人を尊重し「組織を個に合わせる」仕組みを目指す

2021年02月19日

聞き手/大久保幸夫(リクルートワークス研究所 アドバイザー)

大久保 日本たばこ産業(以下、JT)はこの10年来、積極的にグローバル化を進め、近年では組織変革に非常に力を入れている印象があります。2020年10月に、虎ノ門から神谷町へ本社を移転したのもその一環と聞きました。

 その通りです。一番の問題は、虎ノ門の本社ビルはワンフロアが狭く、フロアごとに社内が分断されていたことでした。どうしても偶発的な出会いが少なくなって、部門のサイロ化が進んでしまう。そのことに代表取締役社長の寺畠正道が危機感を強め、移転を決断したのです。
新しい本社ビルは、ワンフロアの広さがこれまでの5倍あります。移転と同時に社内外を問わず働く場所を自由に選べるABW(Activity Based Working)を取り入れて、様々なワークスペースを用意しました。コロナ禍で出社を抑制しているため、残念ながら新オフィスはフルに活用しきれていませんが、オフィスの外からであっても社員同士がつながり、出社抑制下でも対話は増えているようです。結果的に仕事の効率が上がったり、新しいアイデアが生まれたりしているという話が社員から聞こえています。

激変する事業環境のなかでいち早くニーズをつかむ

大久保 部門の枠を取り払って、偶発的な出会いを促進する働き方に変えたねらいは何でしょうか。

 まず、人は人との出会いに触発されて、気づきを得て、行動が変わるものです。多様な触れ合いを大切にしたいという思いがあります。実は、1995年に虎ノ門のオフィスに移る前は、工場跡地を利用したワンフロアが非常に大きなオフィスでした。そのときのような、多様な部署の人々が交流し、触発し合う場を作ることを目指したのです。
さらに、JTでも、今の時代のお客さまのニーズやマーケットの急速な変化を身をもって体験しています。そのため私たち自身が、部門単位でこれまでのやり方を踏襲するのではなく、市場に合わせて変化していく必要があるのは自明です。社内外を問わず、様々なつながりを通じてどのようなイノベーションを起こしていけるかが問われています。

大久保 特にたばこ市場では、社会の規制強化や人々の意識の急速な変化を受けて、紙巻きたばこに代わる新しい製品が生まれています。

 当社では、加熱式たばこや電子たばこなどの新カテゴリーを、「RRP(Reduced-Risk Products:喫煙にともなう健康リスクを低減させる可能性のある製品)」と呼んでいます。スモーカー自身の健康リスクを抑えるのはもちろん、においなどで周囲に迷惑をかけたくないというニーズがあることはかなり以前からわかっていました。ところが、そのニーズを満たしつつ味や吸い心地にも満足してもらえる製品を、我々自身はなかなか送り出せなかった。その間に、他社に先を越されてしまうという苦い経験がありました。今後、環境変化がさらに進んでいくなかで、自分たちが最初に変化をつかまえるのだという強い決意があります。 
さらにいえば、それはたばこ事業に限った話ではありません。20年後、30年後も、JTグループが今と同じ事業構成のままとは考えにくい。では、どのように変えていくのか。その未来の担い手は社員であり、彼らの働き方を変えることで新しい発想を生む支援をしていこうと考えているのです。

大久保 どのような支援でしょうか。

 変革の担い手である個人の多様性をもっと認めようと考えています。これまでの人事は、多様な個人をひとつの制度に従わせる形になりがちでしたが、それで個々の能力を十分に発揮する場が作れるのかというとそうではありません。これからは「個が組織に合わせる」のではなく、「組織を個に合わせる」ことを目指すくらいがちょうどいいのです。

職種別・機能別に最適な仕組みを整備する

大久保 具体的には、どのような施策に落とし込んでいますか。

JT_sub.jpg 2020年から、新しい人事制度体系を導入しつつあります。新規事業開発、高度スペシャリスト、スタッフ、グローバルという4つの職種群ごとに、採用、配置、育成、評価、報酬、労務、代謝の各領域のマトリクスを作って、それぞれ最も適切な制度を追求しようとしています。例えば新規事業開発の職種群では、トライアルとして、裁量労働時間制、チームで目標を設定するOKRとノーレイティングの仕組みを取り入れています。ただし、評価に関しては共通の考え方として、実績評価に加えて、新たなチャレンジをしたことを加点評価する運用にしています。一口にスタッフといっても、経理部とR&D職とたばこのセールス担当とでは、チャレンジの内容もまったく異なりますから、部門単位できめ細かく見ていこうとしています。

大久保 まさに「組織を個に合わせる」仕組みですね。
一方で、「組織を個に合わせる」前提としては、一人ひとりが自律していることが欠かせません。自律なき多様性は、むしろ組織の弱みになります。

 そこで例えばキャリア自律を後押しするトライアルとして、2020年にジョブマッチングという制度を開始しました。一般的なジョブポスティングはポストに空席が出たときに公募をかけますが、ジョブマッチングはミドルマネジメントクラスを対象に、現職がいるポストを上長の判断で公募にかけます。現職の人の評価が低いという理由ではなく、その人がそのポストに就いて長い、このあたりでもう一度自分の仕事を見つめ直してほしいなど、上長なりの思いがあっての公募です。本人には公募をかける前にその意図を伝えますし、本人が同じポストを続けたいと思えば応募することも可能です。

大久保 自分のポストが公募に出されるとなれば、自分は何をやってきたのか、今後どうしたいか、相当考えるでしょうね。

 キャリアを考える非常にいい機会になっています。本人以外の社員にとってももちろん、新しいことにチャレンジするチャンスが広がるなどメリットは多いですね。

「責任者」ではなく「担当」 人事もサイロから抜け出すべき

大久保 改革を進めるなかで、人事の役割も変わっていくでしょうね。

 労務管理は2017年にグループ内のシェアードサービスセンターに移管したので、人事部は純粋に戦略部門となりました。私自身は2018年に現職に就きましたが、当時の社長から言われたのは、執行役員「人事責任者」ではなく「人事担当」だと。人事部門というサイロを守る責任者ではなく、経営の一翼として人事を担当する役割なのだと言われました。

大久保 経営の一翼として人事を担う、という意味で、森さんご自身はどのようなことを心がけていますか。

 会社としてチャレンジを後押ししているのですから、人事もどんどん仕掛けていくよう発破をかけています。人事制度の改定にしても、従来は時間をかけて慎重に進めていくものでしたが、まずはやってみて、失敗したら頭を下げて元に戻せばいいじゃないかとメンバーに伝えています。社員がチャレンジしやすくなるなら、人事が失敗する姿を見せることにも意味があると思っています。

日本たばこ産業 執行役員 人事担当 森 功一氏
1989年、京都大学工学部卒業後、日本たばこ産業入社。主に技術畑を歩み、2013年7月たばこ事業本部製造統括部製造部長、2016年12月日本フィルター工業代表取締役社長。2018年1月より現職。

text=瀬戸友子 photo=刑部友康

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