損害保険ジャパン 取締役執行役員 人事担当 酒井香世子氏

Diversity for Growthを旗印に大胆な改革を進め多様な人材の活用を促進

2021年04月12日

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 御社は保険の自由化、大型合併などを経て、ここ20年ほどの間に大きな変化を遂げてこられました。そのなかでの求められる人材の変化について教えていただけますか。

酒井 かつての損害保険会社は、商品や保険料率がほぼ業界一律で、どの会社も同じようなビジネスモデルで事業が成立していました。しかし、保険自由化・規制緩和の波が来て合従連衡が進み、加えて、近年は自然災害が激甚化するなど、経営環境が大きく変化しています。以前は、総合職と一般職、あるいは営業職は男性、事務職は女性といった棲み分けがありましたが、今はそういった仕組みはまったく通用しません。社会の変化、リスクの変化に対応するため、社員一人ひとりに個の力を発揮して活躍してもらわなければいけないところに来ているといえます。

ダイバーシティだけでなく「&インクルージョン」を重視

石原 具体的には何をしていますか。

酒井 現在、当社は「Diversity for Growth」を経営戦略の一丁目一番地に掲げています。ダイバーシティという観点のみで見れば、当社は男女比率もバランスがとれており、大型合併を経て多様なDNAを持った人材もいるため、実現できているといえます。しかし、課題はダイバーシティ&インクルージョン(D&I)のインクルージョンのほうにあります。実際に多様な人たちを巻き込んで、活躍してもらう機会をしっかりと作るというところがまだまだこれからです。

石原 確かに「&I」が非常に重要な時代になってきていますが、心のなかのバイアスがかかわってくる問題なのでその実現は困難を伴います。特に合併を経た会社では、出身会社による序列観がネックになることも多いです。

酒井 「個を大事にする」「オープン&フェア」ということを合併の都度強く打ち出してきましたし、既に合併後入社の社員が多くなっており、出身個社の色はほとんどありません。最近では、役員から職員に至るまで、IT業界や家電業界、コンサルなど様々な業種から当社に転身してくるキャリア採用組も増えてきており、多様な価値観を活かして活躍してくれています。

 

「エリア職だから」という 本人・上司のリミッターを外す

石原 保険会社は女性が多いだけにその活用は大きな課題となります。

酒井 当社は約2万5000人の社員がいてそのうち約6割が女性です。女性管理職比率は25%で、他社と比較すれば高いほうですが、まだ課題があります。かつての損害保険業界は、事務処理が非常に煩雑で、女性の事務職が主にその業務を担っていました。しかし、デジタル化、IT化が進み、事務処理の負荷が減ったことで、女性も営業などほかの業務にシフトする流れが加速しています。
取り組みの変化を時系列で説明すると、2003年に大手金融機関として初めて女性活躍専門部署を設置して以来、時短勤務や育児休業制度の充実など「働きやすさ」に焦点をあてた制度の充実を図ってきました。次の段階が「働きがい」です。女性の活躍・登用に向けて、コース別人事制度を廃止して、総合系として業務範囲を一本化し、転居転勤の範囲の差による2区分制(グローバル・エリア)に移行しました。
その翌年には女性リーダーの育成を目的とした研修プログラムを立ち上げ、女性管理職比率に関してもKPIを設定しました。
Sompo_sub.jpgまた、2015年頃から、男女関係なく、テレワークの推進などを進める「ワークスタイルイノベーション」に取り組みました。このことはコロナ渦での働き方改革を進めるにあたって大いに役立ちました。実は、コース別人事制度廃止後も、「私はエリア職だから」と自分でリミットをかけてしまう社員がいたり、管理職の側も「彼女はエリア職だから」という概念にとらわれがちでした。そこで2020年10月の人事制度改定を契機としてグローバル・エリアの呼称の廃止や昇格方法・役職体系の一本化などを実施しました。
そして、部店長が後任を育成する際に候補者に必ず女性を入れることや、次世代女性リーダー候補をバイネームで育成する取り組みも始めています。
さらに、営業店や保険金サービス部門などのフロント業務では女性活躍が進んでいますが、本社の企画部門において女性が意思決定の前面に立っていないことが多かったため、10月の人事制度改定を受けて実施した2021年4月の人事異動では、本社の企画部門にもたくさんの女性リーダーを登用しています。

石原 リミッターをいかに外すかというところは重要ですね。

酒井 例えば、「時短勤務だから負担のかからない仕事」といった先入観を捨て、時短勤務であっても活躍している人を登用するようにしていきたいですね。今のオンライン環境なら社内副業など柔軟に働くチャンスも広がります。そのためにはリーダー層の意識改革が重要なので、アンコンシャスバイアスに関するディスカッションなども行っています。そこで出た具体的なアイデアを現場で実践しているかを人事部でもしっかりとフォローし、実際に成果を出せるよう支援しています。もう、「女性活躍」とことさら言わなくていい会社にしたいですね。

保険の先へ挑むために 個人が何をなすべきか

石原 次なる成長のために、どのような取り組みを考えていますか。

酒井 2021年度から新中期経営計画が始まり、成長戦略を加速させるとともにレジリエンスの向上をはかっていきますが、その実現には基盤としてD&Iが必要不可欠です。会社の成長を支えるのは多様な価値観を持つ人材です。そして、個がパフォーマンスを発揮するために重要なのは、会社のミッションと個人の仕事のやりがいがシンクロすることだと考えています。
今、当社は「保険の先へ、挑む。」をコーポレートスローガンとしています。その意味するところは、単に保険を売る会社から脱却し、「安心・安全・健康」を提供していく会社となること、そこで価値ある商品・サービスを生み出して社会に貢献していくことです。この会社のミッションに社員の皆さんに共感してもらい、その上で一人ひとりが保険の先へ挑むために何をすればいいのかを考えてもらうことが大切になります。

石原 社員の皆さんにもそれぞれの成長が求められますね。

酒井 そのためにどういう勉強が必要なのか、どういうスキルや経験が必要なのか自ら考えて自発的に行動する人材になってほしいですね。

石原 女性の活躍・登用以外の部分に関してはいかがでしょうか。

酒井 個が強みを発揮するには、上司が部下一人ひとりの声を聞いて、それぞれがどのような状況に置かれているのか、どのようなキャリア、働き方を望んでいるのかをしっかりフォローすることが重要なので、今、1on1ミーティングの推進に力を入れています。その結果として、心理的安全性が確保され、リミッターを外した発想・行動が可能になってきていると思います。また、1on1と同時に進めているのが、組織のフラット化と横のつながりの強化です。部門を超えたプロジェクト、ERG(Employee Resource Group)活動でのディスカッション、社内における学びのオンラインプラットフォームである損保ジャパン大学でのさまざまな知識の習得などが、そのための機会となっています。こうした場から多様な提言が出て、改革につながっています。

損害保険ジャパン 取締役執行役員 人事担当 酒井香世子氏
1992年に安田海上火災保険(現損害保険ジャパン)に入社。一般営業(広島支店福山支社)、CSR、広報部門を経験した後、内閣府男女共同参画局へ2年間出向。人事部、秘書部(社長オフィス)、内部監査部を経て内部統制担当の取締役執行役員に。2021年4月より人事担当の取締役執行役員に就任。

text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康

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